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【第03回】コードギアス断章 モザイクの欠片
第2編 四日間(前編)
後悔――それは別の可能性を想像すること。
人間は想像力を持っているからこそ、後悔する。
だがそれは同時に、後悔をする必要がないということでもある。
なぜなら、複数の未来を想像し、一つを選択することも可能になるから。
だから彼は後悔しない。
力【ギアス】を行使し、意志を貫く。
*
森の中を、六人の兵士が従軍している。天候は最悪。昼間だというのに、大雨のせいで一寸先も見えないような状態だ。
「クソっ。何なんだよこの雨」
兵士の中の一人――ソロ・ガレットが毒づいた。
「どうしてこんな雨のなか偵察任務なんてやらなきゃなんねーんだよ。ふざけてるだろ。人権無視だ。訴えてやる」
「最悪っすよね、ホント」
ぎゃあぎゃあわめくソロに、トッティ・クロスロードが相槌を打つ。最年少であるトッティは小隊の中の誰に対しても敬語だ。
「最悪なんて言葉じゃ足りねえよ。これは極悪」
「ちょっと意味違いませんか?」
「じゃあ犯罪。それかパワハラ」
「うるせえぞ、おまえら。黙って歩け」
ウーノ・ベアードが反応する。ソロよりも一回り体が大きく、装備の上からでも屈強な体つきがうかがえる。
「これがキレずにいられるかよ、ウーノ」
ソロはすぐに噛みついた。
「大雨だってのに、偵察任務は続行。オレたちはナイトメアフレームなしの歩兵小隊。しかも装備は貧弱。死んでこいって言われてるようなもんじゃねえか」
「仕方ねえだろ。仕事なんだ」
「けっ」
「まあ軍部もそれだけ必死ってことだ」
口を挟んできたのは、オーソン・マクギリス曹長。この第29歩兵小隊の隊長である。
「先日、エリア11で起こった大規模反抗〈ブラックリベリオン〉――あれに刺激されて中華連邦やらユーロピアやらが不穏な動きを見せている。ここで世界で同時多発的に反乱が起これば、面目丸つぶれってことだ」
オーソンは何でもないことのように言う。
「余計悪いじゃねえか! 要するにオレたち、かなりヤバい場所にいるってことだろ!?」
ソロが驚愕の声を上げる。
彼ら第29歩兵小隊がいるのは、アルタイ山脈の山間だった。アルタイ山脈は西シベリアとモンゴルにまたがっている。彼らは中華連邦とユーロピア共和国の両方を警戒するために、本隊であるユーロ・ブリタニア第9旅団ジェルマン中隊から先行して、偵察任務を進めていた。
「ヤバいも何も、それを調べるのがオレたちの仕事だろーが。てめえ、頭にカブトムシでも詰まってんのか?」
呆れ口調でウーノが言った。
「うるせえな! あ、トッティ、てめえ笑ってんじゃねえ!」
ポカリ、と頭を殴る音がかすかに響く。
「すいません」
トッティは謝っているものの、まだ顔は半笑いだ。
「いいか? オレが言いたいのは、この任務は最低最悪なだけじゃない。めちゃくちゃ危険だってことだ。雨で敵を見つけるのが遅れたらどうすんだよ」
真面目くさった声で、ソロは言う。彼はべらべらとよくしゃべるわりに、小心者でもあった。
「そのときは相手もオレたちを見つけてビックリするだろうな」
楽天的な意見を言うのは、キンパラ・エニアクルだ。
「たかだか偵察だし、大丈夫だろ。さっさと終わらせて帰ろう。それで風呂に入ってビールでも飲もうぜ」
巨体を波打たせて豪快に笑う。絵にかいたような巨漢だ。
「バカは気楽でいいよな。いいか? ここは戦場だ。そんなんじゃいつか――」
ソロがキンパラを小突こうとしたとき、ドッと地面が揺れた。
小隊のメンバーは全員、足を止める。
上のほうでゴオオオオっという、長い、唸りのような音が聞こえた。
「マズイ、山崩れだ! 移動するぞ!」
オーソンの声に促され、小隊のメンバーは一気に前進する。
直前まで彼らのいた場所を、大量の土砂が流れていった。
「おいおい、いまので本隊と分断されちまったんじゃねえか?」
ウーノが言うと、
「嘘だろ!? どうするんだよこれから!?」
