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【第19回】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン
四章②
「レイ……貴方……」
現れた闖入者にLAYが眉を顰めた。
「LAY……貴方の拘束は……解除した……」
「……ふうん。頑張ったのね。でも、今さら何が出来るの? 貴方に私を止めることはできない。そうよね……楓」
楓が、LAYを守るように、レイとまあちの前に立つ。
「まあち。あんたもレイから聞いたようね。LAYがこれから何をしようとしているか」
「うん。だから、私はここに来た」
楓は背後のLAYを指し、
「正直に言えば、私はこいつが好きじゃない。むしろ嫌いと言ってもいいわ。AIに支配される世の中もまっぴらごめんよ」
「…………」
「だけど……私にとって必要なものを、こいつは持ってる。それだけで私がこっちに立つには十分なの」
ザンボット3のエッグから鋼鉄の双腕を伸ばし、
「分かってるとは思うけど、私のSUN―DRIVEは以前とは違うわ。あんた一人じゃ逆立ちしても敵わない」
知っている。
容易く静流を倒した楓。一二三のパワーを丸ごと吸収したのは確かだった。
けれど、怯みはしない。
『最強のSUN―DRIVER』に挑むのは、これで二度目だ。絶望的な実力差如きで怯えてしまっては、あの元気いっぱいの生徒会長に笑われてしまう。
その時、まあちの背にひんやりとした感触が触れた。
レイの手だった。
「レイズナーは、もう貴方のもの……。貴方の想いに応えて……可能性を……未来を切り開いてくれる……」
レイの言葉が勇気と力を与えてくれる。
かつて、学園で戦艦型のフラクチャーと対峙した時、震える自分の背中を押してくれたように。
(やっぱり、あの時助けてくれたのはレイちゃんだったんだね……)
SUN―DRIVEを通して、いつも自分を見守っていてくれたレイ。
「信じて……レイズナーの……自分の力を……」
「うん……!」
自分にも分かる。感じられる。
SUN―DRIVEと――レイズナーと繋がっているのが。
二つの惑星の戦争を止めるべく、一人で戦い続けた青年。彼の想いを叶えるため、レイズナーは蒼き流星となって宙を駆けた。
今の私にも譲れない想いがある。
その想いを叶えるために叫ぼう――私の蒼き光に向かって!
「行くよ、レイズナーッ! マキシマムモーードッ……!!」
まあちのエッグから眩い光が放たれる。
それは紺碧の海にも勝る、蒼き光。
蒼光がまあちの体を包み、その『力』が形となって現れる。
頭部を覆う緑のバイザーが一回り大きくなり、両脚のブーツに新たな装甲が出現する。足元のみならず、腰部と胸部も、流麗にして強靭なアーマーが覆っていく。
左右に突き出される、蒼き双椀の勇壮なる拳。
凛然たるその姿こそ、『蒼き流星レイズナー』のマキシマムモード。
まあちの想いに応えて、蒼き戦士がその力を解放した。
「楓ちゃん。これが私の『レイズナー』だよ……!」
まあちの言葉に、けれど楓は不敵な笑みで応える。
「やるじゃない。……けど、忘れてもらっちゃ困るわ。あたしも同じ力を手に入れてることを!」
両手を左右に広げ、己が鋼鉄の腕に命じる。
「見せなさい、ザンボット3! あんたのマキシマムをッ……!!」
ザンボット3のDアームが強く輝く。
月光の如き金の光が楓のアンダースーツを包み、その姿を変貌させていった。
脚部のブーツに新たな強化装甲が加わり、背中から翼の如き巨大な金色のパーツが伸びる。胸部には大きな『Vの字型』のアーマーが現れ、額にはザンボット3を象徴する三日月型の角。
侍の甲冑を彷彿とさせる剛腕に、全身から放たれる雄々しき威風。
精悍たるその姿こそ、『無敵超人ザンボット3』のマキシマムモード。
「これがマキシマムモードなのね……悪くないわ」
漲る力を確かめるように鋼の拳を握り締める。
対峙する、二つのマキシマム。
「まあち、あんたとは一度本気でやり合ってみたかったのよね。あんたも同じじゃない?」
楓の挑戦的な笑みに、
「いや。そんなこと一度も思ったことないけど」
まあちはキッパリと答えた。
「ふふふ。やっぱりね。お互い気持ちは一緒…………ん? あれ? あんた、今なんつった?」
「だから、『戦いたいと思ったことない』って言ったの。楓ちゃん、いきなり何言ってるの?」
