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2016.10.04

はるかの星【第2回】

 惑星日記『Planetぜろ』を始めてはや半年。順調に私の星は大きくなっていった。
 個人の書いた日記「ブログ」の内容によって星が成長を進める画期的なシステムで好評を得ている『webweb』が運営するサイト、『Planetぜろ』を勧めてくれたのは、親友のアイだった。
 このサイトに登録した人は、「ぜろ」という仮想宇宙に星を一個作ることになる。それぞれの星は、必ずひとつの銀河系に属していて、これもまた大きな空間になっている。最初に会員登録をした際にランダムに割り振られるんだけど、全部で12系統の銀河系は、それぞれ星座になぞらえたグループになっている。
 その仮想宇宙空間に、私は星を持っている。星の名前は「はるかの星」。
 その「はるかの星」がマイページ代わりのような存在になって、この広大な惑星ライフの拠点になっている。その星は、初めは小さなアメ玉くらいの大きさしかない。植物も無ければ水も無い、人も動物も存在しない。登録した星のオーナーが、そのサイトのブログである「開拓日記」に日記をつけると、その内容に応じてさまざまに変化しながら、星は成長することができる。
 例えば、『今日は数学の小テストがあったよ。思ったよりいい点で80点の好成績だった♪』と日記を書けば、その仮想空間の惑星に住む惑星人の知能が上がり、『学校の近くに新しいパン屋が出来た!』と日記を書けば、新たな食文化であるパンを惑星に持ち込むことが出来る、といった具合にね。もちろん人によって行動パターンはバラバラだから、星の成長具合は千差万別。そのバリエーションの豊かさも特徴。
 一回目の書き込みで、無条件に惑星に生物が誕生する、これが惑星人。彼らは星の環境下でさまざまに成長するのだけど、星の文明が発達していないと、惑星人は“おばかちゃん”のまんま。惑星人を育てるためには、書き込みを多くこなし、いい環境を揃えてあげることが重要になる。
 惑星自体の大きさは、書き込みの回数に加え、そのブログを閲覧してくれた人数、コメントの回数、トラックバックの数など、さまざまな要因によって変化する。基本的には大きくなるんだけど、そうじゃない場合もある。そのときは、星が大きくなるんじゃなくて、文明の成長が促される。これは私たちが星に対して起こすアクションにより変化するらしい。
 要は、日記ばかり書き込みしまくっているだけでは駄目で、いろいろコミュニケーションをとりながら星を大きくしていきましょうということ。ちなみに星の大きさには限界値なんてものは存在せず、自分に与えられた惑星がどこまで大きくなるかは、短期間にどれだけたくさんの書き込みが入るかによって決まるらしい。
 気に入った惑星を見つければマイリスト登録し、お互いリンクを張ることにより星団を構築することも可能。知らない人ともリンクを張り、星団を形成することが可能だが、相互認証されないと文明交流が出来ない。何回かやり取りをし、仲良くなれればお互いの文化交流も可能なので、このサイトでできた友達というのも結構世間では多いらしい。
 すでにアイと里佳子ちゃんとは一緒にグループを形成しており、ちょっとした大きさの銀河系を形成するまでになった。そのほとんどの功績は、サービスの開始当初から星を大きくしてきたアイの惑星によるものだが、その高度な文明の影響をうけ、後発組の私と里佳子ちゃんの星もなかなかの大きさになった。
 しかし、その差はやはり歴然で、一カ月やそこらで形勢を逆転させるのはなかなかに難しい。登録したばかりの小さな惑星でも、大きな惑星を持つ人とリンクを張れば、大きな惑星からさまざまな文明や道具を得て急速に成長することも可能なのだが、やはり限界はある。
 そう、先行してこの惑星育成を始めていたアイと、私と里佳子ちゃんとの惑星文明差は歴然で、銀河系に組み込まれちょっとづつ大きくなっているのが現状。
 その差を埋めるための海遠征、というのが今回のバカンスの第二の目的なのだ。


