特集
SPECIAL
- 小説
- コードギアス
- モザイクの欠片
【第04回】コードギアス断章 モザイクの欠片
第2編 四日間(後編)
――二日目
「皆さん、すいません、起きてください」
トッティの声とともに、明かりが灯る。
もぞもぞと兵士たちが起き上がる。
「んだよ、人が気持ちよく寝てるときに……」
ウーノが不機嫌そうに訊く。
「キンパラさんがいないんですよ。見張りの交代時間が来たんで、外に出たんですけど……」
ずぶ濡れのトッティがこぼす。
「しょんべんにでも行ってんじゃねえの?」
ソロが大あくびをしながら言う。
「トイレにもいませんでしたよ。っていうか、見張り中にトイレとか行きます?」
「だとしたら……」
一同に緊張が走る。
彼らは偵察任務中。敵陣ギリギリの位置にいる。
もしキンパラが敵に見つかったのだとしたら……。
「全員武器を持って外へ。場合によっては小屋を捨てる」
オーソン隊長の指示を受け、テキパキと準備を整える兵士たち。
ものの数分で、五人は外へと駆け出した。
外はすでに夜が明け始めているようだったが、空が雨雲に覆われているせいで薄暗く、極めて視界が悪かった。
「敵の気配はない、か……」
ウーノがひとりごちるが、
「これだけ暗いとわかりませんよ」
トッティが言い返す。
「ひぃっ!」
突然悲鳴が上がった。
ソロの声だ。
「どうした!?」
オーソン隊長の鋭い声が響く。
「あ、あれ……」
ソロは、三白眼になるほど目を大きく見開いたまま、震える手で上のほうを指さした。
視線の先を全員が凝視する。
そして絶句する。
キンパラの巨体が木の枝にぶら下がっていた。首に縄をまかれた状態で、吊り下がっている。
強風にあおられ、その巨体が揺れるたびに、ぎい、ぎい、とかすかに枝のきしむ音が聞こえた。
首はあらぬ方向に曲がっており、骨が折れているのは明白だ。
顔はうっ血し、唇が異様な色に変わっていた。
間違いなく死んでいる。
「自殺、でしょうか」
通信士のカラスが言う。
「たしかに、誰かが殺したんだとしたら、枝にぶら下げる理由がわからないな」
オーソンはうなずく。
「ウーノ、トッティ、ソロ。キンパラの体を下ろしてやってくれ。いったん小屋へ戻ろう」
「おそらく自殺に間違いないと思います。死因は頸部の骨折かと」
キンパラの死体を調べ、カラスは言った。仰向けの死体にポンチョをかける。
「どうするよ、隊長」
ウーノに問いかけられ、オーソンはまだ雨脚の強い外を眺めながら思案する。
「――カラス、悪いが土砂を迂回してD3地点の通信所に行き、応援を呼んでくれ。昨日のメールの件といい、何か気味の悪い感じがする」
オーソンは申し訳なさそうに言った。
「了解です」
「すまない」
「お気になさらず。これも任務です」
手際よく準備を済ませ、カラスは雨の中に一人、消えていった。
小屋にはオーソン、ウーノ、ソロ、トッティが残される。
誰一人として言葉を発するものはいなかった。かといって横になって眠る者がいるわけでもない。
重苦しい沈黙が流れる。
「あの写真、やっぱあのときのじゃないか?」
沈黙を破ったのはソロだった。
ポツリと、言葉をこぼす。
「ソロ、やめろ。隊長がいるんだぞ」
ウーノが睨みを利かせるが、ソロはやめない。
「だっておかしいだろ! キンパラは自殺するようなやつじゃない! だったら……!」
「やめろっつってんだろ!!」
ウーノはソロの胸倉を掴み、壁に叩きつける。
「うぐっ……でもよ、あの写真の女はたしかに俺たちがヤッた」
呻きながら、なおも続けるソロ。
「なら、キンパラはそれを悔やんで自殺したんだろ」
「もしそうじゃなかったら? もしも、もしもだぞ? 誰かがキンパラを殺したんだとしたら?」
「誰かって、誰だよ」
ウーノが問うと、ソロは口をつぐむ。
「おいおい、何を揉めてんだ」
オーソンが二人の間に割って入る。
ウーノは乱暴にソロから手を放す。だがオーソンには答えずドカッと一人、床に腰を下ろした。
「すんません、キンパラの自殺が信じられなくて、動揺してしまって」
