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サン娘 ~Girl's Battle Bootlog【第1回】
第一章①
閃光。
巨大なビームの光が、七星まあちを襲った。
とっさに地面を蹴り、灼熱の光を紙一重でかわす。
肌が、チリリと焼ける感覚。
ひやりを通り越して、心臓が凍る。
ビームは止まらず、そのまま背後の巨大な岩盤に突き刺さった。
激しい爆発が起こり、砕け散った岩の破片が、宇宙空間へ舞う。
「大丈夫! まあち!」
火線をさけるよう、かたわらの岩陰に身を隠した神月楓が叫んだ。
「う、うん!」
ポニーテールを左右に揺らしながら、すぐに態勢を立て直す。
「ったく、なんなのよ、あの装備! 反則にもほどがあるじゃない……!」
楓が憎々しげに言い放ち、元凶である『相手』を見た。
ゴツゴツとした岩肌が続く、小惑星の上だった。
青く輝く地球を背にする形で、一人の少女が立っていた。
ワンピースにも似た奇妙なスーツ。二の腕まで覆う白い手袋と、同じく白のニーソックス。
宇宙空間に佇むにはあまりにも異様な姿だったが、その両脇に浮いたモノは、さらに異様だった。
一対の鉄の塊が浮いていた。
それは『腕』だった。
まあちの身体ほどのサイズもある、巨大な鋼鉄製の腕。
濃緑色をした流線型の鉄腕には、それぞれ大型のランチャーが握られていた。
「…………」
少女が、まあちたちを観察するように視線を注ぐ。
大型の黒いゴーグルをつけているため、その表情はわからない。
どこか機械的な仕草で片手を伸ばすと、再び鋼鉄の腕がランチャーを構えた。
「っ! そう何度も、やらせないっての!」
ビームが放たれるよりも早く、楓が岩陰から飛び出す。一気に少女との間合いを詰め、
「食らいなさいっ!」
叫ぶと同時に、楓の両肩の上に浮いた、直径二〇センチほどの二つのポッドが反応した。
ポッドが開き、中から『腕』が伸びる。小さなポッドのどこに収まっていたのかというほどの巨大な鉄腕。少女のものとは違い、赤と青を基調とした分厚い装甲に、前腕部には特徴的なV字型の黄色いパーツ。その手に握った三叉の刀を振り上げ、
「どりゃああああ! ザンボットグラァァァァァップっ!」
勢いよく振り下ろされる刀を、少女が身をひねってかわし、後方へ跳ぶ。
同時に左右のランチャーが後方へ回転、ランチャーの後部が肩の上より突き出される。そこに開いたいくつもの発射口から、大量のミサイルが発射された。
「うっそ! そんなのあり!?」
楓へと降り注ぐミサイルの雨。いくつもの爆発。大小の光球が、小惑星の表面を包んだ。
「ぐぅぅっ!」
「楓ちゃん!」
ミサイルの一群が、まあちにも襲いかかってきた。
避けることもできず、ポッドから『腕』を出現させ、ガード。
爆発。衝撃。
薄い蒼色がかったまあちの『腕』が、爆炎で紅く染まる。
空中にウィンドウが出現し、エネルギーシールドの低下を報告。
それでも、倒れないよう両脚を踏ん張った。
爆炎の奥にのぞく少女を見据え、
「絶対に……絶対に、私が助けてあげるからね、栞ちゃん!」
力の限り叫んだ。
少女――九鳳胤栞は応えず、トドメを刺すように、ランチャーの砲口をまあちに向けた。
どうして……。
どうしてこんなことになっちゃったんだろうと、まあちは思う。
つい一昨日までは、フツーの日常を送っていたはずなのに。
それが、どうして……。
七星まあちの信条は、『いつだって楽しく!』だった。
泣き顔よりも笑顔。
それが正しいって、いつだって信じていた。
だから、暗い顔や困った顔をしている子がいたら、なんとなく気になる。胸がザワザワする。
結果、ついつい声をかける。できることがあれば、力になろうとしちゃう。
小学生のとき、運動委員や図書委員なんかの、ありとあらゆる委員会活動を手伝ったあげく、過労で三日三晩寝込んだときは、友達のみよちゃんから『バのつくお節介焼き』というあだ名を頂戴した。
翌日、学校に登校し、教室で変わらず清掃委員の手伝いをする自分を見て、みよちゃんは呆れを通り越して痛い物を見る目をしながら、『ただのバカ』とあだ名を更新してきた。
まあでも仕方ない。それが私だし。
だから、いまだってなんとなく放っておけない。
その日は、高校の入学式の朝だった。新しい学園生活への期待と興奮。『どんな人たちに会えるかなぁ』などと想像しているうちに、いてもたってもいられなくなり、結局予定よりも一時間も早く寮の部屋を飛び出した。
そうして、ソレを見つけたのだ。
「ねえ……そこで、何してるの?」
校内の一角に咲いた、美しい桜並木だった。
歩道脇から伸びる形で、薄紅の花弁が奥まで咲き誇っている。
そこに、一人の女生徒がいた。
「そんなところにいたら危ないよ? 降りて来たら? ね?」
ぎこちない笑みを浮かべながら、まあちは女生徒を見上げた。
女生徒は、三、四メートルほどの高さの幹に腰かけていた。
あまりの高さに、見かけた瞬間、思わずぎょっとしてしまった。
「…………」
だが女生徒の方は、とくに怖がる様子もなく、ぼうっと桜を眺めていた。
その危なげな様子にハラハラしながらも、改めて女生徒の顔を見る。
とても、綺麗な女の子だった。
腰まで届く長い銀髪。
陶磁器のように白くなめらかな肌に、幼くも端正な顔立ち。
その瞳さえも銀色に染まっており、この子と比べたら、世の中のどんな『一番キレイ』も、すぐさま二位へ転落すると思った。
だからこそ、なおさら疑問に思う。間違っても、入学式の朝に木登りを楽しむような、そんなやんちゃな趣味の子には見えなかった。
「その制服、同じ学校の子だよね。早く校舎に行かなくていいの?」
三度目の声掛け。
それが成功したのか、少女の銀の瞳が、ゆっくりまあちへ注がれた。
そして、言った。
「あなたの夢は、何?」
「………………………………へ?」
唐突な質問に、ついポカンとしてしまった。
続いて少女は、両手を幹に置くと、腰を浮かし、そのまま――
飛び降りた。
「お、おわあああああああああ!」
たまらず少女を受け止めようと駆け出す。飛び降りて、無事に済む高さじゃなかった。
だが足が絡まり、その場に転倒。ゴン!と鈍い音がし、盛大に額を地面に打ち付けた。
「い………ったぁぁぁっ!」
痛みに額をジンジンさせながらも、すぐさま顔を上げた。
あ、あの子は!?
