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2020.06.09

【第10回】“アンチ天才”のボトムズ流仕事術

「クリエイティブ」とか「やりがい」に潜む罠

今⽇から始める「敗者復活」~“アンチ天才”のボトムズ流仕事術・2
2008年8⽉18⽇(月) 渡辺由美⼦

――実は、前シリーズの原稿を書いて監督にチェックをしていただいたときに、ひとつだけ気になったことがあったんです。

 事務所を作って電話に出るだけで⾷える(「⾷いっぱぐれない⽅法は、ひとつだけ」)の中で、「電話をかけてきてくれる⼈が全部がクリエイターというわけじゃないんですよ」という⽂章を書いたのですが、監督から「クリエイター」という⾔葉について、「クリエイティブな能⼒がある⼈」に変更するという訂正が⼊りまして……。

⾼橋 はい。ありましたね。

――私は、企画・営業職の⼈のことを「クリエイターではない」、つまり、「=実際のアニメを作る⼈ではない」という意味で書いたのですが、監督の訂正通り「クリエイティブな能⼒がある⼈じゃない」と直すと、営業職はクリエイティブな能⼒がいらない仕事なのか︖……と思ってしまって……。結局、もう⼀度監督に⾒ていただいて、再度直していただいたのですね。

⾼橋 あれは、僕に電話をかけてくる相⼿というのは、「企画や営業の⼈という、“中継ぎにならなきゃいけない⽴場の⼈”が、⾃分に⾜りないものを求めてくる」という⽂脈だったんですね。だから、分かりにくいということであれば、「クリエイティブな能⼒がある⼈」の部分は取っちゃったほうがいいなと。

――こだわってしまってすみません。

担当編集・Y 渡辺さん、「クリエイティブ」や「クリエイター」って⾔葉を使うのに、ものすごく慎重ですね。

高橋良輔,ボトムズ,サンライズ,矢立文庫
高橋良輔氏(写真:⼤槻 純⼀、以下同)

――そうですね。特に私より若い⼈にとっては、こだわりがあるところだと思います。「⾃分の仕事にはクリエイティブなところはないのか︖」という気持ちって、これもなんとなく「負け感」につながっているような気がして。

Y 出た。渡辺さんの「負け感」。

――実は、アニメ雑誌の記者をしていた頃から気になっていることがあって。私の世代以降でしょうか、今の若い⼈は、「クリエイター」になりたいという⼈がすごく増えたと思うんですよ。10代のうちにタレントとか漫画家になれなかったというのは「夢」の範囲なのですが、クリエイターなら⼿が届きそうだ、と。“クリエイティブな仕事”というのが⼤きな意味を持ってきたと思います。

Y さきほどのお話にあった「褒められる中に罠がある」にも繋がっていると思うんだけど、渡辺さんの話を聞いていると、「クリエイティブ」「クリエイター」という⾔葉にも罠があるんじゃないかと思えてくるんですが。本当はその⾔葉⾃体にはたいした価値なんてないのに、⼿に⼊らないと⾃分を「敗者」と錯覚させるような。

――でも、「罠」と⾔っても、必要だと思うんです。⾃分の仕事に何の意味も感じられなかったら、すごく寂しいじゃないですか。

Y それって「クリエイティブ」じゃないと「仕事してる意味がない」ってこと︖

――すくなくともクリエイティブじゃないと、仕事の「やりがい」は感じにくいんじゃないかと。

「個性」重視で「個性的に⾒える」肩書きが増えた


⾼橋 それは、「クリエイティブ」、つまり“創造的な仕事”をしたいのか、「クリエイター」という“肩書き”が欲しいだけなのか、そこははっきりしたほうが良いと思います。

――肩書きだけが欲しい、といいますと。

⾼橋 最近、職業でも「何とかデザイナー」とか、カタカナ職業名がやたら増えましたよね。何でもカタカナにすればカッコイイ、というのがあるじゃないですか。何とかコーディネイターとか、カリスマ何とかとか。そういうカタカナ職業名が異常に増えた。本来はあんなに必要ないですよね。

 「個性的に」とか、「好きなように」と⾔われても、それがそのまま評価や⽣活、稼ぎにつながる社会ではないのに、妙に個性や⾃分らしさが求められるからね。そうすると⾃⼰欺瞞としてのカタカナ職業名が増える気がする。

 僕らの若い頃にもやはりカタカナ職業がありました。そして、カタカナ⽂字になっているだけでカッコイイって思っちゃうんですよ、若いときは、浅はかなことに。

 本当にカッコイイ領域に⾏くのは難しい。だから、その“隣”にあるカタカナ仕事が増えていくんです。

――“隣”とは。

⾼橋 例えば「何とかデザイナー」という呼称だって、すごい領域の⼈は絶対的にカッコイイし認められるものがあるんだけど、その域まで到達していないのにカタカナ名をつけることで「ええ、まあ、だいたいそれと同じような仕事ですかね」とカッコよさげに⾒せている。そうした錯覚を利⽤して、どんどんカタカナ職業が増えていく。

