サンライズワールド

特集

SPECIAL

  • 小説
  • コードギアス
  • モザイクの欠片
2018.12.19

【第12回】コードギアス断章 モザイクの欠片

第6編 彼に見られたパンツを忘れさせるためにギアスをかけたいけど、恥ずかしくて目を合わせられるわけがない(後編)

5

 屋上に行くと、クリス先輩は夕焼け空を背に、一人たたずんでいた。

「あ、あの、クリス先輩……」
「ワンダ。缶コーヒー買っておいたんだけど、飲む?」
「い、いただきます……!」

 わたしはクリス先輩の隣に並んで立って、コーヒーを受け取った。
 ――何なの、これ。
 いったいどういうことなの?

「突然呼び出したりしてゴメンね、ワンダ」
「いえ、全然、問題ないんですけど、えーっと、どういったご用件で?」
「ワンダと、少し話をしてみたかったんだ」
「わたしと、話……?」
「うん。ワンダがどういう子なのか、知りたいなって思って」
「………………?」
「ただ、なんか避けられてるみたいだから……。それで、ワンダと仲が良さそうなアマンダに相談したら、『別に嫌ってるわけじゃないから、連絡してあげてください』って連絡先を教えてくれたんだ」

 アマンダ……! 神様か君は! 持つべきものはホント、友人だね!!
 でも、どうしてクリス先輩、わたしに興味を持ってくれたんだろう……?

「実はさ、僕も一年生のときにブリタニアからこっちに来たんだよ。ワンダと同じなんだ」
「!」
「でも僕はワンダと違って、ブリタニアに来てすぐのころは、けっこう荒れてたんだ。本国に比べたらこっちは不便だし、治安も悪い。だからワンダも大変なんじゃないかなあって。手助けできることがあったらしてあげたいって」

 そんな風に思ってくれてたんだ……。知らなかった……。ジーンと、胸が熱くなる。

「でもワンダは全然、大丈夫だったみたいだね」
「え?」
「勝手が違うこちらで、君はすぐに乗馬部に馴染んでいた。ナイトオブセブン歓迎会では、見ず知らずの子供のために自分の休みを返上したりしていた。そんな前向きな君が、僕は素直にすごいと思った。僕の出る幕なんてなかったよ」
「そんなことないです。わたしだって……」

 ――わたしだって、最初の最初は腐ってた。
 でもクリス先輩がいたから。アマンダがいたから。乗馬部があったから。大丈夫だった。

「――みんながいたから、大丈夫だったんです」
「謙虚なんだね、ワンダは。いまさら不要かもしれないけど、もし何か辛いこととかあったら、言ってね。僕にできることだったら、力になるから」

 クリス先輩はそう言って、微笑んでくれた。
 この人は、優しい人なんだなって、思った。
 優しそうな人だな、とは思ってたけど、本当に優しいんだって、いまわかった。
 ――思えばわたしは、クリス先輩のことを何も知らない。
 ただ舞い上がって、外からきゃーきゃー言ってただけ。
 わたしはクリス先輩の顔を見られなかったんじゃない。
 ただ単に、クリス先輩のことを・・・・・・・・・ちゃんと見ていた・・・・・・・・わけじゃなかった・・・・・・・・――それだけなんだ。
 クリス先輩の話を聞いて……。
 ――わたしはやっぱり、クリス先輩が好きだって思った。
 クリス先輩の優しさ。気遣い。
 わたしのことを気にしてくれて、すごく嬉しかった。
 すごいって言ってくれて嬉しかった。
 そんな温かいクリス先輩が、わたしは、ホントに、大好きだ……。

「クリス先輩、わたし……」

 初めてわたしは、クリス先輩の顔を、真正面から見た。
 綺麗な、澄んだ青い目に吸い込まれそうになる。

「わたし……クリス先輩のこと…………」

 そのとき――。
 ふっと、学校中の明かりが消え、辺りが闇に包まれた。

 

6

 学校だけではなかった。
 街中の明かりが、消えてしまっていた。
 こういうの、前にニュースで見たことがある気がする……。

「同じだ……去年の、あのときと……!」

 クリス先輩がつぶやく。
 あのとき――ブラックリベリオン。
 やっぱりそうだ。
 だとしたらこれは……。
 黒の騎士団!
 と、港湾地区のほうで火の手が上がった。