ソロが取り繕うように答える。
「それはわかるが、こんな状況だ。内部分裂は勘弁してくれ」
「わかってます」
ソロはうつむく。
「暇だから余計なことを考えちゃうんすよ! カードでもやりましょ! ね?」
「いいな。ウーノ、ソロ、いいだろう」
「ああ」「はい」
ウーノとソロがうなずくのを見て安堵の表情を浮かべるトッティ。
しかし、まだ雨は強く、帰還の目途はたたない。
*
「隊長、提案があんだけど」
夕食を終えて夜も更けたころ、ソロが改まった口調で言った。
「今晩はオレに見張りをさせてくれないか? 交代なしで、一人でやる」
「駄目に決まってるだろう。危険すぎる」
「でも、どうせ寝られねえし。だったらオレの分までみんなに寝てもらったほうがいい」
殊勝なことを言っているように見えるが、その目は血走っている。何かに追い詰められたような顔だ。
「いいんじゃねえの?」
腕を枕にしてごろりと寝転がり、ウーノが言った。
「そうでもしないと納得できないなら、やればいいだろ。オレは寝かせてもらうぜ」
「ウーノが言うなら、まあいいだろう。頼んだぞ、ソロ」
「恩に着るよ、隊長」
*
――キンパラが自殺するなんてありえない。
ソロはそう確信していた。あいつは能天気で楽天的。敵前でビビることはあっても、最後まで死のうなんて考えないやつだ。長い付き合いの自分にはよくわかる。
また、自分たちがあの女にしたことがバレたなんてこともありえない。
わかるわけがないんだ。だってチェスターフィールドにいたのは一日だけ。一日だけだったから羽目を外した。
敵に見つかった可能性は最初から無視していた。もし見つかったのなら、もうすでに全員やられているだろう。こんなゴミ装備の小隊が相手なのだ。全滅させるのは赤子の手をひねるのより易しい。だいたい、自分たちを消したところで大した成果にもならない。
とすると、キンパラを殺したのは、ソロたちの中の誰かってことになる。
動機は単純だ。
口封じ。
そしてすべての罪を死人になすりつける。犯人が全員死んでしまえば自分だけは助かると考えているに違いない。
ソロが思うに、動機から考えてキンパラを殺したのはウーノではないと思った。あいつは陰険なところもあるが、仲間を思いやる気持ちは誰よりも強い。
だから犯人は――
「トッティだな」
ソロはつぶやく。
あのガキ、いい子ぶってるくせにやることはやる。結局、あいつのせいであの女は死んだんだ。
「けっ」
ソロはチェスターフィールドでの一夜を思い出して、唾を吐いた。
せっかくいい気分だったのに、あいつのせいで台無しだった。女が死んでしまったせいで、後味の悪いパーティになった。
「へへっ……返り討ちにしてやるよ」
ソロは笑いながら、手の中のアサルトライフルを撫でた。
正当防衛を主張するつもりだった。しかしトッティに先制攻撃をさせるつもりはない。
関係ないさ。
オレが撃った後に一発、やつの銃をぶっ放しとけばバレやしない。
それで犯人死亡で事件解決。
問題ない。
大丈夫。
震えているのは武者震いだ。
あんなガキに自分がやられるはずがない。
そのとき、
ぎぃ……。
と背後で扉が開いた。
来たな、とソロはそっと木の陰に身を隠す。
人影が出てくる。
人影は雨合羽を着ているようだった。フードで頭が隠れていて顔が見えない。
しかし手には拳銃を持っている。
それだけで十分だった。
ソロは相手が誰であるかも確認せずライフルの銃口を向け、引き金に指をあて――
「――!?」
体が動かなくなった。
いつの間にか、敵はフードを下ろし、じっとこちらを見つめている。
ソロは相手の目を見つめたまま動けなくなる。
ざーっという雨音の響く中、二人はしばらくの間、視線をかわし合った。
敵は再びフードをかぶると、一歩ずつ、ゆっくりとソロに近づいてくる。
ソロは動かない。
その場に縛りつけられたように。
相手は銃を持っているというのに。
ただ心を支配するのは後悔の念だった。