「ちょっ……!? な、なんなの、その返し! ここは『私も同じ気持ちだったよ、楓ちゃん』一択でしょ! おかしいわよ、あんた……!」
「おかしいのは楓ちゃんの方だよ……」
まあちは困った顔をした。
「ちょっと! やめてよ! 困った顔しないで! まるであたしが一人で熱血バトル漫画のテンションになったあげく、スベッたバカみたいじゃない!」
「言ってる意味はよく分かんないけど……たぶんそうなんじゃない?」
「ギャーーースッ! バカの担当はあんたでしょ、バカまあち!」
恥ずかしさに顔を真っ赤にする。
「おかしいわ……。こんな展開、想定してなかった……。相手が悪すぎたのね……。まあちじゃなくて、栞だったら一二〇%乗ってきたはずなのに――」
栞の名を口にした途端、楓がハッとした顔をした。
目を伏せ、暗い表情で俯く。その名を口にする資格が自分には無いというように。
間違いない。楓は罪悪感を抱いていた。
栞を、友達を手にかけたことに。
それが分かれば十分だった。
楓は何も変わっていない。強気で、自分勝手に見えて――誰よりも優しい。
「私にとって楓ちゃんは大事な友達だよ。だからこそ、楓ちゃんと戦うの」
「……そう。それが『今のあんた』の答えなの」
フッと口元を緩め、
「出会った頃とは違うのね……。少しは成長したじゃない」
だが、すぐさま笑みを消し、毅然とした瞳で、
「でも、負けたら何も叶わないわよ。自分の主張を通したいのなら、私に勝ってみなさい!」
「うん……!」
二人が同時に身構える。
戦いの火蓋が切って落とされようとした瞬間――
レイがまあちの前に歩み出た。
「れ、レイちゃん?」
「私にも……やることがある……」
レイが楓の背後に立つLAYを見る。
「全ては……私が……彼女を止められなかったせい……」
LAYが薄く笑み、
「へぇ。私とやる気なの?」
「私には……貴方を止める……『責任』がある……」
「本気みたいね。いいわ。相手してあげる。姉としては妹のお願いは無下に出来ないもの」
「…………」
「それに、私も一度使ってみたかったのよね……私のSUN―DRIVEを」
LAYが優雅に手を伸ばし、自らの『力』を呼び出す。
空間にひずみが生まれ、LAYの左右に球体状の赤い物体が二つ出現した。
エッグ。
だが、そのサイズは大きく違っていた。
通常のエッグが直径二〇センチほどなのに対して、そのエッグは少なく見積もっても一メートル以上はあった。
「私が最初に造ったSUN―DRIVEよ。他のは、これを基に造られた量産機に過ぎないわ」
その場に存在するだけで、周囲を圧倒するような鋼の球体。
展開せずとも分かる――それが圧倒的な力を秘めていることは。
「SUN―DRIVE起動――機装化――」
巨大エッグの表面に、不可思議な紋章が現れる。
幾つもの図形が合わさった幾何学模様――それはギリシャ文字のΙ、Δ、Ε、O、Nが重なった「ΙΔΕΟN」のゲージ――伝説の無限力の象徴。
「目覚めなさい……イデオンッ!」
紋章から強い光が放たれ、空間を覆っていく。
触れているだけで吹き飛ばされそうな光の圧力。
その膨大な光の中から、鋼の巨体が現れた。
血よりも赤く、暁の光よりもなお朱い、真紅の装甲。
比類なき力を宿した、無双の鋼鉄の腕。
だが、現れたのは『腕』だけではない。唯一無二たるそのDアームは、鋼鉄の胴体と脚すら備えていた。
三メートルを超える巨体が大地を踏みしめ、勇ましく立つ姿は、まさに『伝説の赤い巨神』を彷彿させた。
胸部装甲には、人間一人分ほどの窪みがあり、そこに主人たるLAYが収まっている。といっても搭乗しているわけではなく、その体は浮遊している。Dアームは乗るためのものではなく、どこまでも力を振るうための『腕』なのだ。
LAYの頭部は青いバイザーで覆われており、体の前には『イデ』のマークが描かれた半球形の物体――ゲージが浮いていた。
「どうかしら、この姿は。貴方に太刀打ちできるかしら?」
銀髪の少女を見下ろし、艶然と微笑む。
だが、銀の瞳は、超絶なる巨体を前にしても揺らがなかった。
「貴方に言いたいことが……二つある……」
後ずさることなく――むしろ、その足を前へと踏み出す。
一歩一歩LAYへと近付きながら、
「私は貴方と同一の存在……。貴方が出来ることは、私にも可能……そして……」
茫洋としていた瞳に確かな意思を込め、
「あまり私を舐めないで」