「ワンダ、すぐに避難しよう!」

 クリス先輩がわたしの手を掴んだ。

「は、はい!」

 無我夢中で、わたしたちは階段を駆け下りた。
 クリス先輩と手を繋いでる……なんて、本当だったら甘い気分になりそうなのに、全然それどころではなかった。
 恐怖に、わたしは支配されそうになる。
 これがエリア11……。
 これが、紛争地帯……。
 ガタガタと体が震えてくる。
 怖い……。

「ワンダ。気を強く持って。戦闘が起きているのはここからそこまで近くない。避難すれば、大丈夫だから」

 ぎゅっと、温かい手が、わたしの手を包む。
 クリス先輩は線が細い感じだったけれど、手はやっぱりわたしのより大きくて、男の人なんだなって思った。
 まだまだ怖かったけれど、そばにクリス先輩がいてくれると思うと、恐怖が和らいだような気がした。
 ――大丈夫。
 助かる、きっと。
 わたしたちは校庭に出た。とりあえず、学校には戦禍は降り注いでいないみたいだけれど、そこからでもわかるくらい、激しい爆発音が遠くから聞こえていた。空を見ると、遠目にナイトメアフレームが戦闘している様子が見える。
 安全な場所に避難しなきゃ……でも安全な場所なんてどこにあるんだろう?
 わたしとクリス先輩は、戦禍から逃げるように、学校を出て、街中を移動した。
 ――ちょうど、市街に出たか、そのくらいのころだったと思う。
 すべてを包み込む緋色の光と激しい轟音がわたしたちを襲った。
 何が起きたか理解できなかった。
 衝撃で倒れ込んだわたしたちはそのまま気を失ってしまった。

 

 気がつくと、わたしたちは誇りまみれで道路に倒れていた。

「ワンダ! 大丈夫か、ワンダ!」
「うーん……。わっ、クリス先輩!」
「よかった……無事だったか」
「クリス先輩こそ。いったい、何があったんですか? 何か、爆弾でも……え?」

 わたしは絶句した。
 街が、なくなっていたのだ・・ ・・・・・・・・・
 ごっそりと、まるでスプーンでアイスクリームを掘り出した跡みたいに、大きな穴が、街があったはずの場所に空いていた。

「嘘……そんな……」

 目の前の光景が、信じられなかった。
 昨日まで、街だったのに……。
 いったい、どこに行っちゃったの……?
 みんな、消えちゃった……!!
 泣き崩れたわたしを、クリス先輩は優しく抱きしめてくれた。

 

7

 後で知ったことだけど、あの光はフレイヤという兵器が使われたものらしい。あの光は、一千万人以上の人間を飲み込み、二千五百万人以上の人間を傷つけた。
 幸い、わたしの両親は怪我をしたけれど無事だった。
 でもクリス先輩のご両親は……ダメだった。クリス先輩は気丈に振る舞ってはいたけれど、相当ショックだったみたい。
 そんなクリス先輩を見ているのは辛かった。せめてわたしが力になれたらよかったんだけど、わたしなんて、いてもいなくても変わらない単なる後輩だから……。せめて避難所で作れる限りのおいしい料理を作ったりすることくらいしか、できなかった。
 一夜にしてわたしたちの住む世界は変わってしまったのだ。
 トウキョウ租界は、死んじゃったんだ。
 わたしとクリス先輩は、学園が一時的な避難所になったから、そこに身を寄せていた。医療施設も消されてしまったから夜風を避けるぐらいしかできないけれど。
 ――わたしは、アマンダのことが心配だった。
 学園では見かけなかったし、ケータイはそもそも使えない。アマンダの家は完全にフレイヤに飲まれてなくなってしまっていたけど、あの日、学校にいてまだ部活をやっていたのなら助かっているはず……。
 一縷の望みをかけて、わたしはフレイヤの爆心地へと足を運んだ。そんなところにいるはずなんてないのに、何か手掛かりは残っていないかな、と思って……。
 そう思っていたのに――
 アマンダはいたのだ。

