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2018.04.06

【第01回】ぼくたちは人工知能をつくりたい

美少女AIの掟
  • ひとつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちを守る。
  • ふたつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちの願いを叶える。
  • みっつ、美少女AIはどんなことがあっても自分の命を守る。
  • ただし、掟は設定された順に優先される。ひとつ目とふたつ目が矛盾した場合、ひとつ目が優先される。
人工知能(キャラクター)を作るための五工程
  • (0)※まず仲間を見つける
  • (1)性格を決める
  • (2)容姿をデザインする
  • (3)CGモデルを作る
  • (4)「学習プログラム」と「人格生成プログラム」の実装
  • (5)ロボットのAIとキャラコン部オリジナルのAI、人間の連動訓練

第1回:新入生に向けた部活動説明会~

 えー、この度はご入学おめでとうございます。僕の名前は浜松晴はままつはる藤蔓ふじつる高校二年、キャラコン部の部長です。では早速ですが、キャラコン部の部活動説明をしていきたいと思います。
 皆さんは「キャラコン」をご存知ですか。ネットで見たことがある人もいるかもしれませんね。キャラコンとは、キャラクター・コンテストという大会の略称です。
 この映像を観てください。去年、都の湾岸アリーナで行われた、キャラクター・コンテスト全国大会のムービーです。無骨なロボットがドアを開けようとしていますね。で、その隣にヘルメットをかぶった高校生がいます。この高校生がロボットを操縦しているんです。

《ドアを開けろ》

 今、高校生がスマートフォンに向かって命令を出しました。

《了解しました~》

 すると、スマートフォンの画面に映ったくじらが、返事をして、ロボットがドアノブをつかもうと動き出します。けど、失敗。腕を伸ばすところまではいい感じなんだけど、伸ばす位置が悪い。そこはドアノブじゃなくて、照明のスイッチだ。
 はい。ここでムービーは一旦ストップ。
 さて問題です。キャラコン部が作るのは、この中のどれでしょうか。
 正解は……このくじらです。
 みなさんご存知の通り、私たちの身の回りには人工知能が溢れています。
 どんなものに入っているのか例を挙げてみましょう。当然、このドアノブを開けようとしているロボットには、ロボット自身の頭脳に当たる、人工知能が入っています。他には? 携帯電話、タブレット端末、パソコン。自動車、エアコン、冷蔵庫、洗濯機。電気ガス水道を管理するシステム。薬の処方。コンビニとかスーパーのレジ。チケットを買うための端末。金融商品の売買をアシストするシステム。気象情報の分析ソフト。軍事用の防衛システム……ありとあらゆるところに使われています。まあ、正直言って、全部を人工知能と呼ぶのは、かなり乱暴じゃないかと僕は思っているんだけれど。
 現在、人工知能なしでは、私たちの生活は成り立たないと言っても過言ではありません。しかし、そのシステムは完璧とはいえません。不便なところもまだまだたくさんあるんです。
 ここで、A君の例を見てみましょう。学校から帰ったA君。自分の部屋に帰ってきました。部屋の中にはスマートフォン、パソコン、エアコンがあります。帰るなりスマートフォンがこんなメッセージを発します。「彼女からメッセージが届いたよ。三十分以内に返事しないと、へそ曲げちゃうかも」続いてパソコンからメッセージ。「なんか最近、メモリの調子が悪いんだよな。バックアップを取っておいたほうがよさそうだぜ」続いてエアコン。「冷房の温度設定が低すぎるんじゃないでしょうか。地球環境とあなたの健康を考慮すると、室温は二七度に設定すべきでしょう」。
 人工知能は人間のようなもの。その機能を使いこなすには、きちんと誰かがコマンドを出してあげなければなりません。でも、それはとても面倒です。

