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2018.12.11

【第27回(最終回)】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン

六章⑤

 驚いて振り返ると、一人の少女が宙に浮かんでいた。全身に蒼い光を纏って。
 小学校時代から変わらぬ、自慢のポニーテール。
 平凡だが、どこか愛嬌を感じさせる顔つき。

「な、七星さん……」
「はい、私です! 旺城先輩!」

 まあちが笑顔で応えた。

「どうして貴方がここに……?」

 nフィールドに入るためにはSUN-DRIVEが必要だ。だが、まあちのSUN-DRIVEは、レイの凍結によって失われたはずだ。
 瀬里華の疑問を読み取ったように、まあちは自分のアンダースーツを摘まみ、

「これ、楓ちゃんがくれたんです」
「楓が?」
「はい。楓ちゃんは一度私のSUN-DRIVEを吸収しました」

 その情報は瀬里華も知っている。
 そこで、ある事実に思い至った。
 楓は言っていた。『ここにあるのは一〇〇体分』だと。だが、それはおかしい。まあちのSUN-DRIVEは、正規の一〇〇体には入っていない。だから、全てを合わせると『一〇一体』になるはずなのだ。

「楓ちゃんが、私に返してくれたんです。『自分が万が一負けた時のために』って」
「そうだったの……」

 どこまで用意周到なのだろう。
 だが、だとすれば、まあちがここにいる理由は一つしかない。
 SUN-DRIVEを通じてERINUSSにアクセス。特定のプログラムコードを走らせる。

「……もう大丈夫よ、七星さん。今ERINUSSと学園の生徒たちのリンクを切断したわ。これで体調不良に悩まされていた生徒たちも回復するでしょう」
「ホントですか!? ああ……良かった」

 心の底からほっとした表情を浮かべる。
 その善良さが、今の瀬里華には眩しい。

「もう行きなさい。じきにこの空間はフラクチャーに呑み込まれるわ。そうなる前に現実世界に帰るのよ」
「え。嫌ですけど」

 平然とまあちは言った。

「嫌って……」
「だって、私にはやるべきことがありますから。『楽援部』の部長として」
「楽援部の?」
「はい。楽援部の活動目的は『夢を応援すること』です!」
「それは知っているけど……」

 怪訝な表情の瀬里華に、

「さっき言ってましたよね、旺城先輩の『やりたいこと』」
「っ! いえ、あ、あれは……」

 咄嗟とっさに否定しようとするが、言葉に詰まる。

「楓ちゃんにお願いされたんです。旺城先輩の『夢』を応援してあげてほしいって」

 楓は瀬里華との戦いに行く直前、『もし万が一あたしが負けた時は、あたしの代わりにあいつの力になってやって』と、そんな頼み事をまあちにしていった。

「だから、私はここにいるんです」

 呆れてしまう。
 自分が負けることを考えながら、それでもまだ私を助けようとしていたなんて。

「本当に……呆れるほどのお人好しね」
「はい。私もそう思います!」

 まあちが瀬里華に手を差し出し、

「行きましょう、旺城先輩」

 瀬里華は少し躊躇してから、

「ここで意地を張るには……自分の情けなさを思い知らされ過ぎたわ」

 まあちの手を取った。

「それに、彼女に謝らないと……。あの極度のお節介焼きに」

 瀬里華が笑う。普通の高校二年生の少女のように。
 まあちと瀬里華の体が宙に浮かび上がる。
 だが、そのまあちたちを逃さんと、黒い汚泥が蠢き始める。一か所に集まっていくと、汚泥の海から黒く巨大な物体がせり上がった。
 いくつもの黒い立方体キューブが合わさった特徴的な形。表面に走る電子ノイズ。
 今まで幾度も出会い、退けてきた障害――フラクチャーが、まあちたちの前に立ち塞がった。

「drrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!」

 全長一〇〇mはあろうかという特大のフラクチャーが咆哮を上げた。
 キューブの表面から触手が伸び、宙に浮かぶまあちたちを捕えようとする。

「捕まってて下さい!」

 瀬里華の腕を、自分の腰に抱きつかせる。
 まあちは高速で飛行し、数多の触手を振り切っていく。
 だが、特大フラクチャーから数体のキューブが切り離されると、まあちたちを取り囲もうとしてきた。
 まあちたちの前に回り込んでくる、一体の大型キューブ。その形状が変化し、巨大な竜へと変わる。漆黒の体に、獰猛な牙を持った邪竜――『魔神英雄伝ワタル』に登場する『ドアクダー』が襲い掛かってきた。

