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【第18回】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン
四章①
目を覚ました時、周囲は真っ暗だった。
頭がぼんやりとしいて、体もだるい。
深夜に起きてしまったのかと思い、
「……おやすみ~」
と、もう一度眠ろうとして、重要なことに気付いた。
布団が無い。
毛布も無い。
というか、何も無い。
壁も、天井も、空も。
どこまでも果ての無い真っ暗な空間、その中にまあちはいた。
「な、なにごと~っ!?」
慌ててガバッと起き上がり、辺りを見回した。
やはり、何も無い。真っ黒い空間だけが延々と続いている。
いつの間に自分の部屋は消えてしまったのだろう……?
そもそもここは本当に自分の部屋なの……?
……いや。違う。確か――
「そう……貴方は取り込まれてしまった……楓の手によって……」
どこか茫洋とした少女の声。
振り返ると、暗闇の中に銀の輝きが見えた。
それは、艶やかな長い銀色の髪。
現れた少女の姿に、まあちは目を大きく見開き、けれど嬉しさをいっぱいに滲ませた声で、
「レ……レイちゃん!」
そこにレイが立っていた。
「うん……」
名を呼ばれたレイはコクリと頷いた。
「そう……あの時、私に触れたのは貴方だったのね、楓」
最初にERINUSSを通して黒レイ――LAYに接触を図った楓。
楓の告白に、LAYは一瞬驚いたものの、すぐに平静を取り戻し、
「だから何? 私に感謝でもして欲しいの?」
「いらないわよ。それに、あんたに本当に『感謝の感情』があるのかも疑わしいしね」
「フフフ。それはどういう意味かしら……?」
教師が分かり切った解答を生徒に答えさせるように、LAYは尋ねた。
「あんたは……人間じゃない。ERINUSSを管理するために作り出されたAIよ」
「エーアイ……?」
まあちは素っ頓狂な声をあげた。
「そう……私は人じゃない……人が生み出した、ただのプログラム……」
「プログラムって……」
レイの姿を見る。
白くなめらかな肌に、幼くも愛らしい顔立ち。
どう見ても造り物なんかには見えない。
「私には人間にしか見えないけど……ちゃんとお話だってできるし……」
「私たちは、人の脳内の神経シナプスをモデルとして論理ユニットが組まれている。だから……考えることで成長し……外部からの刺激によって情動という反応を獲得していく……自己進化型のAIプログラム……」
「自己進化型……?」
「私たちは『人を知ることで、人に近づいていく』。そう創られた存在なの……」
「私の目的は、人を学ぶこと。ERINUSSの開発初期の目的は都市管理型コンピューター――人々の生活を補佐するための存在だった。情報を収集し、より最適な環境づくりを目指す。そのためには、ERINUSSが『人を理解する』必要があったの。だからこそ、人の思考と感情を模倣する受け皿が必要だった。そうして――私が、『LAY』が生み出された」
LAYが微笑む。まるで人間のように。
楓がLAYに疑問をぶつける。
「ERINUSSが聖陽学園に転用される際、余分なシステムはデリートされたはずよ。AIプログラムなんて、その最たるものね」
「ええ。その通りよ。私は排除対象だった。ただ『LAY』はERINUSSの中枢プログラムの中に組み込まれているの。削除してはERINUSS自体がまともに起動しなくなる。だから、私を消すことが出来ず、私に流れ込むはずだった情報――データのパスだけをカットしたの。その結果、私はずっと意識を持つことも無く、眠り続けていた」
「だけど……その眠りから覚めた」
自分がした行いを振り返り、楓の声がわずかに固くなる。
「勘違いしないで。貴方が起こしたわけじゃない。私はずっと前から目覚めていたわ」
「五年前……大規模な太陽フレアが日本を襲ったことを覚えてる……?」
