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2022.05.31

出会い②



  

 

 ようやくついた夜中の深大寺。
 しかしお寺への門はしまっており、ここに入るのは難しそうだ。
 だとすると、他のところにあるのだろうか?
 そう思って、自転車を置いて周りを散策することにした。
 すでに深夜2時を回っている時分。
 さすがに人も通らなければ車も通る気配がない。
 その時だった。

(誰かいる!?)

 近くに人の気配がして実夕子は思わず身構える。
 振り向いた実夕子の目の前に何者かの影が見えた。

「うぇ! うそ! 人!?」

 女の子の声。
 時間も時間。
 場所も場所だ。
 実夕子は目の前の影が幽霊なのではと一瞬思ったが、そういう気配じゃない。
 目を凝らそうとすると影は、

「うぅ! 逃げよ!」
「え!?」

 言うや否や、

「メガッパァ!」

 ぴょん!

 謎の掛け声。
 とてつもない跳躍力。
 そして高く飛び上がると木々の向こうに消えた。

(ええええ!!)

 相手は幽霊じゃない。
 でも、今のは人のできる跳躍ではない。
 だとすると、あれはいったい何だったのか?

(……まさか、あれが調布名物の妖怪?)

 ドキドキしながら視線をはわせた先に鬼太郎茶屋の前でねずみ男の像がのんびりした顔をしていた。
 まさか……と思う気持ちはある。
 とはいえ実夕子は妖怪など見たことがない。
 幽霊と妖怪は、たぶん違うものというのが彼女の認識だ。
 そもそも見たことのない妖怪に関しては懐疑的ですらある。

(とはいえ、今見たのはもしかしたら妖怪かも……)

 そういう推理をするのは実夕子特有なのかもしれない。
 幽霊すら見えてなかったら、そうは思わなかったろう。

(でも今の声どこかで聞いたような……)

 とは思ったものの、それ以上考えるのはやめておいた。
 なにしろ、もう2時半になりかけている。
 思ったより時間が経つのが早い。
 さすがに朝になってしまうようなことはないとは思っているが、明日も学校なのだ。
 睡眠時間は大切にしたい。
 なので、早々に願いを叶える泉を探そうと、深大寺の周りの参道を歩いてみる。
 昼は開店している蕎麦屋やお土産物屋はどこも消灯していた。
 当然と言えば当然のことだ。
 左手に大きな池があり、その真ん中の島には小さな社があった。
 ここが噂の泉――では残念ながらない。

(ここは昼でも普通に観光できますからね)

 噂では泉は月の明かりに照らされて現れるのだそうだ。
 真上を仰ぐと煌々と月明かりが落ちている。
 条件は満たしているはずなのだ。
 問題はそれがどこなのか?
 へたをしたら、やっぱりただの噂ということもある。
 学校が深大寺に近いから、まとめて七不思議になっているのかもしれない。
 それでも確かめる価値のある噂だ。
 お寺の壁伝いに角まで来ると、ここから急な上り坂。
 確かこの上はお墓があり、その奥には植物公園があるはずだ。
 小学校の頃、授業で言った覚えがある。
 幽霊が見える実夕子でもお墓は怖い。
 それでも行ってみる必要はある。
 そう思いながら急な坂をポテポテ登り始める。
 ちょうど、もうすぐお墓が見えてきそうなあたりで、

『……………』

 見えてしまった。
 若い女性の霊。
 今はできる限り幽霊をシャットダウンしているはずだが、それでも見えてしまった。
 たまに妙に波長が合ってしまうという幽霊がいるのは事実だ。
 どのチャンネルに合わせても見えてしまう霊。
 目の前の彼女はそういうタイプの霊だった。
 彼女は困ったように微笑むと、手招きをする。

(ついてこいということでしょうか?)

 いぶかしみながら、実夕子は考える。
 正直なところ、実夕子は悪い霊と良い霊の区別はつかない。
 悪そうな顔をしていてもいい霊はいくらでもいるし、その逆もある。
 人間社会とそう変わるものではない。
 そもそも人間が死んだ者が多い世界だ。
 もちろん動物霊などもいるが、あまり波長が合うことがない。
 そういう意味で、目の前の彼女が何者なのかちょっとわからない。
 探るようにじっと彼女を見つめていると、幽霊の女性はこっちと指をさす。

(おや?)

 不思議だなと思った。
 例えば何かに引き寄せようとしている幽霊はたいがい手招きをする。
 でも目の前の女性は、必死でこっち見てくれと指さしているのである。

(どうしようかなぁ)

 反応のにぶい実夕子に、幽霊の女性はより頑張ってオーバーアクションで「こっちこっち」とアピール。
 正直、幽霊的な怖さは微塵もない。
 見ててちょっと面白いくらいだった。
 ぶんぶん手を振りながら新手のオタ芸を見せられているような気分になってくる。
 これ以上、放置するのはなんだかかわいそうになってきた。
 実夕子は仕方なく彼女の指さす先に行ってみようと決めた。
 歩き始めてすぐ、異変に気付いた。