ソロが悲鳴のような声を上げた。
「落ち着け。おいカラス、本隊に連絡。状況を報告してくれ」
オーソンは、いままで一人だけ黙っていた兵士に言った。
カラス・エーカーは最近入ってきた通信士だった。生真面目な性格で、あまり軽口を言うタイプではないので、ウーノたちの会話に入ってこなかったのだ。そういう堅いところを、よくウーノたちにいじられている。
「……ダメです。通信が途絶しています」
カラスは申し訳なさそうに言う。
「どうするんだよ!? 雨に濡れて死ねってか!?」
ソロが頭を抱えてわめく。
「皆さん!」
トッティが声を上げた。
「向こうに山小屋が見えます」
「でかしたぞトッティ。あそこに避難しよう」
オーソンの言葉に従い、小隊の六人は小屋へと逃げ込んだ。
*
――一日目
「まったく、ひでぇ目に遭ったぜ」
濡れた装備を脱ぎ捨てながら、ウーノがため息をついた。
小屋はこぢんまりとしていたが、それぞれの寝るスペースは問題なく取れそうだった。監視小屋なのか、数日とどまるには申し分のない日用品が揃っている。
「カラスさん、本隊との連絡はどうです?」
ガタガタと装備を床に放る音が騒がしい中、トッティが通信士のカラスに訊いた。
カラスは装備を脱ぎもせず無線を操作していたが、やがて首を横に振る。
「ダメですね。つながりません」
「オレたちが歩兵部隊だからって、安物の装備にしてんじゃねえの?」
ソロが大袈裟に肩をすくめると、
「違えねえ」
キンパラが豪快に笑う。
「おいキンパラ。そこ笑うとこじゃねえから。オレ、マジで言ってるから」
ソロが小言のようにツッコミを入れる。
「キンパラさん、もう少し考えてしゃべったほうがいいですよ」
「お? トッティ? 言うようになったじゃねえか」
キンパラがトッティの首に腕を回した。
「この間まで童貞のジャリガキだったくせになあ」
「いたたたたたた! やめてください、折れちゃいますよ!!」
「ガハハハハッ、悪い悪い!」
「ったく、バカばっかりかよ、この小隊は」
ウーノはため息をつくが、その顔に浮かんでいるのは苦笑いだ。
ウーノ、ソロ、キンパラ、そしてトッティの四人は、長く同じ隊で過ごしているため、ほとんど悪友どうしの間柄だった。小隊全体の雰囲気が普段から明るいのも、彼らの仲が良いからだ。
カラスは、学生のような彼らを見て、微笑ましく思いつつ、ふと、オーソン隊長が一人、四人から距離を置いて椅子に座っているのに気づいた。
携帯端末に、じっと目を落としている。
「隊長?」
最初は、個人的に本隊への連絡を取れないかと探っているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
画面には一枚の写真が表示されていた。
小さな女の子がピアノの前に座って笑っている様子が写っている。
「可愛いですね。娘さんですか?」
カラスが尋ねると、オーソンは虚を突かれたような顔をしたあと、頬をほころばせた。
「ああ。似てないだろ、ぜんぜん」
「そんなことないですよ。ほら、髪の毛の色が同じです」
「そうか」
嬉しそうに笑みを浮かべるオーソン。
「何歳ですか?」
「いまは20歳になってるはずだ」
カラスが眉をひそめたからだろう、オーソンはすぐに付け加える。
「10年前の写真なんだよ、これ。実は離婚しててな。もう5年も会ってない」
「それは……」
何と答えていいのかわからず、カラスは言葉を濁してしまう。
「まあ忙しいんだろう。ミュージシャンになるって言って、音楽の学校に行ったんだ。俺も養育費を払ってるが、やっぱり授業料は高い。俺と母親の稼ぎだけだと学費は賄えないから、一生懸命アルバイトもしている。酒場で働いてるって言っていたな。たまにそこでピアノを弾きながら歌ったりもするみたいだ。けっこう人気があるらしい」
ニコニコと、自慢げに娘のことを話すオーソン。普段のつかみどころのない感じではなく、普通の親バカな父親といった趣だった。
カラスはオーソンの意外な一面を見て、少し笑う。
