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2022.04.08

ユッコと反省会③



 

 キーコキーコ。
 キコキコキコキコキコ!

「…………っ!」

 キーコキーコ。
 キコキコキコキコキコ!

「待って! マッツン! 待ってください!」
「はっ!」

 マッツンがめちゃくちゃ先行……。
 力が強すぎるマッツンは当然脚力も強い。
 こっちが1キーコしている間に、4キコキコはしてしまう。
 あっという間に差が広がる。
 油断をすればすぐにいなくなってしまうのだ。

「うへぇ……ごめんねぇ……」
「よかよか」

 申し訳なさそうに頭を掻きながら返ってくるマッツンが戻ってきた。
 かくいうマッツンの自転車も、彼女の力の強さに買って一年もたたずにボロボロ。
 靴は壊れにくい安全靴。
 服は内側から当て布をして破れづらくしているらしい。
 だからおしゃれな恰好ができないことが、彼女にとってはコンプレックスらしい。
 そんな彼女を前にスタニャは、

「それより少し休まんと? ちょっと疲れたばい」

 と疲労を訴える。
 まだ走り出して十分くらいだが、スタニャはへにゃへにゃとハンドルに体重を預けてしまう。

「身体、大丈夫ですか?」
「ダイジョブ、ダイジョブ。でもさっきの警察署の前で強い電波、拾っちゃって辛か……」

 ユッコは来た道を一瞥して小首をかしげた。

「警察無線とかですかね?」
「う~ん、ちゃんとは聞いとらんけんわからんとですが、そうかも……」

 するとマッツンも心配そうに、

「休もうよ。無理しちゃダメだよ」
「ごめんして……」

 申し訳なさそうにするスタニャ。
 彼女は自ら電磁波を放出できると同時に、方々を駆け回る電磁波を拾ってしまう。
 だから都心の人が多いところではスマホの電波が行きかっていて混乱してしまうこともあるそうだ。
 その他にもタクシーのラジオ無線や、警察無線など電波の強いものはかなり影響を受ける。
 だからスタニャはたまに電磁波を拾いすぎるとこうしてぐったりしてしまう。
 二人はスタニャを労わりながら、木陰のある自販機の近くにやってくる。
 ちょっとした段差に腰を掛けて、とりあえず一息。
 暖かくなりだした午後の陽気に二人は目を細める。
 ただユッコはこの場所にあまり長居をしたくなかった。

「………」

 口には出さなかったが、さっきから目の前を幾人もの幽霊が行ったり来たりしているからだ。
 チャンネルを合わせないでも見えるということは、おそらく近くに墓地などがあるのかもしれない。
 きっとここは霊道なのだろう。
 とりあえず目を合わせなければ大丈夫。
 二人にそれを話すといらない心配をかけてしまいそうなので、ユッコは黙ってうつむいていた。
 それとは知らないマッツンとスタニャはアクビをかみころす。

「のどかだねぇ」
「お散歩日和たい」
「目的、わすれちゃいそうだよぉ」
「お腹すいてきちゃうとですねぇ……」

 リラックスしている人間に対して、意外にも幽霊は付け入るようなマネはしない。
 なので二人は大丈夫だろう。
 問題はユッコの方をさっきからチラチラ見ている霊である。
 うっかり目が合ってしまったりすると、憑りつかれてしまうことがある。
 幽霊というのは自分に気付いてくれる人がいると、すぐに近寄ってくるのだ。
 例えば幽美さんのように……。
 だからユッコは極力なにも知らないふりをしていた。
 だが、しばらくしているとこっちを見ていた幽霊がユッコに近づいてくるではないか。
 これは不味いと思った時には遅かった。

(わぁ……どうしよう。身体が動かない)

 ユッコは寝てもいないのに、金縛りになってしまったのである。
 それに気付いていないスタニャとマッツンはよっこいしょと立ち上がると、

「よし、そろそろ行こうか」
「道草くったばい」
「あれ? ユッコちゃん、どうしたの?」
「…………」

 なにも返答せずに固まっているユッコ。
 ようやく二人も異常を感じハッとした。

「あ、ユッコ、もしかして憑かれてる?」
「あわわ! おばけいるとですか!?」

 幽霊が苦手なスタニャはその場で尻餅をついてしまう。
 返答したくてもできないユッコ。
 それを察したマッツンが、すぐさまユッコを抱き上げる。

「スタニャちゃん! 走るよ!」
「え!?」

 自転車をその場において、マッツンはすぐさま走り出した。
 彼女は知っていた。
 ユッコが何者かに憑りつかれた時は、すぐにその場を離れればいいことに。
 幾度かこうして様々な場所へ行くことで、三人が三人、お互いの短所と解決法を理解していたのである。
 ちょうど柴崎からつつじヶ丘に至る坂道あたりまで来てマッツンは足を止めた。
 かなり遅れてふらふらのスタニャが到着。

