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2016.10.18

はるかの星【第4回】

 私の星に海ができるという劇的な変化が起こってから何日かが経過し、夏休み特有の生活スタイルに体が慣れ始めた8月頭。すでにかなりインパクトの大きい経験をしてしまったため、何も起こらない毎日が、退屈この上ない。
 しかし、テレビから発せられる機械的な音で包み込まれたダイニング空間とは裏腹に、8月を迎えた『Planetぜろ』は、にわかに活気を帯び始めている。ソファーに深々と身を沈め、スマホを操作していると、静寂を切り裂く高音が突如鳴り響いた。

「もしもし?なに、アイ。」
「もしも~し、は~る~か~? ヒマダヨゥ……」

 今日は私、そして電話の主であるアイもバイトが入っていない日だ。校則で禁止になっていることを知ってか知らずか、絶妙なシフトを組み込んでくる店長、さすがです。
 電話口の向こうにいるアイも私同様にネットサーフィンをしているようで、彼女いわく、いよいよ、

「惑星品評会だよね? もうそんな時期か」
「そうそう! 年に二回、夏真っ盛りのこの時期と、あとは年末。時期的に言って年末のほうが色々と派手で面白いんだけど、この夏も重要よ」

 この時期になるとユーザーは皆、この品評会を意識してしまう。数日後に迫った惑星品評会に向けての最終調整に入ったユーザーが、こぞってこの夏に起こった身の上のビックイベントの数々を日記に書き込んでいるのだ。普段は日記をアップしないユーザーも、なにかおこぼれに預かれればと、そのアップ数を増やす。もちろん、ヘビーユーザーにいたっては一日に数回アップする人もいれば、一時間に一回は必ずアップしている人もいる。特に、優秀惑星賞に輝いた人の星には、シークレットアイテムが付与されるため、このときのためにがんばって惑星を繁栄させるものも少なくはない。

 メールを開ければ一番に飛び込んでくるのが『前期品評会迫ル!』というバナー。メインスポンサーの企業バナーよりも大きく表示されるソレは、意識するなというほうが無理な話で。

「ほら、いろいろ記事をアップしても、星が成長しないといけないじゃない。それも自分の思うように大きくなってくれればいいんだけど」

 狙ったとおりの惑星を作り上げるという作業は、このメカニズムを持って考えるとほぼ不可能になる。それは、自分の体験したこと、つまり日々の日記の内容に応じて星が変化するからだ。その人となりを反映しているのが星そのもの。とすると、それに反する成長はほとんど望めないということでもある。
 たとえば、里佳子ちゃんの惑星はわかりやすい。いたるところに別荘を構えているお嬢様の日記は、『○○に行って天然記念物の○○をみました』とか、『世界遺産登録されている○○に行ってきました』とか、自然に関するものが多くUPされるようになった。その日記が反映された里佳子ちゃんの惑星は、なんともアーティスティックというか、文化財や自然で満ち溢れている。写真つきでUPされるとより色濃く反映されるし、イエロー判定を受けることもない。
 その人の色をよく表しているのが、各々が持つ星なのだ。

「ほら、ヌイグルミ集めるの好きじゃない? あたしってば」
「知ってるよ。ってかちゃんと掃除してる? このあいだ部屋にあがったとき足の踏み場がなかったじゃない」
「いや、ほら、その位置においてあることで、場所を記憶しているから、むやみやたらに動かせないのよ」

 つまるところ、掃除していないらしい。
 ぬいぐるみやフィギュアの類を集めるのがアイの趣味。小学校の低学年時、私がアイの誕生日にプレゼントしたクマのぬいぐるみが引き金になったのだろう。学校に持っていって先生に怒られているところも見たし。
 それ以降、何かに憑り付かれたかのように、かわいいヌイグルミをみつけては、コレクションとして自室の一角に飾り続けている。物が増えに増えて早10年。その一角が崩れ落ちてしまえば足の踏み場がなくなってしまうほどの数々。大きさ、種類も各種取り揃えられており、珍しいものではマッコウクジラの抱き枕ヌイグルミなんてのもあった。
 そのヌイグルミと珍しいフィギュアの収集の歴史がふんだんに書かれたアイの日記は、画像つきで、見ていてとても面白い。そして、アイの惑星にはヌイグルミそっくりの生物が住み着いているのだ。これがぴょこぴょこ動くもんだから、かわいいのなんの。
 お人形さんに囲まれた暮らしを御所望のあなたは、一度アイの惑星を訪れることをお勧めする。

「でも、そのおかげでかなり賑やかになったんだよ。これは今期こそ賞を獲れるね」

 賞の数というのは厳密には決まっていないらしい。多くの会員が、いったいいくつ存在しているかもわからない賞を狙って惑星育成をするのだが、その星の目立っている部分が他の星より際立っていれば、受賞の可能性は十二分にありえるのだ。
 初めてアイの惑星を見たときは、かなりド肝を抜かれたが、今はそれ以上の盛り上がりを見せている。今期こそ、何かしらの賞を獲得してやろうというアイの意気込みは、手に取るようにわかった。

「ぶっちゃけ、今度こそ賞がもらえそうな気がするんだよね」
「けっこう大きくなったもんね」
「そこで、なんだけど。発表の日はリカッチと一緒に集まって、表彰されたかどうかチェックしない?」
「え、別にかまわないけど……いったいどこで?」
「へへ。実はさ、さっきリカッチから電話があって、一緒に見ようと誘われたんさ。駅前のファーストフードに集合ってね」
「へぇ~」

 ちょっと意外な提案だった。こういった催し物はたいがいアイから発案されるものなのだが、里佳子ちゃんから何かしようと誘いを持ちかけられることは、恐らくコレが初めてだろう。お昼を食べるときですら私たちの出方を伺う子にしては、粋な提案をする。

