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2018.07.03

【第04回】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン

一章④

「とりゃぁぁああああッ! ナックルショットォッ!」

 まあちの両肩の上に浮遊した卵型の機械――エッグから、一対の蒼い鉄腕――Dアームが伸びる。鋼鉄の拳は、電流を纏った手甲に覆われていた。『ナックルショット』と呼ばれるレイズナーの近接武器だった。
 一メートルほどの大きさの黒いキューブが、まあちのナックルショットの直撃を受けて吹っ飛ぶ。フラクチャーと呼ばれる、謎のコンピュータープログラムだ。ここは『nフィールド』と呼ばれるデータ上の仮想世界で、まあちたちは春から『SUN―DRIVE』と呼ばれるアプリソフトを使用して、このフラクチャーを退治しているのだ。
 フラクチャーは放っておけば現実の電子機器に干渉して、様々なトラブルを発生させてしまう。さらにそれだけではなく、SUN―DRIVEを使用するSUN―DRIVER――『サン娘』に憑りついて、その精神の負の側面を増長させる危険な存在だった。
 吹き飛んだフラクチャーが、大通りを横切り、校内の一角に建てられていた野球場の壁に激突。そのまま壁を突き抜けて球場内へと転がっていく。

「まあちゃん! 私に任せて!」

 まあちの脇を、赤い体操服モデルのアンダースーツを纏った静流が颯爽と通り過ぎて行く。両足のブーツの靴底に仕込まれたローラーによって、高速の移動を可能とする『ローラーダッシュ』。地面を滑走しながら、崩壊した壁から球場内へと入った静流が、エッグからDアームを出現させる。静流のSUN―DRIVEのモデルは『スコープドッグ』。その鋼鉄の腕には大型のマシンガン――『ヘビィマシンガン改』が握られていた。
 起き上がろうとしたフラクチャーに、マシンガンから銃弾の雨を叩き込む。フラクチャーの黒い体表にいくつもの弾痕が穿たれ、電子ボイスの悲鳴をあげる。

「giaaaaaaaaaaaaaaaa!」

 断末魔を響かせながら、空中で弾けて霧散していくフラクチャー。後には何も残らず、ただ銃撃で散々なあり様になった芝生だけが残った。

「うわー。この芝生、整備するの大変そう……」

 駆けつけたまあちが、無残な姿になった芝生を見て、申し訳なさそうに言った。

「問題ないわ。ここはnフィールドよ。現実の芝生にはなんの影響もないのだから」
「あっ。そういえばそうだったね」

 nフィールドはあくまでデータで構築された仮想空間であり、フィールド内でのいかなる破壊の痕跡も現実空間には影響しない。また、nフィールド内にいる間は、ほぼ時間が停止しており、現実空間に戻れば一瞬の間の出来事に過ぎなかった。
 まあちはフラクチャーが消滅したことを確認し、

「楓ちゃんたちと合流しよっか。あっちもたぶん片付いた頃だと思うし」

 口にした途端、頭上から耳障りな奇声が響いてきた。

「rrrrrrrrrrrrr!!」
「「っ!」」

 上空から、別のフラクチャーが猛スピードで接近してくる。
 即座に静流は『ヘビィマシンガン改』を、まあちは『レーザード・ライフル』を構えるが――

「……ザンボット・バスタァァァアアアアッ!」
「薙ぎ払いなさい、ケルベロスッ!!」

 勇ましく轟く、二つの掛け声。
 声と同時に十字型の手裏剣がフラクチャーに突き刺さり、次いで大口径のビームが直撃する。
 新手のフラクチャーが瞬く間に大爆発を起こす。
 爆煙が晴れると、フラクチャーの姿は跡形もなく消え去っていた。

「……ふう。危なかったわね」
「大丈夫でしたか、まあちさん、静流さん!」

 まあちたちのもとへ、チアガール型のアンダースーツを纏った少女と、白いワンピース型のアンダースーツを纏った少女がやってくる。
 楓と栞だった。
 ちなみに、楓のSUN―DRIVEは『ザンボットスリー』、栞のは『インパルスガンダム』をモデルとしている。
 現れた楓たちを、静流が一瞥し、

「……別に貴方たちに助けられなくても、私とまあちゃんで撃退できたわ。というかアレ、貴方たちが討ち漏らしたヤツでしょ」
「うぐっ。し、仕方ないでしょ。栞が変なリクエストしてくるから……」
「私のせいなんですか? 私はただ『ザンボット・ムーンアタック』で決めてほしいとお願いしただけですわ!」
「だーかーらー、あの技使いたくないんだってば! 変なポーズ付けないと出せないんだから!」
「私はそのポーズが見たいんです!」
「イヤだってば!」
「あんなにカッコイイポーズを嫌がるなんて理解できませんわ……。必殺技で敵を仕留めてこそお話にオチがつくんです! 通常攻撃で撃破してもEDが盛り上がりませんわ! それでどうして次週も楽しみに観ようなどと思えますの!? これはいわばサービス精神! 楓さんほどの方ならもちろん理解していると思いますけど!」

 力説する栞に、楓が疲れたように肩をすくめ、

「……ってな感じの言い合いをしてたわけ」
「あははは……」

 さすがのまあちも苦笑せざるを得なかった。
 だが、とりあえずフラクチャーは撃退したことに変わりはない。出現したのは二体のみ。今のところ他のフラクチャーの姿は確認されていない。

