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2018.09.19

【第06回】コードギアス断章 モザイクの欠片

第3編 ゼロの男(後編)

4

 次の週。
 俺たちはアクション映画を見た。
 市警察の刑事がたった一人で、高層ビルを占領したテロリストたちを一網打尽にする話だ。一言で言えば痛快だった。また、どんどんピンチに陥っていくところに構成の妙を俺は感じた。

「おもしろかった! びっくりした!」

 デラは興奮した様子だった。

「だって絶対勝てるわけないでしょ? 冒険ものの小説はいくつも読んだけど、映像になると全然違うのね!?」

 ベンチに座ってジュースの缶を握りしめ、唾が飛びそうな勢いでまくし立てる。
 俺は初めてアクション映画を見た日のことをぼんやりと思い出した。
 たしか平民出身の友達の家で――。
 それから映画や演技に興味を覚え始めて……。
 ということは俺も、昔は映画なんて見たことがなかったのか? 

「うっ」

 俺は頭をおさえ、うずくまる。

「大丈夫、ジェイムズさん?」

 心配そうにデラが顔を覗き込んできた。

「ちょっと頭痛が。最近忙しかったからかな……」
「人手が足りてないの? うちもキツキツで大変みたい」

 それからしばらく二人で仕事の愚痴を言い合った。

 

 次の次の週。
 今度は古いSF映画を見た。
 黒い石板に導かれて人類が宇宙を旅する物語。皇暦2001年の話ということになっているが、実際には人類はまだ月にまでしか行ったことがない。昔らしい想像力で作られた映画だ。

「いったいどうやったらあんなにつまらない映画が作れるの!?」

 デラはベンチの上で憤慨した様子で言った。

「そうか? 俺は好きだけど」
「ええ? どこが?」
「どこがって言われると難しいが……雰囲気? 実際、不朽の名作だって言われてる」
「わからない、わからないよ、ジェイムズ……。私にはぜんぜんわからない……」

 頭を抱えてうろたえるデラ。

「そういうときもあるさ」

 その肩を、俺はポンと叩いた。

 

 次の次の次の週。
 戦争映画。
 ナチスドイツ下のユダヤ人たちの現実を、詳細に、だが叙情的に描いた映画。人生は美しいと、その映画は言っていた。
 映画が終わった瞬間、横のデラを見て驚いた。
 彼女は静かに涙を流していた。

「デラ」

 俺はハンカチを彼女に渡す。
 彼女は虚を突かれたような顔をした。そのあと「ありがとう」と言ってハンカチを受け取ると、顔に押しつけた。
 彼女は自分が泣いていたことにも気づいていなかったようだ。

「こんなことが本当にあったの?」
「ああ」
「みんな幸せそうだったのに。それなのに全部なくなっちゃった」
「助かった人もいたよ」
「だけど……!」

 他人の人生に対して涙できる彼女を、俺は美しいと思った。
 それからいつものベンチに着くまで、デラは一言もしゃべらなかった。

「私、わからなくなってきちゃった」

 ベンチに座ると、デラはポツリと言った。

「私は、祖国を守るためだったら戦争だって必要だと思ってた。でも……どうなんだろう。ああいう映画を見ると、戦争全般が悪いことだって思えてきちゃう」
「それはいくらなんでも極論じゃないのか?」

 ゼロである俺としては、革命戦争まで否定されたら困ってしまう。

「わかってる。極論だよ。でもこんな風に言うじゃない? 一人の人間の死は悲劇だが、百万人の死はもはや統計だって」

 そのフレーズは頭の奥のほうを刺激する何かがあった。

「戦争なんてできるのは、死を統計とみなしているからだよ」

 デラの言葉を引き金に、さまざまな光景がフラッシュバックする。
 役者を目指し、演技に明け暮れていた自分。
 映画に夢中になり、戦争なんてナンセンスだということを耳にタコができるくらい聞いてきた自分。
 戦争することで変わるものはない。変わったような気がするだけだ。
 戦争は統計の側の考えの人間がすることだ。悲劇の側の人間がすることじゃない。
 だけど――

「だからって、悲劇を嘆いているだけじゃ、何も変わらないだろう」

 少し強い口調で、俺は言い返してしまう。

「じゃあジムは戦争に賛成なの?」
「完全に賛成ってわけじゃない。だけど俺は……死を、犠牲を、悲劇でも統計でもない方法で表現することができるんじゃないかって、思ってる。たとえば小説とか、映画なんかは、一人一人の悲劇を描きながら、同時に、この世界の間違い――統計的に見た間違いも描いている。映画を見た人間は、一人の悲劇に涙しながら、同時に世界の変革を願う」
「ジムって、熱い人なんだね」

