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2016.10.11

はるかの星【第3回】

「って感じでさ。本当にすごかったんだから」

 食卓に並んだ夕飯に箸をのばすことも忘れ、わたしはお茶碗を左手に構えたまま、延々としゃべっていた。

「皆さんに感謝しなきゃね。こんど里佳子ちゃんをうちへ連れてらっしゃいな、うんとお礼しないと」

 カツオのたたきに、お惣菜のサラダ、それとお母さんお手製の卵焼きは、たとえ冷めていてもその味がブレることはない。

「ほら、あなたも早く食べちゃいなさい。ご馳走にはかなわないけど、味は良いんだから」
「はぁーい」
「それと……」

 私の長い旅行話に決着が付き、ひと段落を迎えたと踏んだお母さんは、食器をまとめると台所へと消えていった。ソレでなくても、主婦はやたらとやることが多いんだ。ちょっと時間かけすぎちゃったかな……しかし、いそいそとテーブルに戻ってきた母の真の目的は、その両手に抱えられているもので、すぐに説明が付いた。

「はるかのお母さんがヨロシク言ってたって、里佳子ちゃんに伝えといてね。あんたの世話、焼かせちゃったみたいだからさ」

 お土産にともらってきたパイナップル。美味しそうな香りを放つコレを早く食べたかったのか。
 私のお母さん、皆藤美奈子(かいどうみなこ)は面倒見のいい、良いお母さんだ。
 昼間は家計を支えるためパートに出かけ、夜、みんなが帰ってくる頃に帰宅する。そのため、皆藤家では炊事洗濯が完全当番制になっている。
 お母さんの帰りが遅い日は、私か弟のワタルがお母さんの代わりに家の掃除や洗濯、夕飯の用意をする決まりになっている。
 いつからか……そう、あれは私が高校に進級する前年、はるか中学三年生のときだった。
 私たちが幼かった頃に父が他界してしまってからというもの、我が家の家計は母・美奈子の収入で成り立っている。とはいえ、パートタイマーの経済力なんてものはたかが知れていて、それくらいの世間的事情は中学三年生の小さな私の脳みそでも十分理解できた。
 だから、私は私なりに一生懸命勉強して公立高校に進んだ。
 私の進学先も決まり、次は弟の番。そのとき、世間一般に言う物心つき始め、進路に関してはあまり具体的に考えていなかった私たち姉弟を衝撃が襲った。
 お母さんが、過労のあまり倒れてしまったのだ。
 考えてみれば当然だ。朝も早くから私たちのご飯を用意し、日中はずっと立ち仕事。帰ってきてから洗濯物や夕飯の準備をして、気がついたらとっぷり日は暮れている。いったいぜんたいどこで休めというのか。こんな生活を毎日続けてしまっては体に悪いに決まっている。
 今までのほほんと生活していた私の安易な決意。公立に通えばお母さんの負担を減らせるという、浅はかなスポンジ的発想の隙間に詰めれるだけの後悔の念が詰まっていく感じだった。
 あのとき、アイのお母さん、二ノ宮祥子(にのみやしょうこ)さんが助けてくれなかったら、はてさてどうなっていたことやら。
 それからだ、私たち姉弟の約束ができたのは。

「いい? 高校生になったら、お母さんを助けるために、いろいろ決めようと思うの」
「んあぁ」

 姉の不意の決意に、弟のワタルがあくびで答える。

「そうねぇ……私は高校はいったら、部活やらないでバイトするわ。そんで、家事の手伝いをするの。うん、決めた!」
「バイトね……」
「部活してバイトしてじゃ、好き放題やり放題だからね。バイトする。あんたもなにか家庭のためになることをしなさいよ」
「ソンなんすぐに決めらんないよ」
「じゃあ高校生になる前に決めることね」
「高校生ね……」

 今日、食卓についていない高校生になったワタルは、バイトではなく部活動を選んだけど、それはワタル本人が目の前にいる状況で回想するとしよう。こっちもこっちで長くなりそうだからね。
 というわけで、今日の食卓はお母さんと私の二人っきり。パート先でもらってくる賞味期限ぎりぎりの食材は、劣化しているというだけでもう見限られ、私の食卓に回ってくるというスンポーだ。この『カツオのたたき』だって、まだ美味しく食べられるのに。

