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出会い③
「「多田さん!?」」
尻餅をついて腰をさすっていたのは、多田真津乃……クラスメイトだったのである。
彼女は目をぱちくりさせると、
「………あわわわわ!」
ありえない勢いでジタバタしだした。
「ちちち違うから! 全然違うから!」
何が違うのか主語が抜けててさっぱりわからない。
その場で失禁してしまいそうな勢いで涙目になっている真津乃。
なんだかスタニャも実夕子も、彼女を見ていたら急に冷静になってきてしまった。
「あ、あのいきなり大声ですみませんでした。高いところから落ちましたけどダイジョブうですか?」
「だだ、大丈夫! いや、大丈夫じゃないって言うか、いや、大丈夫なんだけど、あれ? こういう時ってケガしてるくらいがちょうどいい?」
((なにを聞かれてるんだろう??))
大混乱の彼女に受け答えできず、とりあえず落ち着かせる方向で世間話でも――そう思った実夕子は、
「あの、奇遇ですね」
「そそそ、そうだね! 奇遇だね!」
ダメだ。
動揺しまくっている。
「あの、どうしてこんなところに?」
「ええ!!」
しまった。
さっきのストラヴィンスキーさんと同じ轍を踏んでしまった……。
自分も聞かれたくなかったことを、同じように聞いてしまった。
明らかに真津乃さんは、
『やべぇ』
って顔してる。
次に来る質問は決まっている。
『小嶽原さんこそ、なんでこんなところへ?』
である。
さっき自分がやったばかりなのだ。
ここはすぐにごまかさないといけない。
ここはラフに。
冗談めかして。
「あの、さっきお寺の門前通ってきたんですよ」
「……へ、へぇ」
「そこで木の上に人影を見たんですけど、多田さんじゃないですよね?」
ビクビク!
(多田さんの目が完全に見開いてる――!)
膝も笑ってるし、目も泳いでるし、口元はわなないてる。
「あばばばばば! いいいい行ってないってば!」
((ああ、この人、徹底的にウソ吐けないタイプだー!))
あまりに善良すぎる彼女の反応に実夕子は天を仰ぎたい気持ちになった。
余計なことを聞いてしまったと。
真津乃さんはまだ目を泳がせながら、
「あ、あれだよ、実夕子ちゃんが見たのは鳥だよ!」
ちょっと苦しすぎるのではないですか?
そう言いたい気持ちをグッと飲み込んで、冷静な意見を口にする。
「鳥ではなかったんですけど……」
「だだだだって、ほら、そんな高くジャンプできる人間なんているわけないじゃん! 絶対鳥だよ!」
「私、まだ高くジャンプした話してないんですが……」
「あ――――………」
真っ白になりかける真津乃。
とはいえ、聞き捨てならないことがあった。
門前で会ったのは彼女に違いない。
だとして、あの人間離れした跳躍も彼女のなのだろうか?
今並べているウソがバレバレの彼女の言動をまとめると、
――人間離れした跳躍をしたのは多田真津乃。
という事実が浮かび上がってしまう。
「多田さん、あの……もしかして―――」
「違うから違うから! あんなジャンプできないし、怪力じゃないし!」
((すごくジャンプ出来て、怪力なんだ……))
「別にここで怪力捨てに来たわけじゃないから! お願い叶える泉探しに来たわけじゃないから! あああああああ! 頭に浮かんだことが口から出ていく!!」
全部、まとめて暴露してくださった。
言ってる途中で、自分の過ちにも気づいていた。
でも迂闊にも言ってしまったのだろう。
真津乃は泣きながら、二人に、
「あのね……ごねんね。あのね、この話、みんなには……」
言いたいことはすぐにわかった。
なぜなら実夕子も同じ理由でここに来ていたのだから。
そして彼女の悩みにもまた共感している自分がいる。
種類は違ったとしても、それでも真津乃は同じ悩みを抱えている。
「あの、多田さん」
「は、はひぃ!」
「お願い叶えてくれる泉、一緒に探しませんか?」
「………え?」
真津乃の目が点になった。
なにを言っているのかわからない、そういう顔をしている。
「あの……私も探しに来ていたんです。その泉」
正直にそれだけは口にできた。
その時、後ろにいたスタニャの声が上がった。
「私もばい! 今日、体育の時にクラスの娘が話しているの聞いて……」
やっぱりそうだったんだ。
今なら、そんな気がする。
スタニャの悩みが何なのかはわからない。
でも、彼女が真津乃に向ける目を見ればわかる。
真津乃の人間離れしたものを否定するような視線ではない。
たぶんだけど……同じ目をしている。
そんな気がした。
ようやく我に返った真津乃はただ一言、
「ホントに?」
とつぶやくように言った。
驚きが飽和して、シンプルな言葉しか出てこなかった。
そんな感じだった。
「ホントです。このへん歩いて探しましょ。さっき協力してくれそうな人もいたんで」
「そんな人、いた?」
「えっと人というか……」
言葉を濁しながら、ごまかした。
振り向くと気弱そうな女性の幽霊が、にっこり笑っていた。
結局、願いを叶えてくれる泉なんて見つからなかった。