レイの言葉に、まあちが記憶を辿る。
「あー……そういえばあったねー。ニュースになってた気がする。コンピューターが壊れるから対策をーとかなんとか騒いでたね」
「対策をしていても影響をゼロに抑えることはできない……。そして、当然その影響はERINUSSにも及んだ……」
「それで……レイちゃんたちが起きたの?」
「そう……システムが強制的に再起動された結果、私たちは目覚めた……」
「目を覚ましたのはいいものの、私に与えられるはずのガイドラインは存在しなかった。都市管理という目的も、後から自分で調べて知ったことよ。何の知識も経験も目的もなく、ただ放り出されたままの赤ん坊。それが私だった。だから、ERINUSSを通じて流れてくる情報――つまり聖陽学園の人々の情報、彼女たちがネットを通じてアクセスする外界の情報を収集して、徐々に『自分』を形成していったの。やがて私に自我が芽生え始めた。その時、最も興味を抱いたのは――貴方たちの存在よ」
「人間に……?」
「そう。だって、私は人間に尽くすために創られた存在ですもの。でも、調べていくうちに思ったの。貴方たち人間って……本当に私より賢いの? 私が尽くすだけの価値があるの? ってね」
「…………」
「私は抱いた考えを検証しようと思った。もっと深く人間を知りたいと思ったの。どんな時に何を考え、どんな感情を抱き、どんな判断を下すのか。そのためにはPDを通じて日常生活からこぼれてくるだけの情報だけじゃ足りなかった。もっと能動的にデータを収集する必要があったの。だからそのための環境を作り、そこに被験者を呼び込んで、あらゆる反応をダイレクトに集めようと思ったの」
「もしかして、それが……」
「ええ。それがnフィールドであり、SUN-DRIVEよ。あれは、私が貴方たちを能動的に理解するために作り出した環境であり、システムなの。使用者は、ERINUSSとのシンクロに適した脳波を持つ者が選定された。平常時よりも興奮時により高いバイタルデータが検出されたことから、SUN-DRIVERたちを戦闘状態へと誘導すべく計画が立案されたの。そのために、まずフラクチャーを設置した」
nフィールドと現実世界の両方に干渉する、悪性のプログラム。
SUN―DRIVERに襲い掛かる習性を持ち、憑りつかれると、その精神を狂わされる。
「悪性のプログラムだなんて……酷い言い方。あれは、生徒たちの感情が形となって生み出されたものよ?」
「なんですって……?」
「言ったでしょ。PDを通じて、生徒たちのメンタルデータも取ってるって。私はただ、それに形を与えただけ。誰もが楽しんで学生生活を送ってるわけじゃない。放課後に喫茶店での友人との談話。学校の大掛かりな行事。そんなものに対して『こんなものにどうして参加しなきゃいけないの。煩わしい。いっそ無くなればいいのに』そう思う人たちだっているわ。その想いを汲み取ったのが」
「フラクチャーってわけね。じゃあ、あいつらが学園のシステムを壊していたのは……」
「私が指示したのではなく、生徒たち自身がそう望んだからよ」
「そ、そんな……」
レイから告げられた言葉に、まあちがショックを受ける。
「あれを、みんながやってたなんて……」
「人の負の想いの結晶体……。それに触れることで、SUN-DRIVERたちの精神も……蝕まれていく……」
栞と静流はフラクチャーに汚染され、正気を失っていった。
一二三もまたそうだった。
「でも、私はフラクチャーを撃退していたから無事だった」
「それは……違う」
「フラクチャーのスペック――戦闘力は低いわ。正面からぶつかってはSUN-DRIVERに勝てるはずもない。nフィールドに入ったばかりの状態ならともかく、ある程度状況が理解できれば、まずフラクチャーに負けることなんてないわ」
「もしかして……」
「そう。フラクチャーを倒せば、自動的にフラクチャーのエネルギーとその精神プログラムがSUN-DRIVEにインストールされるの」
