2022.10.01
【第20回】リバイバル連載:サンライズ創業30周年企画「アトムの遺伝子 ガンダムの夢」
その20「今が旬です、この5人。」
ゲストは、加瀬充子・杉島邦久・高松信司・赤根和樹・渡辺信一郎さん
アニメーションにあまり詳しくない友人などに会うと「アニメーションには国境もないし、老若男女誰でも楽しめる。幾つになっても現役でがんばれるんだから羨ましいよ」と言うようなことをよく言われます。まぁ‥‥宮崎さんや富野さんなどの活躍などを見ればそう思われるのも無理のないところではあります。しかし、個人差はあるとは言え、アニメの世界も働き盛りというものがあると私は考えておりまして、ことにサンライズ作品のような視聴者との関係が濃密なものは年齢が作品を左右する大きなファクターだと思われます。今回座談会に集まってくれた諸君などはその点まさに旬といえる面々でありまして、言うなればサンライズ出身花の中堅監督揃い踏みといったところでありましょうか。でも出るのはひょっとして愚痴ばっかりだったりして‥‥ヘへへ、大いに楽しみであります。
私は漫画家になりたかった(加瀬充子)
高橋良輔「何でアニメーション界に入ってきたかというのを聞きたいなと。不本意ながらということでいうと一番古手なんだよね。加瀬ちゃんがね」
加瀬充子「(笑)26歳です」
高橋「26歳かあ~(笑)。えー、ライディーン経験のある26歳です(笑)」
加瀬「アニメーションってよく知らなかったんですよ。地方って、せいぜい昔々の本にアニメの作り方みたいなのがあって、そういう本さえも手元にないような・・。あったのは漫画の本。私は漫画家になりたかった」
高橋「漫画家?」
加瀬「そうそう。自分で同人誌に入って漫画描いたりとかしてたんだけど、動かないじゃない。コマ割りだけじゃない。だけど、“アニメーションっていうのは面白いんだよ”っていうような。まあ、テレビ見てたから好きなアニメは結構あった。そのテレビでやってるのがテレビのアニメーションだっていう認識に繋がるのって高校ぐらいになってから。友達のお姉さんの旦那さんがアニメーション関係の人間だっていう情報が入ったんです。で、そういうふうなことがあったんで、その子と友達になってアニメーションの方に少し片寄ったのが高校ぐらいで・・。東京の方に来ようと思ったのはアニメーションをもうちょっと知りたいなって。で、学校に入って・・」
高橋「学校はアニメと近い学校だったの?」
加瀬「[東京デザイナー学院]に入って。あの頃は東京デザイナー学院と代々木と日本デザイナー学院ぐらいしかなかった。近くでね。地方の学校に東京デザイナー学院の学校紹介みたいなのがあってそれでアニメーション科があるって知って、2年間・・」
高橋「[あかばんてん]にも2人ぐらい東デ出身者がいたね。まあ、一応、学生時代から真っ直ぐここへ来たんだ」
加瀬「で、学校へ行くよりも、あかばんてんに遊びに行ったりとかサンライズに来たりとか(笑)。プロっていう意識じゃなくてアニメーションを制作している現場でお手伝いしてるって、そういうのが少し楽しいじゃないですか」
加瀬「スタジオごとに違ったじゃないですか。富野さんのスタジオの作品の傾向と私がずっといた長浜(忠夫)さんとね。巨大ロボットっていうふうな感じでやってたのと。私はとにかく長浜さんの方が多かったんです。長浜さんから佐々木勝利さんに代わって、それでもロボットものってなくならない。サンライズっていうとロボットものっていう感じになってるじゃないですか。でも、昨今。“ロボットものの傾向が随分変わってきてる”っていう」
赤根「加瀬さん、違うよ。サンライズはロボットものっていうブランドじゃなくて、サンライズっていうブランドができてる。俺達の頃には、まだ無かったと思うんですけど」
杉島「サンライズっていうだけで買ってくれるお客さんがいるっていうのは凄いよね」
赤根「それはどうなんだろうって(笑)思うけどね」
高松「ベンチャーだったのがブランド会社になって、取りあえずサンライズっていうマークがついてれば・・ヴィトンのバッグみたいに(笑)」
赤根「昔、演出に成り立ての頃、よく余所の会社の仕事でコンテとか書いたら『なんだよ、このサンライズ臭いコンテは』とか言われたんだよね(笑)。チキショー、チキショーって思いながらね・・」
杉島「その頃と今では状況が全然逆転してますね。10何年前だと他のところで仕事すると、サンライズ出身の演出家っていうと、たいてい、“ああロボットしかできない奴”みたいな、そんな言われ方しましたけど、最近じゃあサンライズ出身の演出家は肩で風切って歩いてますからね(笑)」
赤根「自分の場合、今、外へ出てそれがサンライズっていうブランドしてるっていうんじゃなくてサンライズで育ったっていうプライドがありましたね。そのプライドがやっぱり支えにはなりました。いくら外からサンライズ臭いって言われようが(笑)、何て言われようが、でも俺たちがやってきたことは間違いないんだって」
