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2018.09.11

【第14回】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン

三章②

「あちしを誘ってんの? ……いいよ、乗ってあげる♪」

 一二三はまあちへと一歩踏み出し――たと思いきや、体を反転させ、

「なんてウソだよー!」

 静流に向かって突進していった。
 が、その行動も想定の内だった。
 静流が素早く足元のローラーダッシュを起動させ、後退する。同時に栞とまあちが、一二三の背中に向けてライフルの引鉄を引く。
 飛来する二つの光弾。
 それを一二三は背を向けたまま避けた。まるで背中に目がついているかのように。

「甘い甘い! そう何度も食らわないってば!」

 だが、攻撃を回避したことにより、静流との距離は遠ざかる。
 安全圏まで下がると、再び静流は武器を構え、一二三と対峙した。
 一二三を中心に絶えず三方から取り囲む。

「うーん。なるほどー、そういう作戦で来たかぁ」

 これこそまあちたちが昨晩、栞の家で立てた作戦だった。
 まあちたちのDアームは一二三のDアームと比べてパワーと攻撃力が遙かに劣っている。だが、唯一勝っている点があるとすれば、あちらは一人で、こちらは三人ということだ。一人が狙われれば、即座に他の二人が攻撃とサポートに回る。正面から戦えば即座に負けてしまうかもしれないが、数の有利を頼りに三人で上手く立ち回れば勝機も見出せる。
 もちろん、すぐにこんな連携が取れたわけじゃない。
 だけど、幸いなことにnフィールド内は時間がほぼ停止している。だから、練習時間には事欠かない。
 昨晩、栞の家でイヤという程nフィールドに潜り、練習したのだ。
 その結果が、今の戦いだ。

「意外と堅実な作戦立てるねぇ。確かに一対三の状況は上手く使うべきだと思うよ? ……でもさぁ、分かってるぅ? 見事なチームワークだけど、それってかなり大変だよねぇ。あちしの動きだけじゃなく、他の二人の動きも常に追ってないといけないんだからさぁ。神経使いっぱなしじゃない?」

 それは……その通りだった。決して楽なことじゃない。自分が動きながら、絶えず全員の行動を把握しなければならないのだ。少しでも連携が崩れば、即座に一二三のパワーの餌食となる。
 綱渡りのような攻防。精神的・肉体的な疲労の蓄積 はいつものバトルとは比べ物にならない。
 それに、自分が失敗したら仲間の誰かが犠牲になる。そういったプレッシャーも重くのしかかてっくる。

「いいよ。そっちに付き合ってあげる。要は我慢比べだね。あちしが根を上げるのが早いか、キミたちの足並みが乱れるのが先か」

 戦意に口元 をニヤリと上げ、

「ただ気を付けてね……あちしの体力、ほぼ無限だからっ!」
「!」

 そうして、終わりの見えない戦いが始まった。
 一二三は一度も足を止めなかった。絶えずまあちたちに攻撃を仕掛け続ける。それも愚直に攻めるだけじゃない。まあちを狙うかと思えば栞を、そう思えば今度は静流へと迫るなど、巧みに標的を変えながら、まあちたちをかき乱していった。
 まあちは、とにかく必死だった。迫り来る一二三から全力で距離を取ったかと思えば、一転して栞へと矛先を変えた一二三に、援護のカーフ・ミサイルを放つ。
 飛び交うのは自分の攻撃だけじゃない。
 栞のケルベロスが地面を薙ぎ、静流のアームパンチが突き出される。
 まさに怒涛とも言えるほどの猛攻。実際に攻撃の半分以上は一二三に直撃している。
 だが、一二三は笑ってた。どこまでも楽しそうに。
 まあちたちの攻撃を全てエネルギーシールドが防いでいるのだ。どれほど攻撃を当てれば、シールドを削り切れるのか。あとどれだけの時間、この綱渡りのような攻防を続ければいけないのか。こんなことを考えている間にも秒単位で精神がすり減っていく。自分も、栞ちゃんも、しずちゃんも。
 そしてついに、ギリギリの均衡が崩れる時が訪れた。