どうしてあんなことをしてしまったのか。自分たちは悪いことをした。
「来い」
フードの男が静かに言うと、ソロは大人しく従った。
*
――三日目
「ソロさん? ソロさーん!?」
「何だよ、うるせぇな」
トッティの声で目を覚ましたウーノが言う。
「トイレのついでに外を見たんですけど、ソロさんがいないんですよ」
ウーノとオーソンの顔に緊張が走る。
三人は小屋の中を見回す。
キンパラの死体はそのまま、カラスが戻ってきた様子もない。ソロの装備は、武器を除いて残ったままだ。
「装備を置いたままってことは近くにいるはずだ」
オーソンが言った。
「ウーノと俺は山道を探そう。トッティは小屋の周りを確認したあと、小屋で待機。いいな?」
「了解だ」「了解です」
オーソンとウーノは身支度を整え、外に出た。
時刻は8時。日は上っているようだが、昼間とは思えないほど森の中は暗かった。雨も相変わらず強く、視界は絶望的に悪い。
「くそっ、ソロのやつどこに行きやがった。まさかあいつまで……」
「よせ、ウーノ。悪い想像はするな」
「――はい」
しかし、悪い想像は往々にして的中するものだ。
捜索を始めた矢先、
「隊長! ウーノさん!」
トッティの悲鳴にも似た声が小屋のほうから聞こえた。
オーソンとウーノは大急ぎで引き返す。
トッティがいたのは山小屋の裏手だった。
そしてそのそばには……
「ソロ!!」
ウーノが声を上げ、ソロのもとへ駆け寄った。
ソロは仰向けに倒れ、開いたままの目を空に向けていた。
肌はずぶぬれで顔は青白く変色している。
首筋には深々と刺さるナイフ。
傍らには、ソロが愛用していたアサルトライフル。
「てめえがやったのか、トッティ!!」
ウーノがトッティに飛びかかった。
トッティは仰向けに倒れ、その上にウーノが馬乗りになる。
ウーノはトッティの顔を思いっきり殴りつけた。
「何で僕なんですか!」
手で顔をかばいながら、トッティが抗議の声を上げる。
「おまえだったら二人を殺せた! キンパラは、見張りを交代したときに。ソロだって、俺たちが寝てる間に殺ったんだろ!」
「違いますよ!」
「キンパラが死んだときから怪しいと思ってたぜ。あのとき女を殺したのはおまえなんだからな!」
ぴくり、とオーソンの指が動いた。
しかしそのまま、オーソンは事態を静観する。
ウーノはひたすらにトッティを殴りつけている。
「証拠を隠滅しようってことだろ!? ああ!? 次は俺を殺そうってか!?」
「僕は悪くない! あの子をさらおうって言いだしたのはあんただろ!!」
「童貞卒業させてやった恩も忘れたのか!?」
ウーノの拳をさけようともがくトッティ。
そのトッティの手が、冷たい感触を捉える。
アサルトライフル――ソロが持ってきていたものだ。
トッティは反射的にアサルトライフルを手に取る。
「ぶっ殺してやる!!」
ウーノが叫び、ひときわ高く拳を振り上げたとき、
――パパン
乾いた音が森の中に響いた。
ウーノが胸から血しぶきをまき散らしながら、仰向けに倒れる。
トッティの胸にはアサルトライフルがあった。
「あ、あ……」
トッティはアサルトライフルを捨て、立ち上がると、呻き声のようなものを上げてウーノの死体を見下ろした。
「あーあ、やっちまった」
オーソンが呆れたような声を上げる。
「た、隊長、違うんです……!」
「何が違うんだ、トッティ」
オーソンの声は穏やかなものだった。
いつものとおり、飄々とした雰囲気。
トッティを見る目も、普段ブリーフィングのときに見せるものとまったく同じ。
だからこそ……
「――ッ!!」
トッティは全身が総毛だつ感覚を覚えた。
周囲の気温が、一度、二度、下がったような感覚――。
「トッティ。おまえがウーノを撃って殺した。違うか?」
「うっ」
トッティは一歩後ずさる。
「まあいい。そんなことより訊きたいことがある。5年前にチェスターフィールドで起きた暴行殺人事件についてだ」
「!!」
トッティの顔色がさらに悪くなる。