「誰か気を利かせてコマンドしておいてくれたらいいのに」

 そう思いますよね。

 この問題を解決してくれるのが、コミュニケーションタイプの人工知能、「キャラクター」です。「キャラクター」はその面倒な仕事から、私たち人間を解放してくれます。

 今度は「キャラクター」を導入した後のA君の部屋を見てみましょう。真夏。気温は四〇度。汗だくです。A君が「キャラクター」に連絡します。「もうすぐ帰るよ」すると「キャラクター」から返事が。「了解。いつでもOKだよ」。A君が帰宅しました。部屋はすでに二七度になっています。快適です。パソコンのバックアップは故障を予知して、いつもよりこまめに行われています。もちろん、彼女への返事も……ってそれはダメですね。この処理はすべてA君が具体的な指示を出すことなく行われています。その細かな指示を行なっているのはそう、このA君のスマートフォンの中に入っている人工知能、「キャラクター」です。
 さて。「キャラクター」の有用性は理解していただけたでしょうか。しかし、この「キャラクター」、世間的にはまだ広まっていません。
 それはなぜでしょう。その中で最も大きな原因と考えられているのは、コミュニケーションがうまく取れないことだと言われています。例えば「電気つけて」という命令に「明日の天気は晴れです」とか答えられても困りますよね。
 人間とAIの間には、人間同士とは別種のコミュニケーションのギャップがあります。そのギャップを埋めること。つまりより人間に近づけること。キャラコンはそうした「人間らしさ」を追求したいという声から生まれたコンテストなのです。

 

 鮮やかな新緑が目に眩しい五月中旬。俺は窓際の席で、陰鬱いんうつなため息をついていた。

「ハル、ため息などついても幸せは来ないぞ」

 俺の前の座席には、やけに彫の深い顔に、まっすぐにのびた鼻梁びりょうを持つメガネのイケメンが座っていた。その男、外ケ浜颯太とがはまそうたは目を離すことなく、スマートフォンで3D格闘ゲームをプレイしている。

「分かってるよ。でも、これ見ろよ」

 颯太の前に一枚の紙を突き出した。

「あ……ちょっと待て。もう少しで終わる」

 颯太は画面から目を離さずに答えた。

「ったく……」

 ため息交じりに、差し出した紙を引っ込める。
 颯太はあらゆる状況において、ゲームを最優先にする。それは颯太が自分に課した絶対の掟である。恵まれた容姿をまったく生かそうとしないその男は、影で「残念なイケメン」と呼ばれていたが、当の本人はそんな陰口などまるで気にする様子もない。

「よしクリア。で、なんだって?」
「これだよ」

 颯太は俺の差し出した紙に目を落とした。それは生徒会からの呼び出しだった。

「ハル、何をやらかしたんだ?」
「人聞きの悪いこというな」
「では生徒会長に気に入られたか」
「そんなわけないだろ」

 生徒会長、凌霄花のうぜんかずらのぞみは我らが母校、藤蔓高校の生徒で知らないものはいない学校一の有名人だった。会長は校内の問題を徹底的に洗い出し、その原因になっている人間を敵と見定めるや否や、舌鋒ぜっぽう鋭く攻撃し攻め落とすのを是とする女傑であった。

「きっと年計にケチつけるつもりだろうな」と颯太はいった。
「俺もそう思う」

 我々は先月、会長に部の年間計画書を提出していた。その書類には例年通り、「八月末に開催される『高校生キャラコン』に向けてキャラクターを開発する」と明記した。おそらくはその計画書が会長の癇に障ったのだ。
 何しろここ数年、我々キャラコン部はその大会に出場していない。
 お恥ずかしい話だが、俺と颯太が所属する藤蔓高校キャラコン部はAIの「え」の字もない、ただのゲーム・サークルになっていた。
 そんな本来の部活動のあり方から逸脱した組織がのうのうと存在し続けることを、現会長が黙って容認するはずもなく、キャラコン部は何度も生徒会室への呼び出しを受けた。去年の秋に三年生が抜けて、俺が部長に就任してからというもの(キャラコン部には当時二年生の部員がいなかったのだ)、何度生徒会室に足を運ぶことになったか。