 現在、夏休み絶賛進行中。
 暑い陽射しが人類の肌をこんがり焼き尽くそうかというくらいの猛暑日。ぱっと見、お嬢様ルックの里佳子ちゃんは、そこら辺をだらだらと歩いている同年代の女子のそれとは明らかに異なる出で立ちだったが、実に合理的。白は光の吸収を抑え、大きめのつばの帽子は、夏の陽射しから自分の肌を守ってくれる絶対的なシールドになっていた。
 対して、私たちの服装はどう? Tシャツにスキニージーンズ、タンクトップにホットパンツ。夏の空から降り注ぐ紫外線の侵攻を食い止めるものは何もない。こんなに暑くなるなんて聞いてないぞ、気象庁。

「りかっち~」
「はいはい、どうしたの?」
「あっぢぃ~よ~……海はまだぁ~?」
「もう少しだからがんばって」

 私たちは海に向かっているはずだった。夏の日差しをさんさんと浴びるのはわかっていたから日焼け止めクリームを塗ってきたのだが、今は虫除けスプレーが上塗りコーティングされている。滴るは海水ではなく、汗。草を掻き分け里佳子ちゃんのあとについていく。私たちはさながらジャングル探検隊だ。向かう先が山奥の避暑地というなら幾分この道程は理解できよう。

 なんてったって今は森の中だからね。

「ごめんなさい。いつもは車で行くものだから、ね?」

 電車に揺られて約1時間半。人のほとんどいない、寂れた感じの駅に着いた。
 近代科学とは無縁の駅舎。車両を降りた目の前には、改札らしきゲートと門構え。うしろは断崖絶壁の壁でさえぎられているが、ひとたびゲートをくぐれば見渡す限りの山・山・山。入道雲がこれ見よがしに上空にたたずみ、緑からは鳥のさえずりが聞こえる。等間隔に並んでいる電柱と舗装されきっていない路面。これ以上に無いほどの田舎町風景だ。
 そんな田舎町を抜け、歩き続けて30分。目的地は未だ見えず、だ。
 アップダウンの激しい山道にへばりかけていたアイ隊員が、もうすっかり人肌に温められてしまったであろう水筒の水を飲みながらつぶやく。

「でもさぁ、にわかには信じがたい内容じゃない? 孤島にある別荘でバカンスなんてさ」
「写真を撮って、日記に書けば嘘じゃないって分かるでしょ。大丈夫よ」

 ブログに書く内容は基本的に自由。でも、あまりにも突拍子ないもの、たとえば、
『国を滅ぼしてやった』
『一日で背が10cm伸びた』
『100億円もらった』
 などの嘘の日記はイエローカード判定を受け、惑星がどんどん小さくなり衰退していくことになってしまう。三番目の例は、もしかすると里佳子ちゃんなら達成できなくもなさそうな雰囲気はあるが。一小市民からしてみれば、今回の孤島でバカンスという体験も、絵空事に近い体験であることに変わりない。

「そうだね、ペナルティ食らってレッドカードが出たりしたら最悪だし。せっかくここまで大きくして、注目も集まるようになってきたのにさ」

 悪質な書き込みに対してはレッドカード判定が出て、半日後にはアカウントの削除申請がなされ、惑星が消し飛ぶ仕組みになっている。何度もウソの記事を書き込もうものなら、これも悪質な行為とみなされ、レッドカードの対象となってしまう。
 厳しい規制と判断機関が存在するから、いわゆる『掲示板荒らし』の被害が少ないのが、このサイトを優良たらしめている要因でもあった。
 要するに、本当のこと、日常の些細なことを書いていって星を大きくすることが一番自然で健全な星の育成方法なのだ。
 もちろん、いいコトをすれば星が大きくなる。そのために、企業が主催する環境活動への参加募集案内だとか、ボランティア参加募集の告知だとか、あらゆる記事がHP上にUPされているのだ。それに応募して、活動し、履歴を日記として残す。そうすると星が成長する。企業にとっては広告を掲載するスペースを確保できるだけではなく、環境改善のボランティアに参加する人材を確保できる一石二鳥の構図が出来上がっていた。
 さらには、ボランティア活動を通じて主催する企業のクリーンな一面を存分にアピールできる完全な仕組み。HP上の告知物でなくても、活動写真などがあれば同じような評価を得られるし、なにも慈善事業でしか星を大きく出来ないわけではないので、そこらへんは自由。しかし、そういった活動への参加者は予想以上に多かったらしく、環境活動に積極的になる人が増えてくるほどの人気を博すようになったのだ。
 これがTVで取り上げられて以降、爆発的な人気を呼び、かつてのコミュニティサイトを上回るほどの会員数を記録するに至った。今日の銀河系の乱立、星がひしめき合う宇宙、次々と生まれ出る星と新たな会員。ビックバン到来だ。