 そう言われて、俺は頬が熱くなった。

「イタいか、こういう男は」
「ううん、カッコいいと思う」

 デラはそう言って微笑む。

***

 おもしろい映画。
 つまらない映画。
 何だかよくわからない映画。
 ハラハラする映画。
 感動する映画。
 誰かと映画を見るのがこんなに楽しいなんて、俺は知らなかった。
 もはや俺は、映画の内容なんてどうでもよくなっていた。
 ただ、デラと一緒に映画を見る――それが楽しかった。
 映画だけじゃない。
 夕食のハンバーガーを笑顔で頬張る彼女を見るのが、楽しかった。
 売店のポップコーンが湿気ていて文句を言う彼女を見るのが、楽しかった。
 ベンチに座って景色を眺めながら、時折、切なそうな目をする彼女を見るのが、楽しかった。
 ときどき彼女と映画の感想が食い違い、口論になってしまうのも、楽しかった。
 デラはアクション映画が好きだ。俺からするとちょっと単純な筋の話のほうが好みらしい。
 まずい食べ物に対して彼女はすぐ癇癪を起こす。
 少し独善的に相手をこき下ろすところがある。そこはちょっと苦手だ。
 けれどそんな、苦手な部分も含めて、俺はデラのことが――。

 ――好きになっていた。

 

「ねえねえ、最近ご機嫌じゃない?」

 更衣室で背中からクリスティナがまとわりついてくる。

「べーっつに~。何でもないよ」
「わかった。彼でしょ」

 デラはぎょっとした。

「どうして知ってるの?」
「なるほど、やっぱり男か……」
「もうっ、カマかけたの!?」
「引っかかるあなたが悪いのよ」

 クリスティナはけらけら笑った。

「で、その人とはどういう感じ? もう寝たの?」

 かっと自分の顔が真っ赤になったのがデラにはわかった。

「そそそそんなわけないでしょ! まだ手だって繋いでない!」
「あら、ずいぶん奥手なのね?」
「私たちはそういうんじゃないの。もっとこう、プラトニックっていうか、魂の共鳴っていうか……そもそも、彼が私のことどう思ってるのかもわからないし…………」

 デラの声は後半になるにつれて尻すぼみになった。

「へえ。だったらとりあえず、おうちに招待してみればいいのに」

 クリスティナは軽い調子でとんでもないことを言う。

「茶化さないでよ! こっちは真剣なんだから!」
「茶化してないわ。大真面目よ。誘ってみて、OKされれば脈あり、ダメならナシ。プラトニックだかソウルメイトだか知らないけど、恋人同士になればやることやるんだからさ」
「うぅ……」

 たしかにクリスティナの言うことは一理ある。
 しかし、実はデラは恋愛経験がほとんどなきに等しかった。そんな彼女に、男性を自宅に誘うなどという大胆なことができるはずもない。正直、現状をどうやって打破したらいいのかもわからないのだ。

「まあでも、知り合って……二か月くらい? そのくらい経ってるのにエロいことしようとしてこないってことは、まあ紳士なのかもね。悪い人じゃないんじゃない?」
「うん、悪い人じゃないと思う」
「だったら成り行きに任せておけば、とりあえずは大丈夫よ、きっと」
「そうかな?」
「そうだよ。うまく行くといいね」
「――うん」

「おい若いの」
「ん?」

 行きつけの酒場のマスターが、俺の手に紙きれを握らせた。

「そこに行け。行けばわかる」

 紙には座標が記されていた。
 基地区画内の座標・・・・・・・・
 俺はすぐに席を立ち、指定の場所へと向かった。
 行ってみるとそこは、研究施設の裏の空き地だった。
 女が一人で待っていた。白衣のポケットに手を突っ込んで、斜に構えた様子で立っている。
 俺はうさんくさげな目で彼女を見ていたのかもしれない。

「そんなに警戒しなくても大丈夫。ここには監視カメラもないわ」

 呼び出したと思われる相手は、笑いながら言った。

「あんたは?」
「クリスティナ・パーラ。例のナイトメアフレーム――ブライトンの開発主任よ」

 俺は驚いたのを気取られないように表情を引き締める。
 中枢中の中枢じゃないか。
 そんな人物が、どうして俺みたいなゴロツキに接触してくる?
 クリスティナは俺に二つのものを差し出す。