レイの左右に巨大なエッグが出現した。
LAYのエッグと同型だが、そのカラーは青。まるでフィルムのネガポジのように反転した色合いをしていた。
「SUN―DRIVE起動――機装化――イデオンッ!」
レイの呼び声に応え、エッグの表面に幾何学模様が――イデの紋章が浮かび上がり、鋼鉄の腕と胴体、脚が出現した。
LAYのSUN―DRIVEと瓜二つの、だが色合いだけは正反対の巨神が大地に立つ。
巨人の中心部に浮遊したレイがLAYを見据え、
「貴方には……負けない……」
「まさか貴方も用意していたなんてね。やるじゃない」
二体の巨神を、まあちが驚きの目で見上げる。
「あれがレイちゃんのSUN―DRIVE……」
「……感心するのはいいけどね、隙だらけよ、まあち!」
楓のDアームが槍を――ザンボット・ブローを突き出す。
鋭い切っ先がまあちに迫るが、蒼いDアームが槍の柄を掴み、刃先を食い止める。
「もちろんこっちの勝負も忘れてないよ、楓ちゃん!」
「なら、結構。まだまだ行くわよ!」
槍が形を変え、二本の三つ又の刀――サンボット・グラップに変形。両手に握り直すと、素早い斬撃を繰り出してくる。
高速で迫る二刀を、まあちは必死に、けれど冷静に躱していく。
LAYは隣の戦いを一瞥し、
「こちらも始めるとしましょうか」
「…………」
同じ姿をしながらも、黒と銀――正反対の色をした少女たちが向き合う。
二人の間の空気が張り詰めていき――
一気に弾けた。
互いのイデオンが、同時に地を蹴る。巨神は、その巨体からは想像もつかぬ速さで地を駆けた。瞬時に間合いを詰め、鋼鉄の拳を握り、初撃にして必殺の一打を放つ。
繰り出された無双の拳同士が激突。凄まじい衝撃がnフィールド そのものを揺らす。
拳撃は止まらず、二撃、三撃と、拳が連続で振るわれる。
止まらぬ連打のぶつかり合いが、爆竹の如き金属音を響かせる。
行き交うのは拳だけではない。ラッシュの合間にDアームの脚が蹴りを放つ。
「SUN―DRIVEを動かすのは初めてだけど、なかなか悪くないわ」
激しい打ち合いの中、LAYが悠然と微笑む。
「『戦う』という行為に人が没頭するのも理解できなくないわ。貴方もそう思わない?」
問いかけるが、レイは答えなかった。
……いや、答えることができなかった。
「大丈夫? そんな余裕のない顔をして……。それに、少しずつ遅れだしているみたいだけど」
二人の攻防に徐々にだが差が生まれ始めていた。
先ほどまでは同時に激突していた拳が、僅かにLAYの拳の方が先行し始める。レイの間合いが少しずつ削られ、徐々にだが劣勢に追い込まれていく。
レイが遅くなっているのではない。
LAYが速くなっているのだ。
「貴方と私には決定的な違いがある。それは『経験値』よ。私は、これまで行われてきた全てのSUN―DRIVERの戦いを見てきた。それはつまり彼女たちの戦闘データが余さず私の手にあるということ」
LAYのイデオンが強引に迫ってくる。
すかさず迎撃の一打を放つが――
突き出されたレイの拳に被せるようにして、LAYのストレートが襲い来る。圧倒的な威力を持った拳がレイに突き刺さり、イデオンの巨体ごと吹き飛ばした。
「くぁっ……!」
レイの口から悲鳴が漏れる。
エネルギーシールドで体は守られていても衝撃までは防ぎきれない。人に近づくために、レイは『痛覚』すらも獲得していた。
「どう? ボクシング部の部長が使っていた技術よ。『クロスカウンター』というらしいわ」
カウンター。相手の攻撃を利用して、多大なダメージを与える技。
「人が鍛えた、人を倒すための技よ。人間が好きな貴方にはうってつけの技だと思わない?」
レイが身を起こす。いささかも闘志が衰えぬ瞳で、
「同じこと……言わせないで……。私をあまり舐めないで……!」
Dアームを十字にクロスさせ、
「私にも、この目で見てきた『戦い』がある……!」
腕部に設置されたミサイルポッドのハッチが開き、一斉にミサイルが放たれた。
何十というミサイルがLAYに殺到する。
「甘いわ、レイ……!」
LAYのイデオンの全身をオレンジ色の光が包む。
ミサイルが衝突して爆発するが、オレンジ色の光によって衝撃が全て遮られる。
エネルギーシールドとは違う、イデオン自身が持つバリア機能。
だが、初めからミサイルはダメージを狙ったものではない。
「……っ」
LAYの目が、驚きに開かれる。