「ふぇぇぇぇ」

 声が聞こえる。
 しかもこれは幽霊のそれではない。
 生きている人間の声だ。
 ちょうど植物公園側からお寺に降りる、入り口あたりからその声がしている。

(どうしよう)

 迷った。
 こんな時間に人と会ったとして、絶対に聞かれる一言がある。

『こんなところでなにしてるの?』

 である。
 それを聞かれてしまったらどう答えるべきか?
 夜の散歩?
 いやいやいや。
 とてもじゃないが、夜の散歩コースとしてはふさわしくなさすぎる。
 しかも中学生が来るようなところじゃない。
 とはいえ、聞こえてくる声は明らかに泣き声。
 困っていることはあきらかだ。

(しかたない……助けたらすぐに逃げよう)

 そう思い、実夕子は声のする方に走った。
 ちょうど人影が見えたところで実夕子は声を掛ける。

「あの……大丈夫ですか?」

 その声に影はハッとして泣き止んだ。
 普通、こんなところで声を掛けたらビックリしそうなものだが。
 そう思いながらも、泣き止んだのを幸い、実夕子は言葉を重ねる。

「もしかして大通りの方に出たいなら、ここをまっすぐ行けば……」
「小嶽原さん?」
「えっ!?」

 思わぬところで自分の名前が出て硬直してしまう。
 ちょうど隠れていた月が雲から顔を出し明かりが彼女の顔を映し出した。
 それは美しい金髪の少女。

「え? ストラヴィンスキーさん?」

 そう、スタニャ・ストラヴィンスキーが目の前にいたのである。
 この事態に実夕子は大混乱した。
 どうしてこんな時間のこんな場所にクラスメイトがいるのだ。

「あ、あ、奇遇ですね!」
「き、奇遇ばい!」

 反射的に口にしたスタニャは咄嗟に口を押える。

「な、なんでも……なか……ないです」

 明らかに訛っていた。
 正直、彼女の声を聴いたのもほとんど初めてと言ってもよかったかもしれない。
 なにしろ彼女はクラスで無口なのだ。
 どおりでさっき泣き声を聞いてもわからなかったわけだ。
 とりあえず、相手に深く追求すると、こちらも痛い腹を探られることになる。
 無難な会話でお茶を濁すべきだろう。

「ストラヴィンスキーさんって、博多生まれなんですか?」
「違かと……違いますよ」

 あまり訛りについては触れてほしくないのかも知れない。
 まあ、フランス人形のような見た目の彼女が、方言というのもちょっとギャップがある。
 彼女自身がそれをあまり気に入っていないなら、追及するのも酷だ。
 とにかくここは話を早々に切り上げて、別れよう。
 実夕子がそう考えているとスタニャは

「小嶽原さんはどうしてこんなところへ?」

(聞いてきた――――!)

 その場に崩れ落ちそうになった。

(こっちだって気を遣って聞かなかったのに、まさか平然と聞いてきた! まさかストラヴィンスキーさんの方は、聞かれてもやましいことはないとか?)

 実夕子の頭の中が高速回転で返しの言葉を計算する。

(だとしたら行儀は悪いけど、質問に質問で返してお茶を濁そう!)

「ストラヴィンスキーさんこそ、どうしたんですか?」

 聞いたとたんに彼女は愕然としたその顔には明らかに、

『やっちまった―――――!』

 と書いてあった。
 ああ、この娘もそこは一番聞かれたくなかったのか。
 おそらくは突然現れたクラスメイトにパニックになったのだろう。
 その前は、ここで泣いていたのだから。
 お互い気まずい沈黙。

「えっと……たまたまたい」

 もはや訛りを隠すことをあきらめたようだ。

「そ、そうなんですか。私もたまたま」

 わかっていた。
 お互いごまかしているのだとわかっていた。
 でもこれ以上聞かないのが優しさだと思った。
 この瞬間だけは、実夕子もスタニャも通じ合っていた。
 その時、ふと実夕子は先ほどの寺門の前で見かけた影のことを思い出した。
 それだけでも確認しておいてもいいだろう、と思い彼女に聞いてみる。

「そういえばストラヴィンスキーさんって、さっき坂の下のお寺の門の前にいました?」

 すると彼女は見当違いな質問をされたように首をひねる。

「行ってなかとですよ」

 素でそう言っている。
 嘘ではない。

「私、ここが初めてやけん、そいでいきなりお墓あって腰抜かしてしまったとですよ」

 なるほど。
 それで彼女はここで泣いていたのか。
 すべてに合点がいく。
 どうやら彼女の方も少し冷静になってきたのか、

「えっと小嶽原さんは下から来たん……来たですか?」
「そ、そうなんだけど」
「もしかして何かあったとですか!?」

 最後の質問はやや食い気味。
 ものすごい興味を示してきた。
 実夕子はちょっと押されながら答える。

「何かあったというか……人影を見て」
「人影!?」

 途端に泣き出しそうになるスタニャ。

「ふぇぇ! 幽霊とですか!?」
「ああ、でも幽霊じゃないですよ」
「そ、そんなんわからなかろうもん! 幽霊かもしれんとよ!」
「大丈夫です。全然幽霊じゃなかったです」
「なんでそんなこと断言できるとですか?」

 ギクリ!

