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2016.12.20

はるかの星【第13回】

 私のその日は惨憺たる結末で、ついに太陽は顔を出すことなく24時を迎えた。

 深夜番組を見ながら、ふと考える。

『なんとか今日の鬱憤を晴らしてやりたい』

 雨の中、自転車を漕いでいたときはなんとも思わなかったが、家に帰っていざ冷静に考え直してみると、だんだん腹が立ってきた。私のお気に入りの服もぐちゃぐちゃになったし、雨は止む気配もないし……。
 あ、そうだお願いしてみよう。私のお気に入りの服に代わる、新しい服が欲しいって。
 そうしたら次にみんなで遊びに行く時に、ソレを着ていってやろう。このあいだ買った雑誌のアレ。ちょっと欲しかったんだよね。ただ、ちょっと高い……。
 そうだな、要求するものが現金ではない分、妙な生々しさも半減するし、プレゼントしてくれるんだったら、もらってもバチは当たらないじゃない。服くらいだったら、叶えてくれるだろう。天気が良くならなかった代わりにさ。
 善は急げ、しっとり結露していたスマホを拭き上げ、私はまたも未来日記を書き記した。

『今日、あの“QUEEN:MANTHA”の新作夏服を手に入れた! 前から気になってたやつなんだけど、念願叶ったり♪』

 その晩、月が高い夜中の1時、急にアイから電話がかかってきた。最近になってよく電話をするようになったな。そういえば、機種変してからLINEの数が減ってきたような気がする。

「よ、こんばんは」

 深夜だというのに相も変わらず元気だこと。1時だって言うのに、全く以てマイペースなやつだ。

「どうしたの、こんな夜中に」
「いやぁ、起きてるかなぁ~? と思ってさ。話し相手になってよ。ココ最近雨続きで外出もろくにできないんだからさ」
「え、うん、まあ、ね」
「なに慌ててんのよ?」
「べ、別に。なんでも」
「ふ~ん……でも、今週末は晴れるって天気予報士が言ってたから安心しな。ちゃんとあんたの書いたことは本当になるよ」
「ぐっ、やっぱりソレか」

 私の書いた記事が本当にならなかったのは、日記を見てれば一目瞭然だからな。突っ込まれて当然。しっかし、何度も言うが、

「どうして晴れなかったんだろ……アイだってこのあいだ一緒に確認したじゃない。私の星は願いをかなえる、って」
「たまたまじゃないの? あんたもちゃんと現実と向き合えって、神様が言ってるんだよ」
「本当だってば! ちゃんと叶うの」

 電話口でついついムキになってしまった。確かに、前回は叶わなかったが、ソレまではちゃんと私のお願いを聞いてくれてたんだ。次は絶対に叶うんだ。
 しかし、私の意気込みなどどこ吹く風。まったく興味のない話をあしらうように、アイが続ける。

「はいはい。で、やっとこさ晴れる予定の今週日曜なんだけど、はるか予定空いてる?」
「今週末? ないよ、ヒマ」
「だったら、ちょっと付き合ってよ」
「もちろん! 買い物かなにか?」
「まぁ、それに近いかな。はるか、『Fルフィン』知ってる?」
「あぁ、あのクレープ屋さんね? たしか日本で唯一の店舗が原宿にあるって」
「そうそう、それがさ、地域限定店舗ってのがキャンペーンであるらしくて、大型トラックで各地方をぐるりと回りながら夏休み限定で営業をしてるらしいのよ」
「そうなの!? 知らなかった」
「告知は一切してないらしくてさ。口コミで広まってるんだ。それがなんと」
「今週末、ここら辺に来るとか?」
「ピンポーン♪ 正解!」

 もっとキャピキャピした都会の女子高生なら進んで原宿まで足を運んでいくのだろうが、私の町からそんな遠方まで足を伸ばすのは、はっきりいって小旅行の感覚に近いものがある。朝早くから支度をし、それこそ一日中時間を潰せる目的でもない限り、原宿なんてところには行かないだろう。
 そんな私たちだから、ジャム=ルフィンという流行のお店の情報はつかんでいても、実際に行って味を確かめたことはない。これはまたとない機会なのだ。その情報を大方クラスの誰かと話しているうちにつかんだのだろう。それでこんな夜遅くに電話してきたと。あぁ、アイ、持つべきものは友達だな。

「行く! 行きたい!」
「ははっ、言うと思った♪ じゃあ決まり。リカッチには私から言っておくよ。詳しいことわかったらまたLINEすっから、期待しておけ!」
「サンキュー♪」
「それと……」
「……それと?」
「あんたが新しく買った服も見てみたいしね♪ 今度着てきてよね」
「あ、あぁ、うん。わかった」