爆発の煙が晴れたそこに――レイの姿は無かった。
ミサイルの爆発を目くらましにして姿を消したのだ。
それはかつて、まあちが静流と戦った際にとった戦法だった。
あの時、まあちは天井に身を隠して好機を狙ったが、現状のnフィールドは創界山の死の荒野であり、イデオンの巨体が隠れられるような物陰は近くには存在しない。
だから、レイはその身をnフィールドと同化させた。
正確にはnフィールドを形成するテクスチャーを装甲表面にコピーして、風景と同化したのだ。
じっとしている限り、LAYにも発見は不可能なはずだ。
LAYが隙を見せた瞬間、死角から最大の一撃を見舞う。それがレイの策だった。
だが、LAYの口から出たのは笑い声だった。
「あははっ。貴方がそんな手を使ってくるなんて……ちゃんと貴方は貴方で『成長』しているのね。なんだか嬉しいわ」
嬉しそうに言いながら、腕部装甲からミサイルを適当な方角に発射する。
何発も何発も放ち、隠れたネズミをあぶり出すように周囲を破壊していく。
「そこ? あるいは、そちらかしら?」
まるで遊びにでも興じているようだった。
実際、そうなのだろう。他愛もない遊び。LAYはどこまでもレイを軽んじていた。
だが、レイは動じなかった。
(私は……私のやるべきことを……やるだけ……)
今も近くで戦うポニーテールの少女を見る。
ザンボット3の猛攻に対して守勢一方のまあち。
だが、まあちには切り札がある。『V-MAX』。発動時は一二三の龍神丸にすら匹敵するパワーを得る。だが、V-MAXは使用者にかかる負担も大きい。ゆえに長時間発動し続けることはできない。だからこそ、ここぞというタイミングをまあちは狙っているのだ。
それでも、このまま戦い続ければ、いずれまあちは負けるだろう。
二人のSUN―DRIVEには、埋めることの出来ない性能差があった。
一〇〇体分のエネルギーを吸収した楓のSUN―DRIVE。
一二三との戦いでも、まあちは実力的には負けていた。あの時は、一二三が汚染した精神を浄化されたことで、自ら戦いをやめたに過ぎない。
だが、楓の心は今も正常だ。
彼女は自分の意思で戦っている。己の願いを叶えるために。
だからこそ自分がやらなければならない。
LAYに勝って、自分がこの戦いに決着をつけるのだ。
大事な人を守るためにはそうするしかない。
(私は……変わったのかもしれない……)
以前はこんな風に思うことはなかった。人間は重要だが、それはあくまで『種』としての存在であり、そこに『個人』という概念は無かった。
だが、今は違う。
七星まあちは、七星まあちしかいない。他の誰も『七星まあち』にはなれない。
九胤院栞も天霧静流もだ。
彼女たちは、同じでないからこそ、誰もが唯一無二なのだ。
だからこそ、守りたい。
そのたった一つの大切な存在を。
全力で迷彩を施しながら、イデオンのDアームにエネルギーを充填させていく。
イデオンが持つ最大にして最強の武器――波導ガンを放つために。
(あと……少し……)
Dアーム内のエネルギーが上昇していく。
さすがに発射直前になれば、LAYにも気づかれるだろう。
だが、あと僅かでエネルギーが臨界点に達しようとした瞬間。
「そろそろ飽きたわ、レイ」
LAYが言った。
「せっかくチャンスを与えてあげたのに……充填に時間をかけすぎね」
LAYの赤いイデオンが、両腕を胸の前で交差させる。
「データによると、オリジナルのイデオンには全身に五六九基のミサイルランチャーと一万六〇〇〇発のミサイルが搭載されていたそうよ。……いいことを教えてあげるわ。この機体にも同じ数の武装が備わっている」
レイは即座にエネルギー充填シークエンスを終了させ、波導ガンを発射しようとしたが――
「食らいなさい! 全てを星と化す、全方位ミサイルを!」
耳をつんざくような発射音と共に、イデオンの全身から――腕部から、肩装甲部から、脚部から、計一万六〇〇〇発のミサイルが発射された。
全方位に発射されたミサイル群が、あるとあらゆるものを破壊し尽くしていく。爆発の光球がnフィールド全体を埋め尽くし、形のある一切を消滅させていった。
(つづく)
著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥
©サンライズ
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