サンライズワールド

特集

SPECIAL

  • 小説
  • 放課後
2022.05.17

空からの手紙③



  

 翌日の放課後。
 三人は多摩川の河川敷にやってきていた。
 結局、昨日はスタニャのキャッチした怪電波の正体はわからず終い。
 なので作戦を立て直したのである。
 自転車を止め、ひろい河川敷に降りる。
 遊んでいる子供やら、ウォーキングの老人やらがあちこちにいた。
 そんな様子を遠目にスタニャがオドオドする。

「ほ、ホントにやるとですか?」

 まだどこか怪しむ風のスタニャに、マッツンが力強く拳を握った。

「あっちの言ってることがわからない時は、聞くしかないよ!」
「そう言われれば確かにそうやと思うとですが……」
「大丈夫、キャッチできたスタニャだもん。あっちにも届くよ」

 つまりはマッツンの言っていることは、 

『宇宙人の言葉がわからんので、わかるように言って下さい』

 とクレームを出すのである。
 まさか送ってきた宇宙人も、クレームが返ってくるとは思っていなかったろう。
 とはいえ、ユッコもこのマッツンの提案には賛成だった。
 わからないものをわからないままにしておくももったいない。
 もしかしたら、宇宙からこの女子中学生を救うためのメッセージという可能性だってあるかもしれない。
 ほぼゼロの可能性でも、何かあるなら掴みにかかる。
 それが今の三人だった。

「というわけで、スタニャ! 空に向かって電波を送っちゃおう!」
「わかったとよ」

 スタニャは周りに人がいないのを確認して、空に向かって手を掲げる。
 遠くから見たら恥ずかしいかもしれない。
 でもここは恥のかきすて。
 待望を成し遂げるための尊い犠牲――かもしれない。
 電磁波は視認できるような物ではないのだが、それでもスタニャの周りが帯電しているかのようにピリピリとしだす。

「みんな、もうちょっと離れるとですよ」
「わかった」
「気をつけてくださいね」

 とにかくもう少し距離を取って、様子を見る。
 瞬間、多摩川を渡る鉄橋が

 バチバチ!

 と火花を散らして多摩川にいた全員が腰を抜かしてしまった。

 

「うぅ……やってしまったとばい……私、とんでもないことを」

 スタニャ、現在どっぷりブルー。
 鉄橋は火花が散ったものの、これといった影響はなかったらしい。
 現在原因は不明――というのがネットに書かれた記事の内容だ。
 まさかその原因となった本人がここでブルーになってるなんて誰も思わない。
 でも中学生に落雷を発生させて鉄橋に落としてしまったという十字架はあまりにも重すぎた。

「ごめんね、こんなことやろうなんて言っちゃって」

 申し訳なさそうにマッツンがスタニャに頭を下げる。

「私も賛成したので、一緒です。ごめんなさい」

 しかしスタニャは鼻をグスッとすすりながら、

「二人は悪くなかと。私が調整を誤ったとです」

 調整できるのであるのなら、それはそれですごいが、でも今回のことはハプニングと言ってもいい。
 こんなことになるなんて誰にも想像できないのだから。 

 しかしさらにスタニャを驚愕させる事態は、翌日に起きた。
 朝のニュースでNASAからの緊急発表がされていたのである。

『昨日の未明。宇宙から言語と類推される電波を観測台がキャッチ。内容は「わかるように送れ」という限りなく地球圏の言語に近い形式のものである』

 という内容だった。
 朝、歯を磨きながらこのニュースを見ていたユッコは、思わず歯ブラシを取り落としてしまった。 

「NASAばい! NASAにキャッチされてしまったとですよ!」

 さすがのスタニャもここまで大ごとになるとは思わなかったろう。
 ユッコやマッツンだって同じだ。

「でもどうして宇宙に向かって放った電波が返ってくるの?」

 マッツンの疑問はしごく全うだった。
 ユッコも同じことを考えていた。
 するとスタニャが今日も鼻をグズグズ言わせ、

「たぶん月に当たって跳ね返ったとですよ。時間的にもそれくらいたい」
「「ああ、月かぁ」」

 今回も邪魔してくる月であった。 

 さらに翌日、

『NASAの発表によりますと、このメッセージは宇宙からではなく、地球上から発せられた電波であることが分かりました。ただ現在の科学力でこの出力の電磁波を放つことは不可能であるということで、真相はより混迷をきわめ……―――』
「うわぁ……」