「っ! まあちさんっ……!」

 栞の切迫した声。
 それもそのはず。
 一二三が、まあちのすぐ眼前まで迫ってきていた。手を伸ばせば届きそうなほどの至近距離。

「油断したね、七星ちん! 炎・龍・けぇぇーーんっ!」

 一二三のDアームの手の平に巨大な火球が生じる。
 だが、まあちは焦らなかった。レイズナーの拳に電撃を迸らせ、

「ナックルショットッ!」
「そんなの無駄無駄ァ……!」

 一二三がまあちの反撃を笑い飛ばすが、まあちは構わず拳を繰り出す。
 眼前の一二三ではなく、足元の地面に向けて。

「っ!?」

 拳を地面に叩きつけた反動で、まあちの体が上空に飛び上がった。
 一二三の間合いから離脱すると共に、次の攻撃へと繋げる行動だった。
 先程までまあちがいた場所の背後――そこには静流がいた。
 ちょうど一二三の正面。Dアームの双椀に武器を構え、

「落ちなさい……!」

 肩のショルダーミサイルガンポッドから九発のミサイルを一斉に発射。
 さらにヘビィマシンガン改をフルオートで放ちながら、もう片方の手に持ったソリッドシューターからリニア式の砲弾を撃ち込む。
 幾千という弾丸の雨と砲弾が一二三に降り注ぎ、飛来したミサイル群が巨大な爆発を起こす。
 それでも手を休めず、持てる最大火力を叩き込み続ける静流。

「はあああああああッ……!」

 だが。

「……その攻撃は読んでたよ!」
「っ!」

 爆発の黒煙から飛び出してきた一二三、その手には未だ炎龍拳の火球が存在していた。
 Dアームを振るい、手にした火球を静流に――ではなく、栞に投げつけた。
 周囲を覆う煙によって視界が効かず、結果、栞の行動は遅れた。火球を避けようとするが間に合わず、その体に直撃。

「きゃああっ!」
「栞ちゃん……!」

 吹き飛び、地面に激しく体を打ちつける栞。
 ここまでで初めての被弾だった。動きを止めたその隙を逃がさず、一二三が栞の上に乗りかかる。

「つっかまえた♪」
「っ!」
「追いかけっこは楽しかったけど、もうお終い。これ以上逃げられないように……その脚、もらうよ」

 一二三のDアームの上腕部を覆う三本の爪――龍爪 ドラゴン・クロー
 その鋭い切っ先を、栞の脚に向かって振り下ろす。龍爪はエネルギーシールドを一撃で貫通し、その片方の脚を深々と貫いた。

「っっっ……!」

 栞が声にならない声を上げる。

「まだだよ。まだ、もう片方残ってる……!」

 残った栞の片足に、再び龍爪を突き立てる。先ほどと同じく、鋭利な切っ先が栞の脚に突き刺さった。
 ゆっくりと龍爪を引き抜く。血はついていなかった。
 栞は声をあげなかった。いや、あげることさえできなかった。
 痛みとショックが限界点を超え、栞は気を失っていた。気絶していてもなお苦痛に歪むその顔と、脚に穿うがたれた生々しい三つの穴――傷跡。

「……これで分かったでしょ。あちしがどんな奴か」

 気絶した栞の前に立った一二三が、まあちを見た。
 まあちは呆然と立ち尽くしていた。
 一二三がここまでやることは分かっていた。だが、分かっていながらも、実際にその光景を目にし、圧倒されてしまった。

「…………」
「イイ目だよ、七星ちん。……それじゃあ、とっておきを見せてあげるよ!」

 一二三の口から奇怪な電子音が放たれた。
 その体から爆発的な光が起こり、周囲を白く染める。
 やがて光が収まった時、一二三の姿が変貌していた。

「!」

 一二三の額につけられた、黄金のサークレット。三本の勇壮な角が伸び、中央の前部分を赤いバイザーが、後ろ部分を青いバイザーが覆っている。
 首には六つの赤い勾玉の首飾りが付けられ、腰元には黄金のバックル。
 脚部と足元には追加の装甲が施され、背中には登龍剣が背負われていた。
 静流がその姿に、

「あの姿は間違いないわ……マキシマムモードね」

 マキシマムモード。SUN-DRIVEの性能を最大限まで引き出す、第三のモード。
 ただでさえ桁違いのパワーを誇る一二三が、その全能力を解放したのだ。

「楽にしてあげるよ、七星ちん」

 一二三がまあちへと歩み寄っていく。

「逃げて! まあちゃん!」

 静流がローラーダッシュを最大稼働させ、猛スピードで一二三に向かっていく。
 アームパンチを放つが、

「邪魔だよ」

 龍神丸のDアームがいとも容易くその拳を掴む。
 静流は拳を掴まれながらも、上腕部内の炸薬を連続で点火させ、何度も拳から衝撃を叩き込んだ。アームパンチの連続稼働 。
 だが一二三が力を込めると、静流のDアームがあっけなく握り潰された。
 片腕を握り潰されながらも静流はもう片方のDアームでアームパンチを放とうとしたが、その前に一二三のDアームによって殴り飛ばされた。
 静流が大きく吹き飛び、岩山に激突する。