「会いにいったりしないんですか? もちろん、いろいろ事情はあるんでしょうけど、20歳ならもう大人ですし、ほとぼりも冷めているのでは?」
「実は、この任務が終わったら会いにいく予定なんだ」
「ええ? それじゃあ災難ですね? こんなところで立ち往生しちゃって」
「まあな。でも明日すぐにってわけじゃない。ちゃんと余裕をもって日程は組んである」
「さすがですね」
カラスは、できるだけ早くオーソンを任務から解放するためにも、早く本隊と連絡を取れるように努めようと思った。
*
「しっかし、まったく治まんないねえ」
ソロが窓の外に視線を走らせ、言う。
すでに日は落ちていたが、いっこうに雨が止む気配はない。
ソロ、トッティ、キンパラ、ウーノの四人は、机の上にカードを広げてポーカーに興じていた。
オーソン隊長とカラス通信士は、二人でレーザー通信機をいじりながら、なんとか本隊と連絡が取れないか悪戦苦闘していた。暇な四人は、代わりに今晩、寝ているあいだの見張りをすることになっていた。
「こんな小屋でもあってよかったっすね」
トッティが言った。視線はカードに落としたまま。
「オレはチェスターフィールドの小屋を思い出して嫌だけどな」
ソロがポツリと言うと、トッティ、ウーノ、キンパラの表情が凍りつく。
「ソロ!」
ウーノの鋭い言葉に、ソロは体をこわばらせた。
「わ、悪い……」
先ほどまで和やかだった雰囲気が一変した。
「どうした? 何かトラブルか?」
空気の変化を察知し、オーソンが声をかける。
「な、何でもありません」
ソロはそう言うが、四人の表情は硬いままだ。
「最近の若いやつらはよくわからないな」
オーソンは苦笑気味に肩をすくめる。
「隊長」
そんなオーソンに、カラスが声をかけた。
「メールです」
「本隊からか? 開いてくれ」
オーソンに言われ、カラスはタブレットを操作し、メールを開封する。
全員が一斉に、カラスのタブレットを覗き込んだ。
そして全員が息を飲む。
「何だ、これ……?」
カラスが思わずつぶやく。おそらく、全員が同じ気持ちだったはずだ。
タブレットに表示されていたのは、10代半ばと思われる少女の死体だった。服を着ておらず、全裸だった。土気色の肌のところどころが痛々しく腫れあがっている。暴行され殺害されたであろうことは明白だった。
そしてその画像データに書かれた、赤い文字――
いつまでも忘れない。
「ひいぃ!!」
ソロが短い悲鳴を上げながら後ずさった。
「バカな。ありえねえ」
そう言うウーノの声も、若干震えていた。
キンパラやトッティに至っては、衝撃に固まったまま動けないでいるようだった。
その四人の過剰な反応に、カラスは眉をひそめる。
たしかに痛々しい画像ではあった。けれど軍人として生きていれば、もっと酷いものを現実で目にしているはずだ。カラスもショックではあったが、彼らがそこまで動揺する理由がわからなかった。
「おまえら、何か心当たりでもあるのか?」
オーソンがそう訊くのも当然だった。
「――いや、知らねえ」
一瞬の間のあと、ウーノが答えた。
「誤送信じゃねえか? 趣味の悪いやつがいるもんだ。それよりも早く寝ようぜ。朝には天気が回復するかもしれねえし」
「そうだな。じゃあ見張りは……」
「いまの点数だと、キンパラとトッティだな」
オーソンの問いに、ソロが答える。
「おいおいちょっと待ってくれよ、勝負はまだこれからだろ!」
「そうっすよ! 次で一気に逆転するっす!」
キンパラとトッティが抗議するが、
「うるせえ、もう終わり、オシマイ!」
ソロは取り合わず、カードを片づけ始めた。
「ちぇっ、自分が見張りやりたくないからって……」
トッティがそうこぼすと、キンパラが隣で大きくため息をついた。
「じゃあトッティ、オレが先でおまえがあと。それでいいか?」
「はい、キンパラさん。それでいきましょう」
*
「ついてねえなあ」
キンパラはあくびを噛み殺しながら、小屋の入り口扉のすぐ前に座っていた。
外は変わらずの大雨。
