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2018.04.27

【第04回】ぼくたちは人工知能をつくりたい

美少女AIの掟
  • ひとつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちを守る。
  • ふたつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちの願いを叶える。
  • みっつ、美少女AIはどんなことがあっても自分の命を守る。
  • ただし、掟は設定された順に優先される。ひとつ目とふたつ目が矛盾した場合、ひとつ目が優先される。
人工知能(キャラクター)を作るための五工程
  • (0)※まず仲間を見つける
  • (1)性格を決める
  • (2)容姿をデザインする
  • (3)CGモデルを作る
  • (4)「学習プログラム」と「人格生成プログラム」の実装
  • (5)ロボットのAIとキャラコン部オリジナルのAI、人間の連動訓練

第4回:かわいい~

 美作がキャラコン部に入部して、部にはちょっとした変化があった。美作美雨が部室にやってくるようになったこと。部屋が清潔になったこと。最新のAI関連の書籍が増えたことである。
 環境を整えた俺と美作は、清潔な部屋でAIに関する研究を始めた。そもそもAIとはなんぞやを知るところからのスタートだ。

「なるほど……AIってのは、コンピュータ自身が自分で考えて、答えを出す、ということなのか」
「自分で問題解決のためのアルゴリズムを生成したりするらしいですね」
「アルゴリズムね……ん? アルゴリズムって生成できるものなのか。そもそもアルゴリズムって何なんだ?」
「え? ええと……」美作は本のページをめくる。
「計算や問題を解決する手順らしいです」
「手順……って、どういうこと?」
「そういう体操ありましたよね」
「ああアルゴリズムの?」
「はい」
「あれ、何解決してんの?」
「……肩こり?」

 そんなやりとりを聞いていた颯太は、哀れむような眼で俺たちを見た。

「そんな低次元なレベルからスタートして、本当に大会に出られるようになるのか」
「う……うるさい。ていうか、お前もやれよ」
「だからやらないと言っているだろう」

 そう言って、颯太はVR5を被り、プレイ・プラットフォーム7の電源を入れた。

 

 数日が過ぎ、約束の金曜日はあっという間にやって来た。放課後。鞄をつかみ、直島渚の元へ向かおうと教室を飛び出した。だが、そんなことをする必要はなかった。直島渚その人がC組前の廊下で待っていたからである。
 直島渚は俺を見るなり、無言でポータブルHDDを差し出した。

「何コレ?」
「プロトタイプ」

 直島はぽつりと答えた。

「何の?」
「あなたが欲しがっていたもの」

 直島渚は恥ずかしそうに続けた。

「美少女……AI」
「え。もう完成したってこと?」
「試作品だけど」

 と、直島渚は答えた。

「じゃあ、しゃべったりできるってこと?」

 直島は無言でこくりと頷いた。

「なんと!」

 直島渚は俺たちの妄想を書きなぐったノートからたった数日で美少女AIのプロトタイプを作り上げてしまったらしい。
 この子、マジで天才だよ! 
 俺は美作をピックアップして部室へと急いだ。部室内では颯太が「ディストピア6」をプレイ中だった。マニアクスというトロフィー獲得のため、全ルート二時間以内のクリアを目指して、連日アタックしていた。俺たちは颯太を無視して、ノートパソコンへと向かった。俺はHDDをつなごうとするが、興奮しているせいか、コネクタがうまく差し込めず、無駄に手間取る。美作が「何やってるんですか!」と俺の手からHDDをもぎ取り、素早くPCにつないだ。俺はキーボードを操作し、フォルダを開いた。

「早く! 早く!」

 美作が急かす。

「ちょっと待て」

 見たことのない拡張子のデータがずらりと並んでいた。クリックしてみたが、ソフトウェアがないというメッセージが返ってくる。

「開かないぞ、コレ」
「専用ソフトが必要ってことですか?」
「そうかもしれない」
「あの……」

 部室の外に、直島の姿があった。部室に入っていいのか、ためらっているようだ。

「これ……」

 直島はかばんからノートパソコンを取り出した。

「ここに、ソフトが入って……」

 直島が言い終わらないうちに、俺と美作は直島の手を取り、部室の中に引っ張り込んだ。手をつかんだ瞬間、直島はかあっと赤くなった。

「キャラコン部へようこそ!」

 

「粗茶ですが」
「あ……ありがとう」

 美作は直島へキャラコン部最大級のVIP待遇である、ペットボトルのお茶とチョコパイを出した。先日と変わらず、おどおどしていた直島であったけれど、キーボードに触れると少しだけ落ち着いた顔になった。直島がコンソールにコマンドを打ち込むと、画面にぼんやりとした何かが現れた。
 俺たちは期待に胸を膨らませながら、その像に注目する。

