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2018.08.01

【第03回】コードギアス断章 モザイクの欠片

第2編 四日間(前編)

 後悔――それは別の可能性を想像すること。
 人間は想像力を持っているからこそ、後悔する。
 だがそれは同時に、後悔をする必要がないということでもある。
 なぜなら、複数の未来を想像し、一つを選択することも可能になるから。
 だから彼は後悔しない。
 力【ギアス】を行使し、意志を貫く。

 森の中を、六人の兵士が従軍している。天候は最悪。昼間だというのに、大雨のせいで一寸先も見えないような状態だ。

「クソっ。何なんだよこの雨」

 兵士の中の一人――ソロ・ガレットが毒づいた。

「どうしてこんな雨のなか偵察任務なんてやらなきゃなんねーんだよ。ふざけてるだろ。人権無視だ。訴えてやる」
「最悪っすよね、ホント」

 ぎゃあぎゃあわめくソロに、トッティ・クロスロードが相槌を打つ。最年少であるトッティは小隊の中の誰に対しても敬語だ。

「最悪なんて言葉じゃ足りねえよ。これは極悪」
「ちょっと意味違いませんか?」
「じゃあ犯罪。それかパワハラ」
「うるせえぞ、おまえら。黙って歩け」

 ウーノ・ベアードが反応する。ソロよりも一回り体が大きく、装備の上からでも屈強な体つきがうかがえる。

「これがキレずにいられるかよ、ウーノ」

 ソロはすぐに噛みついた。

「大雨だってのに、偵察任務は続行。オレたちはナイトメアフレームなしの歩兵小隊。しかも装備は貧弱。死んでこいって言われてるようなもんじゃねえか」
「仕方ねえだろ。仕事なんだ」
「けっ」
「まあ軍部もそれだけ必死ってことだ」

 口を挟んできたのは、オーソン・マクギリス曹長。この第29歩兵小隊の隊長である。

「先日、エリア11で起こった大規模反抗〈ブラックリベリオン〉――あれに刺激されて中華連邦やらユーロピアやらが不穏な動きを見せている。ここで世界で同時多発的に反乱が起これば、面目丸つぶれってことだ」

 オーソンは何でもないことのように言う。

「余計悪いじゃねえか! 要するにオレたち、かなりヤバい場所にいるってことだろ!?」

 ソロが驚愕の声を上げる。
 彼ら第29歩兵小隊がいるのは、アルタイ山脈の山間だった。アルタイ山脈は西シベリアとモンゴルにまたがっている。彼らは中華連邦とユーロピア共和国の両方を警戒するために、本隊であるユーロ・ブリタニア第9旅団ジェルマン中隊から先行して、偵察任務を進めていた。

「ヤバいも何も、それを調べるのがオレたちの仕事だろーが。てめえ、頭にカブトムシでも詰まってんのか?」

 呆れ口調でウーノが言った。

「うるせえな! あ、トッティ、てめえ笑ってんじゃねえ!」

 ポカリ、と頭を殴る音がかすかに響く。

「すいません」

 トッティは謝っているものの、まだ顔は半笑いだ。

「いいか? オレが言いたいのは、この任務は最低最悪なだけじゃない。めちゃくちゃ危険だってことだ。雨で敵を見つけるのが遅れたらどうすんだよ」

 真面目くさった声で、ソロは言う。彼はべらべらとよくしゃべるわりに、小心者でもあった。

「そのときは相手もオレたちを見つけてビックリするだろうな」

 楽天的な意見を言うのは、キンパラ・エニアクルだ。

「たかだか偵察だし、大丈夫だろ。さっさと終わらせて帰ろう。それで風呂に入ってビールでも飲もうぜ」

 巨体を波打たせて豪快に笑う。絵にかいたような巨漢だ。

「バカは気楽でいいよな。いいか? ここは戦場だ。そんなんじゃいつか――」

 ソロがキンパラを小突こうとしたとき、ドッと地面が揺れた。
 小隊のメンバーは全員、足を止める。
 上のほうでゴオオオオっという、長い、唸りのような音が聞こえた。

「マズイ、山崩れだ! 移動するぞ!」

 オーソンの声に促され、小隊のメンバーは一気に前進する。
 直前まで彼らのいた場所を、大量の土砂が流れていった。

「おいおい、いまので本隊と分断されちまったんじゃねえか?」

 ウーノが言うと、

「嘘だろ!? どうするんだよこれから!?」

 ソロが悲鳴のような声を上げた。

「落ち着け。おいカラス、本隊に連絡。状況を報告してくれ」

 オーソンは、いままで一人だけ黙っていた兵士に言った。
 カラス・エーカーは最近入ってきた通信士だった。生真面目な性格で、あまり軽口を言うタイプではないので、ウーノたちの会話に入ってこなかったのだ。そういう堅いところを、よくウーノたちにいじられている。

