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2016.11.15

はるかの星【第8回】

「そういえば、はるか知ってる?」

 クーラーの効いたファーストフード店内。ジンジャーエールの入ったカップにストローをさし、器用に口にくわえたまま、飲んでいるのか飲んでいないのかわからないが確かな口調で聞いてきた。

「なによ、やぶからぼうに」
「なにって、大ニュースよ、大ニュース!!」
「出た。どうせたいしたことじゃないんでしょ」
「え、本当に知らないの?」
「だから、なんのことよ」
「ん~、ちょっと待って」

 アイが手持ちバックの中からスマホを取り出す。自慢の長く伸びた小指の爪をうまく使い、画面をタッチしていくアイ。ある程度画面が進んだところで、アイの手が止まり、液晶をこちらに向けて、

「これだよ、こ~れ!」

 見ろ! とばかりに近づけてきた。
 それは、全国で何万人ものユーザーがいるポータルサイト『webweb』の画面だった。このサイトの特徴は、ローカル色の強い記事でもニュースとして取り上げてくれる点にある。
 表示エリアの詳細設定は、国→県→市の順で選択できる。アイがデフォルト設定にしているのはもちろん大宮。そのエリア版トップページに踊っている大きな記事の見出しに、私はすぐに反応することができなかった。

「あれ、ビックリしない?」

 見出し以前に、私の視線は同時掲載されている記事の写真に目を奪われてしまっており、事態の把握に少々時間をくってしまった。

『大宮に新たな血脈を』

 東関東と都心部を結ぶ私鉄の開通計画が、ここに来て急浮上した。これまでは県議会で検討されていた議題だったが、先の議会で賛成多数によりこのプロジェクトは民間企業へと指揮権限を移譲し、今回の発表となった。
 このプロジェクトを落札した東関東及び都心一帯の私鉄を管理運営する『株式会社東日本鉄道事業団』の取締役社長である光岡清太郎氏は、「今まで首都圏への交通手段は日本鉄道の一本のみで、東関東在住の方々は少なからず不便さを感じていらっしゃったはずです。この度の鉄道路線開発にあたり、東関東一帯の地域住民皆様の不便さを少しでも解消できればと考えております。」と、意気込みを述べた。
 早ければ来年初頭に着工が始まり、延べ5年をかけて新たな路線が首都圏へと延びることになる。

 写真には社長らしい男の人と、見覚えのある男の人が誇らしそうに立っていた。少し色白で細身の体形のビジネスマンがかけている眼鏡は、フラッシュの光を浴びて銀色の輝きを放っていた。
 アイの大ニュースの出所はいつも不明瞭かつ不鮮明極まりないが、こんなものを突きつけられて信じるなというほうが無理だ。

「あんたの家の近くに私鉄が走るようになる計画があるの。昨日のニュース見てなかったの?結構騒がれていたのよ。……もしも~し、聞いてんの?」

 このあいだ、三橋用水路の行き止まりで会った高級車の銀縁眼鏡の人に間違いない。社長の横で大きな書類鞄を抱えてにっこり微笑んでいる人に、私はつい先日会って、あろうことかジュースまでご馳走になっている。
 え? しかも私の家の近く?
 鉄道が開通予定?
 あれは、じゃあコンビニじゃなくて、駅かなにかができるからその視察ってこと?
 いやいや、でもそう考えれば彼らがあそこにいたことがスラスラと説明できる。ということは、家から都心までかなり楽チンに行けるってことじゃあないか!

「もしも~し」

 脳内疾走を続ける私をよそに、アイは何やら不機嫌な顔をしてこちらを見ていた。

「一人で勝手に楽しまないの」
「いや、この人に私会ったんだよ、ついこのあいだ」

 アイのスマホ画面を指差す。間違ってディスプレイに触れてしまったため、私が指差した人が拡大表示された。さすが高画質を謳っているだけあって、近寄るとますます表情がわかりやすくなる。間違いなくこの人だ。

「へぇ~、どこで?」

 早くも結露し始めたカップに刺さっているストローを、頬杖つきながらクルクル回し始めた。アイの癖。イライラしているときはモノを回す癖。人を待っているときは棒付のキャンディーを口の中でコロコロ。試験中、難しい問題に出くわせば、持っているボールペンをクルクル。そして、自分がつまらないのに、他人だけ楽しそうなところを見ていると、中身が入っていないコップでもお構いなしにストローをクルクルグルグルかき回す。

「ほら、アイがこのあいだ教えてくれたコンビニの建設予定地あるじゃない?」
「あぁ、はるかの家の近くにできるってアレね」
「そう。そこに行ってみたときに……」
「おぉ、やっぱり見にいったんだ?」

 本当に行くとは思っていなかったよ、そう聞こえてきそうな表情だ。別に怒りゃあしないから、言ってもかまわないぞ。

「勧めたのはアイじゃない。ま、いいや。で、そこ行ったときに会ったのよ、この人に」

 テーブル中央に横たえられたスマホを、自分が見やすいように移動させてアイが見入っている。こういうときの対処法。私はすでに心得ておりますので、とっさにハンドバックの中からアレを取り出して、アイが動く前にアクションをとる。