「アマンダ……? なに、してるの……?」

 アマンダは、爆心地の周囲で四つん這いになっていた。まるで、床に落ちたコンタクトレンズを探すみたいに、舐めるように地面を見つめている。

「ワンダ?」

 わたしに気づいたアマンダは、立ち上がると駆け寄ってきた。

「いいところに来てくれたね! パパとママ、見なかった? たぶんこの辺にいると思うんだけど……」

 アマンダは、ボロボロだった。制服姿だけど、泥だらけで、顔も煤で汚れて……。フレイヤが放たれてから数日が経っている。きっとまともに食事もしていなかったんだと思う。げっそりと、やつれ果てていた。
 ずっと、両親を探して彷徨っていたんだ……。

「ねえワンダ……。パパとママ、絶対ここにいるの。だって、私の家、この辺だもん。夜だったし、もう二人とも家に帰ってたはずだし……。ここにいなきゃおかしいんだよ」
「アマンダ……二人は、もう……」
「二人はもう、何?」

 わたしは何と言っていいかわからなかった。
 血走った眼で、期待を込めてわたしに問いかけてくるアマンダに、現実を突きつけることなんてできなかった。
 それに――きっと彼女は、現実を知っている。
 本当は、両親が亡くなってしまったというのを、わかっている。
 わかっていて、受け入れられないでいるのだ。
 あまりにも残酷すぎる現実を前に、ただそれを否認することで、正気を保っているんだ……。
 だけどこのままじゃ、きっとアマンダはずっと二人を探し続ける。心の傷が癒えるまで、ずっと――。
 でも心の傷を癒すことなんて、できるの?
 ――わたしは一つだけ、方法を思いつく。
 わたしの力を使えば・・・・・・・・・できるかもしれない・・・・・・・・・
 あの日の夜から今までの記憶を消せれば、一時的にだけれど、アマンダを救えるかもしれない。少なくとも、突然、ショックを与えるなんてことはせず、うまく現実を受け入れられるように誘導できるだろう。
 一回リセットするんだ。

「アマンダ、わたしの目を見て」

 わたしはアマンダの顔を両手でそっと包むと、わたしのほうに向けた。

「忘れるの。フレイヤが撃たれたあの日の夜から今までのことを――」
「あ……」

 アマンダは一瞬、眠ったように呆けた。かと思うと、表情が変わる。
 いつもの明るい表情が、戻ってくる。

「ワンダ! こんなところで何やってるの! クリス先輩から連絡来なかった!? え!? これ、何!? うっわ、私、ドロドロじゃない!! ってかおなか空いたーーー!!」

 きっとあの日、クリス先輩に連絡先を教えたところまでは覚えているってことなんだろう。

「あはは……。とりあえず、ご飯食べにいこうか」

 わたしはアマンダの手を引いて歩き出す。
 ――わかってる。これは一時しのぎにすぎない。現状を見て、ニュースを聞けば、アマンダだって両親を失ったことはすぐにわかる。
 でも、今度はわたしがそばにいてあげられる。アマンダを支えよう。そうして、彼女がきちんと現実を受け入れられるように、手伝ってあげよう。

 

 その日の夜だった。
 アマンダが寝たのを確認して、わたしは学校の中庭のベンチに座っていた。
 ちょっと疲れた。でも、これからが肝心。アマンダのために、頑張らないと……。
 決意を新たにしているわたしに、話しかけた人がいた。

「ワンダ」
「! クリス先輩!」

 わたしは声が上ずった。好きな人に話しかけられるっていうのはいいものだ。
 けれど、クリス先輩の表情を見て、浮かれていた気持ちは失墜した。
 クリス先輩は、深刻そうな顔をして、わたしを見下ろした。

「ワンダ。君はアマンダに・・・・・・・いったい何をしたんだい・・・・・・・・・・・。アマンダがあの日のことを忘れてしまったようだけど……」

 そんな! もうアマンダの異変に気づかれてしまった!
 うまく誤魔化さないと……!

