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【第11回】コードギアス断章 モザイクの欠片
第6編 彼に見られたパンツを忘れさせるためにギアスをかけたいけど、恥ずかしくて目を合わせられるわけがない(前編)
人生とは、記憶の集積である。
だが記憶は、時として失われるものでもある。
失われた記憶を嘆くのか……。
記憶が失われたことを救いと考えるのか……。
その両者を絶え間なく経験することこそ、人生というものなのかもしれない――。
1
わたしの得た情報によれば、クリス先輩は放課後、図書館に立ち寄るらしい。
というわけで、わたしは授業が終わると図書館に急行した。閲覧室に入ってすぐのところにある座席に座り、入り口を絶え間なくチェックする。
狙うのは、クリスが入ってきた瞬間。おそらく、わたしのことに気づいて、こちらに視線を向けるはず。
そのときに目を合わせ、一撃で仕留める。
ほんの一秒にも満たない時間でいい。
わずかでも目が合えば、このミッションは終了する――。
「――!」
来た。クリス先輩だ。一人みたい。これは好都合。友達と一緒だと、会話に夢中でわたしのほうを見てくれないかもしれない。
じっと、わたしはクリス先輩に視線を向ける。
「あ、ワンダ」
すぐにクリス先輩はわたしに気づいて、顔をこちらに向けた。
さあ、ワンダ、見るのよ!
彼の目を!
そして念じるの!
あの日のことは忘れろって。
けれど……
「あ、あ、あ…………」
クリス先輩の、あの眉目秀麗な顔が目に入った瞬間、わたしの顔には一気に血がのぼっていき、爆発寸前のように真っ赤に紅潮。
がったーん! と派手な音を立てながら椅子を蹴倒して立ち上がると、わたしは一目散に図書館から逃げ出した。
――ダメ! 恥ずかしくて目を合わせられるわけがない!
あんなに素敵な顔、一秒だって見ていたら心臓が破裂して死んじゃう!
というわけで、任務失敗――。
ああ、わたし、いったいどうしたらいいの!?
*
わたしの名前はワンダ・リープ。アッシュフォード学園に通う高校2年生。
もともとは本国のブリタニアで暮らしてたんだけど、お父さんの仕事の都合で、今年からエリア11に移住することになった。
ホントは、エリア11になんて来たくなかった。だって怖いでしょ? ゼロや黒の騎士団っていうテロリストが出てきたエリアだから。コーネリア皇女殿下が行方不明になった1年前も大きな戦争があったって聞いたし……。
だから転校初日、わたしはわりとテンションが低かった。
朝のホームルームで自己紹介したときも、ちょっと暗いやつに見えたかもしれない。
そんなわたしに話しかけてくれたのがアマンダだった。転校初日の放課後の話だ。
「よお、転校生。私はアマンダ・レイカー。よろしくな」
「……わたしは、ワンダ・リープ。よろしく」
「お? もしかして緊張してる? まー、転校初日じゃ仕方ないよねぇ。何かわからないこととか不安なことがあったら私に聞いてね?」
たぶんアマンダは、わたしが暗そうにしてたから心配して話しかけてくれたんだと思う。優しい子なんだ。
「――ありがと」
アマンダの優しさに触れて、わたしも少し気持ちが和んだ。
「ワンダはブリタニアから来たんでしょ?」
アマンダはそのまま雑談を始めた。
「あっちはどんな感じ? 私、ずっとエリア11だからさー、知りたいんだ」
「うーん、都市部はエリア11とあんまり変わらないよ。ゲットーに出たりしたら違うんだろうけど」
「そういうもん?」
「そういうもんだよ」
「部活とか決めた?」
アマンダはコロコロ話が飛ぶ。慣れると話をしていて面白いんだけど、喋った初日はちょっと戸惑った。
「え、部活……? ブリタニアにいたときは乗馬部に入ってたんだけど……」
ただ、エリア11に入ってから同じ部活に入るかどうかは決めていなかった。大学進学のことも考えると、一旦、部活はお休みにして、勉強に打ち込んでもいいかもしれない、とも思っていたし。
「え! 乗馬部!? 偶然! 私も乗馬部なの! ねぇねぇ、入りなよ!」
けれどアマンダがグイグイ来たので、わたしは流れで乗馬部の見学に行くことになった。
流されやすいんだよなー、わたし。ノーと言えない。
でも結果的に、わたしはアマンダに感謝してる。
だって乗馬部にはクリス先輩がいたから……。
乗馬部の部室に行くと、簡単に説明を受けたうえで、グラウンドで活動を見学することになった。
「けっこうレベル高い感じなんだね?」
馬に乗って障害物を軽々乗り越えている部員たちを見て、わたしはアマンダに言った。
「あの辺がレベル高い部員ってだけだから、あんまり身構えなくて大丈夫だよ。私も始めたの高校からだし」
アマンダがいろいろ説明してくれる。
けれどわたしは、途中から話を聞いていなかった。
一人の男子生徒の乗る馬に、視線が釘づけになってしまったのだ。
洗練された身のこなし。
派手さはないけど、着実な手綱さばき。
素直に、上手だなあ、と思い、知らず知らずのうちに視線を奪われていた。
そして、その男子生徒の横顔に目が行ったとき……
「――――!!??」
心臓が何者かに鷲掴みにされたかと思った。
ちょっと待って何!?