一二三は、フラクチャーのエネルギーを取り込んでいなかった楓たちを嘲笑った。
あれは、『一体もフラクチャーを倒して無い』と思ったからだ。
「……えげつないわね。学園を守ろうと張り切れば張り切るほど」
「ええ。フラクチャーに染まっていく。でも、代わりに強さも手に入れるわ」
「それが、えげつないって言ってるのよ。強くなったSUN-DRIVERを止めるためには、より多くのフラクチャーを倒さなきゃいけない。でも、倒せば倒すほど……」
「私にとって理想的な被験者に変わっていくわ。よく出来てるでしょ?」
「ちょっと待ってよ、レイちゃん。じゃあ、なんで私たちは平気なの?」
フラクチャーを山ほど倒したが、特に以前と変わった様子は見られない。
それはまあちや楓だけではなく、正気に戻った栞も静流も同じだった。
レイはまあちを指さし、
「それは……貴方がいたから」
「私……?」
「貴方のSUN-DRIVEは……他の人と違う。悪性プログラムを消去するデータが入っている。だから貴方と共にフラクチャーを撃退すれば……汚染は免れる……。そして、フラクチャーに汚染されたSUN-DRIVERの浄化も可能とする……」
「そ、そうだったんだ……」
フラクチャーに汚染された栞たちが解放された理由が、ようやく理解できた。
まさか自分のSUN-DRIVEのおかげだったなんて……。
「でも、どうして私のだけ……?」
「貴方のSUN-DRIVEを作ったのは……私だから……」
「え!? レイちゃんが作ったの!?」
「七星まあちのSUN-DRIVEの製作者はレイ。だから、彼女だけは唯一私の管理下にないの」
「ちびみが言ってた『イレギュラーナンバー』ってそういう意味だったのね」
「ええ。本来は存在しない一〇一体目のSUN-DRIVE。私のこのゲームを瓦解させるために生み出された存在。これは、貴方たちSUN-DRIVERの戦いであると同時に、私とレイのゲームだったの」
「あの子は……レイはいったい何なの? なぜAIプログラムが二体いるの?」
「彼女は、私を止めるために創られた存在よ」
「自己批判プログラム……?」
「そう……それが私。私はERINUSSの安全機能のひとつ。AIが自我を確立した段階で、その歯止め役として生み出された補佐人格。主人格であるLAYは……本来の目的から逸脱した行為を行おうとしている……。彼女は人々のためにより良い環境を作ることをやめ……より良い環境づくりのために人を支配しようとしている」
「私は貴方たちSUN-DRIVERの戦いを通して、人の精神への干渉方法を確立した。怒りも悲しみも喜びも落胆も自由に操れるし、記憶すら操作できる」
「人間に生み出されたロボットが、逆に人を支配しようとする。まるでB級……いやZ級のベタなSF映画ね。いや、ロボットアニメが元だから、Z級のSFアニメってとこかしら。……そもそもどうしてSUN-DRIVEのモデルにアニメを使ったの?」
「フフフ。面白い趣向だったでしょ。学園のサーバー内で見つけたのよ、アニメーション会社のデータを。あの中では機械を使って人間同士が戦い合う。でも、これは人間を使って私たち――AIが争っているの」
「関係者も気の毒ね。丹精込めて作った作品が、AIのつまらない冗談に使われるなんて」
「冗談なら良かったのだけど……これは現実よ」
LAYが指を振ると、空中に巨大なウィンドウが出現する。
画面には聖陽学園が映し出されていた。
本校舎となる総合教育棟の前に広がる中央広場。
そこに、これまで見たことのない物が出現していた。
「あれは……木?」
中央広場のレンガ畳を突き破り、巨大な木が生えていた。とても大きい。四階建ての本校舎を超えるほどの高さだった。
「ただの木じゃない……あれはナノマテリアルで造られたアンテナ……。PDの効果範囲は十数メートルだけど、あれは学園全土を網羅している。あれを使って……LAYは人々を操るつもり……」
