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2022.09.15

【第05回】高橋良輔監督旅行記「飛行機雲に誘われて」

 


 

飛行機雲に誘われて……その5

 あたしらのアラスカ行きは大体こんな感じだ。

  1. アラスカへの直行便は無いのでアメリカのシアトルかポートランド、カナダのバンクーバーなどでトランジットしアンカレッジかフェアバンクスに入る。アンカレッジの場合はそこから空路の場合と陸路アラスカ鉄道という場合もある。トランジット次第だが17時間から27時間くらいかかる。
  2. フェアバンクスのB&B(アメリカの民宿みたいなもの)で一、二泊し移動の疲れを取りながらガイドの河内牧栄氏の迎えを待つ。
  3. ガイドと共にフェアバンクス市内のスーパーで一週間分の食料などを買い込み出発する。パーティーは大体6人前後だ。
  4. フェアバンクスからはエリオットハイウエイをおよそ130キロ余り走りダルトンハイウエイに入る。途中ユーコン河(源流域は別にすると唯一の橋)を渡りコールドフットという北米大陸最北にして最後のドライブインを通過して北極圏に入る。ここより先はガソリンはおろか飴粒一つ売ってない。
  5. この北極圏でたぶん常住生活者はただ一人だろうと言われる白人のMrトッドのログハウスに一泊しバーベキューなど行う。
  6. 翌日さらに北上しブルックス山脈をこえてツンドラの大平原に入る。ここでテントを張りキャンプする。
  7. さらに北上し北極海に突き当たり、アラスカ石油基地内のホテルで一泊もしくは二泊する。
  8. 同じダルトンハイウエイを同じような行程でフェアバンクスに戻る。
  9. フェアバンクスの河内邸か市内のB&B一、二泊、あとはまた十数時間かけて日本に戻る。

 こう書いてしまえばあまり冒険の匂いはしないが、注目してほしいのは⑤と⑥、それと⑦かな。
 2010年が最初のアラスカ行だったが、フェアバンクスを出たばかりのエリオットハイウエイ脇のトウヒの林の中にいきなり立派な角のムースを発見、こいつは幸先いいぞと胸躍らせてMrトッドのログハウスに着く。荷物の積み下ろしを終え小屋のデッキでほっとした時だった。Mrトッドがデッキに据えたフィールドスコープを覗いてみろと勧める。で覗いてみたら、

「あっ!?」

 っと驚くタメゴロウならぬクマゴロウ! グリズリーだ。 スコープから目を外してみると目の前に高さ150メートルほどの小山の斜面が見えるだけ。もう一度スコープを覗いてみると下肢をおっぴろげて人間でいえば胡坐をかいているようなリラックスしたクマの姿が正面に見える。もう一度スコープから目を外して目の前の小山に目を凝らす。――見えた! ゴマ粒ほどの塊、距離およそ1キロあるかないか。一同代わるがわるスコープを覗いて大興奮、やがてクマはふぃっと姿を消す。Mrトッドの言うにはクマは母子以外は単独で暮らし、一日に数十キロも移動することがあるという。それからすぐそばを流れる河の砂州に案内してくれそこに刻まれた数々の足跡を見せてくれた。曰く、

「これは狼、2、3日前。これはクロクマやっぱり2、3日前。これはたぶんさっきの奴一週間前」

 と言った感じ、小屋から百メートルも離れていない。
 クマや狼が居ようと文化文明果つる所の良さは心おきなく盛大な焚火ができるところだ。その夜は豪快なアラスカ流バーベキューで大いに盛り上がったが、宴はいつかは果てる。小屋に戻り寝る時間となる。河内氏から寝袋が配られ、さらに、

「えー、これがクマ除けのスプレーです。これをこうしてこう使います。有効距離は4メートル前後、それ以上は拡散し効きません。まあ気休めですがトイレに行くとき持って行ってください」

 とのご託宣があった。小屋にはトイレが付いていない。河内邸もそうだがフェアバンクスも市内以外は電気ガス水道は無い。トイレはいわゆるボッチャンだ。よってやや母屋から離れて作られている。だからアウトハウスと呼ばれる。ここのはキャビンからおよそ30メートルの林の中にある。この距離が結構怖い。だってさっき、

「じゃあ」

 と自分の小屋に去って行ったMrトッドの肩にはライフルがあった。ここから5分の場所である。その5分の用心の為に実弾装填のライフルだ。現地人がこれだものねえ!
 初めてのアラスカは7月の中旬夏真っ盛りであった。だから日は落ちないいわゆる白夜、その薄ら白々とした明るさが妙にまた怖い。一応同行の妻に、

「トイレの時は声掛けて、付いていくから」

 と言っては見たもののまさかの時には役には立つまい。やがて白々とした中に夜は更けていくのだった。

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