カッコ良すぎでは!? え!? え!!!???
……ダ。
…………ンダ。
「ねえ、ワンダってば!」
「は!」
「ちょっとどこ行ってたの? 大丈夫?」
アマンダに顔を覗き込まれる。
「ここは、どこ!?」
「マジで言ってんの? 勘弁してよ、もー!」
「えーっと、あれ。あ……」
わたしが見つめていた男子生徒は、馬を降りて休憩に入っているようだった。
「クリス先輩、カッコいいよねー?」
アマンダがニヤニヤ笑いながら言った。
「クリス……先輩?」
「クリストファー・トッド。乗馬部の三年生。あんたがずーっと目で追ってた人」
「え!? どうしてそれを!?」
「バレバレだよ! まったくもう、わかりやすいんだからさ~。一目惚れってやつ?」
「く、クリス先輩にもジロジロ見てたのバレてたかな!? 変な子だと思われてたらどうしよう!!!」
「大丈夫じゃないかな? クリス先輩、そういうとこ鈍いから。彼女いたこともないみたいだしね。カッコよくて優しいけど朴念仁だから、刺激を求める女子高生たちにはちょっと需要がないんだな。いい人止まりってやつ? 私も、クリス先輩のことは好きだけど、恋愛的な意味じゃないから安心して」
「あ、安心て、わたしは別に……」
「別に好きじゃない? じゃあ私狙っちゃおうかなー。悪い人じゃなさそうだし、いま好きな人もいないし……」
「絶対ダメ!!」
「なんで?」
「うっ……」
「冗談だから安心してよー。ったく、かわいい子だね、あんたは」
「むーーーーー!」
わたしは頬を膨らませて抗議するけれど、アマンダはケラケラ笑うだけだ。
「で、どうする? 入部する?」
「――入部させてください」
「よし来た!」
2
わたしは完全にクリス先輩目当てで乗馬部に入部した。馬など眼中になかった。非常に不純な動機だと思ったけど、別に己の欲望に忠実に生きることは悪いことじゃないと思う。
こうしてバラ色の高校生活が開始――というわけでもなかった。
クリス先輩目当てで入ったのはいいけれど、クリス先輩が好きすぎて、わたしは、ほとんど話をすることができなかった。というか目を合わせることすらできなくて、事務的な会話をちょっとするときも、いつもうつむき気味になってしまった。
そもそも、上級生と下級生で、性別も違うから、ほとんど交流らしい交流はなくて、まったく進展がないという始末。
いや、わたし的には、クリス先輩と同じ空気を吸っているだけで満足だし、クリス先輩が馬に乗る姿を遠目に見ているだけで幸せだったんだけど、アマンダが黙っていなかったのだ。
「あんたさ、何しに乗馬部に入ったわけ?」
ある日、練習後に寄ったカフェで、アマンダが詰め寄ってきた。
「え? 馬に乗るため?」
「いつの間にそんなに殊勝な考えになったわけ!? 最初の不純な動機はどうした! クリス先輩とどうにかなりたいんじゃないの!?」
「うーん、わたしは遠くから見てるだけで幸せかな……」
「なに小学生みたいなこと言ってんの! 志が低すぎる! どうせだったら学生結婚してやるくらいの勢いで頑張りなさい!」
「うっ、それはいくら何でもどうなの……?」
「あんたはさ、クリス先輩と恋人どうしになりたいとは思わないの?」
「それは……可能だったら、なりたいと思うけどさ……。でもわたしなんて、どこの馬の骨ともわからない転校生だし……」
わたしはしゅん、と肩を落とす。
正直言って、わたしは自分に自信がない。容姿にも平凡だし、かといって喋っていて楽しい女の子だとも思えないから、クリス先輩と自分が釣り合うとは到底思えなかった。
「転校生だっていうのは強烈なアドバンテージよ? めちゃくちゃ新鮮じゃない。クリス先輩からしたら新しい風なのよ、あんたは。でもこのままじゃダメ。まったく認知されてない。ただですらクリス先輩は恋愛的なことに疎いんだから、積極的に絡んでかないとダメよ!」
「うー、でもどうしたらいいのかな……。わたし、いまだに目も合わせられないんだけど……」
「しょーがないわね。そしたらお姉さんが一肌脱ぎましょうか」