 口をついて出るウソや、その場の取り繕いってのは、本人の意思に反して口から飛び出すものなんだなぁ。とっさに快諾してしまったその約束、果たして今度は叶うのだろうか? 難なく苦労せず、今回は服が手に入る、ことになるのか? しばしケータイを握り締めたまま、私は、いまだ自転を続けている「はるかの星」をボーッと眺め続けた。少し開けた窓から入ってくる生暖かい風に乗って、雨粒が私を打った。

 アイと里佳子ちゃんとの約束は日曜日の10時、駅前に集合。今日はその前日だ。
 もう二日経つが、いまだに私の願いは受け入れられていない。果たして明日までに、きちんと私の願いは叶うの? そんな不安が、汗とともに全身を駆け巡る。このぶんだと、また私の願いは叶わないまま日曜日を迎えることになってしまう。やっぱり服は手に入りませんでした、とでも開き直ろうか? いやいや、どのみちやはり新しい服は欲しい。それでなくても、私のお気に入りだった洋服は先日の豪雨のお出かけのせいでボロボロになってしまっているんだ。私に泥水を引っ掛けて去っていった車の持ち主に言ってやりたいものだ。私の洋服返せコノヤロー。
 しかしながら、アイに見栄をきってしまったため、このままおずおずと引き下がるわけにも行かない。現実を素直に伝えた上にウソ付き呼ばわりされて、バカにされるのは気に入らないしな……
 今日は都合よく天気がいい。バイトに行きがてら、もしかしたらシルクハットを被った紳士が私に突然服をプレゼントしてくれるかもしれなくはないだろう、可能性はミジンコほどだけどね。とりあえず家にいてはラチがあかない。13時からバイトに行かなきゃいけないし、何かの偶然を求めてちょっと早めに出かけることにしよう。

 13時から19時までのバイトを終えるまでの6時間。私の身の回りに、特に何の異変も起こることはなかった。差し出したコーヒーを勢いよく私めがけてぶちまけて、そのお詫びに服を買ってくれる紳士も現れなかった。ソレくらいの出来事でも起こらない限り、私が二日前に「はるかの星」に託した願いは、どうやら叶いそうにない。
 仕事も終わり、バックヤードで着替えを終えて鞄の中を整理していると、ある一枚の紙が目に付いた。これは……いつぞやの初老の紳士からもらった宝くじだ。そういえばこれ、当たってるんだよね……今の時間ならあのお店も営業している。これで私の願いを叶えればいいんだ。紙を握り締める右手に、自然と力が入る。
 本当にこれ、使っちゃっていいのかな……。
 10万円なんて大金、何ヵ月もバイトして貯めないと手にすることはできないからね。それで服を買う。……そうだ、これでいいじゃん。何を引け目に感じることがあるんだ、これは私のものなんだし。
 私の勤めているコーヒーショップが入っている駅前の大きな百貨店。その一番下の階にある宝くじ売り場の前は、帰宅途中のサラリーマンでそこそこな賑わいを見せている。そんな中に立ち尽くしている、若干17歳の女子を見て、果たしてあの小さな箱の中に入っているおばさんはなにを思ったか。私ほど場違いな娘はいないだろうなぁ。しかし、私の右手に収められている財布には、確実にもうモノは入ってしまっている。後戻りなんかできない。そう、これは私の日記の副産物なんだ。現実なんだ。これ、本物なんだ。
 私は金額よりも、もっと大きい重圧に苛まれている中、ここに立ち尽くしている。そう。このとき既に、10万円は換金され、私の財布の中に収められていた。
 あとの行動は簡単だ。

 両手いっぱいになった荷物を自転車に積み込み、私は帰路についた。
 夏の陽が高いここ数日は、19時だというのにまだ明るい。ちょうど夕日がその姿を山の稜線の向こうへと姿を隠し、かわりに登板する月が反対の夜にうっすらとピンク色に輝きだすマジックアワー。その幻想的な光の中を、私は魔法使いが箒にまたがって飛んでいるような気持ちで風を切った。実際に、私は魔女も成し得ない魔法の星を持っている。これだって、その星が私に与えてくれたものなんだ。
 私は魔女より、すごいんだ!
 うっすらとピンク色のかかった『QUEEN:MANTHA』のチュニック。ポケットにお洒落なボタンのあしらわれたショートボトムス。これも『QUEEN:MANTHA』で、お揃いメーカーのコーディネート。そして、『Qubelay』のブーツサンダル。この曲線が……あぁ、カワイイ♪
 どれも前から欲しかったものたちばかりだが、手を出すにはお高い品物ばかり。ソレを一気に揃えられるなんて、なんてラッキーなんだ♪ 帰ったら早速着てみちゃおっかな。