 この日もユッコは歯ブラシを取り落とすこととなった。 

「うわぁぁぁあん! バレとうよ! もうすぐNASAがここまで特定してくるばい!」
「そ、そんなことないよ! ほら、こっちのネットニュース見てよ」

 そう言ってマッツンが見せたネットニュースは、 

『地球上の技術では不可能? 宇宙からの怪電波、地底人の可能性!?』

 という見出しだった。

「きっと都市伝説になってうやむやだよ!」
「都市伝説にまさか自分がなろうとはおもっとらんかったばい!」

 それはまあ、確かにその通りだ。
 ユッコもできることなら、自分が都市伝説になるのだけはご遠慮願いたい。

「うぅ……最初にあんな電波を拾わなければよかったとですよ」

 うなだれるスタニャに、ユッコが、

「そんなことないですよ。あれは何かのメッセージです。しかもNASAも拾ってないメッセージですよ。スタニャだけが拾えたんですから」
「……どういうことなん?」
「どういうことかはわかりません。でも、意味はあるんだと思うんです」
「そうだよ! スタニャちゃんがキャッチしたメッセージだよ。他にはない何かがきっとあるって」

 それが何のなのかはわからない。
 ユッコにもマッツンにも想像がつかない世界なのだから。
 スタニャにもそれはわかっていた。
 応援してくれる二人を前に、スタニャはふと思う。
 自分は二人に甘えていたのだな――と。
 いつも一緒にいてくれて、絶対の秘密も共有しあう二人に。
 弱気になるのはいつものことだけれども、でもいつだってすぐに復活していたではないか。
 そういう生活をずっとしてきたのだから。
 ただ、そういう人間に会えたことがすごくうれしいのだ、と改めて思う。
 スタニャは顔を上げると、二人をまっすぐに見つめた。

「ちょっと弱気になっとったばい。ごめんしてね」

 その表情でマッツンもユッコも、ちゃんと彼女の言いたいことを理解できる。
 だから二人もスタニャと同じように、にっこり笑った。 
 それからの報道は、本当に鎮静化の一途をたどった。
 というのも、元々この電波の内容が博多弁であることや、地上から発せられたことから、出力の問題はNASAの測定間違いではという指摘があがったのだ。
 NASAはそれを否定するが、世論が興味を失ていくのに時間は必要なかった。
 今はもう一部のオカルトマニア以外は誰もこのことを口にはしていない。

「よかったね」

 にこにこ顔のマッツンに、胸を撫でおろしたスタニャも同じように返す。

「よかったばい」

 それに続くように、ユッコも、

「これでいつも通りですね」

 と三人で肩を並べて帰路を歩いた。
 一時はどうなるかとひやひやした。
 まさかこんな大ごとになるとは思ってなかったのだから。
 こうして三人でいつもの日常に戻れることにスタニャは深く感謝する。
 それでもまだ疑問は残っている。
 スタニャが最初にキャッチした電磁波のことである。
 彼女はあれから何度も再生して聞いてみた。
 だが、それが何を言っているのかサッパリわからない。
 世界中の言語がいつだってスタニャの耳には響いている。
 でもやはり……どの言葉でもなかった。
 そんなスタニャの脳裏に、ふとマッツンの言葉が蘇る。 

『スタニャちゃんがキャッチしたメッセージだよ。他にはない何かがきっとあるって』

 そう言ってくれた彼女。
 でも結局、この電磁波が何なのか今もわからない。

「他にはない何か……」

 そう思いながら、宇宙から降りてきたのと同じ電磁波を部屋の中に放つ。 

 ふにゃらもゆん――。

「――あ」

 視界の片隅に何か見えたような気がした。
 それは幼い日に見た光景。
 スタニャはその目に映りかけたものに視点を合わせる。
 それはどれくらいぶりのことだったか?
 幼い日に幾度も遊ぶように放った電磁波の姿だった。
 キラキラと輝く宝石の歯車が網膜に映りこんだ。

(ああ……そうだ)

 幼いころ、綺麗で楽しくて空に向かって意味もなく放った、あの電磁波たちだ。
 視力が悪くなってから、ずっと耳で聞こうとしていたもの。
 それは本当は目でも見えていたことを思い出した。
 その目に映ったものは、スタニャをどこか懐かしい思いにさせた。

(そうだ……間違いない)

 これはスタニャが放ったものだ。
 幼い時に何度も空に向かって放ち、キラキラと輝く電磁の波を目に移して楽しんでいたあの時のもの。
 宇宙に放たれ、どこかの星に当たって返ってきたのかもしれない。
 それを偶然にも十年たった自分が拾ったのだ。
 広大な宇宙の中で奇跡のような確率。

「ちゃんと意味があったとですよ」

 スタニャの心に、マッツンとユッコの顔が浮かんだ。

(つづく)

著者:内堀優一

  • Facebookでシェアする
  • Xでシェアする
  • Lineでシェアする