「A組に転校生だってよ」
「マジで」
「美少女らしいぜ」
「しかも金髪」
「へぇ?」
「いいから。見に行こうぜ!」

 廊下では、転校生ではしゃぐ生徒たちがばたばたと走り回っていた。

「金髪美少女の転校生だそうだ。どうだ、気分転換に目の保養にでも行くか?」

 颯太はゲームを再開しながら言った。

「パス。そんな気分じゃない。それにお前だって興味ないだろ」
「まあな」

 そこで、颯太が興奮して立ち上がった。

「おお! 初の17コンボ! 見ろハル!」

 颯太は自慢げにスマートフォンを突きつけた。

「お前は幸せでいいよなぁ……」

 俺は再び盛大なため息をついた。

 

 放課後。三年生の教室の並んだ校舎三階の端にある、生徒会室を目指した。

「失礼します」

 扉を開けると、机に山と積まれた書類に埋もれるようにして、凛とした佇まいの、黒髪の女性が作業をしていた。女性は顔を上げ、猛禽もうきんを思わせる鋭い視線を投げかけると「座りたまえ」と言った。
 彼女こそ、藤蔓の女帝こと、藤蔓高校生徒会長、凌霄花のぞみである。
 ちょうど会長と正対する位置にある黒い長椅子に腰を下ろした。たくさんの生徒たちの尻を受け止めてきたであろうその古びた長椅子はバネが弱り、ぐにゃぐにゃになっていたが、俺はその座り心地を嫌いにはなれなかった。

「君たちの年計、読ませてもらったよ、キャラコン部部長」

 生徒会長はそう言って、俺の計画書の上に指をかなえの形にして置いた。

「君たちは本当に高校生キャラコンに参加するつもりなんだろうね」
「もちろんです」
「しかし、その工程表が明記されていなかった。なぜだ?」
「年計を作っている段階ではまだ未定でしたから」
「では今は?」
「バッチリ準備できています」
「よろしい。では、口頭で構わないから、あらましを説明してくれ」
「分かりました」

 こほんと咳払いをして、話始めた。

「まずキャラクターの性格を決めます。その後、その性格にぴったりの容姿をデザインし、CGモデルを起こします。並行で『学習プログラム』と『人格生成プログラム』を作成。そのふたつを使って、キャラコン部オリジナルのキャラクターを完成させる。今年度はスタンダード・プラットフォームに参加する予定なので、ロボットは運営から借ります。最後にロボットのAIとキャラコン部オリジナルのAI、人間との連動訓練を行い、あとは本番で全力を尽くすのみ、というわけです」

 会長は最後まで黙って聞くと、こう切り返した。

「高校生キャラコンの公式ホームページに載っている『ある高校生の計画書』。丸暗記してきたようだね」
「何で分かったんですか!?」

 午後の授業を全部潰して暗記してきたというのに!

「それくらい私もチェックしている。浅はかだよ、キャラコン部部長」

 ぐうの音も出ないとはまさにこのこと。しかし、会長は意外にも優しい言葉をかけた。

「まあいい。スタンダードな作業フローを利用するのは悪くない。それで、君たちは実際にその作業をこなせるのかな」
「もちろんです」
「ひとつ、まずは性格を決める」
「簡単じゃないですか」
「二つ、容姿をデザインする」
「楽勝ですよ」
「三つ、CGモデルを作る」
「今は便利なアプリがあるんですよ」
「四つ、『学習プログラム』と『人格生成プログラム』の実装」
「参考になるプログラム例はネットにいくらでも転がってますからね」
「五つ、ロボットのAIとキャラコン部オリジナルのAI、人間の連動訓練を行う」
「訓練しないと当日発生するイレギュラーな出来事に対応できませんから」
「君たちには全部できると」
「当然でしょう。それが出来なきゃ大会に出られません」
「なるほど。では、それが君たちキャラコン部の『責務』というわけだ」
「ええ。責務だろうと義務だろうとなんでも構いませんけど、とにかくそれに向けて部員一丸となって邁進まいしんしていきたいと考えております」

