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【第24回】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン
六章②
瀬里華のエッグから金属音の咆哮が轟き、鉄腕が勢いよく伸びた。
漆黒の鋼でできたそのDアームは、何よりも力強く、勇壮で、強大だった。
科学の叡智を結集して作られたスーパーG装甲が輝きを放ち、全人類の希望を託されたGSライドが熱き血潮を滾らせる。
全ての悪を退けんと固く握られた、その両の拳。
『勇者王』。
絶対にして、比類なき、無双のSUN-DRIVE――『ガオガイガー』がその姿を現した。
「プロテクトシェードッ……!」
ガオガイガーの左腕が突き出され、掌の先に防御フィールドが発生する。
弾かれる楓のザンボット・カッター。
攻撃を防ぐと同時に、瀬里華が今度は右腕のDアームを頭上に掲げる。高速で回転し始める前腕部。
「ブロウクン・マグナムッ……!」
回転する鉄拳を鋭く前方に撃ち出す。
撃ち出された鉄拳が空中を疾走し、楓に迫る。
楓がザンボット・カッターで防ごうとするが、超高速回転する拳に刀身が触れた瞬間、粉々に砕かれた。刀を粉砕し、『ブロウクン・マグナム』が楓の胴体に突き刺さった。
「ぐっ……!」
苦悶の声を漏らし、楓の体が吹き飛ぶ。地面に激突。それでも勢いは止まらず、何度も地面を跳ねながら壁に衝突して、ようやく止まった。
エネルギーシールドを見ると、たった一撃で十分の一ほどが削られていた。
「これが私のSUN-DRIVEの『力』よ」
瀬里華が悠然と口にする。
楓はふらつきながら体を起こし、
「……まさか……ガオガイガーを出してくるなんてね……」
「へえ、知っていたのね」
「ロボアニメ好きな知人がいてね……その影響よ」
「人付き合いを絶っていた昔からは想像もできないわね。確かに……貴方、変わったわ」
瞳にどこか冷たい光が混じる。
楓は皮肉るような笑みを浮かべ、
「はっ……あんたなんぞに使われて、勇者王も気の毒ね」
「どうかしら。むしろ私にこそ相応しいと思うのだけれど。私は確かにLAYのシステムを使うつもりだけど、目的はアレとは別よ」
デバートの屋上から聖陽学園の広大な敷地を見渡す。
「私は、この学園を平和にしたいの。誰もが苦しむことなく、幸福に過ごせる場所に変えたいのよ」
瀬里華は言った。
その口調や眼差しに、嘘を言っている雰囲気は無い。どうやら本気で言っているようだった。
だが、楓にはそんなこと関係ない。
Dアームの手裏剣型ミサイル――ザンボット・バスターを取り出し、投擲。瀬里華の周囲に着弾し、爆発が起こる。爆炎が収まらぬうちに突っ込み、追撃のザンボット・グラップを炎の向こうに放った。
鋭い金属音。
無傷の瀬里華が、Dアームで刃を容易く防いでいた。
だが、それがなんだというのだ。
防がれたのなら、さらなる一刀を振るうだけ。左右の二刀から高速の連続攻撃を繰り出す。その一刀一刀が、一二三の登龍剣に匹敵する威力を備えていた。
けれど、そのパワーをもってしても瀬里華のガオガイガーには届かない。
「ちっ……! たいした性能ね!」
「それは思い違いよ。一〇〇体分のスペックを有した貴方のSUN-DRIVEと、LAYを取り込んだ私のSUN-DRIVE……出力だけで言えば互角よ」
「なら、なんだってあたしの攻撃がこんなに弾かれるのよ!」
「分からない?」
瀬里華は憐れむような声で、
「貴方と私の腕の差よ」
ザンボット・グラップを振り下ろすDアームの手首を、ガオガイガーのDアームが掴む。そのまま勢いを利用して楓ごと投げ飛ばした。
先程と同じ投げ技を、瀬里華はDアームを使って再現してみせた。しかし、技は同じでも威力は圧倒的に異なる。
飛ばされた楓の体はコンクリート製の壁を突き破り、そのまま隣の雑居ビルに激突した。
外壁を突き破り、雑居ビルのフロアに派手に倒れる楓。
瀬里華がデパートの屋上の縁に立ち、楓を見下ろす。
楓は倒れたたまま――けれど、瀬里華に向かって中指を突き立てると、
「吹っ飛びなさい」
ニヤリと口角を上げた。
ガオガイガーのDアームの裏側に取り付けられた手裏剣型のミサイル。左右に一つずつのミサイルが、楓の合図と共に起爆した。先程の攻防の際に楓が仕掛けたものだった。
大爆発が瀬里華とガオガイガーを包む。
だが――
「……懲りない人ね」
爆煙の奥から、やはり無傷の瀬里華が現れた。
ガオガイガーの左腕に防御フィールドが生じている。プロテクトシェードが爆発の衝撃を全て防いだのだ。
瀬里華は困ったような顔をして、
「ねえ、どうしてそこまでするのかしら?」
「なんですって……?」
「賢明な貴方なら分かるはずよ。私に勝つことが、どれほど困難なことか。だからこそ、貴方はそうして倒れている」