「パチッ!」

 星と星がぶつかって生まれるのが新たな惑星。そのときもこんな音がするのだろうか。ちなみに今のは、

「いやぁ、腕に蚊がとまってたから、つい……」

 アイがたまらず私の腕をひっぱたき、もはや日焼けなんだが、アイに叩かれたからなのか分からないが、ほんのり赤くなりつつある左腕を条件反射で掻いてしまった。
 一撃で目標物を叩き潰し、満足げなアイがさらに満足そうな顔で里佳子ちゃんに語りかける。

「私たちは夏の思い出を作れるし、バカンス楽しめるし、星も成長して一石三鳥だよ!」
「あれ? 三羽目の鳥って?」

 不思議そうにこちらを振り返る里佳子嬢に、示しをあわせたかのようにアイと私がハモッて答える。

「宿題をみんなで片付けられる!」
「宿題をみんなで片付けられる!」

 やれやれ、といった顔で微笑みかける里佳子嬢の頬を汗が伝った。


 雑木林を存分に堪能し、へろへろになったアイは閉口していた。植物をかき分けながら進み、やっとたどり着いた断崖絶壁でボートに乗り込み、上下左右に揺られること数時間、孤島のリゾート地に着く頃にはすでに日は傾きかけていた。
 孤島の港から見える屋敷。遠くからだと分からなかったが、車で近づいてみるとよくわかる。とりあえず広い。

「気に入ってもらえた?」

 玄関から中に入ると一面大理石の大きな吹き抜けのエントランスホールに出た。向かいのロビーは一面ガラス張りで、プライベートビーチが一望できる。庭からほのかに放たれる照明でかすかに見える海の向こうには、私たちがせっせこ歩を進めてきた日本列島が座している。

「お帰りなさいませ」

 そろった挨拶がホールに反響して響く響く。これもこれで心地いい。
 玄関から伸びる大理石のエントランスには、メイドのお姉様方が五人待ち受けており、車を運転してくれていた紳士風の男の人が、私たちの後方から、ご丁寧に解説を付け加えてくれる。

「本日より、皆藤様、二ノ宮様のお世話をさせていただきます、当館長の福島と申します。以後お見知りおきを」
「よ、よろしくお願いします」

 私たちのぎょっとした顔を向けられた福島さんは、さぞ驚いたことであろうが、何事もなかったかのように英国紳士風のスマイルを投げかけてくる。恐らくこの島で一番偉いであろう人に車を運転させていたとは。というか、船を操舵していたのも確かこの人だったような……。

「本館にはメイドもおりますので、ご入用の際は彼女らに何なりとお申し付けください」

 高級ホテル顔負けのおもてなしではないか。

「えっと、普通にしてくれてていいって言ったんだけどな……」

 少し困惑気味な表情で里佳子ちゃんがぶーたれている。おそらく、私たちでは到底太刀打ちできないようなお偉いさん方もこの施設をよく利用していらっしゃるのだろう。そういった人たちと、わたしたちとでは明らかに生きている環境が違うが、メイド、執事といった職業の人はお客人がどんな人物であれ最高のおもてなしをするのが礼儀なんだそうだ。

「ふはぁ~……つかれたぁ」

 肩から提げていた旅行かばんをズルッとそのまま落としたせいで、アイの肩があられもなく露出してしまっている。陽焼けの跡が薄暗がりのなかでもわかる。当のアイは今にも地べたに座り込んでしまいそうな勢いだ。少しばかりの緊張感と、やっと目的地にたどり着いた安堵感、それがぷっつり切れるとこうなります。

「けっこう歩いたからな。日も暮れてきたし、今日はもうゆっくりしない?」

 私が提案すると、その案に賛成といわんばかりに目を輝かせたアイが、私と里佳子ちゃんに熱視線を投げかけている。膝頭の位置がさっきより低くなっている。アイを支えている最後の一本の糸も、もうそろそろ切れてしまいそうだ。