「…………」
目の前に、少女がいた。しゃがみ込み、平然とこちらの顔をのぞき込んでいる。
「…………」
見たところ、どこにも怪我をした様子はない。どうやら無事だったらしい。
安心に、はぁぁぁぁと息をついていると、少女が尋ねてきた。
「いま……なんで、走り出したの?」
「え? それは、その……あなたを助けようとして……」
「助ける? どうして……?」
なぜ、そんなことをするのかわからない。そういった口調だった。
「いやだって……困ってる人がいたら放っておけないでしょ?」
「自分のことじゃないのに……?」
「う、うん……。ほら、私がちょっと手を貸してあげるだけで、その子が笑顔になるなら、そうしてあげたいじゃん。そっちの方が楽しくない?」
地面に倒れ、涙目になった状態では、とてもサマにならない言葉だったけど、それでも笑顔で答えた。
「笑顔……楽しい……。それが、あなたの夢……?」
「夢……? 夢なのかなぁ、これって……。でもまあ、そうかも。少なくともいまの目標は、みんなで楽しく学園生活を送ることっ! かな」
「そう……」
少女が、コクリと頷く。いまの答えで納得してくれたんだろうか。
というか、いま何時だろう? 入学式には余裕で間に合うと思うけど。
起き上りつつ、ポケットから『ピーコン』を取り出し、時間を確認する。
ピーコンとは、カードサイズほどの情報端末で、ひと昔前のスマホに代わるウェアラブルコンピューターだった。正式名称を『PD(プロフィタブル・デバイス)』といい、愛称は『ピーコン』。PDの『P』と、コンピューターの『コン』を合わせたものだ。
まあちの入る学校では、あらかじめ専用のピーコンを生徒全員に配布しており、その真新しいピーコンの画面を見た突端、まあちから悲痛な声が上がった。
「ああ……やっちゃったぁ……」
液晶画面に、ピシリと入った亀裂。どうやら転んだ拍子に、ぶつけたらしい。
「どうしよう、これ……きっと先生に怒られちゃうよね……」
「貸して……」
言って、少女がまあちの手からピーコンを抜き取った。
「え?」と顔を上げるまあちに背を向け、何かをし始める。
きっちり三〇秒経ってから振り返ると、手には新品同然のピーコンがあった。
「え、ええええ!? どうやったの、これ!?」
「直した」
「な、直したって……」
ピーコンを受け取りつつ、画面を見る。さきほどの亀裂が、跡形もなく消えていた。
ど、どうやったんだろう、これ……。
頭に、でっかいはてなマークを浮かべつつも、とりあえず感謝を述べた。
「とにかくありがとう。助かったよ」
「さっきのお礼……」
「さっき?」
「答えてくれたのは、あなたが初めて……」
たぶん、さきほどの夢の質問のことだろう。
確かに突然あんなことを尋ねられても、普通は答えないと思う。
「えっと、それであなたは……」
「レイ……」
「レイちゃんね。私は、七星まあち。よろしく! ……で、レイちゃん、学校には行かなくていいの? 良かったら一緒に行かない?」
レイは、応えなかった。また、ぼうっと桜の観察を始める。
いくら話しかけても返事がないので、まあちは仕方なくその場を後にした。
とても印象的な子だった。その容姿も、行動も、全てが。
また会えるかな? なんてことを、歩きながら思った。
ふと歩道脇の案内標識が目に入った。『本校舎』と記され、矢印で方角が示されている。
だが、標識に記された距離は、『1km』。
「一キロ!? はぁぁ……まだそんなにあるのか。この学校、なんでこんなに広いんだろう……」
私立聖陽女子学園の広い敷地を眺めながら、まあちは校舎へと歩いていった。
著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