「今晩がギリギリなんだって」

 お母さんはいつもこうやっていろいろなおかずをもらって帰ってくる。しかしながら、日々様変わりする夕飯のメニューの中で、唯一お母さんが担当のときに出てくるレギュラーメニューというのも、なかなかに侮れない。それがこの卵焼き、外見はしっかり焼き色が付いているのに、中はトロッとしていてジューシー。こればっかりはどうやってもまねできない。これだけでお金とれるんじゃないかな?
 母曰く、美味しい料理の作り方は、愛情と、

「出汁が決め手よ」

 らしい。

 母に遅れて夕飯を食べ終え、私はすぐに自室へと戻った。いよいよこれから私の星に待望の“海”を作る準備を始めるためだ。大事に聞こえなくもないこの事業、しかし私が行うことはシンプルだ。スマホで日記を書くだけ。充電ケーブルに接続されていたスマホがキラ星のように光りを放っている。どうやらメールが届いているようだ。送り主は『Planetぜろ』。そこから送られてくるメールには実にさまざまな内容の記事が掲載されている。その週に開催予定のボランティア活動や、地域のイベント、トップブロガーの日記、今週のピックアップ惑星、驚きの日記内容トップ10、などなど。
 色とりどりなリンクの掲載された本文を読み進めていくと、一番下に自分の惑星の現在状況が記載された欄が現れる。前回のログイン時に比べて惑星が半径何km成長したとか、惑星人の数が何人増えたとか、先日は何人のユーザーが星を閲覧したとか、惑星の天気とか、こちらもとりあえずいろいろだ。一通り知りたい情報をさらうだけなら、このメールを見るだけで十分なのだが、それではやはりこの『Planetぜろ』の醍醐味は味わえない。
 メールの最後、一番下に記載されているハイパーリンクで自分の惑星にダイレクトアクセスし、自分の星を観察してこそ、この『Planetぜろ』の面白みがあるというもの。
 人気の理由? その答えは、私が思うに他人より秀でていたい、というか目立ちたいという人間的な本能部分によるものなんじゃないかな。より可愛くHPをデザインしたり、色々なブログパーツをデコレートしてみたり。
 だけど、このサイトの売りは他のどれとも違う、惑星を所持するというこの一点につきる。自分の思いのままにデコったりすることはできないけど、思い通りの成長を促そうとすると、自分の行動が一番の鍵になってくる。
 そこで話が大回りして戻ってくるが、今回の「海遠征」は開拓日記に海の日記を写真付きで載せることで、私の星に海を作る計画だったというわけ。
 そのためだけの海遠征だったのか? と聞かれると、ものすごい根暗なイメージが付いちゃうな。海にはもとから行きたかったんだよ。そりゃ女の子ですから、キャッキャ、うふふ楽しみたいじゃない。私、海好きだし。

 デジカメから画像データをスマホに吸い上げて日記にアップ。日記には、この三日間で起こった出来事をつらつらつらと書き連ねる。
 高級ホテルのような別荘、豪華なご馳走、バーベキューパーティーに宿題戦争、それにどこまでも広がる透きとおった青い海!
 うん、良い感じだ♪ これで私の思惑通りことが運べば、明けて翌日の報告メールには、惑星に海ができたとの報告が入っているはず……惑星人がバーベキューパーティーしてたりして。
 ちゃんと日記がアップロードされたことを確認し終えた私は、お風呂に入って就寝することにした。そういえば、旅行前に寝ぼけて部屋を出たときはぜんぜん気にも留めていなかったが、私の部屋の散らかりようといったらないな。旅行に着て行くため、お気に入りの洋服を取り出すべくタンスは噴火口のように盛り上がり、寝巻きはなんとも無造作に脱ぎ捨てられていたままになっている。……とりあえずバラの香りの消臭スプレーをシュッとひと吹きし、脳内でまたあの島へと向かうことに。同じ日本で、なんでこうも違うかね。

 絶好調のエンジンよろしく、夏の太陽が今にも縦に横に動き出さんとウズウズ揺れている暑い朝。
 これから一日が始まるというのに、睡眠にその生気の大部分を使ってしまったのか、旅の疲れが一気に全身を襲い、体がやけにだるい。現実に戻された私の体が軽い時差ぼけでも起こしているのか、体内時計が狂っているのか、はたまた私の頭が沸騰寸前ヒートアップしているのか、時計の針はすでに14時を回っていた。寝すぎだ。
 家の一階は今の時間、誰もいない。弟は合宿中でいないはずだし、お母さんはパートの日だ。陽が沈むまで帰ってこないだろう。そういう私はバイトもないので、日がな一日家の中でごろごろするだけなのだが、何か目的を見出さないともったいない。とはいえ、先日の旅行の準備にやたらと出費がかさみ、豪遊を決め込むこともできないこの状況でいったい何をしろというのか。お気に入りのDVDをエンドレスリピートで再生しながら、ネットサーフィン? これが健全な女子高生の夏休みあるべき姿なのかな? いやいや、たぶんって言うか、絶対違う。断じて否である。
 しかし、習慣というものは恐ろしいもので、アイに銀河系へ招待され、自分の星を持つようになってからというもの、私は冷蔵庫から飲み物を取り出だすと同時に、『Planetぜろ』のアプリを開くというルーティーンができてしまっていた。
 サイト内のメールボックスに届いている、いまだ未開封表示になっている『Planetぜろ』からの報告メールを開くと、特別報告欄には期待していた通りのお題目が掲げられていた。