「な…………………なんででしょうね」

 危なすぎる。
 やはり自分には日常会話のスキルが低すぎると痛感した。
 うっかり自分の秘密を暴露するところだったのである。

「まあ、気のせいです。きっと見間違いだと思いますから」
「そ、それなら、よかですけど……」

 そう言いながらスタニャはチラチラと深大寺の方にある大杉を見ている。

「どうかしましたか?」
「いえ、変なところに誰かいるとですよ」

 そう言って彼女は見るともなく、杉の方に目をやる。

(まさか……この娘!?)

 一瞬、実夕子は彼女が自分と同類なのではと感じた。
 しかしながら違う。
 実夕子はスタニャが言ったあたりからなにも感じな方のである。
 それはつまり大杉に幽霊がいるわけではないということ。
 では彼女は何を感じたというのか?

「……な、何がいるんですか?」

 スタニャは困ったようにもじもじした。

「えっと……」

 一応念押しとばかりに実夕子は尋ねる。

「幽霊では……ないですよね?」
「幽霊ってスマホ持つとですか?」
「スマホ?」
「……………あ」

 スタニャの明らかにしまった、という顔。

「スマホ持ってるんですか? その杉の上にいる人って?」
「いや……えっと……」

 狼狽しまくるスタニャ。
 目が泳ぎまくる。

「……持ってるような気がしたとです」

 そんなことわかるものだろうか?
 それともスマホの光が見えたとか?
 いろいろ考えてみたが実夕子にはわからない。
 なにを感じてこの娘は人がいると言っているのか。
 そもそも、なんでいきなりスマホの話になったのか意味不明だ。
 さらに言うと、こんな時間のこんな場所の、しかも杉の上にいるスマホを使う人間って、どんな人だよ! と突っ込みたくなる。

「木の上に人ですか? 私には見えませんが……」

 目をこらしているとスタニャが焦ったように、

「そ、そうったいね! 見えんばい」

 急に意見を変えてきた。

「どうしたんですか?」
「どうもせんばい。気のせいたい」
「え、でも……」
「気のせいたい! 夜の雰囲気が暗闇の中に怖いものを見せたとよ!」
「そ、そうですか……」
「そうばい」

 チラチラ。

「……」

 チラチラチラ……。
 スタニャはやっぱり木の上を気にしている。
 やっぱりいるのだ。
 彼女には何か見えているのである。
 しかも彼女の顔はかなり心配そう。

(何を心配しているのでしょう……?)

 そう思った時、ふと一つの可能性が閃いた。

(ストラヴィンスキーさんは、先ほどからスマホを気にしていた。ということは……)

 この時間、スマホを使って木の上から女子中学生を見ながらすること。

(盗撮ですか!)

 この時、実夕子は気付いていなかった。
 そもそもこんな時間に女子中学生がこんなところを通るわけがないことに。
 しかし、真夜中の空気が彼女の冷静な判断をくるわせたのかもしれない。
 または思わぬところで、思わぬクラスメイトに会い、思わぬ方言にちょっとほっこりして心奪われていたのかもしれない。
 どちらにしても今の実夕子はちょっと考えればわかることが、わからないくらいには気持ちが高ぶっていた。

「ストラヴィンスキーさん、盗撮犯からカメラを取り上げましょう!」
「え!? 盗撮?」

 思ってもいなかった発言にスタニャが飛び上がりそうになる。

「そうですよ! きっと盗撮です!」
「なんでそんなこと!?」
「なんでかわからないのが犯罪者の思考回路です!」
「なるほど!」

 実夕子の勢いに押される形で彼女も納得した。

「私たちが夜中に遊び歩いていることをカメラに写して、学校に通報されたら……」
「大変ばい!」
「なんとかしましょう」
「できっとですか?」
「二人ならきっとどうにかなります!」
「そ、そうやね」

 事実、実夕子は焦っていた。
 本当は学校に通報されるよりも、祖母にバレる方が心配だった。

(バレたらおばあちゃんにめちゃめちゃ怒られる……)

 おそらく彼女の判断を一番誤らせていたのが祖母の存在だろう。
 二人ならどうにかなる――なんて断言したのもそのせいだ。
 女子中学生二人にできることには限界がある。
 むしろ危険と言ってもいい。
 普通なら気付けることだが、今は焦りが勝っていた。
 この時だけは背水の陣で挑んでいたのだ。
 スタニャが指した木の上を見上げる。
 上の方から気配は感じない。
 おそらく息をひそめているに違いない。
 だとしたら、実夕子にできることは何か?

「降りてきなさい! いるのはわかっているんです!」

 大声だった。
 手段など選んでいる場合ではなかったのだ。
 しかし思いのほか効果はてきめん。
 上の方でビックリしたのか、

 ガサガサガサ!

 激しく揺さぶられるような音が聞こえた後に、

 ドシンッ!

「「「うわあ!」」」

 女の子が落ちてきたのだ。
 これには三人同時に叫んでしまった。
 しかも落ちてきたのは自分たちと同じくらいの年の―――どころではなかった。

(つづく)

著者:内堀優一

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