「……同い年」
「恋愛的にはお姉さんよ、私。彼氏いたこともあるしね! 中学生のときだけど!」
まあ実際、恋愛的には、わたしはたぶん三歳児レベルだから反論できなかった。
アマンダはわたしに作戦を一つ、授けてくれた。
アッシュフォード学園では、もうすぐ『ナイトオブセブン歓迎会』が行われる。
エリア11――かつての日本の出身である枢木スザクという人が、シャルル皇帝陛下直属の騎士団ナイトオブラウンズに選ばれ、ナイトオブセブンとなったのは、ブリタニア全体で大きなニュースになった。
そしてその枢木卿が、どうしてだかはわからないけれど、アッシュフォード学園に転入してきたのだ。いまは学園中がその話で持ち切りだ。
で、留年会長のミレイ先輩が主導して、『ナイトオブセブン歓迎会』というお祭りが催されることになったのだ。
要するに文化祭みたいなものなので、各部活動が催し物を出したりするわけだけど、そのときに乗馬部では乗馬体験をやることになっていた。
「シフトを組んで交代で自由時間を取ることになってるでしょ?」
アマンダは言う。
「私がうまいこと部長たちに言って、ワンダとクリス先輩が同じ時間に自由時間を取る形にするから。そしたらあんたは、クリス先輩を誘って学園内を回りなさい。それで交流を深め、連絡先を交換するなりすればいいわ」
「なるほどなるほど……。でもできるかな……話しかけるなんて……」
「できるかできないかじゃない! やるかやらないかよ! ファイト!」
3
そして運命の日。
乗馬体験自体は滞りなく進んだ。けっこう好評で、家族連れなんかも来たりして賑わっていた。
わたしのほうは……。
クリス先輩のことを意識して、多少、ぎこちない感じだったけど、部員としての仕事はきちんとこなせていた感じ。
仕事をしているうちに時間が過ぎていき、そろそろ休憩時間だなー、どうしよう、緊張するなー、と思っていたところ、わたしは、一人の女の子が柵の前で立っているのを見かけた。
周囲を見ても、保護者と思しき人は見当たらない。
心配になって、わたしは女の子に声をかけた。
「一人で来たの?」
わたしは、かがんで目線で合わせ、女の子に訊く。
女の子はかぶりを振る。
「はぐれちゃった?」
こくりとうなずく。
女の子は泣いてこそいなかったけれど、かなり不安そうだった。
「アマンダ、ちょっと」
ちょっと離れたところで馬の世話をしていたアマンダを呼ぶ。
「なに、ワンダ?」
「迷子の子がいるから、わたしちょっと迷子センターまで連れてくね。そろそろ休憩だし」
「え!? でもあんた、クリス先輩のことはどうするの……?」
「すぐ帰ってくるから大丈夫だよ」
「そんなこと言って、逃げちゃダメだからねー!」
「わかってるってー」
わたしは苦笑しつつ、女の子の手を引いて、迷子センターへと向かった。
「迷子の子なんですけどー」
「あ、お疲れ様ですー」
「じゃあ私はこれで……」
迷子センターのテントに着くなり、わたしは係りの子に女の子を預け、早々に退散しようとした。
けれど、女の子がわたしの制服の裾を掴んで引き留めた。
「……一人じゃ寂しい?」
わたしが尋ねると、小さくうなずく女の子。
わたしはちょっと迷った。今日はクリス先輩と仲良くなる絶好のチャンス。アマンダがせっかくセッティングしてくれたんだ。頑張りたい、と思っていた。
けれどすぐに思い直す。
わたしはケータイを取り出すと、アマンダに電話した。
《もしもし、ワンダ? 早く戻ってきて! クリス先輩、休憩入っちゃうよ!》
「ごめん、わたし戻れない」
《え!? 何でよ!》
「迷子の子の親御さんが見つかるまで、相手してあげようかなって。なんか寂しそうなんだ」
《――ホントにいいの? クリス先輩と仲良くなる絶好の機会なのよ?》
「いいのいいの。わたしなんかのことより、この子のほうが大事だよ」
わたしはクリス先輩とはまだ目を合わせて話をしたことすらない。完全なる片想い。アルティメット一方通行。まだスタートラインにすら立っていないんだから、今日を逃したところで何もダメージはない。