「これって……!?」
「フラクチャーが、もっとも強力な『敵』のイメージを形にしたのね」

 背後からは、巨大な遮光器土偶型の巨大メカが迫ってくる。『無敵超人ザンボット3』に登場するキラー・ザ・ブッチャーが用いた、戦闘要塞『バンドック』。
 前後から迫る邪竜と戦闘要塞から逃れられず、押し潰されるまあちたち。
 そのままドアクダーとバンドックが融合し、黒いキューブとなってまあちたちを閉じ込める。

「くっ……!」

 汚泥に全身を絡め取られ、身動きが取れなくなる。
 焦るまあちに、落ち着いた声が響く。

「大丈夫よ、七星さん。手ならあるわ」
「旺城先輩……?」
「私のSUN-DRIVEを使って」

 自らのアンダースーツを――ガオガイガーのSUN-DRIVEを示す。

「楓の一〇〇体は、私が継承した。全てのSUN-DRIVEがここにあるわ。それを使うの」

 まあちを励ますように優しい微笑みを浮かべ、

「貴方なら出来るわ。人の夢を応援し続けようとした貴方になら」
「旺城先輩……」

 まあちは力強く頷き、

「はい! 皆さんのSUN-DRIVEの力、お借りします!」

 まあちの手が瀬里華の胸に触れる。触れ合った部分から、眩い光が放たれた。
 どこまでも澄み切った、荘厳な蒼き光。
 蒼き光が、汚泥を浄化しながら、黒いキューブの檻から飛び出す。

「drrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!」

 黒いキューブが悲鳴をあげ、霧散する。
 だが、まだ目の前には超大型フラクチャーが待ち構えている。超大型フラクチャーが、その形を変えていく。橙色に輝く人型のボディに、背中から伸びた翼。顔には大きな一つ目。『Zマスター』――『勇者王ガオガイガー』に登場する最後の敵の姿だった。
 だが、蒼き光は逃げるのではなく、むしろZマスターに向かって飛んでいく。
 何故なら、ゴールというのは、敵を――障害を乗り越えた先にしか無いから。
 まあちの体がどんどん加速していく。
 蒼き光が流星の如く輝き、まあちのアンダースーツに強化装甲が形成されていく。
 レイズナーのマキシマムモード。だが、その姿は今までのものとは異なっていた。
 より力強さを増したDアームに、腰部に追加されたウィングパーツ。

「七星さん、これは……」
「はい。私の新しいレイズナー……『レイズナーMk-II』です!」

 全てのSUN-DRIVEの力を得て、さらなる進化を遂げたレイズナー。
 だが、変わったのはSUN-DRIVEだけではない。まあち自身も変わっていた。SUN-DRIVEを得る前とは、その心が大きく変化している。
 その変化を、人は『成長』と呼ぶ。
 このnフィールドの中で起こった出来事が、出会ってきた全てが、今の自分を作ってくれた。確かに、そう実感できる。
 瀬里華は、生まれ変わったまあちの姿を見て、

「私も……変われるかしらね」

 不安げに呟く。

「分からないですけど……でも、全力でぶつかり続けていれば、きっと何かは変わると思うんです」
 もしかしたら、それは自分の望んだゴールとは違うものかもしれない。
 だが、それを『必死に追い続けた』という事実は変わらない。その事実が、きっと次に歩き出す自分を支えてくれる。
 きっと『夢』が叶うことが素晴らしいのではない。
 『夢』に向かって走り続ける姿が尊いのだ。
 だから、必死に前へ前へと進んでいく。
 溢れんばかりの蒼き光が――可能性の光が――まあちの全身から輝き、まあちのDアームを変形させていく。
 未来へ羽ばたこうとする意志が翼となり、『レイズナーMk-II』のもう一つの姿を――飛行形態を呼び覚ます。
 蒼き流星が、蒼き鳥となって空を飛翔していく。
 目指すゴールに向かって――自分の力を――最大マキシマムまで振り絞る。