「これは研究施設のカードキー。こっちがナイトメアフレーム・ブライトンの起動キー。認識番号はSY9CC6P2。あと酒場のマスターを介して、あなたに資料を送ってあるから見ておいて。基地区画内のマップとか、研究棟への道順、ブライトンの操縦方法、それからエリア11の座標とか、そういうの」

 俺は反応しかねていた。

「大丈夫。私は味方よ、ゼロ」
「!?」
「エリア11に戻りたいんでしょう。ならブライトンを使って。あれのスペックならエリア11まで到達できる。送っておいた座標に行けば、仲間が迎えにいくわ」
「――わかった」

 俺は半信半疑ながら、カードキーと起動キーを受け取った。

 クリスティナ・パーラは、ジェイムズ・アエロを見送ると、携帯端末を取り出した。

ヴァルトシュタイン卿・・・・・・・・・・。クリスティナ・パーラです。はい、ご命令通り、ジェイムズ・アエロに施設のカードキーとブライトンの起動キーを渡しました。派手に立ち回ることになるので、さすがにC.C.側にも情報が入ると思います。ええ、そうですね」

 通話を切り、空を見上げながら、クリスティナはタバコに火をつける。
 大きく煙を吸い込み、吐く。

「優秀すぎるのも考え物ね。もっと『俺はゼロだ!』って大騒ぎしてくれたら簡単だったのに」

「どうしたのジム?」

 声をかけられて、我に返る。
 いつものベンチ。
 デラが俺の顔を覗き込んでいる。

「私の話、聞いてた?」
「あ、ああ……映画、おもしろかったな」

 むすっと頬を膨らませるデラ。

「友達の話、してたんだけど」
「ごめん。少し考え事をしていて」
「何か悩みでもあるの? 相談くらいなら乗れるよ?」
「いや大丈夫だ。仕事が忙しくて疲れてるんだ」
「わかった。じゃ今日は帰りましょ。また次の金曜にここでね?」
「……ああ」

 俺は曖昧にうなずいた。
 ちくりと、胸の奥が痛む。
 俺は次の金曜、ここにはいない。
 彼女は背を向け、俺のもとから去っていく。
 その背中に声をかけたい衝動を抑える。
 せめて別れの言葉を言いたい。気持ちを伝えたい。
 だが必死に我慢する。
 何も言ってはいけない。できるかぎり痕跡を残さず、消えなければ。
 俺はゼロなのだから。

 

 翌週の木曜日。
 デラとの約束・・の前日。
 俺はブリタニア軍基地の前に立っていた。
 時刻は夕暮れ。
 就業で帰路につく職員に紛れて、堂々と中に入る。クリスティナからもらったカードキーを機械に通すだけで、すべてのドアが俺を迎え入れてくれた。
 研究棟への道順も、クリスティナからもらった資料のとおりだった。
 最後の最後まで、俺は罠である可能性を考えていたので、若干拍子抜けだ。

「これが飛行型のナイトメアフレーム」

 デッキにそびえる紫の機体を、俺は見上げた。
 これで俺はエリア11に向かうことができる。ゼロとして再び黒の騎士団を率い、ブリタニアと戦える。
 しかし、俺は素直に喜べなかった。
 わかっている。
 デラのことだ。
 そして戦争のこと。
 愛する人を残し、戦争へと向かう自分――。
 それはまさに、悲劇を否定し、世界を統計的に見つめる態度なのではないか。
 ――いいや、これでいいんだ。
 俺はゼロ。
 革命者。
 そんな俺が、一人の女を気にかけているなんて馬鹿げている。
 だが、かつての俺は役者を志し、考えていたのではないか。
 悲劇でも統計でもない、別の形での表現を。別の形での世界への貢献を。
 どうして俺はゼロなんだ?
 俺ほどゼロと遠い人間はいないんじゃないか?
 なぜ俺は、一番自分らしくない場所にいるんだ?

