サンライズワールド

特集

SPECIAL

  • 小説
  • サン娘
  • サン娘2nd
2018.07.17

【第06回】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン

一章⑥

 まあちだった。少女の体に抱きつきながら、戦いを止めるよう必死に説得する。

「お願いだから考え直して! なんで私たちが戦わななきゃいけないの!? そんなの……そんなのおかしいよ! もっとみんなで仲良く――」

 そこで、まあちの言葉が途切れた。少女が、じっとまあちを見ていることに気付いたからだ。

「さっきからどれだけ検索しても情報出てこないんだけど……もしかして、キミが例の『イレギュラーナンバー』?」
「え?」
「ああ……やっぱりそうだ! 間違いないよ! あはははっ! ホントにいたんだー! いやー、あちしってやっぱツイてるなぁ。楓ちんに会えただけじゃなくて、こんなレアキャラにまで会えるなんて! なら、もうちょっと本気出さないとね!」

 Dアームではなく、少女自身の両手がまあちを掴む。小柄な体格からは想像もできないほどの力強さだった。まるで巨漢のレスラーにでも握られているようで、苦しさに息すら詰る。

「ぐっ……」
「ちょっと退いてねー」

 まあちを力づくで引き離し、無造作に投げる。
 投げ飛ばされたまあちの体を、すかさず静流と栞が抱きとめた。

「大丈夫ですか、まあちさん!」
「まあちゃん、怪我はない!?」
「う、うん」

 巫女少女はニヤリと笑い、

「余興はこれで終わり。今度こそ始めよっか。SUN―DRIVER同士の真剣勝負を! はああああああああ!」

 雄たけびと共に、少女のエッグから鉄腕が出現する。改めてまあちは巫女少女のDアームを見た。青と白で構成された、鋼鉄の装甲。肩のアーマーには『龍』の模様が描かれており、腕の装甲からは三本の大きな爪が伸びている。もっとも特徴的だったのは、その指だった。五本ではなく、三本しかない。まるで龍の爪を象ったような形状をしていた。

「さあ! おもしろかっこよく決めようかああああああっ!」

 少女の気迫に応えるように、両のDアームが拳を天に突き上げる。
 栞が、巫女少女のDアームに反応する。

「肩の龍のマークに三本指……間違いありませんんわ! あれは『魔神英雄伝ワタル』に登場する、『龍神丸』ですわ!」
「詳しいね、そこの巨乳ちゃん! なら、この技は知ってるかな!?」

 瞬間、少女の体が飛び出していた。一気に間合いを詰めてくる。あまりの速さにまあちたちは反応することもできなかった。さきほど楓に襲い掛かった動きといい、少女の身体能力はまあちたちを遙かに上回っていた。

「飛龍けええええんッ!」

 龍神丸のDアーム、その上腕部の装甲についた円状の窪みから、鎖が伸びる。片方の鎖は栞に、もう片方の鎖は静流に巻き付き、その体を拘束する。『飛龍拳』と呼ばれる、龍神丸の武器だった。

「「!」」
「いっけええええっ!」

 鎖を力任せに引くと、栞と静流の体が跳ねるように引き寄せられる。そのまま二人を豪快に振り回すと、校舎棟の外壁に思い切り叩きつけた。
 二人の口から苦悶の声が上がる。

「ぐっ!」
「ううっ……!」
「二人で仲良く燃え尽きちゃいな! 炎龍けええええんッ!」

 少女のDアームが、両の掌を向け合う。途端にその中心の空間に球状の火の玉が生じた。少女が、樹の根元で倒れる栞たちに向かい、火の玉を投擲する。
 二人は避けることもできず、火の玉をまともに食らった。直後、巨大な爆炎が吹き上がり、二人の体が激しい炎に包まれる。『炎龍拳』と呼ばれる技だった。
 炎はすぐに消えたが、栞と静流のアンダースーツの一部は黒く焦げ、二人ともぐったりしたまま動かなかった。

「栞ちゃん! 静ちゃん!」
「何してくれてんのよ、あんた!」

 楓が即座にDアームを展開する。左右の手には、三つ又の刀『ザンボット・グラップ』が握られていた。その二本の刀の柄を合わせるや、互いに結合し、片方の刃だけが、何倍もの長さに勢いよく伸びる。一振りの長刀と化した剣を握り、

「ザンボット・カッタアアアアッ!」

 少女めがけて、叩きつけるように振り下ろした。
 だが。

「楓ちーん。こんなナマクラじゃ、あちしは斬れないってば」
「なっ……!」

 楓のザンボット・グラップの刃が、少女のDアームによって止められていた。真剣白刃取りですらない。片手で無造作に鋼の刃を掴んでいた。そして、そのまま。

「よっと」

 手首を捻り、鋼の刃を折ってみせた。木の枝でも折るように、いとも簡単に。
 楓の顔が驚愕にゆがむ。

「あんた……」
「本物の剣ってヤツを見せてあげるよ、楓ちん」

 少女のDアームが背中に手をやる。すると、まばゆい金色の光が少女の背後に生じた。金色の光が収縮し、やがて一つの形を成す。
 それは、一振りの剣だった。黄金の刀身を持つ、両刃の剣。『登龍剣』と呼ばれる、龍神丸の持つ剣だった。
 その黄金の剣を、少女は背中の鞘から抜くように頭上へと掲げ、

