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【第03回】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン
一章③
月曜日の朝。まあちは学園に向かって全速力で走っていた。
完全に焦っていた。
マズイ……。完全に寝過ごしちゃった。なんで夜更かしなんてしちゃったんだろう。……いやでも、深夜に突然『あんパン特集』なんて番組流されたら見るしかないよ。
激しく後悔しながら、全力で校舎に向かっていく。
通学路に生徒たちの姿はほとんどない。すでに登校時間を過ぎていたから――ではなく、その逆、本来の登校時間よりもかなり早い時間帯だったからだ。
走りながらピーコンで時計を確認。すでに約束の時間を一〇分も過ぎていた。
(ううぅ……怒ってるかなぁ……)
待ち人のことを考えると罪悪感が沸いてくる。
日課であるレイとの会話も諦めて、まあちは中央通りをそのまま疾走する。やがて、本校舎となる総合教育棟が見えてきた。
その手前に広がる中央広場でゆっくりと速度を落とし、息を整える。
「はぁ……はぁ……ようやく着いた……」
待ち合わせ場所は、本校舎に隣接して広がる第一運動場。急いで向かおうとした時、
「……ん?」
妙なものに気付いた。
それは中央広場の真ん中から生えていた。
「これは……木の芽?」
若葉をつけた小さな木の芽が、レンガ畳の割れ目からニョキッと顔を出していた。大きさは一〇センチほど。どこからどうみても普通の木の芽だが、こんな広場のど真ん中から生えているのが少しだけ気になった。
「こんな場所じゃおっきく育たないよね。どこか広い土の上に移した方がいいのかな……」
待ち合わせ場所に急いでいることも忘れて、そんなことを考えていると、
「ごきげんよう」
と、後ろから声をかけられた。
とても澄んだ声だった。
振り返ると、一人の女生徒が立っていた。端正な顔立ちに、綺麗に結われた三つ編み。ひときわ華やかな空気を纏い、花のような微笑を浮かべていた。
その人物には見覚えがあった。確か桜花祭の開会式で見かけた人だ。名前は確か――
「旺城瀬里華先輩……でしたっけ。生徒会で副会長をやってる……」
「あら。覚えててくれたの。嬉しいわ」
花のような微笑が、喜びに一層輝く。その美しさに、まあちは一瞬背後で咲き誇る薔薇を見た気がした。
「朝から急いでいるようだったけど……部活の朝練でもあるのかしら。七星さん」
「あっ。いえ。部活とは違うんですけど……」
話しかけられるたびに、なぜだかドキドキしてしまう。副生徒会長という偉い役職の人と会話してるから……というだけではない。瀬里華という人が持つ魅力によるものだった。
その整った顔立ちは言うに及ばす、立ち姿や何気ない仕草、その立ち振る舞い全てに気品と美しさが感じられ、知らず知らず目を奪われてしまうのだ。瀬里華とは間違いなく初対面のはずなのに、話をしているだけで、まるで昔から憧れていた人に会えたような高揚感を感じてしまう。
なんというか……これが『カリスマ』というものなのかも。
そこまで考えたところで、まあちはハッと気づいた。
「あれ? そういえば、今、私の名前を……」
「ええ。知っているわ。春に学園に転校してきた、七星まあちさんでしょ?」
「な、なんで知ってるんですか? 学年だって違うのに……」
確か瀬里華は二年生のはず。桜花祭の開会式ではそう言っていた。
驚くまあちに、瀬里華はいたずらっぽく笑って、
「名前だけではないわ。貴方が『楽援部』の部長だってことも知ってるわよ?」
「えぇ!? そんなことまで!?」
楽援部はまだ正式な部活動ではない。部として認められる条件は、五人の正式部員。まあち、栞、静流の三人しか所属していない楽援部はいまだ一愛好会に留まっていた。生徒数が一万人ほどの聖陽学園には、多くの部が存在する。そこに愛好会まで含めると、その数は膨大になるだろう。
「もしかして生徒全員のプロフィールを覚えてるんですか? 副生徒会長として」
「ええ。そうよ――と、言いたいところだけど、そこまで出来た人間ではないわ」
