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【第07回】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン
一章⑦
まあちは、朝の通学路を走っていた。
静流との待ち合わせに急いでいるわけではない。
とある人物に会うためだった。
中央通りを進み、その脇から伸びる道を行くと、いつもの並木道に辿り着く。
昨日出会った龍神丸の少女は、確かにこう口にしていた。
『LAY』と。
自分の知る限りで、SUN―DRIVEのことを知り、その名を持つ人物は一人しかいない。
(あの子のこと知ってるのかな、レイちゃん……)
レイだけではない。楓もあの少女とは顔見知りのようだった。だが、そのことを楓に尋ねても、
「やらなきゃいけないことがあるの。ここであんたに説明してる時間はないわ。それに……あいつの正体ならいずれ分かるわよ」
そう言って、栞たちを養護教諭の伊東彩夏に預けるや、足早に保健室を出て行ってしまった。
まあちは一瞬後を追おうか考えたが、横を通り過ぎていった際の楓の表情が気になった。
楓の顔は、緊張に張り詰めていた。それは、何か重大なことを決意した人間の顔にも見えた。
(何を考えてたんだろう、楓ちゃん……)
楓の不可解な態度と、あの龍神丸の少女が無関係なわけがない。
少しでも手掛かりが欲しくて、まあちはこうしてレイに会いに来たのだ。
レイはいつも並木道にいるわけではない。会えるのは三日に一度ぐらいだった。
でも、今日だけはいてほしい。
そう願いながら並木道を進んでいくと、やがて人影が見えてきた。
早朝の日差しの中に佇む、小柄な少女の姿。
少女は、新緑に染まった木々を一人見上げていた。
「レイちゃ――」
声をかけようとして、思わず足が止まる。
レイのもっとも特銀色の銀の髪。だが、目の前の少女の髪は銀ではなく、漆黒に染まっている。
真っ黒な髪をした少女が、こちらに振り向く。
その顔もまた、レイと瓜二つだった。
レイと同じ顔をした少女は、まあちに気付くとニコリと微笑み、
「こうして直に会うのは初めてね、『七星まあち』さん」
「え?」
「何度も貴方に会いに行こうとしたのよ? でも、その度にレイが邪魔をするの。よほど私を貴方に会わせたくなかったのね。それだけ貴方のことが大切だったということかしら」
少女には似つかわしくない大人びた笑みを浮かべ、『レイ』という名前を口にした。まるで身内のことを語るような無造作さだった。
「もしかしてあなた、レイちゃんの姉妹……とか?」
「どうかしらね。あまり考えたことはないけど、その言葉が私たちの関係性を示すのはちょうどいいのかも。この世に生じた早さでいえば、私が先だから……私があの子の『姉』ということになるのかしら」
「レイちゃんのお姉さん……?」
改めて少女――黒いレイを見る。確かに見た目はレイとそっくりだ。いや……そっくりというレベルじゃない。まつ毛の長さも、鼻や口の形も、全てが同じだった。ただ、瞳だけは髪と同じく黒色をしている。
だが、それ以外は何もかも違うように見えた。纏う雰囲気も、話す言葉も、浮かべる表情すら。
レイは表情こそ少なかったけど、決してこんな人を不安にさせるような笑みを人に向けたりしない。
それに、 どうしてレイはおらず、彼女一人がここにいるのか。
「レイちゃんはどこにいるの……?」
嫌な予感に、自然と声が固くなる。
「フフフ。そう警戒しなくていいわ。私はあの子を傷つけるような真似はしない。……でも、決まりごとを破った場合は別よ。それ相応のお仕置きをしないとね。姉として」