「はぁはぁ……うへぇあはぁ」

 体力が一般平均よりも勝っているはずのスタニャでも、マッツンを前には膝に手を当て息を整える次第。

「ご、ごめんね。大丈夫?」
「だいじょうぶったい……はぁはぁ……やっぱマッツンは足はやかぁ」

 ここまで走ったマッツンは、顔色一つ変える様子もない。
 そんなマッツンにお姫様抱っこをされていたユッコの顔色の方がよっぽど悪い。

「ユッコ、ユッコ!」
「………大丈夫です。もう金縛りにあってないですから」

 それでもだいぶ具合の悪そうな彼女を心配して、

「じゃあ、つつじヶ丘はこのまま抱っこしていくね!」
「……それは……恥ずかしいのですが」
「気にしないで!」
「気にしますけど……」

 遠慮させてくれないマッツンに、ユッコは顔を手で覆いながらつつじヶ丘までお姫様抱っこで連れていかれたのである。
 もはやお嫁には行けないと思ってしまう思春期の午後であった。
 ようやく到着した目的地の駅前。
 北口の大きなロータリーにはお店がいくつもある。

「へぇ、ここなんだぁ」

 マッツンが楽しそうに並ぶ店をきょろきょろする。
 スタニャも楽しそうに、

「おいしそうな、お蕎麦屋さんがあるとよぉ」
「おお、立ち食いソバだね!」

 楽しそうなスタニャとマッツンに、ユッコはジトッとした視線を向ける。

「スタニャさん、けっこうああいうの好きですよね」
「ええ? ああいうのってなん?」
「意外と安価なB級グルメ」
「えへへ……好きとですぅ」

 お嬢様みたいな彼女が、ああいうお店に入ってご飯食べている絵をユッコもマッツンも想像して笑みを浮かべた。

(……おもしろい)

 それでもすぐに我に返り、ハッとするユッコ。

「で、でもダメですよ。早くしないと、日が暮れちゃいますから」

 さすがのマッツンもハッと我に返る。

「ああ、そっか!」
「遊びに来ているわけではないので」
「わかってるよぉ。ユッコちゃんのイケずぅ」

 この三人で行動していると、うっかり目的を忘れることが多い。
 こんなことではいけない、とユッコは考える。
 だって普通の女の子に戻って、それで普通の友達を作るのだから!
 その目的は、三人とも一緒。
 普通の生活を手に入れるために、こうして協力し合っているのだから。

「それじゃあ、行こう」
「行こう! 行こう!」

 というわけで目的地に向かって出発。
 幽美さんが指した場所は駅の南口の方だ。
 踏切を渡って、そちら側に足を向ける。
 すると急に風景が一変した。
 住宅と畑と森――。
 ここって東京だよね? と思うような風景の中を三人で歩く。

「いやぁ、なんか道が入り組んでるねぇ」
「ここどことですか?」
「えっと……」

 地図を見ながらちょっとユッコは不安になる。

「……どこでしょう?」
「えっ!?」
「迷ったとですか?」
「ごめん……」

 申し訳ないことに、ユッコはあまり地図が読めない女なのだ。
 するとマッツンが、すかさずスマホを取り出す。

「よーし、スマホの出番だ!」
「「おお!!」」

 唯一のスマホもちのマッツンが画面をタップ。

「…………」
「「……………」」
「……………………」
「「…………………」」
「……Wi-Fi飛んでない」

 涙目のマッツンががっくり肩を落とす。
 そう唯一のスマホ持ちのマッツンだが、無料でWi-Fiが飛んでいるところでしか、ネット検索ができない。
 そしてこの雑木林と畑の真ン中では、そのWi-Fiスポットが見つからなかったのだ。
 するとスタニャが前へ出る。