完璧な……いや完璧以上の微笑を浮かべながら、そんな謙遜を口にする。
「貴方の名前と部活動を覚えていたのは、個人的な興味からよ。『楽しい学園生活を応援する』。それは私自身の目標と一緒なの」
「一緒……?」
「ええ。そうよ。生徒たちの皆さんが学生生活を不自由なく謳歌する。その役に立つために、私は生徒会に入ったの。だから、貴方がこういった部活を作ったことには感銘を受けたし、同じ想いを持つ者として陰なら応援させてもらっていたわ」
瀬里華の誉め言葉の一つ一つを聞くたび、まあちは嬉しくなった。『生徒会』という、学園の生徒たちを束ねる組織の人に認められたことも誇らしかったし、何より自分と同じことを考えている人がいるということが喜ばしかった。
「でも、惜しいわね。貴方のような人にこそ生徒会に入ってほしかったのに」
「いやそんな! 私が生徒会に入るだなんて!」
「そう? お似合いだと思うのだけど」
本心から残念そうに口にする。まあちは、恐縮さ半分申し訳なさ半分の気持ちになりながらも、自分の想いを伝えた。
「その、私……学園の生徒みんなと仲良くできたらいいなって思ってるんです。そのために自分に何ができるかなって考えた時、人と人を繋げられる場所があればいいなって思って……それでこの楽援部を……」
「私も同じよ。生徒たちみんなが親交を深めてくれることを願っているの。誰もが互いのことを理解し合い、争いなく周りの人たちと付き合える。そんな素晴らしい学校になることを」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。貴方にウソはつかないわ」
ああ。なんてことだろう……。副生徒会長も私と同じことを思っていてくれたなんて。これほど心強いことがあるだろうか。
「私、頑張ります! まずは正式な部になることを目指して!」
「もし生徒会に入っていなければ、私も入部したのだけど……力になれなくて残念だわ」
「いえ! 大丈夫です! 今の御言葉だけで、勇気をもらいました!」
何故かビシッと敬礼の姿勢を取りながら返事した。
「応援しているわ。生徒たちを応援する貴方を『応援する』というのも変だけどね。でもそういう生徒が一人いてもいいと思うの」
「ありがとうございます!」
「ふふ。それじゃあ、まだ朝の仕事が残ってるから失礼するわね」
そう言って、瀬里華は去っていた。
瀬里華が消えた後も、まあちはその場に立ち尽くしていた。不思議な高揚感にボーとしてると、
「……まあちゃん?」
と、先ほどと同じく後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこに静流が立っていた。一瞬、どうしてそこに静流が立っているのか分からなかったが、すぐに自分が待ち合わせをしていたことを思い出し、
「わーーっ! ご、ごめん、しずちゃん!」
待ち合わせ相手である静流に、勢いよく頭を下げて謝罪した。
静流は怒った様子もなく、
「構わないわ。むしろ何もなくて良かった。もしかしたら、まあちゃんがどこかで事故にでもあったかのかと心配していたの」
ほっとしたように息をつく。
恐らくなかなか現れないまあちを心配して、こうして探しに来てくれたのだろう。
まあちは申し訳なさいっぱいの気持ちになりながら、
「うう……ホントにごめんねぇ、しずちゃん……」
「気にしないでってば。……それよりどうする?」
静流がチラリとグラウンドの方を見て、
「まだ、少しだけなら時間あるけど」
「えっと、良ければやっていこうかと思うんだけど……付き合ってくれる?」
「ええ。もちろんよ」
当然といった様子で、静流はニコリと笑った。
その顔は、中学時代に何度も見たものだった。
静流とは一度、中学の時の出来事が原因で距離が離れてしまった。そして、互いに本音を伝え合うことで、ついには元の関係に戻ることが出来たのだ。
静流の笑顔を見た時、改めてまあちは昔の、二人が親友だった頃の自分たちに戻れたことを実感した。そのことが例えようもなく嬉しかった。
喜ばしい気持ちになりながら、早速グラウンドへ向かおうとした時、
「そういえば、まあちゃん。誰かと話してたみたいだけど……」