黒いレイが、並木道に並んだ木々の一本に目を向ける。
「っ!」
彼女の視線の先にレイがいた。まるでたった今、その場に出現したように。
その姿は異様だった。手足に植物のツタが巻き付き、宙へと吊り上げられている。両手が左右に伸び、まるで空中に磔にされたような格好だった。首もだらりと垂れ下がり、目も閉じられている。
「レイちゃん!」
「安心して。ただ眠っているだけよ。深く深く。貴方の声すら届かないほどにね」
こともなげに口にする黒いレイを、まあちはキッと睨み、
「どうしてこんな酷いことするの!? レイちゃんのお姉さんなんでしょ!? 今すぐあの子を降ろしてあげて!」
「ダメよ。お仕置きだと言ったでしょ? あの子はルールを破ったの。コマ同士の勝負には直接関与してはならない。それが私たち二人で決めたルール。……まあでも、あの子おかげで貴方はこうして私と話せるのだけど。本当ならあの場で勝負を決めてしまうつもりだったから」
「な、なにを……」
「ハッキリと言わないと分からない? 昨日、貴方たちを襲ったSUN―DRIVER。彼女を差し向けたのは、私なの。貴方たちが戦えるよう舞台を整えてあげたのよ?」
「!?」
「なのに、あの子が台無しにしてしまうんだもの。勝負を止めただけじゃなく、貴方たちをnフィールドから逃がすような真似までして。ねぇ想像してみてよ。例えば楽しみにしていたスポーツの試合。勝負が決まりそうになった瞬間、相手が途端に会場から逃げ出してしまうの。見に来た観客たちは当然白けるわ。それが私の気持ち。だから……思わずああしちゃう理由もわかるでしょ?」
ツタによって磔にされたレイを指さす。
あの巫女少女との戦闘。あれは自分が仕組んだものだと、彼女は自ら口にした。その言葉を疑う気持ちは起こらなかった。きっと、少女の笑みに言い知れぬ悪意が滲んでいたからだろう。
「なんで……私たちを戦わせようとしたの?」
「そんなの決まってるじゃない。SUN―DRIVERは戦うために生み出された存在ですもの。SUN―DRIVER同士……貴方たち風に言えば『サン娘』だったかしら。サン娘同士が戦い、相手を潰す。それが貴方たちのやること」
「それはなんのためなの!? 戦って、お互いを傷つけあって、それで一体何になるっていうの!?」
「もちろんゴールはあるわよ? 最後まで勝ち残った者には素敵なモノが贈られる。とてもとても素晴らしいモノが」
「私はそんなものいらない!」
「欲がないのね。貴方らしい返事だわ。なら、代わりにこういうのはどう? 貴方が勝たない限り、レイは目覚めないわ」
「!」
「逆を言えば、貴方が勝てばレイは戻ってくるということ。どう? 勝利の特典としては十分でしょ?」
艶やかに微笑む。それはどこまでも人間離れした笑みだった。
まあちは、急に目の前の存在が怖くなった。まるで人ではなく、もっと別な異質な何かと話しているような気になったのだ。
「あなた……何者なの?」
「それも勝てば分かるわ。『勝てば全てが得られる』。それがSUN―DRIVEよ。さあ……分かったのなら戦いなさい。あの子ともう一度。それまでは、しばしお別れよ」
その時、突風が起こった。吹き付ける風に思わず目をつぶってしまう。
再び目を開いた時――。
そこには誰もいなかった。
黒いレイの姿も、磔にされたレイの姿も。
まるでお化けにでも化かされたようだった。でも、決して幻じゃない。
黒いレイは言った。
あの龍神丸のサン娘に勝てと。
そうしなければ、レイは目覚めないと。
(でも……)
あの圧倒的な強さが蘇る。四対一でもまったく歯が立たなかった。ただ、遊び半分に蹂躙されただけだ。
あの娘に勝つ……?