「ホンと……」
「本当よ。ホラ、証拠に……」

 自分が仕入れた情報には無条件に食いつくが、どうも他人発信の情報には食って掛かるキライがあるアイ。別にいつものことだからいいんですが、こうも毎回「本当に?」と聞かれると、条件反射で私も「本当」と答える癖がついてきてしまった。
 そして、何より今回は記憶という証拠に加えて、物的証拠もある。バックから取り出したソレをアイに印籠でも見せ付けるかのように突き出してみた。

「……何コレ?」
「何って……ペンよ、ボールペン」
「だから、なんのボールペンよ?」
「その人がくれたのよ、アンケートに答えてくれたお礼に、って」

 SJRDのイニシャルが入った面が見えるように突き出すと、アイがソレを受け取ってぼそりとつぶやいた。

「SJRD?」
「なんだっけ…えっと……なんとか鉄道ジギョウダン……と、とにかく、この人からもらったんだ」
「へぇ~~~」
「いやぁ、すごいなぁ! ほんとにホントなんだ! あ、じゃあ、私の意見とかも取り入れられちゃうのかな? ねぇ、アイ?」

 目の前に提示された意外な事実に、私は驚きと喜びを隠すこことはできなかった。単純にその事実だけに嬉々として反応してしまった。

「なんだ~はるか楽しそうだなぁ。いいなぁ」

 不機嫌の理由は、どうやら私が楽しい思いをしているのが気に食わなかったかららしい。口の中にひまわりの種でもたくさん仕込んでいるリスのようにほっぺを膨らませてぶーたれるアイは、はっきり言ってかわいい。いつも天真爛漫な態度をとっている娘が不意にこういう一面を見せると、同じ女でも若干ドキッとしてしまう。あ、私にその気はないので、あらかじめ念押し。
 新たに私から与えられたアイテムをいじり出し、器用にペン回しを始める。そのたびに視界に入っては消えていくあのイニシャルが、私には不思議と鮮明に確認できた。

「そうだなぁ、一人で楽しんでいるはるかには、なにか罰が必要だなぁ」

 にやりと笑いながらも、ペン回しはやめない。アイは変なとこ器用だ。どうせろくでもない要求をされるに違いない。こういうときは、黙ってアイの要求を呑んでいくほうが無難なんだ。変に抵抗して、もっと無理難題をぶつけられてもあとが面倒だからね。

「もう。なによ?」
「へへ、洋菓子屋『ハザウェイ』のパフェが食べたいなぁ……」
「あんた……ハンバーガー食べたばかりでしょ」

 この娘には別腹が常時5個は稼動しているらしい。まだそのどれも満たされない状況でのパフェは最低でも5杯はいけるという。真偽の程は定かではないが。思わぬ偶然の代償は、どうやらパフェ一つで片付くみたいだ。

 夏の陽はなんとも長い。実際はまだまだ早い時間だろうとタカをくくり、アイと別れた私は以前から気になっていたコミックスを買い込み、今晩はこれを読み込もうと自転車を走らせていた。しかし、既に時間は19時に差し迫っており、家に帰ってお風呂を掃除し、晩御飯を食べていたらあっというまに夜中になっているはず。
 早く帰って家事を済ませよう、自然と自転車を漕ぐ足に力が入る。新しいものを買ったときのウキウキワクワク感が湧きあがる一方、もう一つの想いが私の心臓の鼓動をはやくしていた。

 星に起こった出来事が、現実世界でも起こっている。

 単なる偶然が重なった。その一言で片付けられるのであれば簡単なのだが、どうしても私には引っかかってならない。コンビニにしたって、鉄道にしたって、出来すぎていると思わないか? 偶然が独り歩きして、単に私の行動が被っているのなら、私のこの先数年の運気はここで尽き果ててしかるべきだ。
 妙な感覚を覚えながらも、ちょっとだけワクワクしてしまう。このドキドキ感はコミックスの新刊を入手したからではない。

 もしかしたら、私が書いたことって本当になるの?
 もし、仮にだよ、私の書いたことが本当になるって言うのなら、こんなにすごいことはないじゃない! 二度あることは三度あるって言うし。と、同時に『三度目の正直』ってのもあったな。三度目は叶わないかも。ってか、叶わないのが普通なんだけどね。

 コレは、実験するしかないな。

 試しに、でたらめな記事をアップしてみよう。
 しかし、私のこの行為は本来の『Planetぜろ』の規約に違反する行為だ。もしウソがばれてレッドカードを受けたら、もうこれでは遊べない。とはいえ、真相を確かめてみたい気持ちがあるのも事実。ゆっくりと自転する「はるかの星」を眺めながら自問自答。まぁ、イエローカードなら警告を受けるだけで、大きくなにか変わるわけでもないだろうし、さすがに大きな嘘をつくつもりもない。この退屈で何のイベントも起こらない平日を、少し楽しむための最適のツールが目の前にあって、それを試さない手はないじゃない?それでも、アイやりかこちゃんとのつながりを切るのいやだし。
 そんな行ったり来たりの一人押し問答に別れを告げ、ビビリな私はまずミニマムな願い事を「はるかの星」に託すことにした。