 約束の日曜日はアイの予報どおり、『晴れ』で始まった。
 そういえば、何日ぶりの晴天だろう? 最近は雨の後に曇り空、そしてまた雨というなんともぐずついた天気だっただけに、ここぞとばかりに洗濯物をベランダに連ねる家が多く見受けられる。ベランダにつっかけを履いて出てみれば、一目瞭然だ。

「おはよう、はるか」

 ポケーッとどこを見るでもなく、ベランダで視線を泳がせていると、お母さんが洗濯物のタオルを抱えて右へ左へとせわしなく動き回っているのが目に入った。

「ほら、今日出かけるんでしょ? ご飯用意してあるから、食べて行きなさい」

 着々と一日の予定が脳内でシミュレートされていくが、一向に体が付いてこない。まぶたが地球の重力に逆らえず、しばしばしばたきながらまだ居残りしている睡魔と闘う。とりあえずは、眠気退治だ。

「ふわぁ……ありがとう……その前にシャワー浴びる」
「目覚ましてらっしゃい」

 私の部屋のドア近くに昨日買ったアレがある。お風呂に入ったら、早速着てみることにしよう。昨日はなんだかんだで着る暇なかったしね。

 脱衣所で、まだ完全には乾ききっていない髪にドライヤーを当てる前に、ちょっとの我慢ができなくて、つい新しい服を着てしまった。
 あぁ、かわいいなぁ♪
 流石に雑誌のモデルさんみたいにはいかないけど、私だってなかなか捨てたモンじゃないんじゃない? 花柄がアクセントになっているピンクのチュニックに、紺色のショートボトムのこのボタンがカワイイんだ♪ 暑すぎず、かといって冷える夜は寒すぎず。そして流行の最先端を行く。へへへ、アイのやつ、うらやましがるだろうな。
 右へ左へクルクルと回転しながら全身をチェックしていると、洗濯物を干し終えたお母さんが、洗濯機のある脱衣所へとやってきた。若干前かがみに、まるで身を潜めるネコのように近づいてくるのが、化粧台に取り付けられている鏡で丸見えだ。

「お母さん、何してんの?」

 そのスペースからヒョイと顔を覗かせ、たぶん私をびっくりさせようとでも思っていたお母さんに不意打ちを入れる。

「あは、バレちゃったか」
「ねぇ、お母さん、見て見て!」

 ちょうどお母さんから見える範囲では、私のしっとりとした髪の毛くらいしか見えなかったろう。お風呂から出たばかりで、着替えもしてないとでも思ったかな? 踊り出るように廊下へと身を投げ出し、お母さんにも私の新しい服を見せてあげよう♪ きっとビックリするだろうな、まぁなんてかわいいんでしょう♪ なんてね。
 弾む心と同調するように、踊るようにお母さんの視野へ、私登場。

「あら、新しい服買ったの?」
「うん♪ どうかな?」

 狭い廊下でくるっと一回転してみせる。真新しい服独特の香りが、シャンプーの匂いと共に、かすかながら鼻腔を刺激する。

「いいじゃない。でも、高そうな洋服ね」
「そ、そんなことないよ」
「アルバイトして貯めたお金で買ったの?」

 忘れていたわけではない。極力、意識をそらしていただけであって、完全に記憶の中から消し去ったわけではない、事実が一瞬フラッシュバックする。

「そ、そう。そうなんだ!」

 なんでこういうとっさの対応をするとき、人はどうでもいい出まかせをついてしまうのだろうか? 悪いことをしたわけでもないのに……それでも、私のお母さんは、私の発言をなんら疑うことすらなく、

「そう、よく我慢して貯金してたわね、えらいわ」

 と、私の偽りの功績を称えてくれた。実際のところ、ケータイ代金や雑誌、CD代などを引いても、月々貯まっていくお金はあるにはあるのだが、これら一式揃えようとなると、はたして何カ月かかってしまうことやら。今現在の私の貯金残高では、このチュニックの右半身くらいしか買えないだろう。

「あははは……」
「じゃあ、準備はバッチリね。さ、ご飯食べましょう」

 笑顔のお母さんに、私の頬は引きつったまま固まりかけていた。

著者:クゲアキラ

イラスト:奥野裕輔

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