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2018.01.10

【第01回】運び屋椿

Prologue

 なにもかもが嫌になって。
 でも行く当てもなくて。
 ただ座り込むことしか出来なくて。
 そんなボクの耳に調子っぱずれな演歌が聞こえてきた。

「女~なりゃこそ~つらくぅても~♪ 日陰で花咲くぅ♪」

 機嫌がよさそうなのは、酔っぱらってるからなのかな?
 できれば関わりたくないな。
 そう思って顔をそむけたのに、彼女はボクに気が付くと、フラフラっとしながらこちらにやって来る。

「ありゃりゃぁ~……こんなとこで女の子が一人でにゃにしてんの~」

 正面からしっかり見ると、びっくりするくらいの美人がそこにいた。
 こんな人が、場末のパーキングステーションで何をしているんだろう。
 でもそれはボクも一緒か……。

「なになに? もしかして家出?」
「ちがう……けど」
「ふ~ん、まあ、悩みやすい年頃ってかんじだもんね~」

 なにも返せず、口をつぐんでしまった。
 彼女はボクの隣に来ると顔を寄せてこう言った。

「あんた、武器は使える?」

 うなずき返して、自分の免許証を見せた。
 すると彼女はにっこり笑い、背筋をまっすぐに伸ばす。

「一緒に来るかい?」

 そう言って彼女は手を伸ばす。
 でもボクはその手を取ることができず――。

「ボクには何もないし……」

 すると彼女は腹の底から大声で笑う。

「あーはっはっはっ! 人間に必要なものなんて、前へ進む意志だけで十分! そんだけあれば、この宇宙の果てまで行ける! たとえあんたが行けなくても、あたしが連れてってやるよ! さあ、そこから立ち上がって、あたしと進むっていうんなら、この手を取りな!」
「―――っ!」

 気がつくとボクは彼女の手を取っていた。
 どうして?
 わからない……。
 でも、この時、ボクは決めていたんだ。
 後ろへは戻らない。
 前へ進もうと。

「名前は?」
「………カエデ。霧谷、カエデ」
「そう、んじゃ、よろしく。カエデ」

 それが永峰ツバキと、ボクの出会いだった。

 

Episode1 みどりしずく(01)

「タイヤの交換と給油――よろしくね」

 ボクの名前を呼んでツバキはビールをおいしそうにグッとあおる。
 はぁ……ホント、人使いが荒いったらありゃしない!
 ツバキは自販機で買った500ミリのビールをあっという間に空にしてしまう。

 ひとりで勝手に宴会を始めたな……。
 今日はもう仕事終いだからって……。
 永峰ツバキの仕事は、トラックの運送業だった。
 愛車・大輪丸に乗って宇宙の果てまで荷物を運ぶ。
 それが彼女の生業なりわいなのだ。
 ボクは始めて二回目の仕事を無事やりおおせて一段落したところ。
 基本、助手席で彼女の話し相手になってるくらいで、正直役に立ってる気がしないんだよね……。
 いいの?

「ねえツバキ……」
「なに?」
「ボクさ、助手らしいことできてるのかな?」

 するとツバキは「はぁ?」と眉をひねる。

「まあ、今のところはいいんじゃない?」
「今のところ??」
「そのうち儲け話が来たら、あんたも忙しくなるよ。くくく……」

 そう言って、ツバキは守銭奴のようないやらしい笑みをこぼした。
 あんた美人なんだから、そういう顔しない方がいいよ……。
 それにしても、儲け話が来たら忙しくなるってどういうことだろう?
 ちょっと不安になりながら、喜楽亭のドアをくぐる。
 中に入ると同業者の人たちでごった返していた。

「おっと、カエデちゃん! こっち来て座んなよぉ!」
「そんなゴリラの隣はむさくるしくていやだよなぁ! ほら、こっちこっち」
「あはは……ど、どうも」

 みんな顔は怖いけど、優しい人たちではある。
 でもまあ、今日はそういう流れじゃないのでやんわりお断りする。
 すると、ツバキがあたりめをくわえながら不機嫌そうに、

「あーやだやだ。若い娘と見ればすぐにこれだ」
「うっせー! おめぇは、もっと女らしくしろ!」
「はぁ!? 上等だぁ! あたしに勝てるとでも思ってんのか? ああん??」

 あはは……。
 ツバキももうちょっとおしとやかにしてればねぇ……。
 せっかくの美人が、あの気性のおかげで台無しなのだ……。

 さて、ここはボクたちが仕事の中心にしている、木星軌道上にあるパーキングステーション。
 買い物施設や、各業者の倉庫が併設された巨大なコロニー。
 その一角にある喜楽亭は太陽系から出る人、帰って来た人が寄る大規模パーキング。
 観光客よりは、どっちかっていうと仕事の人が使うことが多い。
 そのせいもあって、ガラが悪い連中のたまり場だ。
 少なくとも観光客は素通りしちゃうね。
 ツバキはホイコーロー定食、ボクは紅茶とサンドイッチを頼んで席に座る。
 するとツバキは箸を持ちながら私をジトッと見つめる。

「あんたさぁ……」
「なに?」
「ちゃんとご飯食べなきゃダメだよ」
「いいじゃん」
「よくないの! ほら、ホイコーロー分けてあげるから食べなさい!」
「お母さんみたいなこと言わないでよ。いいの! ボク、サンドイッチが食べたいの!」
「パンじゃ力でないよ。米だよ、米!」
「それツバキの好みじゃん」
「うん」
「うんじゃないしっ!」

 そんなわいわい騒いでるボクたちのところへ、でっぷりした男が近づいてきた。
 暑くもないのにアロハシャツで、頭はハゲかかっている中年男。
 ボクも一度会ったことがある。
 運送仕事の斡旋をするバイヤー、ジェームズ・バローニさんだ。

「よぉ、お嬢さん方。どうだい? 儲かってるか?」

 シケモクをくわえた口はこちらのフトコロ事情でも探るようにニヤニヤ笑ってる。
 それでもツバキの反応はそっけないもので、鼻で笑って返す。

「あんたに同情されるほど仕事に困っちゃいないよ」
「まあまあそう言うなって。ちょいとした儲け話があるんだがな」

 バローニさんの『儲け話』というワードにツバキは敏感に反応する。
 でもそこは運び屋ツバキ。
 うさんくさい相手には慎重になりながら応対する。

「へえ……誰が儲かる話なんだか?」
「おいおい。こりゃ、俺も儲かるが運ぶおまえさんも十分においしい仕事だぜ」
「一応、聞くだけなら聞いてあげてもいいけど」
「そう来なくっちゃな。おたがい持ちつ持たれつってやつだもんな」

 ケケケと忍び笑いをしながらバローニはシケモクに火を付ける。
 ボクは運送業界にはズブの素人だけど、それでもわかることはある。
 このオッサンの持ってくる話はうさんくさすぎる!

「なぁに、むずかしい話じゃねえんだ。フロギ星って知ってるか」
「ああ……あの辺境の?」
「そうそう。交通の便がわるい、あのフロギ星」
「それがどうしたの?」
「そこの王侯貴族サマに、あるモノを運んでほしいってだけさ」

著者:内堀優一
原作:Original Star-IP Office
デザインコンセプト:斎藤純一郎、赤根健良
アニメーションキャラクターデザイン:鈴木竜也
アニメーションメカデザイン:田口栄司
企画協力:松田泰昭

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