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【第22回】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン
五章②
まあちが目覚めた時、そこは聖陽学園の保健室だった。
窓の外は暗く、すっかり夜になっている。
両脇のベッドでは、栞と静流が眠っていた。二人とも深く目を閉じており、当分目が覚めそうにない。恐らくSUN-DRIVEのせいだろう。まあちと違い、二人はSUN-DRIVEを楓に撃破され、吸収されたままだ。その精神的ダメージが、肉体にまで影響を及ぼしているのだ。
「……おはよう」
ぶっきらぼうな声で、楓が言った。
ベッド脇の椅子に座る楓。その額は汗ばんでおり、どこか疲れた様子だった。
恐らく楓がまあちたちを保健室まで運んできたのだろう。ERINUSSのメインルームがあるのは、地下四階ほどの深さだ。そこから人ひとりを背負って、本校舎まで運ぶのは簡単なことではない。特に楓は人より体力が無いので相当苦労したはずだ。
まあちは室内を見回した。
いるのは、栞と静流、楓の三人だけ。他には誰もない。
分かっていたことだが、それでもまあちの胸を喪失感が襲う。
やっぱり……あの子はもういないんだ。
悲しみに沈むまあち。
その姿を見た楓が立ち上がり、
「ちょっと付き合ってよ」
本校舎の校門前に広がる広場。
楓に連れられてきたまあちは、そこで巨大な異物を目にした。
「これって……」
広場の煉瓦畳を突き破り、見上げるほどの大樹が生えていた。
四階建ての校舎よりも高く、四方に広がった枝葉が頭上をすっかり覆ってしまっている。
「LAYが造ったナノマテリアル製の巨大アンテナよ」
全生徒の意識を洗脳し、操作するための装置。nフィールドの中で映像を見せられたが、実物を目にすると、その巨大さに圧倒される。
「LAYはもういない。今の所有者は瀬里華よ。あいつはLAYからERINUSSの全権限を奪った。自分の目的を果たすために」
「楓ちゃんは……知ってたの? 旺城先輩が関わっていたことを」
ここまで謎の行動を取り続けた楓。
楓はピーコンを取り出すと、
「このSUN-DRIVEを手にした時から、『もしや』という思いはあったわ。SUN-DRIVEなんてとんでもないプログラムを動かせるのはERINUSSしかない。そして、あいつはあたしを利用して、ERINUSSにアクセスした」
「じゃあ、私と会った時にはもう……」
「私がSUN-DRIVEを使っていたのはフラクチャーを倒すためだけじゃないわ。SUN-DRIVEに瀬里華が関係しているのか。関係しているとしたら、何が目的かを調べるためよ」
初めて楓と会った時、楓はSUN-DRIVEを使う理由について言葉を濁した。
その理由がようやく分かった。
「確信したのは、七月になって欠席者が出始めた時よ。何せ去年の九月と同じ現象だしね、あいつが関わってるのは間違いなかった。ただ、去年とは多くの点が異なってる。『SUN-DRIVE』という存在自体がそうよ。だから、私は全容を調べるためにERINUSSそのものをもう一度調べることにしたの。そのために……レイに話を持ちかけた」
レイの名前に再び悲しみが襲ってくる。
だが、沈みそうになる心を抑え、話の続きを促す。
「どうしてレイちゃんに話を……?」
「ERINUSSの管理用AIプログラムの存在は知ってたからね、あんたに紹介された時、ピンと来たの。もしかしてこの子がそうなんじゃないかって。実際に本人に尋ねてみたら、あっさり肯定したわ」
「ええ!? ホント!?」
「あんた、そのあたりのこと全然聞かなかったんでしょ? ……でも、レイは感謝してたわ。何も聞かないこと。ありのままの自分を受け入れてくれたことを」
消える瞬間の、レイの笑顔が蘇る。
ありがとう。
そう彼女は言っていた。