「そうね。じゃあ、疲れの吹っ飛んじゃう、いいもの用意しているから」
「え、なになに!?」

 アイ回復。昔、こんなおもちゃ見たことあったな……ボタン押すとシャキッと立ち上がるお人形みたいな。

「おいしい晩御飯と、露天風呂♪」

 今日のイベントはあらかた消化しきったと、ついさっきまで考えていたのですが、普段なんの気なしにこなしている晩御飯とお風呂が、こうもウキウキワクワク感満ちたものになるのも、この別荘が成せる業だろう。恐れ入ります。

 明けて翌日。名古屋のモーニングばりの物量の朝食をとり、プライベートビーチでは肌がリバーシのようなくっきりツートンカラーになるまで遊びつくし、豪華な夕食のあと、お風呂に入ってベッドに横たわる。至高の贅沢とはこのことなんでしょう。あぁ明日、日本に帰らなきゃならないのかと思っただけで、穴という穴からため息が漏れ出してしまうよ。
 日常生活に戻りたくない症候群を発症中のわたしは、自らが発案した本日のメインイベントをきれいさっぱり忘れてしまおうと、頭を縦横斜めに「歌舞伎役者か、おまえは」といわれんばかりに振り回しているところを見られた。

「はるか、ちゃんと持ってきたな」

 作戦参謀がやけにでかい筆記用具入れを持って不敵に笑っている。お腹いっぱい、もう苦しいとさっきまで駄々をこねていたくせに……。

「えらい気合入ってるね、アイ」
「そりゃね。残りの夏休みをいかに有意義に過ごせるかは、今晩の協力にかかっている」

 ニヤリとしたり顔で背後に忍ばせていたソレをそっと取り出す。数学の問題集……宿題の片付け、それが今晩のメインイベントだ。

「三年になったら選択授業で公民を取る」

 頭を抱えながらパイナップルヘアーのアイがもんぞり返っている。

「え、なんで?」
「数学ばかりはどうも苦手」

 ちょうど夜の20時を回ったくらいだけど、外はほのかに明るい。これから始まる夜は長い、なんて息巻いて開いたアイのノートは、開始30分が経てども公式はおろか数字すら書き込まれていない散々たる状況だ。それを優しく見守るは、一年の一学期中間テストからずっと学年成績首位の座を明け渡さなかった『女帝・のぞみん』こと望月(もちづき)希(のぞみ)(もちづきのぞみ)が、初めて敗北を喫した橘里佳子。今、目の前でアイに教鞭を振るっているこの子だ。ま、根が暗いわけでもなく、社交性のきわめて高いのぞみんは、里佳子ちゃんのことを邪険には扱わなかったけど、自分の得意科目で負けたことが相当に悔しかったらしく、それからというものことあるごとに里佳子ちゃんをライバル視している。小テストの点数、実験の成功の合否、授業中に手を上げた回数などなど……よくもまぁ、そこまでこだわる。
 当の里佳子ちゃんは「たまたまよ」の一点張りだが、学年トップの才女を、“たまたま”超えるなんてことは、里佳子ちゃんに実力がないと到底無理な話。そんな先生に教えを請い、夏休みの早い段階でこの面倒な数学の宿題を片付けてしまおうというのが、アイとわたしの目論見だ。

「先生、てんでわかりません」
「ここはね……」

 長い髪を掻き分け、モノを教える横顔はまさに先生。こうやって私服で佇んでいる姿を見ていると、里佳子ちゃんの実年齢はもっと上なんじゃないかと錯覚さえしてしまう。

「ところでさ」

 さっきまで鼻の下に挟んでいたペンを右手に持ち、初心者よろしく、ゆっくりとだが着実に問題を解きはじめたアイが、

「本当に首尾よく海なんてできるもんなのかね」

 と、私たちを見ずに話し始めた。まったく、器用なやつめ。計算式を解きながら話しかけてくるとは。ちゃんと頭に入っているのか? ページを埋めれば良いってモノでもないぞ、アイ。

「だってさ、狙ってなにかを作るなんて無理じゃね? それこそ思い通りに星を操れちゃうじゃない」

 そう、たとえ本当の話であっても、あまりにも突拍子のない内容のものは、虚偽の内容として警告をうけてしまう。
 それがイエローカード、レッドーカード判定なのだが……。