「任せてほしいとです!」
「スタニャちゃん……」
「マッツン、ちょっと手のひらの上に掲げておいてほしかとです」
「はい」

 マッツンが言われたとおりにすると、スタニャは少し離れてスマホに向かう。
 周りをチラッと見てスタニャは手を合わせて槍のようにまっすぐ上に向かって突き出す。

「人間東京タワーったい!」
「あはは! ホントだ東京タワーだ!」

 あちら側の喫茶店で飛んでいる無料Wi-Fiを彼女の能力で延長させ、ちょっと拝借させてもらったのだ。
 ちなみにあんな鉄塔のポーズをしなくてもいいことをユッコはしている。
 ついでに言うと東京タワーはスマホのWi-Fiは飛ばしてない。
 突っ込みどころ満載だが、その絵面が面白いのでユッコは無粋なことはしないでおくことにした。
 するとスタニャが、

「……はっ! 来た来た!」

 どうやら無料Wi-Fiをキャッチした様子。

「さあ、今のうちたい!」
「あっ、きたきた。無料Wi-Fiが来た!」
「ふふふ、これがわたくし得意のどこでもWi-Fiとです!」
「「おお~」」

 パチパチパチ。
 それにしてもである。

「そんな特技があるのら、どうしてスタニャはスマホ持たないんですか?」
「あはは……持っとると自分の出しとる電磁波で、中のシステムがバグバグになってしまうとですよ」
「ははぁ、それはまた難儀な……」
「しかたなかね。IT系の仕事にはつけないと諦めたとですよ」

 そう考えると、スタニャは現代日本で生きていくにはあまりにも自分の能力の弊害が大きい。

「でも、スタニャさんの力はすごいと、私は思いますよ」
「ふえぇ! そう言ってくれるのはユッコちゃんだけたい!」

 するとマッツンも勢いよく手を上げる。

「あっ! あたしも、思ってるよ! あたしも!」
「マッツンもありがとう」
「えへへ」

 早くみんなでこの能力を捨てるためにも頑張らねば、と気持ちを新たにした。
 と、ユッコがそんなことを思っていると、マッツンが、

「よーし、検索出来た!」

 と目的地の番地を入力して表示された経路を掲げる。

「どや!」
「マッツンの手柄じゃないですからね。スタニャのおかげですから」
「えーん、褒めてよ!」
「えへへ」

 そんな話をしながら再び移動を開始。
 三人で田畑の合間を縫って目的地まで到着した。
 そこは神社の一角にある広い空き地だった。
 木々が生えていて、時間帯によっては子供が遊んでいそうなところだった。

「こことですか?」
「うん、そうみたい」
「へぇ、でもなにもなかとねぇ」

 本当になにもない場所だった。
 するとマッツンが興味深げにユッコの顔を覗き込む。

「ユッコ、なんかいる?」

 問われてユッコは周りを見回してみる。
 今のユッコにはなにも感じ取ることができなかった。

「う~ん、どうでしょう……チャンネルを探ってみますね」

 そう言って自分の心の中に集中力を傾ける。
 何か引っかかりそうなチャンネルを探っていく。
 その時だった―――。

「……あれ?」

 一瞬だった。
 ユッコの琴線に何かが触れた。
 しかもかなり微弱な反応。
 マッツンとスタニャが心配そうにゆっこの顔を覗き込む。

「どしたの?」
「なにか見つかったとですか?」
「えっと……」

 ユッコは困ったように、一度集中を切って、息を吐いた。

「もしかしてなんだけど……」
「「なになに??」」
「あれかな……」
「どんなのがいるとですか?」
「いや、どんなのって言うか……」
「男? 女?」
「いや、男でも女でもないというか……」
「ユッコ、今日はやけに歯切れが悪いね。どうしたの?」
「心配とよ」

 二人にそう言われて、ユッコは困ったように頭を掻いた。

「いや、なんて言うか全然人の形してないんですよね……」
「「えっ!?」」

 前回のように、長い年月を経て自分の姿を忘れてしまう幽霊もいる。
 それでも人の形まで忘れてしまうようなことはない。
 影や霧のような状態でもギリギリ人の形は残すものだ。
 しかし、目の前にいるのは細長い塊となってしまっていた。

(こういうのって……)

 ユッコには少なからず、こういう状態になってしまった者を見たことがある。
 それは似たような意志を持った複数の幽霊の塊だ。
 飛行機事故などの多くの人が亡くなった場所に行くと、絡み合って混ざり合った幽霊に遭遇することがある。
 そういう類の幽霊は、えてして自我というものがない。
 死んだときの共通の思いがひきつけあい混ざり合っているので、ただそこに居るというだけの存在になっている。