「私はレイからLAYの存在を聞かされた。LAYは『ある人物』によって、思想を操作され、人間を憎むように教育されていたわ。もちろん、それこそが瀬里華なんだけど。でも、レイは誰かまでは知らなかった。LAYがずっと隠していたからね。あたしが瀬里華の存在を教え、レイがLAYの存在を教えてくれた。そこでおおよその事態の全貌は掴めたわ」
「裏でずっとそんなことをしてたんだ……」
「レイと二人で創英財団の研究所も訪ねたわ。レイの『緊急停止プログラム』をあたしのPC経由で起動させるためには、設計データと認証コードがどうしても必要だったの。まあでも、レイがいてくれたおかげで研究所に入るのは楽だったわ。さすが都市管理AIね。どんなプロテクトも一瞬で突破していったわ。さすがのあたしでもアレには敵わないわよ」
その時のことを思い出して、楓が苦笑する。
「そうして準備を整えた上で、機会を待った。SUN-DRIVEの戦いが佳境に入れば、必ずLAYはレイに接触する。唯一の脅威である『緊急停止プログラム』を封じるために。でも、それこそがあたしたちの狙いだった。あいつはレイを閉じ込めたつもりかもしれないけれど、こっちからしたらあいつが内部に招き入れてくれたのよ」
「もしかして楓ちゃんに倒された後、私がレイちゃんと会えたのは……」
「レイの拘束を解除するためには、あんたの力が必要だった。そのためには、LAYと同期したあたしがあんたを取り込む必要があったのよ」
全てはLAYを止めるために、予め計画されていたことだった。
だが、だからこそ言わずにはいられない。
「どうして……私たちには話してくれなかったの?」
自分だけじゃない。栞や静流にもだ。
「みんなで協力すれば、もっといい解決方法があったんじゃないの?」
「そうね……そうかもしれない。あの二人を止めるだけなら出来たかもしれない」
「じゃあ……」
「でも……それじゃダメなのよ。あたしの目的は『止めること』じゃない。あたしは瀬里華と戦いたかった。真正面からあいつに挑んで、あいつの望みを砕きたかった。じゃないと……あたしは、あたしの望みを果たせない」
「…………」
「あたしは、自分の願いのためにみんなを犠牲にしたの」
そこで、まあちはようやく気付いた。
どうして楓が頑なに『楽援部』への入部を拒否していたか。
「自分には資格がないと思ってたんだね? 私たちの部活に入る資格が」
「あんたたちの『楽援部』は人の夢を応援することでしょ? でも、あたしは違う。あたしは自分の夢を叶えることしか考えてない。そんな人間はいちゃいけないでしょ」
自嘲気味に笑う。
「責任は取るわ。絶対に瀬里華はあたしが止めてみせる」
「…………」
「一時間後、あたしはここに戻ってあいつと決着をつける。そこで全てを終わらせるわ」
そう言って、楓は去っていった。
まあちは、その後を追おうとはしなかった。
自宅に戻り、楓は一階のリビングの電気をつけた。
久々の我が家だった。
まあちと別れを告げたあの日、楓はこの家を後にした。それから学園の地下にあるERINUSSのメインルームにずっといたのだ。
目的はERINUSSと自分のPCを繋げ、専用の回線を確立すること。一つはレイが停止プログラムを使用するため。もう一つはLAYがいなくてもSUN-DRIVEを使用可能な状態にするため。せっかく瀬里華が現れても、戦う手段が無いのでは意味が無かった。
LAYと接触を図ったのも、その作業の最中だ。勝利した際の約束を取り付け、自然な形でLAYと深く同期できるよう準備しておいた。
全ては自分の望みを叶えるために。
整理整頓されたリビングは、物が無いせいか、どこか寒々しく見えた。
……いや、そうじゃない。ここにあった大切なものを、自分で捨ててしまったからだ。
放課後のたまり場。部室という場所を。
寂しいと感じる。辛いと感じる。だが、それを口にする資格は自分には無い。
リビングから離れるように、二階の自室へ戻る。
ふと、自分の部屋から音がしていることに気付いた。
