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- コラム
【第09回】高橋良輔監督旅行記「飛行機雲に誘われて」
飛行機雲に誘われて……その9
「ほんとかいな?」
と思って沖縄に行ってきた。隔週ぐらいで出る雑誌の特集に『沖縄の魚がうまい!』というのがあった。あたしらの年齢になるとたわいない雑談の中でこんな設問の議論がよく出る。
[もし晩年沖縄か北海道に住まなきゃならないとしたら、どっち?]
というやつである。答えは十中八九北海道という答えである。その心は『食い物がうまい!』というものだ。とは言いながら厳密に議論を検証すれば『魚がうまい!』という一点である。このことにおいてあたしらも異論はなかった。誰もが言う、
「真っ赤なのやら真っ青なのやらが旨いわけがない」
という論理に頷いていたからである。ところがである。雑誌の特集によればそれは“浅はかにして間違い”だというのだ。赤いのも青いのも煮てよし焼いてよし刺身にしてさらによし、というではないか。中でもミーバイ系、つまりはハタの仲間たち、これらは今では海鮮料理本場の香港でも漁獲が減り今までも高級魚であったものがさらなる出世を遂げあたしらごときでは食するはおろか目にするのも困難というではないか、その高級魚が今の沖縄ならあたしら庶民にのにっこり微笑んでもくれるというのだ。今しかないとつまりは激しく嗾けているのだ。ホントかいなと思いつつ(いくしかない)と宿と飛行機のチケットを取った。
沖縄那覇は二日の滞在中ずっとあいにくの雨だった。あたしらは相当強力な天気男との自負があったのだがそこの油断があった。まあ目的が魚っ食いなのだから天気は二の次と心を宥める。宿は那覇の目抜き通りの西の入り口でどこへ出るにも条件はいい。事前に調べてきた情報と宿での評判を突き合わせる。ここだと決めた。宿からおよそ5分、目と鼻の先だ。近さもさることながら決めては五つ星! とはいってもミシュランのようなものではなく沖縄度の目安、つまり沖縄度満点の五つ星というわけだ。
予約の時間に合わせて宿を出る。店へ入って驚いた、いや流行っているのいないの活気が渦巻いている。見た感じ客はほとんどが地元の人らしい、ざっと50人、若い人が多いが中年もいる年寄りも、と言ってもひょっとするとあたしらがいっちゃん年配か。腕を撫して席に着く。とりあえずのビールで時間を稼ぎ、視線はメニューを走る。
「これだ!」
刺身の項に『ミーバイ』の文字、
「こ、これって赤かったっけ、それとも灰色で斑点のある?」
前のめりのあたしらの質問にバイトらしい店員さんは首をかしげながら、
「さあぁ…でもこれは店長のお勧めで、その日によって違うけど一番のを選んでくれるみたいですよ」
との仰せ、ははー御意とばかりに平伏し注文させていただいた。次いで定番の海ブドウのサラダ、モズクの天ぷら、なんやらの酒盗、同じ系統の豆腐ヨウとやる気満々。
海ブドウは絶妙の酢加減で絶品、モズクの天ぷらも豪快な量を誇りビールが進む。アルコールをビールから泡盛系に変えたところで満を持して主役の登場。色鮮やかな海藻を敷き詰めた大ぶりな皿に純白の中にどこやら薄桃色を含んだ白身の刺身がドーン!
「さても、これが店主のご自慢か」
おもむろにオズオズと慎重に箸を差し出す。箸の先に量感がある。醤油をちょっぴり、薄紫が白身に鮮やかだ。アングリコン! ウムウムウム、ふんふんふん、ゴクリンコン! ふぅー。
「うまいっ!」
濃い目の泡盛の水割りをグビ。
てなことなのですが、文章手練れでないあたしらのグルメぶりっ子はあまり長く続けるとボロが出ますんで省略。上機嫌な夜の推移は以下の写真で推し量っていただくとして……。
今回の沖縄魚っ食い紀行のあたしらのごくごく個人的結論から言うと、魚料理に関してランクをつければ第一には“煮魚”第二に“汁”第三に“刺身”であろうか。浅薄な推論だが沖縄の鮮魚料理はいまだ発展途上という気がする。素材と言い包丁さばきと言い、文句はないのだがそこはかとなく若さが匂う。亜熱帯の沖縄の生魚っ食いはここ数十年の進化なのではないか。それが証拠に煮魚は文句なしに旨い! ま、流通・冷凍・冷蔵、ここらあたりの目覚ましい充実が後押しをしているが、もうひと時間が必要なのではないかと、愚考する次第ですら。