(やっぱりメンドくさいじゃないですか……)

 ユッコは恨みがましい気持ちで幽美さんを見た。
 彼女は申し訳なさそうにこっちを見てほほ笑んでいる。
 ため息をひとつ。

「はぁ……マッツン、スタニャ。たぶん、これは目的の私たちの力を吸い取ってくれる存在じゃありません」
「ええっ!?」
「違うとですか?」
「はい。たぶん、うちの幽美さんが成仏させてやってくれって、ウソ教えたんです」

 恨みがましく幽美さんに目を向けると手を合わせてゴメンね、という意思表示。
 手を合わされるのはあなたの立場でしょうが、とか無粋なことは言わない。
 するとマッツンは目をキラキラさせて興味を示した。

「なにを成仏させたらいいのかな!」

 この娘はいつだってそうだ。
 自分の目的を全部忘れてしまう。

「そんなこと言われても……私、見えるだけで除霊とかはできませんから」
「……だよね」

 がっかりとマッツンが肩を落とす。
 ユッコはもう一度、反応があった場所に視線を移す。
 うーん、と唸りながら、塊となった幽霊を探る。
 話ができる者もいれば、映像を見せてくる者もいる。
 でもこの幽霊はまんじりともせず、ジッとしているだけだった。

(やっぱり、ちゃんと聞かないとダメですかねぇ)

 諦めるような気持になりながらユッコは、その塊の幽霊に近づく。
 近くで見ると思ったよりも大きい。
 こちらに語り掛けてくる、様子はなさそうだ。
 触れるように表面を撫ぜると、ひんやりとした触感が伝わってくる。

(人じゃ……ない?)

 そんな気がした。

「ねぇねぇ、ユッコ。どうなの?」

 興味津々のマッツン。
 怖いのかちょっと離れた杉の木に抱き着いて震えているスタニャ。
 ユッコはしばらく考えてから、ふと感じたことを口にした。

「たぶん、ここに埋められてるんだと思います」
「おお! 誰が?」
「誰というか……なんだかわからないんですよね。とりあえず、寂しそうな気持だけは伝わってきます」

 するとスタニャも同情するように、

「寂しかとですかぁ……それは何とかしてあげたか」
「だよね!」

 どうしてこの二人はこうもすぐに別のことに首を突っ込んでしまうのか。
 どうしていつも本末転倒してしまうことに気付いていないのか。

「でも、この幽霊をどうにかしても、私たちの力は今まで通りなんですよ」

 するとマッツンがゆっこに向き直り、困った顔をする。

「でも、寂しそうな人は放っておけないよ」
「……どうして?」
「どうしてって?」

 わからないという顔で首をかしげる。
 ユッコはじれったいような気持になった。

「……どうして、そんなお人よしなんですか。私たちだって、いつもこんなに自分たちの力に悩まされてるんですよ! こんな力のせいで、友達もできないですし、普通の学園生活もできないんですよ! そんなの……そんなの寂しすぎます」

 初めてだったかもしれない。
 こんなにもユッコが本音を口にしたのは。
 ずっと悩んできた。
 でも誰にも言うことができなかった。
 それは誰もこの悩みをわかってくれないと思っていたから。
 どんなに口にしても、頭がおかしいとしか思われないから。
 だからずっと我慢してきたのだ。
 そんなユッコの元にマッツンが目の前までやってくると、笑みを浮かべた。
 そしてゆっくりと割れ物を触るようにユッコの頭をなでる。
 自分の強すぎる力で、誰かを傷つけないように。

「そうだね。寂しいよね。だから幽霊さんも助けてあげようよ」

 やさしい言葉だった。

「あたしたちと同じ、寂しい者同士だもん。ずっとずっと寂しい思いをしてきた、同じ気持ちの幽霊さんだもん。放っておけないよ」

 そう言われた瞬間、ユッコの中から感情があふれそうになってしまった。
 目の前で寂しそうにしている幽霊が他人事に思えなくなってしまって。

(こういうところが……)

 ずるいと思った。
 考えなしで、突っ走って、でもやさしいマッツン。
 彼女がいるから、いつも三人一緒にいられるのだと、あらためて思ってしまった。
 ただユッコは、ちょっと涙目になった自分を見られるのが恥ずかしくて、マッツンに抱き着いてごまかすしかなかった。

 

(つづく)

著者:内堀優一

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