「ああ。あの人は――」
「旺城先輩と話をなさったんですか!?」
ホームルーム前の朝の教室に、栞の素っ頓狂な声が響いた。
「う、うん」
栞の驚きっぷりに少々面喰いながら、まあちが言った。栞は信じられないという顔で、
「あの旺城先輩と……」
「そんなにすごい人なの?」
「この学園で知らない方はいませんわ」
「ええ。一年前に転校してきた私でも、よく知ってるわ」
栞の隣に立つ静流が、その言葉を肯定した。
「……ちなみに静流さん。どうしてここにいらっしゃるんですか? 貴方の教室は別なはずですけど。それに、最近はなぜかまあちさんと一緒に登校してくることが多いような……」
疑問顔の栞に向かって、静流が涼しげな笑みを浮かべ、
「秘密よ。まあちゃんと二人だけの」
「ひ、秘密!? しかも、まあちさんと二人だけの……そ、そんな……」
栞は激しくショックを受けた様子で、ガックリと肩を落とした。
とりあえず、まあちは話を戻すことにした。
「えっと、それで旺城先輩のことだけど……」
「ええ……彼女は、この学園ではとても有名な方ですわ……」
気落ちした様子を見せながらも、栞が律儀に説明を始める。
旺城瀬里華。この聖陽学園が誇る、希代の才女。勉学、運動、共に優秀な成績を誇り、まさしく文武両道という言葉を完璧に体現した生徒である。さらに人間性にも優れ、ボランティア活動などに積極的に参加したり、校内の清掃を私的に行ったり、近隣の学校外の自治体と協力して地域振興に貢献したりしているらしい。さらに目を見張るのは、その麗しき容姿。モデルや芸能人に匹敵するほどの美貌を持ち、生徒たちからも『聖陽学園の白薔薇』『博愛の貴婦人』などと様々な異名が付けられている。校内の人気はすさまじく、ファンクラブがいくつも乱立しており、どれが『公式』を名乗るかで争っているらしい。
「そこまでの人だったなんて……」
「生徒たちの中には、直接声をかけられただけで嬉しさのあまり失神してしまう子もいるそうですわ」
「一時期、ピーコンの壁紙にするのが流行りすぎて、それとなく教師側から注意されたほどよ」
「そんなに……」
もはや一生徒を超えて、どこかのアイドルの逸話を聞いているようだった。
「でも、そんなに人気なのに生徒会長じゃないの?」
「噂では、ご本人自ら辞退したという話だそうですわ。自分にはそこまでの器はないからと」
それだけの能力と人望を備えてながら資格がないと言ってしまうと、誰にも務まらなくなるような気がする。
「現生徒会長も非常に個性的な性格をした方でして……その言動から、ある意味、旺城先輩より話題性はありますわ」
「そうね……。確かにインパクトだけなら負けないわね」
静流が苦笑気味な顔を覗かせる。静流にしては珍しい反応だった。
どういう人なんだろう。桜花祭の時は体調不良で休んでおり、そのせいでまあちはいまだに生徒会長の顔を知らない。話を聞くと、どうやら春先からずっと学校を休んでるみたいだけど……。
そこまで考えたところで、ガラリと扉が開いた。
担任教師の岸本響子が教室へと入ってくる。
「あっ。しずちゃん、先生来たよ」
自分の教室に戻った方がいいと告げようとしたが、静流はすでに教室から退散していた。まあちが考え事をしている間に、とっくに戻っていったようだ。
響子は教団に立つと、朝の挨拶もそこそこに教室内を見回し、
「また……欠席者が増えたな」
憮然と呟いた。
確かに教室の席は、まばらに空いていた。その数は昨日よりも増している。というより、日に日に空席は増えているようだった。
風邪やインフルエンザが流行っている――そんなニュースを見た記憶はない。たんに夏休み前で色々とハメを外してしまい、その結果体調を崩した……とも考えられるが、それにしては数が多すぎる気がした。
いくら首を捻っても答えが出るわけでもなく、妙な違和感を感じつつも、まあちは気にしないことにした。
(つづく)
著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥
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