「皇暦2012年5月、チェスターフィールドで15歳の少女の死体が見つかる。近くの廃小屋で数人の男にレイプされた挙句殺害され、近くのゴミ捨て場に捨てられた」
トッティの体がガタガタと震え始める。
「少女の名前は、ターニャ・マッツ」
「隊長がどうしてそんなことを……?」
「俺の娘だからさ。別れた妻が連れていった、な」
オーソンの表情は変わらない。
穏やかで、そこには怒りも悲しみもない。
それがトッティをさらに恐怖へと追い込んでいく。
「娘をそんな目に遭わせた奴らに会ってみたくてな。探したぜ。ありとあらゆる手段を使った。ウーノ、ソロ、キンパラの三人はすぐにわかった。何度か事が露見しかけて、上層部が揉み消していたみたいだな。兵士による暴行殺人なんて世間に公表されたら、いかに軍事国家であるブリタニアでも、世論を抑えるのが面倒なことになる」
一歩、オーソンがトッティに近づいた。
「だがトッティ、おまえが関与していたのかどうかは、正確にはわからなかった。だからこんな芝居を打たせてもらった」
「芝居……?」
「ああ。おまえらがちゃんと罪を認め、後悔しながら死ぬようにな」
「じゃあ、キンパラさんとソロさんを殺したのは隊長なんですか!?」
驚愕の表情でトッティが訊く。
同時に、地面のアサルトライフルを手にするために身をかがめようとする。
「おーっと動くな」
オーソンは拳銃を手にし、銃口をトッティの胸に向けていた。
「まだ話は終わっちゃいない。おまえが殺したんだったら、おまえには、しっかり悔いてもらわなければいけないからな」
――すべてはオーソンが仕組んだことだった。
今回の偵察任務を行うところから復讐劇は始まっていた。
「まず小隊を集めた。ウーノ、ソロ、キンパラ、そしておまえだ。そして親睦を深める。そして天候が不安定なこの地の偵察任務に志願した。わざと先行し、本隊から分断されるように仕向けた。山崩れが起こったのはラッキーだったな。そうじゃなくても、カラスの通信機に細工をしていたから、遅かれ早かれこの小屋に籠ることになっただろうが」
トッティは背筋におぞけが走った。
自分たちが、肉食獣の巣穴へとおびき出されていたことを知って。
幾度となく任務をこなし、時には冗談を言い合ったりしていたこの隊長が、心の奥底では殺意を燃やし、自分たちを見つめていたということを知って――。
「最初にキンパラを殺した。あいつはバカだが力が強い。警戒されると厄介だ。返り討ちに遭う危険がある」
とつとつと、自らの犯行を告白するオーソン。
「キンパラが死ねば、小心者のソロがきっと暴走する。それに乗じて殺すつもりだった。あいつが一人で見張りをするなんて言い出したときは、ホントに、思った通りにことが運びすぎて笑いをこらえるのに必死だったよ」
オーソンは口元に手をやって笑う真似をするが、目は笑っていなかった。
「それからウーノ。あいつにはトッティ、おまえが犯人だと思わせることにした。だからおまえ一人を小屋に残し、俺とウーノで山道を見にいった。そしておまえがソロの死体を見つけ、取っ組み合いになり――おまえはウーノを殺した」
「あんたのせいで、僕はウーノさんを……!」
「それは違う。俺は単に、おまえらに言い争いをさせ、恐怖と後悔を煽っていただけだ。互いが互いのことを犯人だと疑い、内部分裂を引き起こさせようとしていただけだ。報いを受けさせるためにな。ウーノを殺したのはおまえの意志だ」
「違う、違う……!!」
「ダメだな、トッティ。おまえは本当にダメだ。おまえは自分がやったって認めることすらできないのかよ」
「う、うるさい! 人殺しが! だいたい、言ってることがめちゃくちゃじゃないか。キンパラさんもソロさんも自殺したはずだ!」
「ああそうだ。俺が自殺させた」
「!?」
さっとオーソンはトッティとの距離を詰める。
そしてトッティの髪の毛をわしづかみにし、顔を自分のほうへと向けさせた。
「俺には悪魔からもらった不思議な力があるんだよ。自分の罪を告白させ、後悔しながら自殺させるっていう力がな」
「え?」