「うぐっ」

 頭の中を尖ったものでかき回されたような激痛が走る。
 同時に、ゼロとしての記憶・・・・・・・・が脳内で乱舞する。
 枢木スザク、カワグチ湖、ナリタ連山、藤堂鏡志朗、紅月カレン。
 C.C.――。

「俺はゼロなんだ。行かなければならないんだ」

 俺はナイトメアフレーム・ブライトンのコックピットに乗り込んだ。
 起動キーを差し込み、認識番号を入力すると、ブライトンに生気が宿る。
 開発途中の機体だからだろうか、インターフェイスは独特だ。通常のナイトメアとは違う点があって慣れないので、動かすのに骨が折れた。
 多少時間がかかったものの、座標をクリスティナに指定された地点に設定し、フロートシステムを起動する。
 機体が滑るようにして発進する。

「よし――」

 ブライトンは空に飛び立った。

 

「大変です、ブライトンが盗まれました!」

 帰宅するために更衣室にいたデラとクリスティナのもとに、女性警備員が血相を変えて走ってきた。
 研究棟のデッキに戻ると、たしかに慣れ親しんだ機体が消えていた。

「クリスティナ! 出られる機体は!?」
「まさか追いかけるつもり!?」

 クリスティナは目をむいたが、デラは本気だった。

「当たり前でしょ」
「危険よ! 軍に任せといたほうがいい。私たちの仕事は研究開発であって戦うことじゃ……」
「軍に連絡がいって出動命令が下るまでにいったいどれだけかかると思ってるの!?」

 デラはクリスティナの言葉を遮った。

「ブライトンの飛行能力だったら、その間に逃げられちゃうよ!」
「だからって、あなた、戦えるの?」
「私はナイトメアフレームのパイロットだよ。もともと前線勤務を希望してたんだから」

 クリスティナを説得しながら、デラはジェイムズのことを思い出していた。
 戦争はナンセンスだと言ったデラに、極論だと彼は言った。
 たしかにそう。
 それに、デラが戦争をしなかったところで戦争はどこかで起こる。
 だったら少しでもマシな世界を作れるように頑張るべきではないか。
 少なくとも、いまブライトンをコソ泥に渡して戦争の種をまくような真似はしてはいけないのではないか。
 たしかにクリスティナの言うとおり、デラの仕事は戦うことじゃない。デラの前に敷かれたレールの先に戦闘という駅はない。
 でもだからといって、敷かれたレールの上だけ走っていてはダメなんだ。
 そうでしょう、ジム?

「――仕方ない。サザーランド・エアが準備できてるから、使って」
「わかった。すぐに出る」
「デラ」

 機体のほうへ走り出そうとしたデラの腕を、クリスティナが掴んだ。
 彼女には珍しい、酷くおびえたような目をしている。デラのことを異様に心配しているみたいだ。

「気をつけて。機体性能ではブライトンのほうが上。飛行能力も、戦闘能力もよ」
「わかってる、心配しないで。コソ泥なんかには負けないから」

 デラはクリスティナの肩をポンと叩いてサザーランド・エアのほうに走り出した。
 サザーランド・エアはフロートユニットを仮搭載した機体だ。
 飛行速度はブライトンに劣るが、おそらく敵はブライトンの操縦に慣れていないだろう。

「大丈夫。追いつける」

 サザーランド・エアが空に向けて飛翔する。

 接近アラームが俺を現実に引き戻す。

「追手だと!?」

 咄嗟とっさに操縦桿を倒す。
 直前までブライトンのいた場所を銃弾が通過した。
 モニタに映るのは、フロートユニットを装備したサザーランド――。

「バカな。こんなにも早く!?」

 俺がブライトンの扱いに慣れていなくて、もたついていたのもあるだろうが、敵機のパイロットも優秀なのだろう。
 これは逃げきれない。
 俺はブライトンを旋回させ、迎撃態勢に移る。
 主兵装である大型レールガンを展開し、サザーランドに銃口を向ける。
 引き金を引いた。
 弾丸が射出される。
 しかしサザーランドは銃弾の軌道を読んでいたのか、機体をひるがえらせ、難なく銃撃をかわした。
 相手はかなりの手練てだれだ。
 サザーランドは左手にサブマシンガンを、右手にスタントンファーを装備していた。
 サブマシンガンによる掃射は、あくまで牽制で、間合いを詰めてトンファーでブライトンの動きを止めるのを狙っているらしい。