「ひっっっさーーーーつッ!」

 両のDアームで柄を握り、上段に構える。刀身が金色の光を纏うと同時に、凄まじいエネルギーが放たれた。
 あれを食らってはダメだ。まあちがそう直感するほど、その黄金の光は強い力に満ち溢れていた。

「楓ちゃん!」
「くっ……!」

 避けることは不可能。そう判断した楓はDアームをクロスさせ、防御体勢を取る。片腕を犠牲にして、残った片腕で反撃する。そう、その顔が語っていた。
 少女は楓の意思を読み取りつつも、無駄なあがきだというように笑い、

「登龍けええええええんッ!」

 黄金の剣を楓へと見舞った。楓のDアームが刃を受け止める。接近戦に特化したザンボットのDアームは武骨で巨大な外観の通り、まあちたちのDアームよりも頑強性と耐久性に優れていた。
 だが、その鋼鉄の双椀が、ただの一瞬も刃を食い止めることができず、真っ二つに両断された。

「っ!?」

 Dアームを切断した刃先が、楓へと迫る。そのまま体を縦割りにしようとして――
眼前でピタリと止まった。

「……どうどう? 驚いた?」

 恐怖に真っ青になった楓の顔を見て、

「あー、イー表情♪ その顔が見たかったんだよねー。安心して。知り合いの情けで助けてあげる。一回だけど」

 ニカっと楽しそうに笑いながら、剣を引いた。
 楓は恐怖を振り払い、必死に言葉を絞り出す。

「な……なんなのよ、あんたのDアームの性能は……。あたしたちと同じソフトとはとても思えないわ……」
「そんなことも知らないんだね、楓ちん。なんか弱いものイジメしてる気分になってきちゃったなー。あちし、そういうの好きじゃないのに。……いーい? SUN―DRIVEは倒したSUN―DRIVERを吸収して、より強力になるんだよ。つまり、倒せば倒すだけ強くな・る・の♪」

 ちっちと指を振る。
 先ほどの光景が蘇る。少女に貫かれた弓道着姿の少女が光となり吸い込まれていった。あれはつまり、相手のSUN―DRIVE を吸収していたということだろうか。

「あちしが、これまで倒したSUN―DRIVERの数を教えてあげよっかー」

 少女は指を一本ずつ立てていく。人さし指、中指、薬指。上がった三本の指。

「一○○体だよ」
「ひゃっ……!」

 楓とまあちの目が驚きに見開かれる。

「まっ。正確には九六体だけどね。ようはそれだけのパワーを取り込んでるってこと。見たところ楓ちんたちは、いまだにドノーマルって感じかな。いやー、今まで何してたの? 怠慢だよ怠慢。そんなナマケモノが、あちしに敵うわけないでしょー?」

 立ち尽くす楓の肩をポンと叩き、その横を通り過ぎる。
 楓は指ひとつ動かすことができなかった。少しでも攻撃の意思を見せれば、黄金の刃が即座に胴体を切断する。そう、少女の横顔が語っていた。
 だからこそ、楓は叫んだ。

「まあち! 逃げなさい!」
「っ!」

 歩み寄る少女の姿に、まあちは思わず後ずさった。楓たちをあっという間に撃退するほどの実力。自分一人では相手にもならないだろう。
 だが、まあちにも奥の手はあった。
 過去の記憶が蘇る。静流との戦闘の際、まあちを包んだ膨大なエネルギーと追加装甲。『マキシマムモード』と呼ばれる、SUN―DRIVEの性能を極限まで引き出す最終モードだ。
 しかし、問題はあった。あの戦闘以降、『マキシマムモード』が発動したことはない。まあちがどれだけ起動させようとしても、エッグはまったく反応しなかった。
 でも、もしそれを使うとすれば。
 それは、今しかない。

「レイズナー、お願い! 私に力を貸して!」

 必死に叫ぶ。だが想いもむなしく、まあちのエッグは反応しなかった。

「お願いだよ、レイズナー!」

 何度も叫んでみるが、無駄だった。ただ、通常のDアームが出現するだけである。

「そんな……」
「あはは。マキシマムモードでも試そうと思ったの? 無理でしょー。見たところSUN―DRIVERはおろか、フラクチャーのエネルギーすら取り込んでないんだから。ホントに珍しいくらいまっさらだねー。さすが『イレギュラーナンバー』。うん。やっぱりキミからいただくことにしよう」

