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2016.10.25

はるかの星【第5回】

 しかしながら、それ以降の私たちの日常は、至って平々凡々。朝起きて歯磨きをし、パソコンでネットサーフィンをしたら買い物に出かける。晩御飯の食材を吟味しながらショッピングモールを練り歩き、帰ってきたら炊事に洗濯、お風呂掃除。ご飯食べて、後片付けして、テレビを見て寝る。コレの繰り返しが夏休みというものだ。若干の変化が訪れるとすれば、それはバイトに行くときくらいなもので、そこで運命的なイベントが起こるのかと聞かれると、大いにノンだ。バイト先でコーヒー注いでて大事件に遭遇するほうが難しい。かといって強盗などに襲撃されるのもまっぴらゴメンだ。
 たまらず二、三度箸を転がしたことがあったが、到底笑えるはずもなく。さらには、日記にアップするネタもない。遠出をしようにも、資金がない。イベントごとも8月終わりを迎えなければめぼしいものが何もない。ないないないのないづくし。夕飯の買い物をしているときも大きなイベントごとはなく、無事家に帰り着いてしまった。

「ただいまぁ!」

 大きなバッグを、そりゃあもう無造作にテーブルに置いたかと思うやいなや、ワタルは糸の切れた操り人形のようにイスに腰を下ろした。
 二葉明星高校に通う一年生。皆藤ワタル。
 登下校時は制服の着用が義務付けられており、夏のこの暑いさなか、練習でくたくたになったあげく、シャワーも浴びずに袖を通すYシャツの感覚は、そりゃもう気持ち悪いのなんの、とは弟談。そのうえワタルが通っている高校は、私と違って自転車を漕いで20分はかかる距離にあった。部活帰り、山あり谷ありの復路は、さながらトライアスロンの様相を呈していて、エンプティーだったワタルの燃料タンクを空雑巾で綺麗に拭きあげるのには最良の道のりだ。
 バスケット部に入部したワタルは、いろいろ恵まれている条件が重なり、ルーキーにしてレギュラーとなった。そのせいで、という言い草は物議をかもしそうだけど、こんなに遅い時間まで、夏休みだというのに学校に縛られている。ま、本人が好きなら、私に止める権利なんてものは一切ないんだけどね。
 背番号10は右に左に動いた挙句、年功序列のあおりを受けて練習後のボール磨きをし、3段までしか変速の利かないチャリンコを飛ばし、今は台所で昇天している。右手につまみ食いをしようとして持ち上げたミートボールの刺さったフォークを持ちながら。つまみ食いするか、寝るか、せめてそこんとこははっきりしてほしいものである。怒るに怒れん。刹那、脊髄反射のごとく顔を上げる。

「ねえちゃん、晩飯まだ~?」
「いろいろと言いたいことはあるんだけど、まずはその行く末を案じているミートボール君を食べるか、戻すかしてやってくれ。話はその後だ、我が弟よ」

 言うが速いか、行うが速いか、ミートボールがダンクシュートよろしくワタルの口の中に叩き込まれた。ワタルもダンクシュートできるのかな?

「モグモグモグ……べぼばぁねぢゃん」
「飲み込め、話はその後だ、我が弟よ。この際、つまみ食いは許そう」
「……ッ。学校と家の間にうまいことコンビニかなんかがあれば、そこで食料を補給することができるのにって思わね?」
「まぁ、たしかにね。ここいらでめぼしいお店って言ったらミチ婆のやってる駄菓子屋くらいなもんだから。部活終わる頃には閉まっちゃってるか。スーパーも逆方向だし」
「本買いに行くのだって駅のほうまでいかなきゃいけないしさ。さすがに不便だよ」
「不便、か……」
「モグモグ……。あ痛っ!」

 三度目のダンクシュートをブロックすることに成功。

 私の住んでいる成城町は田舎町だ。いまどき珍しく、最寄りのコンビニまで自転車を飛ばしても最低、10分はかかる。しかも駅や二葉明星とは逆方向。弟はよく成城大三角形と揶揄するが、まさにそのとおりの位置取り。どこへ行くにも、徒歩という選択肢は皆無。街中で歩いている知的生命体といえば、時間を気にしないおじいちゃんおばあちゃんか、宇宙人くらいだ。
 それほど、何もない。
 そもそもそんな田舎町に校舎を構えている二葉の立地条件からいろいろとつっこみを入れたいところだが、PTAからはなかなか好評で、自然環境の多い中でのびのびと教育を受けられるとこがいいらしい。ごもっと言おうか、なんと言おうか。

「電車通学すると金かかるし、母さんに負担かけられないじゃん」

 今日、丹精こめてスーパーがあらかた形作ってくれたミートボールを、私がこうしてフライパンの上でコロコロと転がしているのは、もちろん夕飯の準備のため。お母さんがパートで帰りが遅いときは、私かワタルが代わりに炊事洗濯などの家事をするルールになっている。
 今日は私の当番の日。だいたい週に二度くらい回ってくるのだが、私も私でバイトがあることがあるので、そんなときは弟のワタルが代打に立つ。頻度で言うとワタルのほうが回数が多いかな。部活が終わって帰ってきてからご飯などの準備をする。たぶん、本人は相当疲れているだろうに、弱音を吐くことは今まで一度もなかった。
 好きなことをさせてもらえるなら、贅沢は言わない。それがワタルのポリシーであり、私たちのルールでもあった。月々お金がかかるケータイも持たない。部活が終わったらまっすぐ帰って家の手伝い。ボールを奪われたらゴール下はガッチリ死守。献身の象徴、それがワタルだ。
 だから、そのワタルが、二回目のダンクシュートの処理を終え、冗談とはいえ欲を押し出して言ったあの言葉が、いやに耳に残ってしまった。