トッティがオーソンの目を見るや、一瞬脳内をかき混ぜられたような不思議な感覚に襲われた。
「それでトッティ。ターニャを殺したのはおまえなのか?」
「――はい。酒場で働いてる彼女を僕が『カワイイ』って言ったら、ウーノさんが『さらおう』って。バイト終わりの彼女をさらって小屋に引きずり込んで、四人で代わる代わるレイプしました。そうしたら、キンパラさんが、『首を絞めながらするともっと気持ちいい』って言いだして……」
トッティの意に反して言葉が次々と出てくる。
同時にどうしようもない後悔が心を満たし始めた。
自分は悪いことをした。
どうしてあんな悪いことをしてしまったんだろう。
女の子、泣いてたじゃないか。
助けて、助けてって……。
それなのに僕は――――。
トッティは無意識にアサルトライフルを手に取っていた。
「でも僕初めてで。力加減がわからなくて。たしかに首を絞めると気持ちよかったから、つい力が入って……」
トッティはライフルの銃口を自分の顎の下に押しつける。
自らに罰を下すために。
「でも、殺すつもりなんてなかったんです!」
「トッティ」
オーソンがトッティの腕を――アサルトライフルを持った腕を掴んだ。
まるでトッティが自殺するのを制止するように。
「人間ってな、後悔するべきじゃないんだよ」
トッティにはどういうわけか、そう言うオーソンの顔が酷く優しく見えた。
「後悔しないように想像力があるんだ。想像してやるべきこと、やってはいけないことを判断するんだよ」
オーソンはゆっくりとトッティの指に手をやると、一本一本引きはがすようにして、トッティの手からアサルトライフルを奪い取った。
ライフルが地面に落ちる。
「隊長……!」
トッティにはオーソンが聖人のように見えた。
「だから、やってはいけないことをした人間は罪を贖うべきなんだ」
オーソンは自分の拳銃の銃口をトッティの腹部に向けた。
「――え?」
パンッ!
トッティの腹部に赤い穴が空く。
「うぎゃっ!」
「おまえの罪は俺に直接殺されることでしか贖えない」
パンッ!
右肩に弾丸が突き刺さる。
「痛い!」
パンッ!
次に左の太もも。
わざと急所を外した銃撃が、トッティを襲う。
トッティが地面にくずおれても銃撃は続いた。
たっぷりと、弾倉の弾丸がなくなるまで。
「後悔しているか、トッティ?」
地面に倒れた赤い塊に、オーソンは問う。
「ひぃ……」
トッティが声にならない声を上げながら、かすかにうなずく。
四肢は引きちぎれ、胴体は内臓を晒している。
けれど頭部だけが綺麗に――生まれたままの姿をしているのが、ひどく滑稽に、オーソンには見えた。
「そうか。じゃあ死ね」
弾倉を変え終えたオーソンは、正確に銃口をトッティの額に向け、引き金を引いた。
トッティが絶命する。
声すら上げずに。
「ターニャ、やっと終わったよ」
オーソンは空を仰ぐ。
いつのまにか、雨は止んでいた。
「カラス。おまえは巻き込んじまって悪かったな。けれど最期に娘の話ができて、嬉しかった。ありがとうな」
こめかみに拳銃を押し当てる。
「ターニャ、いま行くからな。おまえの歌、父さんにも聞かせてくれよ?」
パンッ!
乾いた音が、森の中にこだまする。
*
――四日目
山小屋のそばに、搬送用のVTOLが降り立った。
本隊との通信に成功したカラスが、医療班とともに戻ってきたのだった。
「隊長! いま戻りました!」
カラスは勢いよく小屋の中に駆け込むが、中に残っていたのはキンパラの死体だけだった。
「みんな、手分けして探そう」
カラスは一緒にやってきた兵士たちに言い、自分も小屋の裏へと回ってみる。
胸騒ぎのようなものを感じていた。
そしてそれは、最悪の形で的中する。
小屋の裏は酷いありさまだった。
胸に複数の風穴を空けたウーノの死体。
こめかみから頭を吹っ飛ばされたオーソンの死体。
そして――肉塊同然となり果てた、トッティの死体。
「いったい何が……?」
カラスはオーソンの死体に向かって問うが、答えなど帰ってくるはずはなかった。
(「四日間」了)
著者:高橋びすい