そんなの――
「今のままじゃ絶対に無理ね」
「!」
背後から声が聞こえてきた。
振り返ると、そこに楓が立っていた。
「楓……ちゃん?」
楓はまあちを真っすぐに見て、
「まあち……あんたにお別れを言いに来たわ」
「え……?」
「覚えてる? 前にあたしが『どうしても叶えたいことがある』って言ったこと」
それは、みんなでプールに行った帰りのことだ。
「あたしにはね、どうしても勝ちたい相手がいるの。そいつに勝つためなら、なんだってしてやるわ。……ええ。なんだってね」
冗談を言っているような気配はない。むしろ、これまで見たことないほど真剣な眼差しだった。
楓が何をしようとしているのかは分からない。だが、これだけは聞かずにはいられなかった。
「それは……私たちと一緒じゃダメなことなの?」
「ええ。あんたたちと一緒にいても、あいつには勝てない」
ハッキリと言った。
言い返す言葉はなかった。
「それだけ伝えに来たの。それじゃあね」
踵を返し、楓が去っていく。
「待って! 楓ちゃん!」
どうしようもない不安にかられ、楓を呼び止めようとした。
楓の背中からは、『大切な何かを犠牲にしてもやり遂げる』、そんな悲壮な覚悟が透けて見えたからだ。
だが、楓は立ち止まらなかった。
『バイバイ』というように片手を振って、そのまま去っていった。
七月の暑い日差しがまあちを照らす。
だが、まあちの体の内は、震えるほど寒々しかった。
断章Ⅱ
退屈。
それはあまりにも、退屈な日々だった。
高等部にあがれば、何かが変わると思っていた。高等部には中等部とは違い、一般教科だけではなく、自分の好きな科目を専門的に学べる「専修科」がある。そこに入れば、無駄な知識を詰め込むことに時間を取られることもなく、話の合わない連中と無理して同じ教室にいる必要もない。そう思った。
でも、その希望は呆気なく打ち砕かれた。
望んで入った『電子工学科』。だが、そこで教えられる技術も知識も退屈過ぎるほどのものだった。『今更こんなことやるの?』とあきれ果ててしまうほど、初歩的なことばかりやらされた。初めて学ぶのであれば、確かに適した教育だろう。でも、多少の興味を持って、独自にやってれば、これぐらいの知識はすぐに身についてしまう。それは誰かに言われなくても、自然に習得するレベルのはずだ。
例えば、面白半分に海外の違法サイトのサーバーを乗っ取って、デタラメな内容に書き換えたり。
例えば、他人のピーコンをハッキングして、その位置情報を逐一周囲に送ってやったり。
そうやって遊んでいるうちに、自ずと発見し、学んでいくことだろう。
なのに、こいつらときたら、なんの面白味もない、それこそ教科書通りの知識を、そのまま詰め込んでるだけだ。そんな奴らの姿こそ、それこそ面白味もない。
一度そう思ってしまえば……もう話す気すら起こらなくなる。向こうもあたしの態度から、こっちの気持ちが伝わるのだろう。あたしに近寄ろうとはしなかった。そりゃそうだ。誰が好き好んで、自分を見下している奴と話したがると思う?
結果。あたしは一日で孤立した。
別にそれでもよかった。あたしはあたしで、自分の好きなことをやるだけだし。
自分で言うのもなんだけど、交友関係と授業態度をのぞけば、あたしは実に優秀な生徒だったと思う。授業中だって、自分の『自主的学習』に熱中する傍らで、教師からの課題はこなしてやった。教師はあたしの内職にハッキリと気づいていたが、提出された課題にはなんの不足もない。それどころか周囲の生徒たちとは比べ物にならないほどの出来だ。止められるわけもない。
……まぁ。注意しようとする度、睨むような目つきで見てやったことも無関係じゃないとは思うけど。小さい頃から『目つきがキツイ』と、そう褒められたことは山ほどある。
気付けば、あたしの名前は学科内でも知れ渡っていた。でも、表立っては口にしない。みんな、こんな生意気な奴が自分より上だと公には認めたくないのだろう。だから、教室では何も話さず、裏で陰口を叩く。友達と二人きりの時だったり、あるいは『学内ネット』の中でだったり。
くだらない。まったくもってくだらない。
そんな他人の中傷に時間を使うぐらいなら、自分の好きなことをやればいいのに。
このあたしみたいに。
でも……そう。あたしは退屈してたんだ。自分の好きなことをしているのに。むしろ、やればやるほど心が渇いていく気がする。なんでだろう。理由は分からない。
そのうち、なんだか怖くなった。
このたった一つの『あたしのやりたいこと』。それにすら興味を失ったら、あたしには何が残るんだろう?