 ブンと登龍剣を振る。
 恐怖が、まあちの全身を包み込む。数秒後には、あの黄金の剣で自分は斬られるだろう。避けようとしても、ガードしようとしても……きっと何をしても逃れることはできない。
 でも、何もしないまま倒されるのはだけは嫌だった。そんな簡単に諦めてしまえるほど、これまでの自分たちの日々は安っぽいものではなかったはずだ。
 だから、どんなに無様でも、最後まで足掻こうとまあちは決めた。

「……っ! ナックルショットォォオオオッ!」

 まあちのDアームの拳を、蒼い手甲が纏う。手甲の表面で爆ぜる電流。その電流を纏った拳――ナックルショットを少女めがけて繰り出す。

「あははっ! イーね! その悪あがきっぷり! 斬り甲斐あるよ!」

 どこまでも楽しげな声をあげながら、少女が登龍剣を斬り下ろす。先に仕掛けたのは、まあちだった。にもかかわらず、まあちの拳よりもなお早く、黄金の刃が迫ってくる。その切っ先がまあちの体を両断しようとした途端――
 その剣先が、ピタリと止まった。
 少女が止めたのではないことは、その表情が如実に物語っていた。

「ちょっ! どーいうこと!?」

 困惑に顔を歪めながら、必死にDアームを動かそうとする。だが、龍神丸のDアームは、停止したままピクリとも反応しない。少女は素早く眼前にウィンドウを表示させ、

「……サーバーからの強制停止命令? どういうこと!? ねぇ! こんなの聞いてないよ、LAY!」

 少女が、空に向かって叫んだ。

(え……?)

 少女の口にした名前に、まあちは目を見開いた。

(今、『LAY』って……そう言ったよね。どうして、ここでレイちゃんの名前が出てくるの……?)

 眼前に迫った刃の恐怖すら忘れさせるほど、それはまあちにとって意外な言葉だった。
 まあちの眼前にウィンドウが出現する。画面には『LOG-OUT』の文字が表示されていた。
 途端に、酩酊感がまあちを包み込む。それは、nフィールドを出入りする際に生じるものだった。
 気付けば、目の前の景色が変わっていた。
 崩壊した校舎も、炎上したアスファルトも、どこにも見えない。
 ごく平穏な聖陽学園の光景が広がっていた。北区の野球場前の通りである。
 すぐそばには、栞と静流、そして楓の姿。三人とも目を閉じたまま、ベンチに座った状態でピーコンを握り締めていた。フラクチャーを発見し、この場所でSUN―DRIVEを起動させたのだ。
 つまり、自分たちは現実の世界に戻ってきたのだ。

「……どうやら、無事に帰ってこれたみたいね」

 同じく目を覚ました楓が言った。

「うん。そうみたい……」
「みたい……って、あんたが接続切ってくれたんじゃないの?」
「ううん。私じゃないよ。勝手に『ログアウト』って文字が現れて……」

 そこまで口にしたところで、まあちはとある異変に気付いた。
 栞と静流が一向に目を覚まさないのだ。いつもだったら同時に気が付くはずなのに。

「栞ちゃん、しずちゃん……?」

 体を揺すってみるが、まったく反応しない。

「二人とも……」
「大丈夫よ。たんに気絶してるだけだから。nフィールドで一定以上のダメージを受けるとこうなるの。以前、あたしも同じ目にあったわ」

 それは、楓が単身でフラクチャーと融合した静流に勝負を挑み、敗北した時のことを言ってるのだろう。確かにあの時、楓は気絶した状態で保健室のベッドに横になっていた。

「しばらくすれば目を覚ますわ。ここに寝かせててもアレだし、とりあえず保健室に運ぶわよ。この時間なら、まだ保健医も残ってるでしょう」

 ピーコンの時計を見ると、時刻は一七時だった。

「一七時……って、あれ? 私たちが入った時って、まだ一六時になったばかりじゃなかった?」
「さあ。そこまで覚えてないわ」

 ピーコンでSUN―DRIVEを起動させた時、確かに時計の時刻が『16』となっていたのを見た気がする。
 nフィールド内では、ほとんど時間は経過しない。なのに、いつの間にか時間が経っていた。
 どういうことだろう……と首をかしげていると、

「そっちは任せたわよ」

 楓が栞を背負いながら、残った静流を顎で指す。
 まあちは、「え? あ、う、うん」と返事しながら、同じく静流の体をおんぶした。そうして楓と一緒に、気を失った栞たちを保健室まで運んでいった。
 二人を運んでいる最中も、動悸が収まらなかった。
 目を閉じると、あの巫女服姿の少女が浮かぶ。圧倒的な力を持った、最強のサン娘。
 そして、彼女が口にした『LAY』という名前。
 何もかも分からないことだらけだった。
 それでも、ひとつだけハッキリしていることがある。
 自分たちは……あの子に負けたんだ。完膚なきまでに。
 龍神丸という名のDアームを持つ少女に、私たちは完敗した。

(つづく)

著者:金田一秋良

イラスト:射尾卓弥

©サンライズ

©創通・サンライズ

  • Facebookでシェアする
  • Xでシェアする
  • Lineでシェアする