高橋「でも、きっとね、サンライズらしさってのはいろんな要素があって成り立つんだろうけど、監督に限って言えば、長浜さんと富野さん、神田さんと、佐々木さん、ま、僕、それぞれけっこう違うんだよね。これ全然違うんだよね、ほとんど違うんだから。相反するものが混在するのに、サンライズらしさが出てきちゃうっていうのは、きっと、その頃はサンライズにはベンチャーとか何とか胡散臭い部分があったんだよね。それがけっこうらしさになってる」
高松「多分、東映さんとかムービーさんでやってた人からみると、なんだか分からないのがでてきたっていうふうにみてたのかもしれないですね」
高橋「僕だって[サイボーグ009]やったときに東映のプロデューサーにシリーズ全てが終わって別れ際に『僕は良輔さん好きだけど二度と仕事では付き合いたくない』って言われた・・」
一同「ハハハ・・」
高橋「ようするに、演出としては受け入れ難いっていうね。虫プロからサンライズっていう、その匂い、その方法論は受け入れがたいって。やっぱオーソドックスじゃないんだね、彼らからみるとね。“1回の話はこういう材料で起承転結があってこのところでちゃんと盛り上げて”っていう当たり前のことをやってくれないっていうそこのところ、そのくせ我侭だとかね」
赤根「演出は我侭っていわれてますけどね(笑)」
外からみると、すごく監督が自由にやってるようにみえるらしいですよ
加瀬「東映的な部分と虫プロ系というのでいうと、富野さんは虫プロ系じゃないですか。でも、長浜さんていうのはムービーで・・巨大ロボットもののコンバトラーとか東映が関わってきてるじゃないですか」
高橋「作品は東映の下請けだからね」
加瀬「どういうふうに違いがあるんですか」
高橋「東映の下請けなんだけど、サンライズ丸受けだから東映の匂いというよりサンライズであり、長浜さんなんだよね」
赤根「監督とか演出の色がすごく出ちゃうのがサンライズの作品なのかなという気もしないでもないですけどね」
高松「わりと外からみると、すごく監督が自由にやってるようにみえるらしいですよ。だから、局とか代理店とかスポンサーとかの、そういうものの圧力に対してはすごい監督が自由にやってるようにみえるみたいな」
高橋「この中で東映の仕事を重点的にやってる人っているのかしら? ・・・・いないんだ。そうか。僕、東映の絵コンテマンとかそういう人に仕事してもらったんだけど、違うんだろうなって思うのは、プロデューサーに対する従順さっていうのが全然違うね。サンライズの演出とはね。東映の演出系の人は全部が全部同じってわけじゃないんだけど、かなり従順っていうか、プロデューサーから“仕事いただきます”っていう、そういう姿勢とかそういう雰囲気あるよね。サンライズの演出は違うものね」
高松「サンライズのプロデューサーは監督に、全部、全権、任せてるって感じじゃないですか。少なくとも現場に関しては」
加瀬「ずっと仕事やっててプロデューサーってなんなんだろうってすごく思っちゃうわけですよ。監督がいてプロデューサーもいて、演出になりたてとか、この業界に入りたての時に。例えば実写のプロデューサーってお金持ってくる、流れの方は監督に任せてって形でもって仕事の分担あるじゃないですか。実写の場合はプロデューサーのほうが上ですよね。サンライズって違うじゃないですか。友達か友達以下っていうか(笑)。それは会社の成り立ちのせいですかね」
高橋「“サンライズのプロデューサーの仕事”の範囲の問題だと思う。プロデューサーが自分でお金集めてきて、やった仕事の結果が自分にかかわってくると思ったらあんなに全部監督に任せられないですよ。だって不安でしょう。サンライズの場合プロデューサーの仕事の重要なところが前の段階で分担されちゃってるわけ。その重要な部分って、当初は創業者たちが担っていたんだよね。スポンサーサイドとか局とかは営業が上手くやって、企画は山浦さんがやって、本当の意味でのラインプロデューサーの根幹のところは岩崎さんががっちりと抑えてやっていた」
ここで、出遅れていた渡辺君が登場。おい、ちょっと太ったなあ、まだ中年太りは早いぞ。上井草の商店街を踊るように泳ぐようにして歩いていたあの飄々としたイイ感じが薄れるよ。
高橋「ナベシンが来るまでにナベシンに聞きたいことなんかも先にすすんじゃったんだよね」
渡辺信一郎「じゃあ一杯飲んで帰ります(笑)」
高橋「ナベシンの就職試験の時、僕、試験官だったね」
渡辺「そうです。植田(益朗)さんは反対したとか(笑)」
高橋「だいたいね、あんまり支持者はいなかった」