「……ダメです。通信が途絶しています」

 カラスは申し訳なさそうに言う。

「どうするんだよ!? 雨に濡れて死ねってか!?」

 ソロが頭を抱えてわめく。

「皆さん!」

 トッティが声を上げた。

「向こうに山小屋が見えます」
「でかしたぞトッティ。あそこに避難しよう」

 オーソンの言葉に従い、小隊の六人は小屋へと逃げ込んだ。

 ――一日目

「まったく、ひでぇ目に遭ったぜ」

 濡れた装備を脱ぎ捨てながら、ウーノがため息をついた。
 小屋はこぢんまりとしていたが、それぞれの寝るスペースは問題なく取れそうだった。監視小屋なのか、数日とどまるには申し分のない日用品が揃っている。

「カラスさん、本隊との連絡はどうです?」

 ガタガタと装備を床に放る音が騒がしい中、トッティが通信士のカラスに訊いた。
 カラスは装備を脱ぎもせず無線を操作していたが、やがて首を横に振る。

「ダメですね。つながりません」
「オレたちが歩兵部隊だからって、安物の装備にしてんじゃねえの?」

 ソロが大袈裟に肩をすくめると、

「違えねえ」

 キンパラが豪快に笑う。

「おいキンパラ。そこ笑うとこじゃねえから。オレ、マジで言ってるから」

 ソロが小言のようにツッコミを入れる。

「キンパラさん、もう少し考えてしゃべったほうがいいですよ」
「お? トッティ? 言うようになったじゃねえか」

 キンパラがトッティの首に腕を回した。

「この間まで童貞のジャリガキだったくせになあ」
「いたたたたたた! やめてください、折れちゃいますよ!!」
「ガハハハハッ、悪い悪い!」
「ったく、バカばっかりかよ、この小隊は」

 ウーノはため息をつくが、その顔に浮かんでいるのは苦笑いだ。
 ウーノ、ソロ、キンパラ、そしてトッティの四人は、長く同じ隊で過ごしているため、ほとんど悪友どうしの間柄だった。小隊全体の雰囲気が普段から明るいのも、彼らの仲が良いからだ。
 カラスは、学生のような彼らを見て、微笑ましく思いつつ、ふと、オーソン隊長が一人、四人から距離を置いて椅子に座っているのに気づいた。
 携帯端末に、じっと目を落としている。

「隊長?」

 最初は、個人的に本隊への連絡を取れないかと探っているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
 画面には一枚の写真が表示されていた。
 小さな女の子がピアノの前に座って笑っている様子が写っている。

「可愛いですね。娘さんですか?」

 カラスが尋ねると、オーソンは虚を突かれたような顔をしたあと、頬をほころばせた。

「ああ。似てないだろ、ぜんぜん」
「そんなことないですよ。ほら、髪の毛の色が同じです」
「そうか」

 嬉しそうに笑みを浮かべるオーソン。

「何歳ですか?」
「いまは20歳になってるはずだ」

 カラスが眉をひそめたからだろう、オーソンはすぐに付け加える。

「10年前の写真なんだよ、これ。実は離婚しててな。もう5年も会ってない」
「それは……」

 何と答えていいのかわからず、カラスは言葉を濁してしまう。

「まあ忙しいんだろう。ミュージシャンになるって言って、音楽の学校に行ったんだ。俺も養育費を払ってるが、やっぱり授業料は高い。俺と母親の稼ぎだけだと学費はまかなえないから、一生懸命アルバイトもしている。酒場で働いてるって言っていたな。たまにそこでピアノを弾きながら歌ったりもするみたいだ。けっこう人気があるらしい」

 ニコニコと、自慢げに娘のことを話すオーソン。普段のつかみどころのない感じではなく、普通の親バカな父親といった趣だった。
 カラスはオーソンの意外な一面を見て、少し笑う。