雨避けはあってないようなもので、すでにキンパラはずぶ濡れだ。
それでも任務だから、キンパラはアサルトライフルを雨から守るように抱きしめながら、雨粒を眺めている。
「だいたい、ポーカーの順位で見張り番決めるってどういうことなんだよ」
ポーカーなんてやったら、ずぼらで駆け引きなんてできないキンパラや、若くて素直なトッティが負けることは目に見えていた。まんまとウーノとソロのやつにしてやられたわけだ。
「くそっ、あいつら、いつもオレをバカにしやがって」
人前では陽気に振る舞うキンパラも、一人のときは一人前に愚痴っぽくなる。
あるいは、あの不気味な写真つきメールの影響もあったのかもしれない。
暴行され、殺害された少女の写真――。
あれはどう見ても、チェスターフィールドの小屋の……。
「いや、ありえねぇ」
キンパラは頭を振って悪い考えを振り払った。
「ウーノが間違えるはずがない。俺たちは大丈夫だ」
ウーノは言っていた。自分たちは任務で一時的にチェスターフィールドに滞在していただけだ。すぐにまた別の場所へと移る。だから多少のヤンチャをしたところで、俺たちがやったとバレる可能性は低い。
そうやっていつも、おいしい思いをしてきたのだ、と。
でもだったら、どうしてあのメールが自分たちに送られてきたのだろう、とキンパラは不安になる。
ウーノは誤送信だと言っていたが、いくらなんでもそれは虫が良すぎやしないか?
キンパラは不安に押しつぶされそうだった。
そのとき――
ぎぃ……。
背後でゆっくりと扉が開く音が聞こえた。
「トッティか? 早いな?」
交代の時間にはまだ少し時間があった。
けれどトッティのことだ。先輩であるキンパラに気を遣って、早めに現れたのかもしれない。
しかし返事はなかった。
静かに、ざーっという雨の音だけが、辺りに満ちていた。
キンパラは振り返る。
扉の向こうは真っ暗で人影も見えない。
「トッティ?」
キンパラが訊くと、
――ひゅん
短く風を切る音が、耳元で聞こえた。
「!?」
キンパラは身をひるがえし、小屋の壁に背中をはりつけた。
いまの音は、サイレンサー付きの銃を発砲したものに違いない。
「おい、何のつもりだ」
――ひゅん
しかし答えは発砲音だけだ。
キンパラは仕方なく走り出す。
背後からは、濡れた土を踏む足音が聞こえてくる。
敵は追いかけてくる。
その間にも、弾丸がキンパラの足元を、肩のわきを、そして耳元を通り抜ける。
敵はわざと外しているようにも思えた。キンパラを小屋から遠くへ離すのが目的なのかもしれない。
味方のいない場所へ。
一人きりで、じっくりと嬲り殺せる場所へ。
なぜだ、とキンパラは思う。
どうしてオレが殺されなきゃいけねえんだ。
オレは殺してねえ。たしかに、いい思いはさせてもらったが、殺したのはオレじゃねえ。オレはそこまで酷くない。一線は引いてる。犯したって別に減るもんじゃねえんだ。けど命は一回奪ったら、なくなっちまう……。
そしてすぐに思考は答えを返してくる。
口封じ
あのメールを見て、チェスターフィールドの事件が露見するのを恐れた殺人犯が、自分の罪をキンパラに被せるために、殺そうとしているのだ、と。
恐怖がキンパラの動きを鈍らせた。
キンパラは木の根につまずいて、その場に倒れる。
起き上がろうとしたキンパラの後頭部に、冷たい感触が触れる。
銃口が、押し当てられた感覚――。
キンパラはひざまずくような態勢で――まるで祈るような恰好で、後頭部に銃口を押しつけられていた。
「やめろ、やめてくれ……!!」
敵が、キンパラの髪の毛を掴む。
敵は無理矢理キンパラの顔を自分のほうに向けさせると、じっとキンパラの顔を覗き込んだ。
敵と目が合い、その殺意に満ちた視線に射抜かれた瞬間、キンパラの胸の中に後悔の念が溢れてくる。
どうしてあんなことをしてしまったのか。
オレは悪いことをした。
一時の欲望に支配され――。
そうか、これは罰なのだ。
自分の行いに対する、正当な対価。
オレは死ぬべきなんだ。
(つづく)
著者:高橋びすい