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2022.05.06

超能力研究部④



 

 

 部室棟は三年生校舎の向こう側にある。
 二階建てで下の階が運動部、上の階が文化部という区切りになっている。
 当然彼女らの部室は二階の隅にあった。

「さあ、入って」

 部室に通されたマッツン、ユッコ、スタニャの三人は部室の三方を埋める書棚に目を見張った。
 これまでに出版されたオカルト系の雑誌や書籍が部屋を埋め尽くしていたのである。
 さらによく見ると、棚には古いオカルト系のDVDなどもある。

「これなんでしょう?」

 気になったユッコが長方形のボックスを手に取ってみる。
 表紙は「UFOとの遭遇。宇宙人はすでに地球に潜伏している」という題名のもの。
 装丁の雰囲気はDVDと一緒なのだが、サイズが違う。
 すると美緒が得意げにフフンと笑う。

「それはロストテクノロジーとなってしまった過去の遺産。VHSよ!」
「VHS!?」
「それにこれ、見たことある?」

 そう言って彼女が取り出したのは、VHSよりもだいぶ小さく平べったい正方形の板。
 ユッコが恐る恐る……。

「そ、それもロストテクノロジーだというのですか?」
「そうよ。遠い昔、この中に音声データを残し、極秘の案件を保管したという……」
「「「したという!?」」」
「MD!」
「「「MD!?」」」

 初めて聞く言葉に三人は動揺が隠せなかった。

「な、なんの頭文字かわからんばい!」
「だね!」
「逆にそこがミステリアスですね」

 この部室に入ってから三人はかなり期待値が上昇してしまっていた。
 四角い長方形のVHSはその色からも、どこかブラックボックスな雰囲気を醸し出している。
 ⅯⅮに関しては透明な中にCDの小型版のような物が入っていて、なにやら近未来的な匂いすらするのだ。
 これで期待値が上がらないわけがない。

(これはもしかしたら……)
(能力を捨てる資料があるかもですね)
(期待できるばい)

 否が応でも鼓動が跳ね上がってしまう。
 そんなうきうきしている三人を見ていた美緒もまた、

(すごく興味持ってるじゃない! これはもしかしたら……)

 やはり別の期待を胸に抱いていた。

「どうかしら? あなたたち、もし興味あるならそこにある本、貸してあげてもいいわよ」
「ホント!?」
「当然よ。その代わり……」

 そう言いながら、彼女は汗をダラダラかいている。
 美緒の後ろには、乃真子と用意した入部届が控えていた。

(でも、いきなり入部なんてお願いしたら、引くかしら? 興味はあるみたいだし、でもやっぱまだ早すぎ? 時期尚早?)

 口のわりに小心者である美緒は、入部届を出せずに固まってしまう。
 するとマッツンが、

「その代わり、なに?」
「あっ! いえ、べつにいいの! 今はいいの!」

 ジタバタジタバタ。
 そんな彼女を見てマッツンは首をかしげる。

「そう?」
「そうなの!」

 やはり小心者であった。
 今まで超能力にあこがれてきたことを、周りにバカにされ過ぎたことが彼女のあと一歩の勇気を押しとどめていた。
 とはいえ、彼女もこのまま手をこまねいているわけではない。
 彼女なりに、作戦は考えてきていた。

「ところであなたたち。私の体得した超能力、見ていかない?」

 実演である。
 実際にあるのだと証明すれば、この興味ある三人はもしかしたら入部してくれるかもしれない。
 そんな淡い期待があった。
 しかし今の彼女の発言には三人同時に驚きをあらわにした。

「「「できるの!?」」」

 想像以上の食いつきに、美緒の方がびっくりしてしまう。

「で、できるわよ」

 ユッコたちはひそかに期待してしまう。

(まさか、うちの学校にまだそういう能力を持っている人がいるんなんて……)
(わーい、他にも友達ができるかも)
(よかったばい。これなら私たちのことも話せそうとよ)