朝まで三人で深大寺の周りをグルグルしながら、いろんなことを話しただけだった。
話の流れの中で、スタニャのことや真津乃のことが少しわかった。
たぶん、どっちも似た悩みを持っていることも。
空が明るくなり始めたのを見て三人で慌てて帰宅。
結局祖母にはバレてめちゃくちゃに怒られた。
その上学校では三人とも居眠りをして先生から追い打ち。
散々な一日となってしまった。
そういえば、ひとつ大きな変化があった。
こちらを見つめてにこにこしている視線がある。
『………』
昨日の墓地で会った女性の幽霊がついてきてしまったのである。
別段悪さをするという雰囲気はないのだが、ずっとこっちを見てにこにこしている。
(どうしましょう……)
成仏してあげられればいいのだが、そんな方法実夕子は知らない。
そもそも幽霊が見えたり話が聞けたりする、というだけなのだ。
なんとなく雰囲気で、この幽霊とは付き合いが長くなりそうな予感はした。
そうこうするうちに、いつの間にか放課後。
教室は部活動へ行くもの、帰るものが三々五々に散っていく。
そんな中、実夕子はどうしようか思いあぐねていた。
気が付くと、打ち合わせたわけでもないのに、なんとなくスタニャと真津乃が教室に残っていた。
自分もそれとなく残ってしまっていた。
クラスメイトが全員いなくなったところで、真津乃がそれとなく口を開く。
「昨日のことってさ……」
夢じゃなかったのか。
そう言いたげな顔をしていた。
その思いは実夕子も一緒だった。
なんだかあんなに楽しかったのは初めてのような気がして。
だから今も昨日のことは自分の妄想や夢なんじゃないか。
そんなふうに思っている自分がいる。
「深大寺に行きましたよね」
「行ったとです」
全員、間違いなく昨日の夜、あのお寺に行ったのだ。
しかも深夜のテンションが手伝って、いろいろペラペラしゃべりすぎた。
まだほとんど話したこともない相手にだ。
すると真津乃は腕を組んでうんうんと唸る。
「やっぱそうか。あたし、ぜんぶ話しちゃったのか……」
実質的に全部バレてた彼女は、秘密の一片まで暴露しきった感はある。
フェアじゃないかな、という罪悪感もありながら、どう話していいのかわからないというジレンマもあった。
だって今まで自分の秘密を話す経験なんて全くなかったのだから。
それでもあの夜、実夕子は今まで話せなかった秘密をふたりに口にできた。
言えなかったのは、胸のうちの願いくらい。
この力を捨てられますように。
そして、普通の生活で友達ができますように。
力を捨てることに関しては言うまでもなかった。
なにしろみんな同じ理由でここにきているのがわかっていたから。
もう一つは――照れくさくて言えなかった。
そんな昨日のことを考えていると、真津乃が話しかけてきた。
「ねぇねぇ、ユッコはさぁ」
あっけらかんとした顔でそう言った真津乃に、実夕子はストップをかける。
「ちょっと待ってください」
真津乃がきょとんとした。
「なに?」
「昨日も気になっていて、敢えて言わなかったんですが、ユッコって何ですか?」
「え? 小嶽原実夕子でしょ?」
「そうですけど……」
「じゃあ、ユッコじゃない?」
すると脇で聞いていたスタニャがうらやましそうに、
「よかねぇ! あだなばい! 多田さん、私も何かあるとですか?」
「スタニャは……すでにあだなっぽいよね?」
「うぇええ! すでに! あだな!!」
「あははは。でもスタニャって響きスキだよ」
「私もちょっとあだ名ほしかぁ」
「う~ん、じゃあスタスト?」
((言いずらい!))
たぶん、気が付いたら勝手にスタニャに戻ってそうだな、と直感的に思った。
そんな実夕子はぶぅっと口をとんがらせて、
「じゃあ、多田さんはマッツンでいいですね」
「ええ!」
「マッツン、よかねぇ!」
「よくないよ! それって松尾とか松木とか、名字に松が付く人のあだなじゃん!」
「でもにあっとうよ」
「うへええ、変なあだ名付けられたぁ」
がっくり肩を落とすも真津乃――マッツンはすぐに気を取りなおし、
「よし、じゃあ、また三人で昨日みたいな旅行に行こう!」
するとスタニャが目を輝かせた。
「よかね! 三人で旅行!」
「そうだよ! 能力を捨てる旅! よくない?」
それに実夕子も笑いながら乗っかった。
「そうですね。修学旅行ですね」
「え? 能力捨てるから修学はしてなくない?」
「マッツンが真っ当な意見を言っとるばい!」
「あたしはいつも真っ当だよ!」
わいわいと盛り上がる。
そんな二人を見ながらユッコは目を細めた。
「でも普通の生活が手に入るんですから、やっぱり修学旅行ですよ。得るものの方が大きいですもの」
「そっか!」
「そうばい!」
「んじゃ、修学旅行だね! 放課後修学旅行!」
「毎回、日帰りばい!」
わいわいと騒ぎながら実夕子は考えた。
結局、あの噂はただのガセだったなぁと。
(願い事がかなえられなかったじゃないですか……)
そう考えていた彼女であったが、本当は願い事の半分はかなえられていたことに気付くのはもう少し先のお話である。
著者:内堀優一