そんなことよりも、この子が少しでも寂しくないほうが、ずっといい。
《――まったくあんたは、お人好しなんだから》
「せっかく協力してくれたのにゴメンね?」
《まあそれはいいけどさ……》
「じゃ! そういうことだから!」
《はいはい。じゃあね~》
電話が切れる。
「お父さんお母さんが見つかったらすぐに連絡ちょうだい。近くの屋台で射的でもやってくるよ」
わたしは迷子センターの係りの子に言うと、女の子の手を引いてお祭りへと繰り出した。
だいたい一時間くらいして、女の子の親御さんは見つかった。迷子センターから連絡をもらって戻ると、女の子のお父さんとお母さんにめちゃくちゃ感謝された。女の子も嬉しそうでよかった。
わたしはほっこりした気持ちになって、乗馬部へと戻った。
ちょうど、わたしが乗馬部のところにたどり着いた直後のことだった。
生徒会主催の巨大ピザ窯の方がなんだか騒がしくなったかと思うと、突然、煙幕が噴き出してグラウンドいっぱいに広がった。
「え? え?」
わたしは驚いたけれど、驚いたのはわたしだけじゃなかった。
馬たちが驚いて暴れ出した。
部員たちが大慌てで馬をなだめにかかったけれど、一頭が運悪く逃げ出してしまった。
その馬は、まっすぐわたしのほうに向かってくる。
わたしは気づくのが一瞬、遅れた。慌てて飛び退ろうとするけれど、時すでに遅し。
ダメだ、絶対、ぶつかる!
わたしは両目をまん丸く開けて、ただ馬を呆然と見つめるしかできなかった。
そのとき――
「ワンダ! 危ない!」
一人の男子生徒――クリス先輩だ!――が、わたしを突き飛ばした。
直後、わたしがいた場所を馬が駆け抜けていった。
「大丈夫か、ワンダ!?」
クリス先輩がわたしに駆け寄ってくる。
「大丈夫……で……す……。――!?」
クリス先輩に答えようとして、わたしは自分の惨状に気づいた。
突き飛ばされて思いっきりしりもちをついたわたしは、全力開脚。スカートはめくれ上がり、思いっきり下着を白日の下に晒していた。
そして目の前にはクリス先輩。
「――――ッ!!」
見られた……パンツを……クリス先輩に…………?
「ケガはないか!?」
クリス先輩は心配そうにわたしのそばにひざまずくが……。
「きゃああああああああああああ!!」
わたしは思いっきりダッシュで逃げてしまった。
4
そして現在に至る。
わたしは図書館から逃げ出し、中庭のベンチに座ってうなだれていた。
クリス先輩にパンツを見られた日に想いを馳せる……。
……ダメだ。あんな無様な姿で初パンツを披露するなんて。マジで死にたい。ってか殺してくれ。
本来、初パンツっていうのは、きちんとお付き合いして、お互いのことをよく知り、そしてついに念願の肌の触れ合いへと入るところで、そーっと……。
うっ、想像したら鼻血出そうになった。
――とにかく。
あの初パンツはない。絶対あり得ない。なかったことにしなければならない。
何としてでも、わたしは、クリス先輩からあの日の記憶を消さなければならない。
そうだ、言い忘れてた。
実は、わたしは、普通の人とはちょっと違った能力がある。
わたしには人の記憶を消す力があるのだ。
詳しくは、わたし自身もちゃんと思い出せないけど、小さい頃にこの力をもらった。
例えば、
「ワンダ、昨日、課題忘れて先生に怒られてたでしょ」
こんな友だちの記憶を、目を見て念じれば……、
「アレ? 今何話してたっけ?」
「昨日の話だよ」
「昨日の話? えーと、あれ、なんか面白いことがあったハズなんだけど思い出せないや……」
といった具合。
わたしのこの力を使えば、クリス先輩からわたしのパンツを見た記憶を消せる。
よし、頑張ろう。
一回、失敗したくらいで何よ!
わたしはベンチから立ち上がる。
とりあえず、部活に行こう。そしたらクリス先輩が来てるはず。そこでしっかり目を見て、消し去るのだ、あの恥ずかしい過去を!