 すると美緒は乃真子に指示を与える。

「乃真子、あれを」
「はい」

 そう言って手渡されたのは一本のスプーン。

「これを曲げるわ!」
「「「…………え?」」」
「曲げるわ!」
「「「………」」」

 三人が期待していたものとはちょっと違う。
 スプーンを曲げるという能力がどういうものなのか、今ひとつわからない。
 そんな絶句している三人に、美緒はちょっと焦った。

「あ、あのね、これ、固いスプーンなのよ。ほら、ちょっとあなた、曲げてごらんなさいよ」

 そう言ってまさかのマッツンに渡してしまう。

「え!? あたし?」

 マッツンの手にかかれば、このスプーンがオリハルコンでも曲げてしまう。
 しかも大根役者のマッツンが曲げる真似をして、

『硬くてまがらなーい』

 なんてできるわけがない。
 マッツンはしばし、スプーンを片手に思案した挙句、

「あ、あのね、あたし、力に自信ない。スタニャ、お願い」

 壊れたラジオのような調子で、スタニャにスプーンが渡される。

「うーん! うーん!」

 早速曲げてみるスタニャ。
 だが、彼女は電磁波をやり取りできるのだけで、力があるわけではない。
 当然、スチール製のスプーンはびくともしない。
 それを見ていた美緒は満足げに、

「でしょ。任せて。あたし、それを指ひとつで曲げて見せるわ」         

 自信満々の表情だったが内心は、

(大丈夫、この前成功したんだから。おねがい、成功して)

 心臓バクバクの状態であった。

「…………曲がれ………曲がれ………曲がれ」

 彼女はブツブツとつぶやきながらスプーンに集中。
 その後ろでフォローするかのように乃真子が佇む。
 ユッコたちはスプーンを曲げるというのが、どういうことなのか全く理解できず、ただ目の前で起ころうとしていることを見守った。

「曲がれ……曲がれ! 曲がれ!」

 曲がろうとはしない鋼鉄のスプーン。

「曲がれぇぇ! 曲がれよぉぉぉぉぉぉ!」

 ちょっとすさまじすぎて、部室内の緊張感が半端ない。
 なにより、

(スプーン曲げてどうするんだろう)

 という根源的疑問を口にするのもはばかられる空気感。
 だが一向にスプーンが曲がる様子がない。

「にょおおおおおおおおお!」

(私たちは何を見せられてるんだろう!)

 渦巻く疑念。
 口にできない焦り。
 もはや早くスプーンが曲がってほしいとすら願っていた。
 と、その時である。

 

 ジジ………ジジジジジジ……。

 

 突然、部室にしつらえてあったスピーカーから音が漏れ出した。

「え?」

 さしもの美緒も集中していた視線をそちらに移す。
 電源が入っていないはずのスピーカーから奇怪な音が聞こえたのだ。
 さらに、耳を澄ますと、

 

 ジジ……ジジジこの幹線道……ジジジにして……ジジ40キロの……。

 

「うわぁ! 人がしゃべってる!」

 驚いた美緒が乃真子に飛びついた。
 表情があまり変わらない乃真子もこれには凍り付いている。
 スピーカーの向こうから、まるでラジオのように何か聞こえてきたのである。

 

 ジジジジ……緊急じ……現着後、各員対処に当たれ!

 

「「「ひっ!!」」」

 スピーカーの向こうから聞こえてきた強めの言葉に美緒、乃真子、マッツンが同時に飛び上がる。
 ふるえるマッツンが身体を小さくして、

「ななな、なにが起こってんの? これがスプーン曲げ??」
「そんなわけないでしょ!」

 さすがの美緒も涙目で叫ぶ。
 スタニャだけが、

「………」

 申し訳なさそうに正座をしていた。
 しかし事態はこれで終わりではなかった。

 ガタン!