「だからこその、コレじゃない」

 私はバッグの中にしまいこんでいたデジカメと、メモリーカードを机の上に広げ、

「写真を載せれば否応なしに信用せざるを得ないでしょ。これなら警告を受けることもないでしょに」

 私たちが今回の旅の目的である、バカンスを楽しんでいる写真。その写真を日々の日記のひとつとしてブログにアップすれば、それに対応した変化が惑星に起こるはずだ。私の思惑はそこそこ的を射ているはず。このシステムの面白い部分は、それぞれの日記の内容に対するリアクションが、それぞれの惑星に起こるところにある。
 だから、海に訪れたことを日記にすれば、自然とそれに対応した変化が星に起こるはず。

「これで海ができたら、次はゲレンデが良いな」

 快調に飛ばしているアイが、鼻歌交じりにつぶやいた。

「ほら、前を向けば海で泳げて、後ろを見れば山でスキーができるんだぜ? ユメのような環境だよ」
「そんなことできるわけないでしょ……」

 暑い夏と、寒い冬があっての海と雪山だろうが、あんたはもうちょっと風情を楽しみなさい。

「そうでもないわよ」
「え!?」

 里佳子先生曰く、

「どこかの国ではほぼ同タイミングで海水浴とスキーができる場所があるとか……。条件さえ整えば、日本でも無理じゃないわ」
「え、マジ!?」
「マジマジ」

 そのピースはよほどの自信の表れなのか……こんだけ真剣な表情でウソをついてるのだとすれば、里佳子、想像以上の策士だ。

「いや、別に現実世界ってわけじゃなくてもいいんだよ。そんなところがあったら楽しいだろうなって思って。暑すぎず、寒すぎず、ちょうどいい具合でさ。あたしのかわいい子たちもそれを望んでいるのさ」

 あぁ、なるほど、そういうことね。と胸の内で納得する。

「あの摩訶不思議なヌイグルミたちに、ってことね……というかアイ、あんたはアレと会話できるのか?」
「いやね、ここまで賑やかな感じになっちゃったら、あとは自然界を制覇するだけかなって! 今回の旅で海は良しとして、あとは山よ! 山のレジャーといえば、ジャングルクルーズではなく、スキーなの!」

 結局は、自分の星に雪山を作るという名目で、自分がスキーを堪能したいだけじゃないのか? 早くもこの冬の予定に目を輝かせているアイに冷静なツッコミが入る。

「その前に宿題もきちんと自力でやらなきゃ駄目ね。日々の積み重ねが肝心なのよ、アイちゃん」

 目が笑ってない里佳子先生の鋭い指摘にひるむアイ、まさに小動物。とはいえ、アイの提案に私も少しワクワクしてしまっていた。

「スキーか……中学校のスキー合宿以来ね。ってか、スキーなんて片手で数えられるくらいしか行ったことないけど」
「しかも、いっつもはるかと一緒だったからな」
「へぇ~そうなんだぁ」
「そうそう。じゃあ今年は三人でスキーだ!」
「アイってば、もう半年も先の予定立てて……」
「わぁ、楽しそう♪ いきましょう! スキー!」
「はい、賛成多数で決定!」

 三人のうち二人が乗り気な段階で、どうあがいても勝てるはずはなく、今年のワタシの越冬は例年以上に賑やかになりそうだ。

「よし! じゃあリカッチ! さっそくゲレンデ付きの別荘の手配を!」
「もう、そんな都合よく物事が進むわけないでしょ。ねぇ」
「そうねぇ、ごめんなさい、アイちゃん」

 ホラ見ろ、だいたい、プライベートゲレンデを持ってるって……そんな大富豪、ライトノベルくらいでしか聞いたことないぞ。

「ゲレンデ付きではないけど、ゲレンデのすぐ近くの別荘ならあるわよ」


 リゾートでの最後の夜、私たちは花火を打ち上げて今回の旅を締めくくった、と、本来はこうあるべきだ。お泊り先、夏休みの夜といえば相場は決まっている。
 肝試し、キャプファイヤー、そして花火。