「でも、久しぶりだね。こうやってnフィールドで戦闘するのって」
「そうね、まあちゃん。だいたい二週間ぶりくらいかしら」
「だんだん出現する頻度が減ってきてますわね……」

 春から続くフラクチャー退治。だが、時が経つにつれ、フラクチャーが出現する間隔が徐々に開いていった。最も頻繁だった時期は二日に一度は出現していたが、今では一週間に一度あるかないか程度の頻度だったりする。
 一度に出現するフラクチャーの数も減っている。今日はたまたま二体同時に現れたが、最近では基本的に一体ずつ現れることが多い。

「近頃は、校内での電子トラブルも起きなくなりましたわね」
「私たちがこうやってフラクチャーを倒してるからだよね。この調子で行けば、そのうち全部のフラクチャーが消えるんじゃない? そうすれば学園も平和になるよね!」

 まあちが声を弾ませるが、静流は逆に顔を曇らせる。

「…………」
「どうかしたんですか、静流さん?」
「なんだか順調すぎる気がして……。このままフラクチャーの出現が止まったところで、それで全て解決ということになるのかしら?」
「どういうこと、しずちゃん?」
「そもそもフラクチャーがどのように発生して、なんのためにトラブルを起こしているのか、私たちは知らないわ。出現したら退治する。そうやって来たけど、根本的な部分では何も分かっていないのと同じよ」
「たしかに……そうですわね……」
「うーん……。ねっ、楓ちゃんはどう思う?」

 珍しく黙ったままの楓に話を向けてみるも、

「……さあ。分からないわ」

 いやに淡白な答えが返ってきた。心なしか表情もどこか暗い気がする。気分でも悪いんだろうか?
 静流が何かを思いついたように、

「あるいは、フラクチャーの数が減少しているのは……もっと別のことに、その分のコストを使っているからかしら」
「電子トラブルを引き起こすこと以外の何かをしている……ということですか?」
「ええ。周囲で気にかかることはない? 普段とは違うことが起きたりとか」

 そういえば……。
 今朝のホームルームを思い出す。まばらに空いた生徒たちの席。

「ここ最近、学校を休む人増えて来たよね」
「ええ。私のクラスも同じよ」

 静流が頷く。どうやらどの教室でも同じらしい。もしかしたら他の学年、いや学校全体でそうなっているのかも。

「みんな、同じ原因で休んでるのかな。流行り風邪とか」
「どうかしらね。陸上部の子が友達の見舞いに行ったそうだけど……何か特定の病にかかったわけじゃなかったそうよ。単なる体調不良で、全身がけだるい。そう言っていたと聞いたわ」
「ウイルス性の風邪だったら学校側から注意が入るはずよ。でも、今のところそういった指示は出てないわ」

 楓が言った。確かに今朝のホームルームでも『体調に気をつけるように』といった、漠然とした注意しか受けていない。

「そういえば……」
「どうかしたの、栞ちゃん?」
「いえ。これはフラクチャーとは関係ないのかもしれませんが……」
「? 何か思い当たることでもあるの?」

 静流の質問に、

「去年の秋頃、こんな風に多くの生徒たちが突然欠席したことがありまして……」
「ええ! そうだったの!?」
「はい。原因も今回と同じく、原因不明の体調不良と聞きましたわ」
「その時はみんな、どうなったの?」
「それほど大事には至りませんでしたわ。個人差はありますけど、だいたい一週間もしないうちに皆さん、復帰なされましたわ。夏休み明けの時期でもあったので、学校へ行きたくないと思った生徒たちが休んでいただけでは……といった噂も持ち上がったほどですわ」
「そういえばそうだったわね。でも、去年の秋なら、まだSUN―DRIVEがインストールされる前よ。フラクチャーと関係あるとは考えづらいわね……。それに、もし生徒たちの体調にも影響を及ぼすのなら、これまでにそういった事態が起きててもおかしくはないわ」
「そうですわね……」

 思案に暮れる栞と静流。まあちが転校してくる以前の話なので、当時の様子は分からない。だが、それ以上に気になることがあった。栞たちがその話を始めた途端、楓がわずかに目を伏せた気がした。まるで気の重い話題を持ち出されたように。さきほどからずっと浮かない顔をしているし、もしかしたら楓自身どこか体調を崩しているのかもしれない。

「楓ちゃん……?」

 そう声をかけた瞬間。
 突如、異変が起こった。
 周囲の景色に電子ノイズが走り、空に浮かんだ雲が急速に移動を始める。まるで強引に時間を早送りしたような異様な光景だった。

「な、なんですの、これは……」
「わ、分かんない……」

 まあちたちが困惑していると、やがて早送りは止まり、再び何事もなかったかのように緩やかに時間が流れ始める。
 だが、異変はそれだけで終わらなかった。
 突然、巨大な爆発音が響いてきた。
 同時に激しい振動が地面を揺らす。並大抵の大きさの爆発ではなかった。

「「っ!」」

 全員の顔が一斉に爆発音のした方向を向く。
 空に舞い上がる黒い粉塵。
 まあちたちは驚きながらも、顔を見合わせ、

「行ってみよ!」

 原因を確かめるべく、その場所へと走り出した。

(つづく)

著者:金田一秋良

イラスト:射尾卓弥

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