「いっくよぉぉ! レイズナーッ……!」

 まあちの言葉に応えるように『レディ』と心の内の言葉が答える。
 『夢』へと全力で向かっていくために、まあちは自分自身に向かって叫ぶ。

「V-MAXIMUM発動ッ!!」

 蒼い光が一直線に飛んでいく。
 立ち塞がるフラクチャーを――『出来ないかもしれない』という想いを吹き飛ばして、進んでいく。
 みんなが待つ現実の世界に向かって。

 

エピローグ

 季節は夏。
 八月の太陽がじりじりと照る中、真夏の砂浜に黄色い声が響き渡った。

「はああああああん! 素敵すぎますわ、まあちさああああああん!」

 感極まった声を上げながら、九胤院栞は目の前の少女に賛辞を送った。

「えへへ。ありがとー♪ ……でも、前のプールの時と同じ水着だよ?」

 まあちが自分の着ているブラウンとブラックの水玉模様の水着を指す。

「何度見ても素敵ということですわ……!」

 頬を上気させ、目を輝かせながら答える。

「……本当に貴方って、アレよね」

 隣に立つ静流が、毎度の残念そうな目を向けた。

「フフフ。もう慣れましたわ♪ 私、気付いたんです。それは静流さんなりの愛情表現だと!」

 ムフンと栞が得意げに言う。

「悪いけど全然違うわ。私は心の底から、本心で、貴方を真正の『アレ』だと思っているの」
「そこまでの『アレ』とはなんですの!?」
「ここがプライベートビーチで良かったわね。貴方の『アレ』が世間に知れ渡ることがないから」
「お誘いしたのは、その私なんですけど!?」

 ここは九鳳胤家のプライベートビーチだった。
 まあちたちは今『楽援部』の夏合宿に来ているのだ。

「楓ちゃん楓ちゃん、かき氷食べる?」

 イチゴシロップがかかったかき氷を楓に差し出す。

「あんたね……この状態のあたしにそういうこと言う?」

 楓は砂浜に横になっていた。ただし、大量の砂に埋まっている。こんもりとした砂山から顔だけ外に出している状態だった。

「大丈夫。私が食べさせてあげるから~」

 かき氷をスプーンですくい、楓に差し出す。
 だが、すぐさま隣から現れた静流がパクっと食べてしまった。

「はめほ、まああん、ほんなほほとひたらはふにはらはひは」
「『駄目よ、まあちゃん、そんなことしたら罰にならないわ』と言っているみたいですわ」

 静流の言葉を、栞が通訳する。
 楓が恨みがましいジト目で静流を見て、

「もう三時間もこの状態なんでけど……。脱水症状であたしを殺す気?」
「私は貴方に一度殺されたのだけれど。刃で胸を貫かれて」
「うぐっ!」
「はあ……。今でもあの時のことを思い出すと胸が痛むわ。PTSDかしら」
「も、もう! 何度も謝ったでしょ!」

 栞が笑顔で楓の前に座り、

「私はもう気にしてませんわ。その代わり、この後は約束の『真夏の海岸での屋外プラモデル教室』ですわ。太陽に焼かれながら使うエアブラシの良さを教えて差し上げますわ!」
「栞。それは拷問というの。いっそ一息に殺して。お願いだから」
「まあまあ、楓ちゃん。これでも食べて落ち着きなよ」

 かき氷の入ったスプーンを楓の口に入れる。

ふめはつめたっ!」

 