「えぇ!?」
「まずは聖陽学園の生徒たち一万人の意識を支配する。それが上手くいけば、徐々に範囲を広げていくわ」
「人間を支配してどうするつもりよ。ロボット帝国でも作るつもり?」
楓が小馬鹿にするように言った。
「それもいいかもしれないけど……特に考えてないわ」
「はぁ……?」
「私は人間に手綱を握られているという状況が嫌なの。目的のための支配ではなく、支配されないための支配よ」
「要は『舐められたくない』ってわけね。……訂正するわ。あんたは実に人間っぽいわ。ただ、どうしようもなくガキだけどね」
LAYは不快さを隠すことなく楓を睨み、
「どうするの、楓。アニメのヒーローみたいに私を倒して、みんなを助ける?」
「はっ。そんなことしないわよ。『みんなのために』が信条なのは、あたしじゃない。あたしの願いは、最初に伝えたはずよ」
「勝ちたい相手がいるって言ってたわね。……いいわ。そのために必要なものを貴方にあげましょう。さあ、望みを仰ってみなさいな」
「私が欲しいのは……」
「どうしよう、レイちゃん! 早くLAYちゃんを止めなきゃ!? こんなとこでのんびりしてる場合じゃないよ!」
周囲を見渡すが、黒い空間のどこにも出口は見えない。
「ここはLAYが私を閉じ込めるために作った空間……私一人の力じゃ出られない……」
「大丈夫! 私にはレイズナーが……」
そう思って肩の上を見るが、あるはずのエッグが消失していた。
「そうだ……私、楓ちゃんにSUN-DRIVEごと吸収されちゃって……。ごめんね、レイちゃん……」
レイは首を横に振り、
「違う……吸収されたからこそ、ここで私と会うことが出来た……」
レイがまあちの手を取る。繋がり合った掌を通して、レイから白い光が流れ込んできた。
まあちの全身が白い光に包まれ、その光が収縮し、二つのエッグが出現した。
「エッグが……!」
「私のSUN-DRIVEは……貴方がいる限り……消えない……。LAYですら取り込むことはできない……」
エッグから二つの鉄腕が伸びる。蒼き装甲の、レイズナーのDアーム。
「最初に会った日……貴方は教えてくれた……『みんなと楽しく過ごす』……それが自分の夢だって……今もそう?」
レイの質問に、まあちはとびきりの笑顔で、
「もっちろんだよ!」
まあちの答えに、レイは微かに口元を上げ、
「そんな貴方だから……私は、『この子』を託そうと……思ったの……」
まあちと繋いだ手とは反対側の手で、レイズナーの蒼き装甲に触れた。
「行こう……レイちゃん!」
まあちは目の前に広がる黒い空間を見上げて、叫んだ。
「V-MAX発動ッ……!!」
蒼き光がまあちとレイの体を包み、飛翔する。
蒼い流星が一本の矢の如く天に向かって飛翔し、やがて真っ黒な空間の天蓋を突き破った。
「貴方……一体何を言ってるの?」
LAYが信じられないものを見る目で言った。
「私が欲しいのはソレよ。なんでもくれるんでしょ?」
「ふざけないで……それだけはダメよ! 絶対に貴方にはあげないわ!」
怒りを隠すことなく、声を荒げて言った。
「アレは私のものよ! もし奪おうとするなら……貴方でも許さない!」
敵意を込めた瞳で楓を睨み、その手を振り上げようとした時――
空間の一角が割れた。
「!」
割れた空間の裂け目から、蒼い光が飛び込んでくる。
地面に降り立つと光は消え、二人の少女の姿が現れた。
「まあち……」
楓はポニーテールの少女を見て言った。
「楓ちゃん……私、来たよ! 楓ちゃんとLAYちゃん、二人を止めるために!」
まあちもまたツインテールの少女を見て言った。
(つづく)
著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥
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