「機体は破壊せずに回収したい、ということか。なら手はある」

 俺はブライトンを高速で降下させた。当然、サザーランドは追いかけてくる。
 地上ギリギリのところで急旋回し、一気に上昇する。
 サザーランドの動きはやや遅れた。さすがに新型だけあって、ブライトンのほうが機動力に優れている。
 ブライトンがレールガンの引き金を引く。
 だがサザーランドは身を反らし、ぎりぎりのところで直撃を免れた。驚異的な操縦技術だった。
 しかし完全に回避できたわけではなかった。右肩の装甲をレールガンの銃弾がえぐり、右腕ごとスタントンファーが吹っ飛んだ。
 次の一撃で、落とせる。
 そう確信した、そのとき――。
 ふっと、デラの顔が頭に浮かんだ。
 デラの笑顔。
 デラの泣き顔。
 デラの怒った顔。
 遠くを見つめる、大人びた目――。
 二人で話した、戦争の話。
{一人の人間の死は悲劇だが、百万人の死はもはや統計だ}。
 ――これでいいのか?
 あのサザーランドのパイロットの死を悲劇だと受け取る人間がいる。
 俺はパイロットを殺す。
 そしてさらに多くの人間を殺しに、エリア11へと向かう。
 死を統計的に考える場所へ、俺は行く。
 いいのか、それで。本当に。
 俺はもっと別のことをしたかったんじゃないのか?
 ――頭痛。
 頭を破壊されそうなほどの頭痛。
 頭の中で声がする。
 おまえはゼロだ。
 ゼロ――。
 ゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロゼロ――――――――

「違う!! 違う違う違う!!」

 俺は操縦桿から手を放し、頭を抱えた。
 違う。
 俺はゼロじゃない。
 違うんだ。
 俺は、俺は……!!

「ジェイムズ・アエロだ!!」

 ブライトンがレールガンを取り落とした。
 直後、サザーランドのサブマシンガンが火を噴く。
 ブライトンは避けなかった。
 弾丸が直撃。
 炎がブライトンのボディを包み込む。
 爆散する直前、俺はすべてを思い出していた。
 学生のころ、俺は役者を目指していた。
 しかし父はそんな俺を許さず、かといって次男である俺に家督を継がせてくれるわけでもなく、ただブリタニア軍に志願させた。
 ナイトメアフレームのパイロットとしていくつかの戦場を渡り歩いたあと、俺は特命を受け、シャルル皇帝と面会した。

「貴様にはC.C.をおびき出す餌になってもらう」

 皇帝が言った言葉の意味はわからなかったが、皇帝の射すくめるような眼光を最後に、記憶の再生は消えた。
 そしてそのまま視界はブラックアウトする。

「どうして……」

 サザーランド・エアのコックピット内。
 デラは爆散するブライトンを見た。

「どうして撃たなかったの? 撃てたはずなのに」

 虚空に問いかけるが、もちろん答える者はいない。

 

 翌日の夕刻。
 デラとクリスティナは、キャットウォークから、回収されたブライトンを眺めていた。

「結局、盗んだやつってわかったのか?」
「跡形もなくコックピットが吹き飛んでるんだ。誰が乗ってたかなんてわからんよ」

 開発職員たちが面倒そうな声でやり取りしているのが見える。

「おとがめ無しだって? よかったじゃない」

 クリスティナが笑う。

「ええ。機体は失ったけど、データのバックアップはあるから。データを2番機に移せば開発は続けられる。むしろ技術の流出を防げたから、お手柄扱いみたい。ただ……」

 沈痛な表情で、デラはブライトンの残骸を見下ろす。

「犯人が死んじゃったのは複雑だけど」
「あなたのせいじゃないわ。悪いのは犯人。あなただって死ぬところだった」

 クリスティナがそっと肩を抱き寄せてくれる。

「どう、一杯? 奢るわよ。お手柄だし」

 クリスティナは手でグラスを傾けるポーズをする。

「ありがとう。でもゴメン、約束があるんだ」
「あ! 例の紳士?」
「うん」

 デラは顔を赤らめる。

「今日会ったら、家に招待しようかなって」
「お。ついに初陣ですか?」
「茶化さないでよ!」

 クリスティナはニヤニヤ笑いから優しい笑みになった。

「頑張ってね。応援してる」
「ありがと」

 デラはその場を後にする。
 向かうのは約束のベンチ。
 いつものベンチ。
 今日はどんな映画を一緒に見ようか。
 見た後は一緒に何を食べようか。
 その後はどんな話をしようか。
 デラの足取りは軽かった。

(ゼロの男 了)

著者:高橋びすい

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