「花火は!? 花火やろうよ」

 夏休みが始まる前の孤島ツアー会議中。アイならそう言って、恐らく進行を中断させることだろうと思っていたのだが、その日に限ってはいつになく真面目な顔をしていた。ここで言う真面目とは、アイにとっては“元気がない”とも言い換えられるな。

「はるか、冷静になって。この宿題量は、はっきり言ってあたしたちの手に負えるものではない。そこで、突如現れた才女に教えを請おうというわけさ。孤島バカンスツアー最大の目的其ノ三はこの作戦の成就にある」

 そう、そこでいつもならアイが切り出すこの言葉を、私は計らずも口にしてしまっていた。

「あれ? 花火しないの?」

 夏休み最初に訪れる、最初にして最大のイベント、里佳子ちゃんの別荘へのバカンスツアーを決めた帰りの電車の中も、私たちの議論は終わらない。

「ソレも考えたんだけどさ、もっとすごいもの見よう。はるか、今年何年よ?」
「え? 2017年だけど……あぁ! 今年は花火大会の年か……」

 アイは三年に一度訪れる成城花火大会に里佳子ちゃんを誘ってやろうと、わざと今回の旅での花火イベントをオミットした。どうせ見るならちまちましたのじゃなくて、でっかいのをババーンと見せれば、リカッチもビックリするだろう、とはアイの策略だ。なるほどね、たしかに、あの規模のものを間近で見た日には、普通の手持ち花火なんか到底比べものにならないくらいのものになってしまうからな。ソレを見せてあげたいってアイの気持ち、わからなくもない。目を瞑れば遠くからこだまする花火の音が、パンパン……。

「もしも~し、はるかちゃん起きてる?」

 気がつけば時計の針は深夜0時をとうに回っていた。心なしか頬が痛い……ってか眠い。いつの間にか頬杖をついて眠りこけてしまっていたらしい。回想ではなく、アレは夢ってわけか。

「もう少しで終わりよ。ほら、冷たいジュースでも飲んでがんばりましょう」
「うぅ、ありがとう。あれ? アイは?」

 辺りをぐるっと見回していると、パイナップルがひとつ、地面にぐでんと――酢豚の皿の中に入れられていたものが端によけられているがごとく――隅っこで眠りこけている。

「ものすごいスピードで仕上げて寝ちゃった。ちょっと間違いも多いけど、そこは本人の努力をたたえましょう。よくできました」

 アイに先を越されてしまうとは。さてさて、私だけ置いてけぼりを食らうわけにもいかないな。残りの夏休みを有意義に過ごすためにも、私ももうちょっと頑張らなきゃ。

「ありがとね」
「え? 何が?」
「夏休みにいい思い出ができたわ♪ アイちゃんとはるかちゃんのおかげ」
「ははは、感謝されるとはおもってなかったよ。こっちこそありがとう」
「えへへへ。こんな風に誰かとここへ来ることになるとは思ってなかったの。福島さんも他の皆も驚いていたわ」
「よくこんなに騒ぐな、って?」
「ふふふ、違うわよ」
「なぁに、へんなの」

 一瞬の、沈黙。

「行きましょうね」
「え?」
「スキー♪ 今から楽しみだわ♪」
「そうだね。あ、でも、夏休みもまだまだ長いんだ。いっぱい今のうちに遊んどかないと」
「そうね。ほら、もう一息よ」

 気づいたときにはもうすでに日は高くなっていて、私は軽い腹痛を感じながら目覚めることになった。おかしい、なにか変なものでも食べたかな? 差し込む日差しから弱った我が身を守るべく、かけられていた毛布に包まって小さくなる。すると、その鈍い痛みは、より強さを増して私のわき腹を襲った。

「あいたっ!」

 もとい、打撃だった。前々から気をつけていたことではあった。いつだったかな。目覚めたら鼻血を出していたときがあったっけ。まぁ、そんときは隣で寝ていたはずのアイの見事なソバットが顔面に決まったからであり、今回の衝撃の主もアイに違いないと私は一人結論付けた。アイの隣でダウンするとは、ワタシもまだまだだな。眠い目をしばたき、ゆっくり起き上がって隣人を見下ろす。
 あぁ……いたよ、寝相の悪い優等生が……。

著者:クゲアキラ

イラスト:奥野裕輔

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