警戒しながら自室の扉を開ける。
途端に派手な爆発音やビーム音が耳に飛び込んできた。
「な、何……?」
部屋のテレビから映像が流れていた。
アニメだった。画面の中で戦う巨大ロボット。間違いない。あれは『ザンボット3』だ。
机の上にBlu-rayのパッケージと共に手紙が置かれていた。
手紙があることは知っていた。むしろ楓が自宅に戻ったのは、これを読むためだった。
それが栞と交わした約束だったから。
「部屋に……手紙を置いておきましたわ……帰ったら……必ず読んでください……」
楓に倒される間際、彼女はそう言った。
手紙を手に取り、中身を読み始める。
『ごきげんよう、楓さん。いえ……ご機嫌ではないかもしれませんね。貴方が悩みを抱えていることは薄々気づいておりました。私たちに話さないのは、きっとそれだけの事情があるからでしょう。教えていただけないのは、少しだけ寂しいですけど……(笑)。とても水臭いと思いますけど……(笑)。すごく他人行儀だと思いますけど。ともすれば、薄情だと思いますけど。本音を述べるなら、親友である私たちに黙っているなんて栞は大変ご立腹ですわと思いますけど。……でも、私は気にしていません』
「…………」
二枚目の便箋をめくる。
「前置きが長くなりましたが……私が伝えたいのは、一つだけ。私はいつだって貴方の友人だということ。もし貴方が望まぬことをして、そのことでご自分を責めたとしても、私の気持ちは変わりません。この先もずっと、栞は貴方の友達ですわ。ですが、きっと貴方のことです。辛くても、その気持ちを押し殺して、外には出せないことでしょう。ですから、そんな時こそ……ロボットアニメですわっ! 辛く、苦しい戦いにも挫けない彼らの姿が、貴方に勇気とガッツを与えてくれるでしょう! ……私にはこれぐらいのことしかできませんが、いつでも貴方のことを応援しています。 PS、エンドレスで再生しているので、早く帰ってこないと電気代が大変ですわよ? 栞』
便箋にポタポタと水の雫が落ちる。
涙が止まらなかった。
その場に崩れ落ち、
「ごめん……栞……静流……レイ……本当に……ごめん……」
誰もいない部屋で楓は一人謝り続けた。
瀬里華との勝負まで、あと三〇分。家を出ようとした時、思わぬ訪問者が現れた。
まあちだった。
何故か陸上部のユニフォームを着ていた。
「楓ちゃん。私にちょっと付き合って」
「付き合ってって……」
怪訝な顔をする楓を、強引にまあちが引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと! あたしはこれから大事な戦いが……!」
「いいからいいから」
そう言いながら、楓を無理矢理連れ出す。
そのまま校内を歩き、辿り着いたのは本校舎脇の『第一運動場』だった。
「どうしてこんなところに……」
「楓ちゃん。ここで今から私と勝負しよっ」
「は……はあああ?」
思わぬ提案に、素っ頓狂な声が出る。
「勝負方法は100m走! あたしと駆けっこしよう!」
まったく意味が分からない。
だが、まあちの顔はやる気に満ちており、冗談を言っているような雰囲気はない。
「な、なんでそんなことしなきゃなんないのよ」
「いつもだったらしずちゃんが相手してくれるけど……今は楓ちゃんしかいないから」
「うっ……」
その名前を出されると弱い。どうしても強く言い返せなくなってしまう。
「一回だけでいいから! ね?」
「……わ、分かったわよ。一回だけだからね」
「うん!」
訳の分らぬまま、まあちと並んで立つ。
まあちがしゃがみ込み、クラウチングスタートの姿勢を取る。
(本気すぎでしょ……)
「それじゃあいくよー。位置について、よーい……スタートッ!」
まあちの掛け声と共にスタートした。
かたや元陸上部。かたやインドア娘。
一歩踏み出すごとに、まあちと楓の差がみるみる開いていく。
それでも楓は真剣に走った。まあちの意図は分からないが、少なくともそれが礼儀だと思ったから。