渡辺「そうですか、やっぱり(笑)。僕は映画がやりたかったんですけど、丁度、就職する年が[風の谷のナウシカ]とか[ビューティフルドリーマー]とかそういう年だったんで、何か日本だと“実写映画よりアニメの方がどう見ても面白いじゃん”って思って。で、アニメで何か好き勝手なことやれそうな会社っていうとサンライズが一番いいかなと。ガンダムとかも勿論好きで見てたんですけど、別にガンダムみたいなものが作りたいと思って入ってきたわけじゃないし、まあ、わりと制約少なそうなとこだったらよかったんですけど」
高橋「一致して制約が少なそうっていうイメージがあったんだね」
赤根「特に見えてますよ、サンライズは。ホントに監督が好き勝手にやってる会社にみえて・・」
高橋「安彦さんが言ってたのがね、“いいかげんな会社でうるさいことを押しつけない”と。そこが、“志がないところが一番よかった”っていうような言い方してたね。“子供たちに夢を”・・とか“健全なアニメを“とか言わないのがよかった。仕事やってくれれば何でもいいっていうそういう感じがよかったって」
赤根「ゼロテスターが監督に丸投げしてるっていうのは、それに通じるんじゃないですか(笑)」
高橋「それがねそうでもないの。そこが創業者は巧みなの。創業者のなかで作品的な方向性をリードしていたのは山浦さんなんだけど。サンライズはロボットっていうのを売らないと仕事がとれないから、山浦さんはロボットというのをどのぐらい出すかは必死で、あらゆる手をつかって入れさせるわけ。こういうものを作りたいっていうのだけがプロデューサーとは限らないから、こういうものを作らないと商売にならないっていうのもプロデューサーのあり方だから、山浦さんにはそれが明確にあった。それが会社がだんだん豊かになって緩みが出てきて、昨今は認識の浅いプロデューサーが商売の成り立ちも深く考えないで監督に丸投げしちゃうってことが起こるようになった」
渡辺「僕が来る前にプロデューサーの悪口をずっと?」
高橋「いや」
渡辺「そういうわけじゃない(笑)」
遅れてきたわりには鋭い問いかけをするナベシンであります。さて今回は“旬”の監督5人+ロートル1人の座談会でありますが、話も佳境に入ってきたところではありますが、webでの限界を超える分量になってきましたのでお後は来週と言うことにさせて頂きます。では、シーユー(最近アゲインっていれないよね)ネクストウイーク!
【予告】
次回は最終回の2個前!「ええ~っもう終わっちゃうの~っ???」そうです!そうなんです!!!!またお便りも減ってきてしまって、つれない読者に愛想を尽かしたんです。我々はっ!終わるんです(嘘です。それが理由ではないですけど終わります)。座談会の後編に乞うご期待!
※サンライズの創業30周年企画として2002年に連載された『アトムの遺伝子 ガンダムの夢』をリバイバル掲載しています。現在はお便りは募集しておりません。
【リョウスケ脚注】
入社試験の審査官
何によらず選ぶと言うことは面倒なことらしく、この手のことを頼まれるのは多い。遡れば虫プロ入社の2年目ぐらいから頼まれていた。2年目と言えば普通組織ではペエペエであります。頼むほうも引き受けるほうもどうかと思うが、ま、言えばそのくらい面接なんていい加減なものなのです。サンライズにおいても数回引き受けた記憶がありますが、私は自分の全能力を動員して“エイ、ヤッ!”の気合で選びました。ですから例え落ちたとしてもクヨクヨしないことです。
鈴木さん
サンライズ草創期の経理担当の女傑。女傑といっても見た目優しくおおらかな感じの、そう、頼れる優しいお姉さんと言う方でした。私なんぞは緊急の酒代などをよく借りたものです。いずれにしてもサンライズの経理事務を育て上げた功労者です。なんでも今はご主人の任地先の北海道にお住まいだと言うことです。
富岡秀行
ダグラム、ボトムズ時代の塩山紀生氏(キャラクターデザイン、総作監)が自宅を離れて単身赴任して住んでいた石神井のアパートのオーナーの息子さんが富岡君だったのである。そんなこんなでボトムズ時代に制作進行のアルバイトでサンライズに入り、今や制作担当役員兼制作部長である。人柄もあって外部スタッフの信頼が厚く、まあサンライズ制作の顔である。少々の難は僕を上回る“飲兵衛”ということか、ストレスの溜まる立場だとは思うが身体には充分気をつけて欲しいものです。
植田益朗
初期サンライズにおいて異例のスピードで出世街道を駆け上がり、そのままの勢いで退社してしまった元役員プロデューサーであります。オリジナル作品では映画版[ガンダム]や[銀河漂流バイファム]などをプロデュースし、原作付きアニメでは[シティーハンター]や[犬夜叉]などなどを数多く手がけ、アメリカでは実写とCG合成作品[Gセイバー]を仕上げるなど、八面六臂の活躍でした。ま、思うに勢いが止まらなかったのでしょう。前述しましたようにサンライズは退社してしまったのですが、今も社外スタッフとしてスタジオには席もあります。今なお後輩に影響を与え続けている異色のプロデューサーであります。
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