 突然、本棚から数冊の本がジェット噴射したかのように飛び出す。
 そして壁に激突して床に落ちた。

「「「ひぁああああっ!」」」

 マッツン、美緒、乃真子はここに至って飛び上がる。
 すでに半分泣いている美緒は乃真子に抱き着きながら、

「なにが起こってるの?」
「わからない。もしかしたら美緒の力が何かを呼んでしまったのかも」
「ええ! そんな!」

 混乱に陥る部室の中で、今度はユッコが申し開けなさそうにうつむく番だった。
 もはやこれ以上の事態が起こったら大変だと判断した乃真子は美緒の頭をなでながら、

「きょ、今日は解散!」

 まさかの解散宣言が告げられた。

 

 結局その日はそこで解散となり、ユッコとスタニャ、そしてマッツンはとぼとぼ家路につく。
 マッツンはいまだに身体をブルブルさせて、

「ねぇねぇ、今日のあれ、何だったんだろうね?」

 と恐々とした様子。
 ただユッコとスタニャは違っていた。
 原因を知っていたのである。

「マッツンは気付いてもよさそうなもんですけど……」
「え?」

 おやおや?
 わかっていない様子だ。

「……あれはですね」
「言いづらかとですが……」

 その様子にマッツンがきょとんとした。

「なに?」

 するとまずスタニャが頭を掻きながら申し訳なさそうに、

「スプーンがアンテナになって、私が電波を拾ってしまったとですたい」
「え!? じゃあ、あのラジオみたいなのは」
「うん。私を通して増幅したラジオの電波たい。マッツンから渡されてスプーン持ったとでしょ?」
「あ、うん。渡した」
「あの時に電磁波を帯びさせちゃったですよ」
「ええ、そうだったんだ!」
「それにスプーンのくぼみのところで、うまい感じに反射してスピーカーが受信してしまったとですたい」
「なぁんだ。てっきり美緒ちゃんにすごい能力があるのかと思ったよ。ん? あれ? じゃあ、あの本棚から本が飛び出したのは?」
「あー、あれは……」

 ユッコもまた申し訳なさそうに、

「うちの鬼神さんの腹の虫の居所が悪くて……」
「え? 怒るの?」

 一応、マッツンとスタニャにはあれから鬼神さんのことは話しておいた。
 いずれバレてしまうだろうし、なにより二人には本当のことを話しておきたかったからだ。

「怒るというか……なんか苦手な話のジャンルがあるのでしょうか……たまに変な感じになるんです」
「それって……あぶなくない?」
「一応、こちらに危害を加える様子はないので」

 仮に危害を加えられても、対処のしようもないのだが、それは二人を心配させそうなので黙っておく。
 種明かしされたマッツンは残念そうに手を後頭部に当てる。

「なーんだ。どっちもユッコとスタニャの仕業かぁ」
「ごめんして」
「すいません」
「でも、気になるねぇ。スプーン曲げ」
「きになるたい」
「なりますね」
「スプーンを曲げて……それからどうなるんだろう?」
「また今度、見せてもらうったい」
「ですね」
「うん! 行ってみよう! 美緒ちゃんも乃真子ちゃんもいい人そうだし」

 三人がそんな会話をしていた頃――。

 

 がっくり肩を落として歩く二つの影。
 美緒と乃真子である。

「はぁ……なんだったのよ、あれ……」
「美緒の力が発動したな」
「え!? あれ、あたしの力なの!?」
「きっとそうに違いない」
「……そんな気がしないんだけど」
「だいじょうぶ。美緒にはきっと能力がある」
「だからどこからくるのよ、その自信は」
「それに早くしないと……」

 変化に乏しい乃真子の表情に影が落ちる。
 それを見てとった美緒も思わず緊張した面持ちで、

「……うん」

 と、視線をそらした。
 しばし二人の間に沈黙が流れる。
 それに耐えられなくなった美緒が話題を変えるように明るく口を開く。

「……それより、あの三人……怖がってもう来てくれないかもしれない」
「仕方ない」
「あんた、諦め早いわねぇ」
「それがあたしのいいところ」
「自分で自分をほめるな」
「ふむん」
「はぁ……占い研究部、ちゃんと復活させないとなぁ……」

 彼女たちが思っている以上にユッコたちは興味を抱いていたのだが、その辺はちょっと美緒の感覚とはずれていた。
 スプーン曲げへの期待が青天井状態に高まっていることを美緒はまだ知らない。
 あれがスプーンをただ曲げるだけ、と説明するために美緒が消えてしまいたいほど赤面することになるのは、まだ少し先の話である。

(つづく)

著者:内堀優一

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