馬屋のほうにクリス先輩が行ってるらしい、という情報を得たわたしは、さっそくそちらへ向かった。
入り口から覗くと、クリス先輩が馬の世話をしているのが見えた。
だが今回、すぐにクリス先輩を見つめるということはしなかった。まずはケータイを取り出し、写真ギャラリーを開く。
そこには、こっそり撮影したクリス先輩の写真がある。
じーっと、その麗しい顔を見つめるわたし。
――よし。少し慣れた。これで大丈夫だ。
さっきは突然、クリス先輩の顔を見てしまったからダメだったのだ。ちゃんと心の準備をして、目を慣れさせておけば万事OK!
わたしは意気揚々とクリス先輩へと近づいていき、
「クリス先輩!」
元気よく声をかけた。
「あ、ワンダ。ちょうどよかった……」
だが、クリス先輩がこちらを見た瞬間……
「――ッ!! 失礼します!!」
わたしはくるりと背を向け、逃げ出した。
――ダメだ!
本物は写真とは比べものにならないくらいカッコいい!
慣れでどうにかなるものじゃなかった……。
っていうか、好きな人と目を合わせるなんて不可能じゃない? どうして世の中の女子たちは最愛の人と見つめ合えるわけ? 鋼の心臓を持ってるの? アイアンハート?
家に帰り、わたしは机の前に座って、黙考する。
あのあともう一回、部活から帰るときにクリス先輩の目を見ようとしたけれど、案の定、失敗に終わった。
とりあえず自分が、どう頑張ってもクリス先輩と目を合わせることができないらしいことを痛感する。
なんてこった……。
自分の一番の強みであるはずのこの力が、完全に封じられてしまっている……!
どうするのよ! わたしの力は相手の目を見なきゃ意味ないのに! どうして目を合わせられないの!
あー、もう、わたしのバカバカバカ!
と、ポカポカ自分の頭を殴っていると、視界にとあるアイテムが入ってきた。
それは手鏡。
――これを使えばいいんじゃない?
そうだ、直接見られないなら、鏡越しに見ればいい。それで能力を発動! 完璧な作戦だ! あったまいい!
というわけで翌日。
昼休みに、わたしは手鏡をブレザーのポケットに忍ばせ、クリス先輩のクラスへと向かった。
ひょいっと教室の入り口から手鏡を伸ばし、うまいことクリス先輩が映るように調整する。
やった! 映った!
よーし、行くぞ……。
と、思ったとき、鏡の中のクリス先輩が微笑んだ。
「!?」
「こんにちは、ワンダ」
声は聞こえなかったけれど、口がそう動いたのがわかった。
「~~~~~!!」
挨拶された! クリス先輩に!
どうしよ!
あ! あああ!!
恥ずかしくなったわたしは、またしても逃げ出した。
わたしは中庭のベンチに座って打ちひしがれていた。
ダメだ……。致命的に能力との相性が悪い。
わたしにはこの力を使いこなす適性がない……。
っていうか、なんでこんな地味な能力なの!?
記憶を消す? 記憶なんてほっといたら消えるわ!
いっそ時間を戻すとか、そういう壮大な能力にしてくれたら簡単だったのに! そしたらクリス先輩と結ばれるまで何回でも高校生活をやり直してやる!
――閑話休題。
実際問題、ないものねだりをしても仕方ない。
人生は、与えられた手札で戦うしかない。
でもなぁ。
もういっそ、諦めちゃおうかな……。最初からご縁がなかったってことで。乗馬部自体は楽しいし、入ったことに後悔はない。アマンダとも仲良くなれたし、それだけで十分。
と、ポケットの中でケータイが震えた。
取り出してディスプレイを見ると、知らない番号だった。
誰だろう……。セールスか何かかな?
しばらく放っておいても鳴りやまなかったし、暇だったから、出てみることにした。
「もしもし……」
《もしもし、ワンダだよね?》
耳元で艶のある男声が聞こえて、わたしの心臓はぎゅーっと縮み上がった。
「く、く、クリス先輩!?」
どどどどうしてクリス先輩がわたしのケータイを!?
《アマンダから連絡先を聞いたんだ。勝手なことしてゴメンね》
「だ、だ、大丈夫です!」
《今日の放課後暇かな? 暇だったら、学校の屋上に来てほしいんだけど》
「行きます! 超暇です!」
《ふふふ、よかった。じゃ、そんな感じで》
「はい! よろしくです!」
通話が切れた。
えーっと、えーっと……いったいどういうことなの?
だがしかし、わたしは絶好の機会を得たことになる。
(つづく)
著者:高橋びすい