「会いにいったりしないんですか? もちろん、いろいろ事情はあるんでしょうけど、20歳ならもう大人ですし、ほとぼりも冷めているのでは?」
「実は、この任務が終わったら会いにいく予定なんだ」
「ええ? それじゃあ災難ですね? こんなところで立ち往生しちゃって」
「まあな。でも明日すぐにってわけじゃない。ちゃんと余裕をもって日程は組んである」
「さすがですね」

 カラスは、できるだけ早くオーソンを任務から解放するためにも、早く本隊と連絡を取れるように努めようと思った。

「しっかし、まったく治まんないねえ」

 ソロが窓の外に視線を走らせ、言う。
 すでに日は落ちていたが、いっこうに雨が止む気配はない。
 ソロ、トッティ、キンパラ、ウーノの四人は、机の上にカードを広げてポーカーに興じていた。
 オーソン隊長とカラス通信士は、二人でレーザー通信機をいじりながら、なんとか本隊と連絡が取れないか悪戦苦闘していた。暇な四人は、代わりに今晩、寝ているあいだの見張りをすることになっていた。

「こんな小屋でもあってよかったっすね」

 トッティが言った。視線はカードに落としたまま。

「オレはチェスターフィールドの小屋を思い出して嫌だけどな」

 ソロがポツリと言うと、トッティ、ウーノ、キンパラの表情が凍りつく。

「ソロ!」

 ウーノの鋭い言葉に、ソロは体をこわばらせた。

「わ、悪い……」

 先ほどまでなごやかだった雰囲気が一変した。

「どうした? 何かトラブルか?」

 空気の変化を察知し、オーソンが声をかける。

「な、何でもありません」

 ソロはそう言うが、四人の表情は硬いままだ。

「最近の若いやつらはよくわからないな」

 オーソンは苦笑気味に肩をすくめる。

「隊長」

 そんなオーソンに、カラスが声をかけた。

「メールです」
「本隊からか? 開いてくれ」

 オーソンに言われ、カラスはタブレットを操作し、メールを開封する。
 全員が一斉に、カラスのタブレットを覗き込んだ。
 そして全員が息を飲む。

「何だ、これ……?」

 カラスが思わずつぶやく。おそらく、全員が同じ気持ちだったはずだ。
 タブレットに表示されていたのは、10代半ばと思われる少女の死体だった。服を着ておらず、全裸だった。土気色の肌のところどころが痛々しく腫れあがっている。暴行され殺害されたであろうことは明白だった。
 そしてその画像データに書かれた、赤い文字――

 いつまでも忘れない・・・・・・・・・

「ひいぃ!!」

 ソロが短い悲鳴を上げながら後ずさった。

「バカな。ありえねえ」

 そう言うウーノの声も、若干震えていた。
 キンパラやトッティに至っては、衝撃に固まったまま動けないでいるようだった。
 その四人の過剰な反応に、カラスは眉をひそめる。
 たしかに痛々しい画像ではあった。けれど軍人として生きていれば、もっと酷いものを現実で目にしているはずだ。カラスもショックではあったが、彼らがそこまで動揺する理由がわからなかった。

「おまえら、何か心当たりでもあるのか?」

 オーソンがそう訊くのも当然だった。

「――いや、知らねえ」

 一瞬の間のあと、ウーノが答えた。

「誤送信じゃねえか? 趣味の悪いやつがいるもんだ。それよりも早く寝ようぜ。朝には天気が回復するかもしれねえし」
「そうだな。じゃあ見張りは……」
「いまの点数だと、キンパラとトッティだな」

 オーソンの問いに、ソロが答える。

「おいおいちょっと待ってくれよ、勝負はまだこれからだろ!」
「そうっすよ! 次で一気に逆転するっす!」

 キンパラとトッティが抗議するが、

「うるせえ、もう終わり、オシマイ!」

 ソロは取り合わず、カードを片づけ始めた。

「ちぇっ、自分が見張りやりたくないからって……」

 トッティがそうこぼすと、キンパラが隣で大きくため息をついた。

「じゃあトッティ、オレが先でおまえがあと。それでいいか?」
「はい、キンパラさん。それでいきましょう」

「ついてねえなあ」

 キンパラはあくびを噛み殺しながら、小屋の入り口扉のすぐ前に座っていた。
 外は変わらずの大雨。
 雨避けはあってないようなもので、すでにキンパラはずぶ濡れだ。
 それでも任務だから、キンパラはアサルトライフルを雨から守るように抱きしめながら、雨粒を眺めている。