「いや、何だか、その、彼女、両親を亡くしたショックで記憶が混乱しちゃってるみたいで……」
「ワンダ。誤魔化すのはやめてくれ。僕は見たんだ・・・・・・。君が爆心地に行ったのが心配でついて行ったら、アマンダと話をしていて、そして――君がアマンダの目を見つめたら・・・・・・・・・・・・・・アマンダの様子が変わったのを・・・・・・・・・・・・・・

 ――ダメだ。
 言い逃れはできそうにない。
 どうしよう。
 この力のことは、いままで誰にも話してない。わたしだけの秘密だ。こんな力を持っているなんてバレたら、きっと誰も、わたしと普通に接してくれなくなる。そんな恐怖があった。
 だって、目を見ただけで記憶を操作されちゃうんだよ?
 怖いでしょう?

「ワンダ。答えてくれ。どういうことなんだ? いったいどうなってるんだ? わからないことだらけなんだ。あんな兵器がなぜ撃たれなきゃいけなかった? 父と母はなぜ死ななければならなかった? アマンダをはじめ生き残った人たちが、あんなにも絶望しなければならない理由は何だ? こんな状況で、わけのわからない魔法みたいなものを見せられて……どうにかなってしまいそうだ!」

 クリス先輩は辛そうだった。
 当然だ。家族を一夜のうちに失ったんだから。生き残った人たちも、みんな暗い顔をしている。精神が参ってしまっても、おかしくない。
 クリス先輩を元気にしてあげたい。でも、クリス先輩の心の傷を癒すことは、わたしにはできない。単なる後輩だから。
 でも、クリス先輩の記憶を・・・・・・・・・消すことならできる・・・・・・・・・
 アマンダの記憶を消したのは、一時しのぎだ。でもアマンダは友達だから、わたしは支える自信がある。
 けれどわたしは、クリス先輩の支えにはなれない。
 だからもう少し広く、記憶を消さないと……。
 そうだな……。あの日の記憶だけじゃダメだ。もう少し前の記憶を……そうだ、わたしがエリア11に来る直前までの記憶を消すべきだ。
 だってクリス先輩は、フレイヤが撃たれたあの日、わたしと一緒にいた。きっとわたしのことを覚えていたら、それが引き金になって、あの日の記憶が――辛い記憶がフラッシュバックしてしまうかもしれない。それは絶対にダメ。
 そしてわたしの記憶を消す力を見たことも、混乱に拍車をかけている。
 わたしは先輩の記憶から・・・・・・・・・・・消えるべきなんだ・・・・・・・・
 辛い記憶を消して、現実を受け入れられるようにならないと……。
 そっか……わたし、消えちゃうんだ。先輩の記憶の中から。ちょっとの時間だけど、後輩として過ごした時間が、なかったことになっちゃう……。

「ふふっ」

 わたしは小さく笑った。
 だから、何だって言うの?
 大したことないじゃない。
 だって、わたしが彼の人生から消えるだけで、彼が元気になるんだったら、全然いいじゃない。たしかに、彼と結ばれる可能性はゼロになっちゃうけど、でもわたしの幸せより、彼の幸せを優先したい。

「クリス先輩。わたしの目を見てください」

 わたしは初めて、クリス先輩の目を、まっすぐ見つめた。

 さて、これで散りばめられたギアスの物語は幕を下ろす。
 なに?
 やはりギアスに関わったものは、まともな人の道を歩めないかって?
 果たしてそうだろうか。
 あの2人に関しては、どうやら、そうではないようだがな――。

 復興の進むトウキョウ租界。
 その外縁部に、二人の男女の姿があった。
 ワンダとクリスの二人だ。
 外縁部に設けられた献花台に花を添えるクリス。
 その隣で微笑むワンダの腕の中には、小さな赤ん坊が抱かれている。
 ワンダが、クリスの目を覗き込む。

「どうしたんだい、ワンダ? もしかして、また僕の記憶を何か消すつもり? そんなことをしても無駄だよ。僕は何度忘れたって・・・・・・・・・必ず君を好きになるから・・・・・・・・・・・
「……また、恥ずかしいことばっかり言って」

 笑いながらそう言ったクリスに、ワンダはふくれっ面を返したが、そっとクリスに寄り添う姿は幸せそうだった。

 

(「彼に見られたパンツを忘れさせるためにギアスをかけたいけど、恥ずかしくて目を合わせられるわけがない」了)

著者:高橋びすい

  • Facebookでシェアする
  • Xでシェアする
  • Lineでシェアする