「こ、これは……!?」

 それは、CGのメロンと、みかんと、バナナだった。

「……何これ」
「好きなものを選んで」

 直島がぽつりと言った。

「なんで?」

 その質問には答えず、直島は俺の目をじっと見て何かを訴えた。黙って選べということか。

「じゃあバナナにします。いいですかハルさん」と美作。
「オッケー」

 異論はない。直島はバナナをクリックした。すると、画面の中でくるりと半回転。その皮面に、これ以上は簡素にできないほど単純な目と口が、サインペンで描かれていた。

「何これ」
「バナナ」と直島は答えた。
「いや見たら分かるし。そうじゃなくて……」

 そう言うと、サインペンで書かれたバナナの顔が曇った。

「見たら分かる? あんたに私の何が分かるっていうの」とバナナはムッとした顔で言った。
「え、しゃべった?」
「当たり前じゃない。バカじゃないの?」とバナナはむくれる。
「なんか怒られたんだけど」

 俺は美作に向かって言う。

「アンタ、ホントデリカシーがないんだから」

 バナナはツンと顔を背けた。

「いやデリカシーも何も……」
「もういい。私に話しかけないで」

 へそを曲げたのか、それきりバナナは返事をしなくなった。

「あの、直島……これって……」

 直島に説明を求めると、直島はぽつりと「謝って」と言った。

「はあ?」
「あなたが今、目の前にいる自分を無視して美作さんに話しかけたから、この子は怒っているのです」
「バナナのくせに?」

 バナナはギロリとこちらを睨んだ。

「ダメですよ、そんなこと言っちゃ」

 なぜか美作までバナナの肩を持つ。

「なんで美作まで」
「私はかわいい子の味方です」
「かわいいって、このバナ……」
「だからダメ!」

 美作は俺の口を塞いだ。

「いいからハルさん。謝ってください」

 直島をちらりと見る。直島も重々しく頷く。当然と言わんばかりだ。眼だけで颯太に助けを求めるが、チェーンソーを持った巨人型機械生物と戦闘中で力になってくれそうにない。俺は仕方なくバナナに頭を下げた。

「あの……なんか、すみません……」
「……」バナナは答えない。
「そんな謝り方じゃダメですよ。もっと誠心誠意、心を込めて!」

 美作は小さな拳を握りしめ、ぶんぶんと振り回す。直島も同意したように、こくりと頷く。

「そうなの? そういうものなの?」
「その通りです」

 美作と直島は重々しく頷いた。

「あの、もう二度としませんから……すみません!」

 俺はバナナに向かって深々と頭を下げた。

「……分かればいいのよ」

 振り向いたバナナは、うっすらと涙を浮かべながら、笑った。

「いや、分かんねえよ!」

 叩きつけるようにしてノートパソコンのふたを閉じた。

「何するんですか!」
「何なのこれ」
「ツンデレ」

 直島はぼそりと言った。

「これツンデレなの?」

 完全にもらい事故をした気分だ。

「ハルさん、想像してみてください。見た目がバナナじゃなかったからどうですか」と美作は言う。
「想像ねぇ……」

 想像してみた。可憐な美少女が涙ながらに「分かればいいのよ」とデレた様子を。

「どうですか、ハルさん」

 悪くないでしょう、と言わんばかりである。
 まあ、悪くはないかも。

「しかし何だろうな。姿形が違うだけで全然違うものに思える」
「それはハルさんの目が節穴だからですよ」
「誰の目が節穴だ。ていうか、何でバナナなの?」
「かわいいから」と直島は答えた。
「バナナが?」