そんなこと……考えなくても分かってる。
何も残らない。
空虚で、退屈で、無意味な時間を、ただ無為に過ごすことになるだけだ。周りの無能な奴らと同じように。
そんなこと……耐えられるはずがない。
そう……だから、これはただの気のせい。同じことをやりすぎて、少しばかり新鮮味が感じられなくなっただけだ。こういう時は気分転換をすればいい。こういう場合は、思い切り刺激的なことの方がいい。憂鬱さも、退屈さも吹き飛ばすぐらいの。
そうして、あたしは始めたんだ。
聖陽学園の全システムを統括するセントラルコンピューター、ERINUSSへのハッキングを。
その日から、それまでの退屈さが嘘のように興奮した日々の連続だった。ERINUSSに触れた途端、そのあまりに精緻で緻密な造りのシステムに驚いた。恐らく何人もの専門家が集まった特別な集団が、総出で取りかかって作り上げたものなのだろう。
調べると、もともとは単なる一学園の管理プログラムではなく、都市一つを丸ごと管理するためのソフトだったらしい。『完全管理型都市』。人間の心理学・行動学をリアルタイムで収集・分析し、各個人の欲求に合わせた効率的かつ豊かな都市生活を実現させる。そんな大がかりな目標のために作られたのだから、これぐらいのスペックを持っていてもおかしくはない。都市管理を標榜していただけに、セキュリティ面にも万全の配慮がなされていた。アホなテロリストにハッキングされないよう、警察以上に堅固なセキュリティプログラムが組まれていた。それを破ってやろうと、それこそ寝食を忘れて、夢中になった。
確かにERINUSSは完璧だった。だが、何にでも誤算はある。ERINUSSは当初の予定とは違い、学園管理用プログラムに転用された。その際、学園運営のためにシステムがいじられ、学習用プログラムが追加されたのだろう。作業したのは恐らく学園側が雇ったシステムエンジニア。おかげで、そっちからセキュリティの穴をつくことができた。ただ、それでもERINUSSの中枢プログラムまで潜ることはできなかったけど。
でも、それで十分。下手に学園側にバレて、退学させられたらたまらない。別に退学が怖いわけじゃない。ただ、他の生徒たちが喜びそうなトピックスを、わざわざ自分から提供する必要はないと思っていただけだ。
それに、なんたってこれは単なる気分転換なのだ。
だから、あたしがやったのはせいぜい――。
教育プログラムをいじって、教師が表示させようとした画像を、アマミノクロウサギの画像に変えてみたり。
小テストの内容を一部変更して、ジャイアントパンダが笹を食べる理由を解かせたり。
その程度の可愛いイタズラに留めておいた。
まあ。それでも十分楽しめたんだけど。
でも……やっぱり、やり続ければいつかは刺激も薄くなる。
そうなった場合、取るべき道は二つ。
より過激なことをやるか。
別のことを始めるか。
ただ、問題だったのは、後者を選ぶにしても、その『別のこと』がさっぱり思いつかないことだった。そうすると、必然的に選択肢はひとつになる。
だが、こういった火遊びの類は、のめりこめば必ず痛い目を見る。
結局どうしようかと悩んでいた頃だった。
あいつが、あたしのもとを訪ねてきたのは。
「貴方が、神月楓さんかしら?」
そう言って、とても親しげな笑みを向けてきた。
今でも忘れらない。
それが、あたしたちの初めての出会いだった。
(つづく)
著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥
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