 居間にバッグと買ってきたコミックスの新刊を置き、部屋着に着替えるため二階へ上がっていく。
 まだワタルとお母さんは帰ってきていないので、締め切った部屋は蒸し暑いことこの上ない。行き場を失った日中の熱気が、日差しがなくなった今でも二階にたむろしているのがわかる。空気は上昇するからね、匂いも一緒に。
 部屋の大窓を開け、対面にある小窓も全開にして外の空気を取り込む。部屋を南から北へ抜ける風が心地いい。廊下側にかけられている風鈴が、時折吹き込む風にあおられて綺麗な鈴の音を響かせる。この音を聞くと、夏って感じが身にしみる。流れる風に身を委ねしばし呆然と立ち尽くしていると、辻風が部屋を横切った。不意の突風にボリュームを増す風鈴。なびかれた髪の毛で一瞬視野が狭くなって確認できなかったが、部屋は以前にも増して……なんというか、汚くなっていた。
 しまいこむのが面倒くさくなって積み上げられた衣服。
 読み古した週刊誌。
 脱ぎ捨てられているパジャマ。
 あとは、おやつの残骸……。
 くわえて、今の突風で舞い上がり部屋中に巻き散らばったプリントの数々。
 夏休みともなると財布だけではなく、心の紐もゆるゆるになってしまうんだなぁ。いっそこの部屋を一瞬できれいにしくれる魔法があったなら、全MPを消費してでも唱えてやるのに。

「あ、そうだ」

 コレを日記に記せば、部屋キレイになるかな?
 『部屋がめっちゃキレイになった』と、はるかの星に記入したとしたら、コレが本当になって、私の部屋もキレイになる……はず。
 とりあえず、四散してしまった重要な宿題のプリントと、お気に入りのDVDのみを救出し、早々に部屋着に着替え、いつのまにか明るさを増している一階に降りた。

 いつもと変わらない夕食の支度のワンシーン。皆がいつもと変わりなく、いつもどおりに各々の役割をこなす中、私は一人居間でスマホを身構え、いそいそとはるかの星へアクセスを始めた。やることは簡単、ちょっと一文日記を書き記すだけだ。そんなに時間はかからない。洗濯物を取り込む前に終わらせてしまえば、何の問題もない。

「……もう、はるかったら、ちょっとはワタルを手伝いなさい?」
「ごめんなさい、コレだけやらして、すぐ終わるから」
「ほぉら、洗濯物、湿っちゃうわよ」

 ムム、確かに。夜露にぬれると洗濯物って変な臭いがしはじめるからなぁ……アプリ立ち上げ途中のスマホをソファに置き、先に洗濯物を取り込むことにした。薄暗い階段を上り、ワタルの部屋に侵入する。ここからベランダに出て洗濯物を取り込むのだが……しばらく見ない間にCD増えてないか?
 ものの5分、その間に乾いた洗濯物を急いでしまいこみ、居間へと降ろしてもアプリはnow loadingのままだった。ずっと砂時計が終わることのない落下を繰り返していた。止まっちゃったかな? 
 次の作業、洋間でテレビを見ながら洗濯物を丁寧にたたんでいく。ソレを片っ端から仕分けていく、仕分け人ワタル。あ、ちなみに、こういうとき、私はちゃんと自分の洗濯物をより分けていますので、弟に対してあらぬ心配をする必要はまったくありませんよ。

 洗濯物をたたみ上げ、各人ごとに仕分けていく。これもソファにわかるように並べていく。我ながらキレイにたためたと、ふとスマホに視線を向けると、私の星が見えた。さっそくソファに深々と腰掛け、アクセスを開始しようかという矢先……

「はるか、ご飯できたからワタル呼んでちょうだい」

 うぅ、もうちょっとだったのに。

 作る時間が一時間なら、私たちの胃に入ってしまうのはものの一瞬。よく噛んで、味わって食べなさい、とはよく言ったものね。もちろん当の本人も料理を作る機会はあるので、そこんところ重々承知しているはずなのだけれど、ワタルの食べるスピードは異常なほど早い。あいつにかかればご飯さえも飲み物になってしまう。
 米びつにあった白米を、それはもう一粒残らずたいらげ、満足そうなワタルを尻目に早速私は居間に向かった。スマホを手に取り、『Planetぜろ』からのメールを受け取り、ダイレクトリンクではるかの星まで飛ぶ。そして今日のブログを書き込む。

『部屋の大掃除をしたよ。おかげで部屋が綺麗♪』

 と書いてみる。作業にして約3分。ちなみに、思い立ってからここまでかかった時間、1時間30分。長かったなぁ。
 とはいえ、すぐになにかが起こるわけではないだろう。ささやかな期待を胸に、明日のバイトに備えて早めに就寝した

著者:クゲアキラ

イラスト:奥野裕輔

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