「だいたい、ポーカーの順位で見張り番決めるってどういうことなんだよ」

 ポーカーなんてやったら、ずぼらで駆け引きなんてできないキンパラや、若くて素直なトッティが負けることは目に見えていた。まんまとウーノとソロのやつにしてやられたわけだ。

「くそっ、あいつら、いつもオレをバカにしやがって」

 人前では陽気に振る舞うキンパラも、一人のときは一人前に愚痴っぽくなる。
 あるいは、あの不気味な写真つきメールの影響もあったのかもしれない。
 暴行され、殺害された少女の写真――。
 あれはどう見ても、チェスターフィールドの小屋の……。

「いや、ありえねぇ」

 キンパラは頭を振って悪い考えを振り払った。

「ウーノが間違えるはずがない。俺たちは大丈夫だ」

 ウーノは言っていた。自分たちは任務で一時的にチェスターフィールドに滞在していただけだ。すぐにまた別の場所へと移る。だから多少のヤンチャ・・・・をしたところで、俺たちがやったとバレる可能性は低い。
 そうやっていつも、おいしい思いをしてきた・・・・・・・・・・・のだ、と。
 でもだったら、どうしてあのメールが自分たちに送られてきたのだろう、とキンパラは不安になる。
 ウーノは誤送信だと言っていたが、いくらなんでもそれは虫が良すぎやしないか?
 キンパラは不安に押しつぶされそうだった。
 そのとき――

 ぎぃ……。

 背後でゆっくりと扉が開く音が聞こえた。

「トッティか? 早いな?」

 交代の時間にはまだ少し時間があった。
 けれどトッティのことだ。先輩であるキンパラに気を遣って、早めに現れたのかもしれない。
 しかし返事はなかった。
 静かに、ざーっという雨の音だけが、辺りに満ちていた。
 キンパラは振り返る。
 扉の向こうは真っ暗で人影も見えない。

「トッティ?」

 キンパラが訊くと、

 ――ひゅん

 短く風を切る音が、耳元で聞こえた。

「!?」

 キンパラは身をひるがえし、小屋の壁に背中をはりつけた。
 いまの音は、サイレンサー付きの銃を発砲したものに違いない。

「おい、何のつもりだ」

 ――ひゅん

 しかし答えは発砲音だけだ。
 キンパラは仕方なく走り出す。
 背後からは、濡れた土を踏む足音が聞こえてくる。
 敵は追いかけてくる。
 その間にも、弾丸がキンパラの足元を、肩のわきを、そして耳元を通り抜ける。
 敵はわざと外しているようにも思えた。キンパラを小屋から遠くへ離すのが目的なのかもしれない。
 味方のいない場所へ。
 一人きりで、じっくりとなぶり殺せる場所へ。
 なぜだ、とキンパラは思う。
 どうしてオレが殺されなきゃいけねえんだ。
 オレは殺してねえ。たしかに、いい思いはさせてもらったが、殺したのはオレじゃねえ。オレはそこまで酷くない。一線は引いてる。犯したって別に減るもんじゃねえんだ。けど命は一回奪ったら、なくなっちまう……。
 そしてすぐに思考は答えを返してくる。
 口封じ・・・
 あのメールを見て、チェスターフィールドの事件が露見するのを恐れた殺人犯・・・が、自分の罪をキンパラに被せるために、殺そうとしているのだ、と。
 恐怖がキンパラの動きを鈍らせた。
 キンパラは木の根につまずいて、その場に倒れる。
 起き上がろうとしたキンパラの後頭部に、冷たい感触が触れる。
 銃口が、押し当てられた感覚――。
 キンパラはひざまずくような態勢で――まるで祈るような恰好で、後頭部に銃口を押しつけられていた。

「やめろ、やめてくれ……!!」

 敵が、キンパラの髪の毛を掴む。
 敵は無理矢理キンパラの顔を自分のほうに向けさせると、じっとキンパラの顔を覗き込んだ。
 敵と目が合い、その殺意に満ちた視線に射抜かれた瞬間、キンパラの胸の中に後悔の念が溢れてくる。
 どうしてあんなことをしてしまったのか。
 オレは悪いことをした。
 一時の欲望に支配され――。
 そうか、これは罰なのだ。
 自分の行いに対する、正当な対価。
 オレは死ぬべきなんだ・・・・・・・・・・

(つづく)

著者:高橋びすい

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