 直島はこくりと頷く。

「じゃあメロンやみかんも?」
「かわいい」
「かわいい……のか?」

 ちらりと美作をみる。

「確かにかわいいですね」

 美作は深々と頷いた。

「なんだよメロンとみかんとバナナがかわいいって」
「かわいいじゃないですか。色が鮮やかで。ねぇ?」
「うん」直島は頷く。

 ううむ。ふたりの感性に、ついていけそうにない。

「ほほう。これはこれは。ずいぶんと顔面偏差値の高いふたりがお揃いではないか」

 VR5を外した颯太が乱れた髪を整えながら言った。

「ひどい挨拶だな。ていうか、それ褒めてんのか」
「ハル、お前は足をひっぱらないよう、もっと努力しろ」
「ほっとけ」

 そういう颯太はいつもより覇気がなかった。モニターのリザルト画面には、2時間3分40秒と表示されている。今日も二時間は切れなかったか。惜しかったな、颯太よ……。

「見てくださいこれ。直島さんが美少女AIを作ってくれたんですよ!」

 美作は再びノートパソコンを開いた。

「ほほう?」

 颯太は目を細めた。

「何よあんた」バナナは颯太を睨んだ。
「これが美少女AIか?」

 颯太はしげしげとそのバナナを眺めた。

「私をそんな風に呼ばないで」

 バナナはサインペンで書かれた口を尖らせて、不服そうな顔をする。

「これは失礼。魅力的な君にはふさわしくない言葉だったね」

 颯太は一転、紳士的な態度を取った。

「そう怒らないでくれ、お嬢さん。君のような美しい人の前に立つ光栄に浴するのは、私も初めてのことなんだ。こう見えて、幾分、緊張しているのだよ」

 そう言って、颯太は柔らかく笑った。バナナはかーっと赤くなった。

「ななな、何言ってんのよ!!」

 バナナはさっと、画面外に姿を消した。

「おー」

 美作と直島から拍手が起きた。

「ふっ、ちょろいな」

 そう言って、颯太はいつものゲスな笑みを浮かべた。

「何今の歯の浮くような台詞。気持ち悪ッ」
「気持ち悪いかは関係ない。俺はこの子の望む言葉をかけただけだ」
「何でわかるんだよそんなの」
「彼女は人と違う容姿に生まれたことに、何らかのコンプレックスがあるということが一目で分かった。故に人を遠ざけようとする。本人が欠点と思い込んでいる部分を褒めることで、凍った心を溶かすことができるのではないかと踏んだのさ」
「一瞬でそこまでわかったの?」
「さすがです、颯太さん」

 美作と直島は感心した様子である。

「ああ。ちょろいゲームだな」
「違う。AI。美少女AIだ」
「AIだろうが関係ない。要するに、この子の黄色い心の皮をひん剥いてやればいいのだろう」
「言い方がゲスすぎる!」

 どうやら颯太は女心を理解したわけではなく、あくまでゲームの文法でバナナの攻略に成功したということにすぎないらしい。

「このバナナはゲームAIを利用して作った。故にそのアプローチはそれほどズレてはいない」

 直島は冷静に答えた。
 その一方で、美作は涙目である。

「前言撤回です。ハルさんも颯太さんも見損ないました。バナちゃんをそんなイヤらしい目で見るのは止めてください」
「いや、見てるのはコイツだけ。ていうか、何バナちゃんって。なにバナナ略してんだよ」
「彼女の名は、バナナ・ワイルド。こう見えて意外とワイルド」直島はぼそりと言った。
「バナナ本名かよ。ていうか、名前あるんだ」
「当たり前でしょ。あんたバカなの?」

 いつの間にかバナナはPC画面に戻っていた。次から次へとせわしない。

「待っていたよ、バナナ君」颯太が不敵に笑う。
「馴れ馴れしく呼ばないでくれる?」
「そう冷たくするな」
「知らない」

 そう言って、バナナはつん、と顔を背けた。
 興味がわいたのか、颯太はしばらくバナナと話をしていた。ゲームの知識を応用した颯太の話術は巧みで、(俺の背中はゾクゾクとしたけれど)バナナは完全に颯太の手のひらで転がされていた。

「ふむ……なかなかおもしろいじゃないか」

 人工知能には無関心な颯太ではあったが、ゲームという観点からAIに興味を持ったようだった。

「バナナの性格を変えることはできるのか?」
「可能。でも、既存のプログラムを流用するだけでは限界がある。ノートに書かれていたような美少女AIを生み出すためには、ゼロからプログラムを組む必要がある」
「なるほど。仮でこのレベルか」

 もしかすると、本当にあの美少女AIを作れるかもしれないな、と颯太は感心したように呟いた。

「NAGIちゃん、メロンを試してもいいですか?」と美作ははしゃいだ。
「もちろん」

 直島はメロンを呼び出した。メロンはバナナと違い、温和な性格だった。お金持ちのお嬢様、という設定らしい。俺と直島は、美作と颯太がメロンのリアクションに一喜一憂する様子を、少し離れたところから眺めた。

「直島はすごいな。たった数日でここまでのAIが作れるなんて」

 直島は首を振った。

「大したことじゃない」
「いやいや。それでも十分すごいよ」

 直島は美作のノートをカバンから取り出した。

「ありがとう。これ、おもしろかった」

 俺はノートを受け取った。

「ホント?」

 直島はこくりと頷いた。

「このノートの熱にやられた」
「熱」
「そう。みんなの美少女AIに会ってみたいという、熱」

 その言葉に、思わず笑った。直島は不思議そうな顔をした。俺は答えず、ただ首を振った。美作と俺たちの熱意がひとりの技術者の心を動かしたことが、嬉しかった

(つづく)

著者:穂高正弘(ほだかまさひろ)

キャラクターデザイン:はねこと

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