 夕日が海を赤く染める。
 まあちは一人砂浜に座り、海を眺めていた。

「…………」
「……なーに、一人で黄昏てんのよ」

 そう言って楓が隣に座る。

「栞ちゃんと静流ちゃんは?」
「あんたに『特別な夕食』を振る舞うってんで張り切ってるわ。張り切り過ぎて、もはや料理バトルみたいになってたけど」
「あははは……」

 楓はまあちと同じように海を眺めた。
 潮騒の音だけが心地良く響く。

「……ねえ、楓ちゃん。旺城先輩どうだった?」
「あー。元気にやってたわ」

 瀬里華は聖陽学園を退学した。
 あの日、瀬里華は現実の世界に戻った後、全てを学園側に話した。ERINUSSへの不正アクセスと、それによる生徒たちの体調の異変について。
 学園側はERINUSS絡みの不祥事だと知り、昨年の楓の時と同じく、事態の詳細は公にしないことを決めた。さらに瀬里華の処分にしても、当初はかなり軽いものが考えられていたらしい。瀬里華は『生徒会副会長』として学園内のみならず、学園外でもその存在を知られている。下手に重い処分を下しては外聞が悪いと判断したのだ。
 だが、瀬里華はそれを拒否する形で、自ら学園を退学した。それが彼女なりのけじめであり、同時に罪滅ぼしのために必要なものだった。
 彼女は学園を辞めたその足で、なんと創映財団を訪ねたのだ。目的は創映財団の技術研究所だった。ERINUSSを開発した場所だ。
 彼女は自らの才覚と実力によって、高校中退という経歴ながらも技術研究所に入った。そして、研究所内で彼女の叔母が残したERINUSSのデータを解析し、独自の研究を続けている。
 全てはERINUSSの中で眠るLAYとレイを起こすために。
 自分が過ちを教えてしまったAIたちに再び自由を与える。それが、瀬里華の選んだ贖罪だった。

「こういう言い方はあれだけど……前より充実してるみたいだったわよ。やるべきことが見つかったって感じで」
「やっぱり学園で会えなくて寂しい?」
「寂しがってんのはチビみで、あたしじゃないわ」

 まあちがじっと楓を見る。
 楓は目を逸らし、

「……まあ、ちょっとだけ寂しいかもね」

 小声で呟く。

「でも、なんだかんだいって瀬里華とは休日に会えるしね。どっちかっていうとあんたの方が……さ」

 気遣うようにまあちを見る。

「…………」

 海を見る。
 本来だったらこの夏合宿に参加するはずだった、楽援部の部員の一人を想う。

「海に連れて行ってあげるって約束したんだよね」

 レイは言った。
 海が見たいと。
 だから、連れて行ってあげると約束した。その約束はまだ果たせていない。

「必ずその日が来るわよ。何せあのバカ、悔しいけど天才だし。必ずERINUSSから目覚めさせてくれるわ」
「うん……」

 レイのことを想うと、今でも後悔がよぎる。
 もっとこうしておけば良かったと思ってしまう。
 でも、その後悔はどうやっても取り返せない。
 だから、これからのことについて考えよう。
 これからどうしたいのかについて。
 まあちは両手を上げると、思いっきり自分の頬を叩いた。

「よーし! 落ち込むのはやめ!」

 ピシャンと大きな音がして、隣の楓が「うっ」と引いた顔をした。
 まあちが立ち上がり、

「私……決めたよ、楓ちゃん! レイちゃんが目覚めるその日まで、ずっと『楽援部』を続ける!」
「ずっと、って……高校卒業してもってこと?」
「もちろん! 大学に行っても、大学を卒業しても! レイちゃんの……うんうん。友達みんなの夢を叶える日まで『楽援部』は終わらないんだよ!」
「友達が増えたらどうすんのよ」
「その友達の分も叶える」
「キリ無いじゃない」
「でも、それが私のやりたことだから!」

 まあちは笑顔を浮かべ、

「ずっとずっとみんなと楽しく過ごす! それが私の『夢』なの!」

 力強く言った。
 楓はやれやれと呆れたような顔をして、

「まさに一生かけての『夢』ね。でも、まっ、あんたらしいんじゃない?」

 いつもの苦笑を浮かべる。

「ちなみに、楓ちゃんにも付き合ってもらうからね」
「なんでよ!?」
「だって~、楓ちゃんだってもう『楽援部』のじゃーん!」
「……じゃあ、辞める。今すぐ辞めるっ!」
「むーりーでーす! 楽援部は一度入ったら抜けられませーん!」
「わーわーわー! 聞こえなーーーーいっ!」

 耳に手を当て、去っていく。
 その姿に思わず笑ってしまう。
 これから先もずっとこんな日が続けばいいなと思う。
 いや……そうじゃない。
 こんな日々が続くように頑張るんだ。
 そうなるように自分から向かっていくんだ。
 自分が願う、未来に向かって。

「明日は今日よりも、もっともっと楽しい日にするんだ……!」

 まあちは赤く燃えるような太陽に向かって、笑顔いっぱいに言った。

(END)

著者:金田一秋良

イラスト:射尾卓弥

©サンライズ

©創通・サンライズ

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