 まったくの口からの出まかせである。これまでのキャラコン部もこうやって年間計画書を提出し、やっぱりできませんでした、という報告をあげていた。元部長曰く、これぞ面従腹背めんじゅうふくはいの計。これは我が部に伝わる数少ない伝統芸である。

「よろしい。ではもしも君たちが高校生キャラコンに参加できなければ即廃部ということだな」

 生徒会長は事務的な口調で言った。
 おいおい。なんでそうなる。

「ちょっと待ってください。廃部なんて言ってませんよ」

 生徒会長は眉をひそめた。

「君は先月可決された『部の存続条件』の改定内容、覚えていないのか?」
「改定?」
「ああ。今年度は部員五名の名義があれば、部を存続させることが可能だった。だが、来年度からは前年の活動内容も継続の条件になる。前年度に生徒会と部の間で定めた『責務』が果たされなければ廃部だ」
「は!? そんなのいつの間に……横暴だ!」
「四月の全体会議の時に話し合ったじゃないか。議事録によれば君も賛成票を投じているぞ」

 そう言って、会長は四月の全体会議の議事録を突きつけた。
 全然聞いていなかった。挙手を求められ、適当に手を挙げただけだった。その軽率な行動がこんな形でかえってこようとは!

「会長」
「何だ」
「キャラコン部は年計の変更をします」
「却下」
「なぜですか!」
「どうせ高校生キャラコンへの参加は諦め、学園祭の掲示発表にするなどと言うのだろう」

 どうしてそれを!
 会長は首を振った。

「まったく君たちは揃いも揃って似たようなことを言う」
「君たちって誰のことですか」
「廃部寸前の部員たちだよ。君たちは部室を私物化し、遊び場にしている。部室の使用に関する規定は特に定められていないから、問題はない。だが……私はその現状を見過ごせない」
「完全に個人的な理由じゃないですか……」

 生徒会長はジロリとにらんだ。

「生徒に与えられた自治や自由の権利は本来、生徒たちの自律的な活動を守るためにあるものだ。それは先輩方が時間をかけ、作り上げてきたものでもある。にもかかわらず、君たちはその権利を私的な利益を享受するために行使している。それは先輩方への冒涜ぼうとくだと私は思うが」
「む……」

 その言葉に、カチンときた。

「君は胸を張って、先輩方の残したものを引き継いでいると言えるか?」
「言えませんけど。うちにはうちの事情ってものがあるんです」
「どんな事情だ」
「それは……」

 俺は言い淀む。
 黙り込んだ俺に冷ややかな一瞥いちべつを投げると、会長は一刀両断した。

「どんな部にも事情はある。君たちの部だけを特別扱いはできない」
「……」

 最初からそうだ。会長はキャラコン部を目の敵にしている。こっちだって、好き好んでこの現状に甘んじているわけではない。こうなるまでには紆余曲折あったのだ。先輩方への冒涜? そんなこと言われる筋合いはない。何しろキャラコン部は、俺たちのものなんだから。

「会長、勝負しませんか」

 胸は怒りに満ちていたが、口から吐き出される言葉は妙に冷たく、硬質的だった。

「勝負?」

 会長は眉根を寄せた。

「俺たちは絶対にキャラコンに出てみせます」

 と俺は宣言した。

「俺たちが高校生キャラコンに出ることができたら、冒涜という言葉、撤回してください」
「ふうん」

 会長はその条件を吟味するようにしばし黙り込むと、いつものクールな調子で答えた。

「いいだろう。勝負といこうじゃないか。キャラコン部部長」

(つづく)

著者:穂高正弘(ほだかまさひろ)

キャラクターデザイン:はねこと

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