 本来はカタカナの肩書きなんかに縛られなくったって、「クリエイティブ」、“創造的”な仕事はいくらでもできるんですよ。

――そうなんですか? クリエイティブな仕事がしたいなら、まずはそういう会社に⼊ってポジションを得ることが重要で、就職活動に“負け”たら、もうクリエイティブな仕事はできないと考えている若い⼈は結構いるんじゃないかと思うのですが…。

⾼橋 「クリエイティブ」って何だ、ということで⾔うと、アニメ業界では、「演出畑」と「制作」に分けられやすいんですよ。

――「演出畑」は監督や演出家・アニメーターなど、実際にアニメを作る⼈、「制作」はプロデューサーや企画・営業など、アニメをパッケージにして売る⼈ですね。

 そういえば監督は、監督業とプロデューサー業の両⽅を⼿がけていらっしゃいますね。

⾼橋 業界の中では、プロデューサーのような制作側は、演出畑の⼈たちから「俺たちはクリエイティブなことやっていきたいから、あんたたちがちゃんと守ってよ」という⾵に⾔われがちなところがあるんだよね。だけれども、作る⼈も売る⼈も、本当は両⽅ともクリエイティブな仕事なわけなんですよ。だから、実際には両⽅ともクリエイターなんですね。

――売る⼈も、ですか。

高橋良輔,ボトムズ,サンライズ,矢立文庫
高橋良輔氏

⾼橋 ⼀度、現場で監督の僕が、プロデューサーに注⽂をつけたことがあるんです。

 10年ぐらい前からCGが実務的な技術として現場に⼊ってきたわけです。10年前だとCGがどんなことに使えたかというと、⼀番最初に⼊ってきたのは均等なものを描くところでした。アニメーションというものは均等なものを描くのは結構苦⼿だった。SF的メカの、⽬盛りがぐるぐる回る計器類なんかを⼿描きで描くと、線がブルブル揺れてしまうんですね。あれはCGでやると簡単なんですよ。同じことが何回も再現できる。

 僕のやっているアニメはメカがよく出てくるから、アニメの画⾯にCGをはめ込んでみたんです。すると、今まで⼿間が⼤変で避けていたものが、すごく簡単にできて、なおかつ効果が良い。

 そしたら現場でプロデューサーが、「CGをどこそこの部⾨でやると、1カットだけでこのくらいの値段になってしまいます」と⾔うんですよ。まぁ経費がかかるのはしょうがない。CG部⾨は設備投資でそれだけの屋台を⽀えているから。

 だけど、僕が要求しているのは、とんでもなくスペシャルなものではない。初歩的で再現性の⾼いコンピューターをちょっといじればできてしまうようなことなんです。
 「CGだといって構えるなよ」と…。

 その時に僕が「じゃあ、あそこに、CG会社をやめてうろうろしているのがいるじゃないか。彼にやってもらおう」と提案したんですね。

既存の仕組みを変える、それはすべてクリエイティブな仕事だ


⾼橋 その彼はCGを作れるコンピューターを⾃分で持っていて、1⼈でもその程度ならCG画像ができちゃうんです。今までのアニメの作り⽅だと、このシーンを原画マンが再現して次に動画マンに回ってそして仕上げと……とお⾦がすごくかかったんですよ。でも、彼はCGを使って、原画マン、動画マン、仕上げにお願いする何分の1かの時間で仕事ができる。

 分かりますか。こういう「新しいシステム作り」ができることが、プロデューサーにとってはものすごく重要なんですよ。

――確かに、作品創りといっても時間と予算には限りがありますよね。より良いシステムづくりのおかげで、そのシーンについてはかかるコストが激減したと。

⾼橋 だから演出畑の⼈が、「俺たちは物語を作る、絵を作る。これが俺たちのクリエイティブな仕事だ」と⾔うとすると、制作のクリエイティブというのは、「新しいシステムを作る=(制作)ラインを考える」ことなんですね。今度の仕事にとって⼀番いいラインをどうやったら作れるか。どういう⼈間をどんなところに配置して、今までのラインをどう変⾰するか。「それがあなたたち制作のクリエイティブな仕事でしょう」とプロデューサーに⾔って、結局1カ所だけ旧来のシステムを崩したんです。

 その後、CGづくりの彼は収⼊が上がって、そのシステムを作って暫時発展させていった。僕らが現実的にものを作るときに、「今までのシステムでやるとこんなに⼤変ですよ」ということが必ず発⽣する。でも、⾓度をちょっと変えると全然違うんですよね。⽇常的じゃないことに対する頭の慣れが必要というのはあるから。クリエイティブってそういうことですよね。

――つまり「現状を少しでも変えるということは、すべてクリエイティブ」だと。

⾼橋 そういうことです。変⾰とクリエイティブは、⾔葉を厳密に表わせば違いますけれども、昨⽇の仕事を今⽇はちょっと変える、変⾰するということの中に、クリエイティブな能⼒というのは必ず要求されるんです。⾔い換えれば、どんな仕事でもクリエイティブなものにできる「可能性」はある。

(次回に続く)


※本連載は、2008年に公開されたインタビューのリバイバル掲載になります。 

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