「あぁーあ、近くにコンビニできないかな……」

 アプリを起動し、お知らせボックスを覗いてみる。
 夏休みになってしまうと、学校での刺激的な出来事との関与がほぼ不可能になり、もともと刺激に満ち溢れた学園生活を送れているのかと聞かれれば、帰ってくる返事の大半は「ノー」な中にも、若干の好奇心を掻き立てる出来事の一つや二つはあった……ごめんなさい、一つあったらいいほう。
 マイページから伺える「はるかの星」は、大陸西方に出来た大きな海のおかげで若干の彩りを得た。海ができて、川が流れ、町の中に噴水とかも作られるようになって、以前にも増して水水しさを得た感じだ。
 けれど、私の惑星には文明の香りがあまりしない。車も走ってなければ、電車も通っていない。自転車らしき乗り物に乗っている人がちらほら見受けられるが、大半の人の移動手段は、馬みたいな生き物に乗って移動するか、これまた足の速い亀……っぽい生物の上に乗って大勢で移動するかだ。現代で言うところのバイクと車みたいな関係。都市部から海へ行こうものなら、キャラバン隊を結成して大移動をする毎日。物流ルートがしっかり構築されていないから、物資を獲得するにも自分から出向かなければならないのだ。自転車の人は自力だから超大変。そう、この「はるかの星」にも文明の力は必要不可欠だ。それこそ、みんなの住んでいる町の真ん中にコンビニでも開店しようものなら、この星の住人の満足度は飛躍的に向上することだろう。

 きっかけは些細なことだったんだ。
 親指、人差し指と中指を駆使して文字を入力するフリック入力。誰に教わるでもなく、自己流で習得した技術は正確だが実に滑稽だ。まるで宇宙人が得体のしれない物体を物色するがごとく、踊る三本の指。「はるかの星」の創造主にして、この星のマスターでもある私自身が宇宙人的な手つきで、現実的な日記を淡々とつづる。この日記内容はいつも宇宙の理に反し、現実的で普遍で平凡でありきたりなものだ。変革が必要なとき、人類はいつも偉大な人物をたたえる。私、はるかもこの不可思議な手の動きでこの星に変革をもたらそうではないか。

『実は、私の家の近くにコンビニが建設予定との……』

 書いた日記の内容に応じてさまざまに変化していくのが、この『Planetぜろ』の特徴。この世界に何が起こるのか、私はひそかな願いをブログに託した。

 翌日、いつもどおり画面を見ずにアプリを起動させ、お知らせメールを開く。添付メールをいちいちより分けていかずとも、なにか新しい変化が星に起こると、ビックリアイコンが文頭に表示されるので、否が応でも気づいてしまう。わくわくどきどきを抑えながらお知らせメール添付を開くと、ファンファーレとともにデコ文字がモニター上に躍り出た。

『はるかの星にコンビニができた』

 私の思惑は、何の障害もなく、静かに叶っていた。しかし、神様は気まぐれだ。この惑星にはその文明の進歩の度合いに合わせて、次第に発展を遂げるだけの時間、地盤はあったのだが、めんどくさいこと全部すっ飛ばしてコンビニを建ててしまった。まぁ、便利にはなるからいいんだけれど。ともかく、私の星はここを新たな商売の地としてよりいっそう活気付くこととなった。
 コンビニとはよくいったもので、いわゆる便利スポットになりつつあるのが現状だ。食料や衣服などの生活必需品に加え、本や筆記道具、靴にペット、まさにない物はないくらいの品揃えのお店だった。こりゃ、百貨店並みの品揃えだ。と、つっこみたくなったが、きっかけを作ったのは、ほかでもないこの私。暮らしに不便さをもたらすものではないので、そこんとこ大目に見ておいてくださいな。
 百貨店顔負けの様相となりつつある『はるかの星』のコンビニは、周囲にも好影響を与えた。どうやら、大量の人材雇用があったらしく、海から店へ、山から店へ、工場から店へと人々がせわしなく動き回っている。この星は、以前より活気に満ち溢れていた。
 そうそう、活気に満ち溢れた、といえば、この階段をけたたましい音を立てて上ってくる威勢の良い足音も、活気に満ち溢れた青年のものだ。

「姉ちゃん、大ニュースだよ、大ニュース!」

 勢いよく部屋のドアを開けるワタル。この皆藤家2Fという空間には、そもそもプライバシーという概念がない。扉を閉めていても大抵の音は筒抜け。きゃぁっ、っとでも悲鳴を上げればこの悪しき習慣はなおるのかしら。

「ちょっと、ノックくらいしたらどうなの? 着替えとかしてたらどうするつもり」
「別にそんな目新しい光景じゃないし……」
「プライバシーの問題よ、プライバシー」
「姉ちゃん気にしたことあったっけ」
「あるわよ、そりゃもちろん。これでも、花も恥らう17歳の乙女なんだから」
「そんなことより、聞いてくれよ」

 “そんなこと”扱いされてしまった。

「近くの更地にコンビニが出来るんだって!」

著者:クゲアキラ

イラスト:奥野裕輔

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