『Topic! 【はるかの星】に、新しく海ができました。新しい海の仲間を増やして行こう』

 やった♪ 思惑通り、私の星に海を作ることに成功。いままでは土気色だけだった大地には海と森ができあがっており、その景観は数日前に私たちが体験した里佳子ちゃんの別荘のソレと、瓜二つの様相を呈していた。若干の不安はあったものの、首尾よく物事が運ぶと、やっぱり嬉しくなっちゃうよね。宿題も片付いたし、私の星に海も出来たし、それでいて南国リゾートを堪能できた思い出もあるっていうんだから、言うことなしだよ。
 早速この出来事を、我がプラネット仲間にも報告せねばなるまい。私の星にリンクしているさまざまな星のオーナーに、海が出来たことの自慢メールを送りつけてやるとしよう。みんなうらやましがることだろうよ。おそらく、私がプライベートビーチではしゃぎまくっている姿にね。

 この思い出の所有者は、もちろん私一人ではない。旅先から帰ってきて以来、『昔はよかった』と連呼するアイの惑星にも、早くも冬に向けての準備に余念がない里佳子ちゃんの星にも海ができているはず、だったのだが……。

「はるか! 見てよ!! 私の惑星人が電気を生み出したんだよ!!」

 アイの星にもたらされたメリットは、『惑星人の知能レベルUP』というものだった。これはなんで? と不思議に思い、アイの書いた日記を読み返してみると、なるほど、宿題がすべて片付いたことに焦点があてられたものになっていた。

「やっぱ、同じ旅行の日記でも、こうも星に与える影響は違うもんかね」
「あたし、がんばっちゃったもんね」

 ご丁寧に自身が完遂した宿題のページを見開きにしてフレームに収まっている姿は、どこか貫禄すら漂う異様な写真に見えた。初見の人はアイのひととなりを、この写真を見て一体どう思うことやら。宿題のほとんどを終わらせて、いまだ夢の中で終わらぬ宿題と格闘していたであろう私を指差しながらにやけている写真の中のアイ。フンと鼻息を荒げている星のオーナーが続ける。

「宿題、がんばった甲斐があったってもんよ」

「私の星? あ、見たこともない惑星動物が増えたわ♪ 新しいお友達ね」

 里佳子ちゃんは、ブログにやたらと私とアイの写真を載せていた。ジャングルで汗を流しながら行進していたとき。浜辺で羽目をはずしてはしゃぎまくっていたとき。夜、寝る間を惜しんで宿題を片付けているとき。やたらと写真を撮っていた記憶があったにはあったが、よくもまぁこんなに貼り付けたものだ。中にはいつ撮られたのか気づかないというか、覚えのない写真まで入っている。まったく持って恐れ入ります。

「だって、楽しかったんですもの♪」

 その写真をひたすら撮り続けていた里佳子ちゃんの惑星には、今まで見ることのなかったかわいい動物が増えていた。これは……なんだ?

「カワイイでしょ♪ パンダなの~」

 なるほど。日焼けあとのくっきりはっきりなアイと私そっくりだ。
 私たちは間違いなく同じ日に、同じ経験をした仲間なのだが、書いた日記、伝えたいことが一つ違うだけで、星に起こる変化こんなにも変わってしまう。これが『Planetぜろ』のすごいところであって、万人を惹きつけるポイントになっているんだと思う。
 これが結構地味な作業ではあるが、実際に自分の星が育っていき、イキイキと生命がうごめいている姿を見ているのは、熱帯魚のような美しいものを水槽越しに観察しているのに近い感覚で、見ていて楽しい。なにより投稿して楽しい。それがこの『Planetぜろ』なんだ。

著者:クゲアキラ

イラスト:奥野裕輔

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