「いいよ。発表の日はバイトも無いし。他の予定もないからね」
「よっしゃ、決まり♪ じゃあ、10時に駅前ね」
「早っ!」
「だめよ、夏休みだからって、いつまでも寝てばっかりじゃ」

 モノマネっていうのは、声色を似せるものだが、まったく似ていないアイの里佳子ちゃんのモノマネは、雰囲気をよく捉えた秀逸なものだ。同い年のはずなのに、上から語りかけられるあの感じはなんとも言えない大人な雰囲気をかもし出すのにもってこい。

「はいはい。じゃあ10時ね。あんたこそ、寝坊しないように気をつけなさい」


 迎えた発表日当日。駅前にあるファーストフードの一角に陣取るアイと里佳子ちゃんと私。

「じゃじゃーん、それでは、2017年上半期の結果発表に移りたいと思います!」
「わぁー♪」

 実に楽しそうなこの二人、暑さなんてどこ吹く風といった感じだ。

「二人とも、事前チェックなんて無粋な真似してないでしょうね」
「してませーん♪」
「アイ、そういうあんたこそ、こっそり見てたりしないわよね」
「してないモン!」

 しかしながら、その顔はどこか自信に満ち溢れており、今回こそは何かしら受賞できるはず、といった確信に近いものすら感じさせる。それもそのはず、一日の長というか、アイの星はかなり出来上がっている洗練されたものだから、受賞の可能性があるとすれば、私でもなければ里佳子ちゃんでもなく、アイのソレしかないはずだ。できれば私たちだって何か賞をとってみたいものだが、始めたばっかりの数独のような虫食い状態では、いくらインパクトのあるオブジェクトがあっても厳しいものがある。
 と、考えているのは里佳子ちゃんも一緒のはず。チラッと目配せをすると、私の意を汲み取ってくれたのか、困った顔で笑顔を作って見せた。
 それよりも、ウキウキ気分でオーバーヒート寸前のアイを落ち着かせるほうが先決だな。たまらず会話の口火を切るアイ。

「で、誰の星からチェックする?」

 メインディッシュは最後に取っておくとして、私と里佳子ちゃんどちらから発表したものか。残念ながら両名とも受賞はしていないだろうし、もったいぶるほどでもないから、といろいろ考えていると里佳子ちゃんが切り出した。

「じゃあ、私の星から見てみましょうよ」

 里佳子ちゃんが自分の星にアクセスする。サービス開始当時から育成を始めているアイの惑星をはじめ、私たちの惑星が形成する銀河系は、自分たちで言うのもなんなのだが、たいした物になっているはずだ。そのうちの一つが注目されててもおかしくはない。

「残念、私の星は今回の表彰には入らなかったみたいね」

 何かしらの賞を受賞した人の惑星には、受賞を称えるメッセージと、あるモノが贈られているはずだ。そのルールからすると、ログインした里佳子ちゃんのメインページにも当然その報告が送られてきてしかるべきなのだが、送られてきていたのは企業の広告メールのみ。画面上部についているタブをクリックしてページを変える。表示されたのは里佳子ちゃんとリンクを張っている惑星が形成している銀河系だ。通常の考え方なら、一つの惑星が所属できる銀河系というのは、もちろん一つなんだろう。起点になる太陽を中心に、その周回を取り巻く惑星は一つの軌道をしか描くことはできない。しかし、そこは仮想空間の話。一つの惑星が所属できる銀河系は一つではないというのが、この宇宙空間のミソだ。
 同じく結果を確認すべくアクセスした私の「はるかの星」も、いつもの景色と何ら変わった様子はない。

「残念、私も選ばれてなかったみたいだね」

 おおよそ予想はしていたので特に落胆などはしなかったんだけど、私たち二人を気遣ってか、はたまた余裕の表れか、アイが私たちの肩をポンポンとたたく。まぁ、気を落とさないで、といったところか。

「じゃあ、オオトリはアタシだね! 今回は自信あるんだぁ」

 私たちにも見えるようにスマホをテーブルに置いてアプリを立ち上げる。

「あら?」

 表示されている惑星名は間違いなくアイの星のものだ。だが、いつもとは少しばかり様子が違う。まるで日中に電飾煌くパレードでもやっているような絢爛豪華っぷり。どんどん近づいていくと、答えはおのずと目に見える形で現れた。見た目ファンシーなアイの星がキラキラ光っているものだから、いつもより楽しそうに見えてしまう。画面正面に座っていた里佳子ちゃんが、スマホをくるっと回してアイのほうへと向ける。

「アイちゃん、どうぞ」

 アイに向かって微笑みかける。わくわくしている本人の表情もほころんでいるのだが、ソレを見ている私たちの顔も自然とほころんでしまう。
 期待から来るものからなのかどうかはわからないが、アイがぷるぷる震える感じで画面をタッチすると……。

「わぁ、やったぁ! 私の星が受賞してるよ!」

 見たこともない服をまとった、ゆるーい、なんとも表現しようのないキャラクターたちが思い思いに踊りながら、街のメインストリートを練り歩いている。惑星自体のサイズはそれほど巨大ではないので、行進はぐるっと惑星を一周し無限ループを構成している。犬が自分の尻尾を追って、くるくる回っている姿をたまに見るが、そんな感じだ。楽しそうにしているという点で言うなら、あながち間違ってはいないかな。
 そして、今まで賞らしいものといえば、学校の皆勤賞くらいしか取れていないアイにとって、これはかなり嬉しい出来事だったに違いない。なんたって、あのアイがわたしたちにシェイクをおごってくれたくらいだからね。

著者:クゲアキラ

イラスト:奥野裕輔

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