「……ゴーーーールッ!」
当然の如く先にゴールしたまあちが叫ぶ。
だいぶ遅れてゴールした楓が「ぜーはぜーはー」と荒く息をつきながら、
「で……結局、何のための勝負なの……これ……」
「特に意味はないよ」
「はああっ!?」
「強いて言うなら、たんに『勝負』がしたかっただけ」
言っている意味が分からない。
そんなことのために、大事な一戦を前にしてあたしは「ぜーはぜーは」言わなきゃいけないのか。理不尽過ぎる。
思わず文句を言うとした時、
「昔はあんまり好きじゃなかったんだよね。誰かと勝負することって」
まあちが言った。
それは楓も知っている。誰かと競い合うことを避けるまあちの性格。そのせいで一度は静流と縁が切れてしまった。
「しずちゃんと仲直りした後にね、言われたんだ」
その時の静流の言葉を楓に伝える。
「まあちゃん……負けることは悔しいけれど、何かを失ったと考えるのは間違いよ。私は中学時代、何度もまあちゃに負けた。けど、だからこそ、次は勝とうと頑張れた。その努力は、確かな事実として心に刻まれている。たとえ一度も勝てず、『なりたい自分』には届かなかったとしても……きっと『誇れる自分』にはなれた。勝負は勝ち負けだけが全てじゃない。勝負を通して、真剣にぶつかり合うからこそ生まれるものがある……それを覚えていてほしいの」
そう言って、静流は一番の親友を諭した。
「それを聞いた時……思ったんだ。もう一度、走りたいって。誰かと一緒に、自分をぶつけるような勝負がしたいって」
力強い言葉でまあちは言った。
「……栞が気にしてたわ。朝、登校前にあんたと静流が二人で何かやってるって」
「しずちゃんに走る練習を付き合ってもらってたの。昔のブランクを取り戻すために」
まあちは楓を真っ直ぐに見て、
「楓ちゃんも自分の全てをぶつけようとしてる。それは楓ちゃんにとって譲れない大切な想いなんだよね? なら、私のすることは一つしかないよ」
楓に笑顔を向け、
「誰かが本気で何かをやろうとしているのなら、それを『応援』するのが私たち楽援部だよ!」
明るく、笑って言った。
「でも……あたしは……」
あんたの大事なあの子を奪ってしまった。
まあちは首を横に振り、
「レイちゃん、言ってた。『自分の意思で決めたこと』って。だから、誰かのせいとかじゃないよ。あの子が、あの子の気持ちで決めたことを――その『本気の想い』を、私も受け止めたいの」
まあちが微笑む。
悲しくないわけがない。だが、その想いに負けまいと、まあちは微笑んでいた。
「だから、楓ちゃんのことも全力で応援するよ! 私がそうしたいから!」
まあちの笑顔が、どこまでも眩しかった。
目頭が熱くなる。黙っていると泣いてしまいそうで、
「あんたって奴は……どこまでお人好しなのよ……」
いつもの憎まれ口を叩くが、
「だって、それが私だもん!」
やはりとびきりの笑顔でまあちは答えた。
瀬里華にメールで伝えた時刻になり、校舎前広場の大樹のもとにやってきた。
隣には、まあちの姿。
「私にはSUN-DRIVEがないから、ここまでだね」
楓はチラリとまあちを見てから、
「あの……さ。一つ頼みがあるんだけど……」
「?」
「全ての片がついて、もう一度ここへ戻ってこれた時はさ……あんたの部活に入れてよ」
頬を赤くしながら楓が言った。
「そんなの……もっちろんだよ!」
まあちが当然のように答える。
楓はフッと笑み、これで心残りが消えたというようにスッキリした顔をして、
「それじゃあ、行ってくるわ」
「うん! いってらっしゃい!」
楓がピーコンを取り出して、SUN-DRIVEを起動させようとする。
だが、その直前に、
「そうだ。もう一つ頼まれて欲しいことがあるんだけど」
(つづく)
著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥
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