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2022.09.15

【第51回】高橋良輔監督旅行記「飛行機雲に誘われて」

 

飛行機雲に誘われて……その51

 コロナ騒ぎの行く先が見えません!
 実はです……。―――まあこういう語り口で始める話にろくなものはありません。ありませんが、実はです。いま日本の問題の集約点が形となって存在しているかのような『ダイアモンドプリンセス』。そのダイアモンドプリンセスでのクルーズをこの私が予定していたのであります。それも3月に入ってすぐに……! 運命の針がちょっと前か、ちょっと後にずれるだけで、あたしらもあの船の中に不安と恐怖と一緒に閉じ込められていたかもしれないのです。人生は本当に一歩先が分かりませんねえ。
 この小文は、『飛行機雲に誘われて』というタイトルの様にごく普通の旅心、というより旅行心を綴っているのだから、『霧笛が俺を呼んでいる』でも『汽笛が俺を急かせるよ』でもいいのだが、矢立文庫の編集長が、

「良輔さん、結構海外行きますよねえ。それ書きませんか」

 から始まったので、海外と言えばまあ飛行機に乗るのであのタイトルになったのだが、あたしらの旅心の出発点はなへんにあるか? 言ってることがちょっと分かりにくいか―――ええと、まあ(旅行に出るんだよなあ)という気持ちの切実点というか現実点―――ますます分かりにくいかハハ。まあ(これから旅行に行くんだなあと)いう気持ちになる現実の場所。具体的に言わないと分からないねこれは。
 あたしらの家は小さい公道から手前の家一軒分路地を入ったところにあります。玄関を出て15メートルほど歩いて公道に出て右に30メートルほど行くと小さな踏切に出る。

 この踏切をスーツケースのキャスターをレールに挟まないように注意し、ゴトゴト超える。それから70メートルほど行き左に曲がって30メートルほど行くとまた踏切に出会う。

 実はこれも狭山線。来た方から見ると左に大きくカーブしている。右手を見ると始発駅の西所沢駅がもう見えている。この踏切もキャスターの挟まりを注意しながらゴトゴト渡る。

 するとすぐ、まあほんの25メートルほどでまた踏切だ。今度は西武池袋線の複線の踏切だ。往復の電車が通過するから結構閉まっている率は高い。

 そして前の踏切達より少し長い。長いことは長いが人とバイクしか通さない踏切だから狭い。この狭い踏切をすれ違う人にぶつからないように、キャスターの挟まりを注意しながらゴトゴトガタガタ越える。

 踏切を渡り切ったら再び右へ曲がり7、80メートルほど行くと最寄り駅の『西所沢』だ。この間あたしらの足で、5、6分。この三つの踏切のゴトゴトガタガタがあたしらの旅行心の出発点。キャスターの道路との接地感、踏切のレールをゴトンと越える異物感、それらを感じながら(ああ、また旅行に出るんだなあ)と思う。
 旅行、旅、は予期しないことが起こる。予想より楽しいことも、予想より苦しいことも、予想より悲しいことも……大げさに言えば人生に似ている。その縮小感が、旅行、旅の醍醐味かもしれない。

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