「しずちゃん……!」
「人の心配をしてる場合じゃないって」

 一二三の前にまあちが立つ。
 その威圧感にビクリとまあちの体が震える。

「怯える必要ないって。倒すっていっても痛みは一瞬だしね。SUN-DRIVEが消えても、その後に待ってるのは、これまでと同じ日常。失うものなんて何もないんだよ」

 一二三が優しく微笑む。先輩が後輩の不安を取り除くように。
 まあちは恐怖に体をすくませながらも、

「そんなこと……本気で言ってるんですか?」
「え?」
「渡良瀬先輩、言ってました。SUN-DRIVEを失うと、ここでの出来事は全て夢みたいになるって」
「うん。そうだよ。別に記憶そのものが消えるわけじゃない」
「たとえ記憶があっても、自分がその経験を『本物』と思えなくなったら、それは失ったのと変わらないです。……私は失くしたくない。ここであった事を。戦うことは好きじゃなかったけど……それでもSUN-DRIVEがあったからこそ、私は大切な人に想いを伝えられたし、途切れた絆を結び直すことができた」

 これまでnフィールドの中で起こった出来事を振り返る。
 それは単なる記憶ではなく、確かな『思い出』として自分の中に根付いていた。
 哀しかったことも、嬉しかったことも、その全てが。

「私にとってnフィールドであったことは、大切な『私』の一部です。だから、失くしたくありません」

 自分の想いをまっすぐに伝える。
 一二三は、向けられたまあちの瞳から僅かに目を逸らし、

「私の一部……か。こんな場所に価値を見出すなんてね。さすが『楽援部』なんて部活を作るだけのことはあるよ」
「知ってたんですか?」
「あちしは生徒会長だよ? 生徒たちのことで知らないことなんてないさ。今まで倒したみんなのことだって、ちゃんと知ってる。そう……知ってたんだよ、あちしは」

 そこで、一二三の瞳が大きく揺らいだ。
 何かを思い出すように空中を見つめ、

「そうだよ……知ってたんだ。知ってたからこそ……こういうのはダメだって思ったんだ。みんなが戦い合うなんていけないことだって……」

 虚空に視線を漂わせたまま、唇をブツブツと揺らす 。
 明らかに様子がおかしかった。

「渡良瀬、先輩……?」
「初めは……あちしも戦いを止めようとしたんだ……。でも、どうやったらいいか方法が分からなくて……それで……それで……」

 額に手を当て、過去を思い出す。

「あの子に会ったんだ。あの黒髪の女の子に教えてもらったんだよ。『あちしが全員を倒せば、誰も戦い合わなくて済む』って。……だから、一人ずつ倒していって……」

 なおも独り言をつぶやきながら、視線を宙に彷徨わせ続ける。
 明らかに正常な状態ではなかった。
 もしかして……渡良瀬先輩も……。

「やっぱり倒すしかないんだ……。戦いを終わらせるためには……」

 一二三のDアームが背中の登龍剣に手をかける。

「だから……大人しくあちしに倒されてよ! 七星ちんっ!」

 登龍剣を振り上げようとした瞬間――
 横から飛来した巨大なビームが一二三に直撃した。膨大な熱量と圧力が襲い掛かり、一二三の体を弾き飛ばす。

「……やっぱり貴方もフラクチャーに憑りつかれていたのね」

 まあちはビームの飛来した方向を見た。
 そこに巨大な大砲――対宇宙艦用の高出力エネルギー砲・ロッグガンを構えた静流がいた。
 その姿が先ほどまでと異なっていた。
 アンダースーツの腰回りと足元には追加の装甲。額のゴーグルもサイズが一回り大きくなり、大小三つのレンズ――ターレットスコープが取り付けられている。
あの装甲は間違いない。かつて戦ったこともあるアレは――

「しずちゃん、その姿……」

(つづく)

著者:金田一秋良

イラスト:射尾卓弥

©サンライズ

©創通・サンライズ

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