「…………」
「貴方だけではないわ。他の人たちも同様よ。どうして身の丈に余る目標を持とうとするのかしら……。そこには辛い思いしか無いというのに」
嘆くように首を振る。
「自分の資質と適正を正しく見極め、出来る最大限の成果を残す。そうすれば、確かな満足感だけを得られるはずよ。無謀な夢を見て、挫折し、自らに絶望することも無い」
「まさか……そのためにLAYのシステムを使おうっての……?」
「ええ。ERINUSSは本人以上に、本人の資質を読み解いてくれる。何の能力に秀でていて、どんな分野に向いているのか。あとは本人の意思を進むべき進路に誘導すればいい。ERINUSSが最適な学習法によって支援し、確かな将来をもたらしてくれるわ」
瀬里華の言葉に楓が反論する。
「最適な道を示されていたとしても、本人に『別のやりたいこと』があるなら話は変わるわ。望まぬ将来を押し付けられても、不満感が募るだけよ」
「そうかしら? たとえ意に沿わぬ進路だったとしても、その分野で実力を認められ、人に必要とされれば、喜びを感じるはずよ。それが新たな生き甲斐になることだってある。掴めるかどうかも分からない未来より、今この場で実感できる充足にこそ価値を見出す。それが人というものでしょ?」
「だから、『やりたいこと』ではなく『出来ること』をやれって?」
「そうよ。出来ないことを叶えようとするから、人は傷つき、不幸になる」
瀬里華は揺ぎない瞳で、
「『夢』こそが人を苦しめる、最大の病よ」
断言した。
「…………」
瀬里華の唱える論も、ある意味では一理ある。
目標の達成のみが人生の全てではない。むしろ、確たる目標のないまま今を生きる人々の方が多いだろう。
誰もが自分に『出来ること』を探している。
自分が自分に誇れるものを。
それを否定する気はない。
ただ――許せないとすれば、一つだけ。
「『夢』の無いあんたが、『夢』を語るんじゃないわよ……!」
立ち上がり、瀬里華を真正面から見据え、
「出来ないことに挑むのが不幸? はっ! んなもん知ったこっちゃないわよ! あたしは『あんたに勝つ』! そう決めたの! 誰でもない、このあたし自身が……!」
楓の口から電子音の猛りが響く。
マキシマムモードを起動させるためのプログラムコマンド。
月光の如き金の光が全身を包み、その身を変貌させていく。
背中と脚部に強化装甲が追加され、胸部には大きな『Vの字型』のパーツ、そして額には三日月の角。
「うおおおおおおぉぉぉッ……!」
マキシマムとなった楓が気合の咆哮を発しながら、雑居ビルのフロアを蹴り、跳躍。
「ザンボット・カッタアアアアァァァァッ……!」
瀬里華に向かって、フルパワーで長刀を振り下ろした。
迫りくる刃を、けれど瀬里華は最小限の動きだけでかわす。
ザンボット・カッターの切っ先が屋上の床に達するや、その途方もない威力によって、デパートのビル全体が真っ二つに切り裂かれた。左右に崩れ、倒壊していくビル。
瀬里華が崩れゆくビルから跳躍し、隣の建物へと飛び移る。
すかさず楓も瀬里華を追いながら、豪刀を振るう。建物から建物へと跳躍する二つの影。二人が移動する度に、近隣の建物が派手に斬り裂かれていった。
斬撃を紙一重でかわし続ける瀬里華。いくらガオガイガーのSUN-DRIVEといえど、マキシマムモードの攻撃を真っ向から受けるわけにはいかない。
「いいわ。こちらも少しギアを上げるわね」
ガオガイガーのDアームの肘についたドリルを振るう。
『ドリルニー』――本来は膝のドリルで敵を粉砕する技だ。
回転するドリルを、体を反らしてかわす楓。そのせいで一瞬動きが止まる。
その隙に瀬里華が大きく跳躍し、離れたビルの上に着地した。
「っ……!」
見上げる楓の前で、瀬里華が両腕の鉄腕を左右に突き出し、空間を殴った。
殴打された空間を起点にして、新たなフィールドが上書きされていく。
『nフィールドの改変』。
空間の変質が終わると、楓の周囲にこれまでとは異なる景観が広がっていた。
「…………」
ビルが立ち並ぶ都市部なのは変わらない。だが、よく見ると建物の全てが廃墟と化していた。さらに、崩れた建物を『謎の紫色の物体』が覆っている。紫色の物体は、その一つ一つが目玉の形をしていた。
その物体には見覚えがあった。
「これが『ゾンダーメタル』ってやつね……」
『勇者王ガオガイガー』に登場する機械生命体・ゾンダーが、生物を機械化するために用いた生機融合物質。栞が持ってきたBlu-rayの中で見たものだ。
ゆえに、ここがどこかも分かっている。ここは、東京のど真ん中。物語中盤のボスである、≪EI-01・パスダー≫が、大東京をゾンダープラントへと変貌させた場所だ。
大東京の中心に聳え立つ、紫色の不気味な塔。
東京タワー並に大きな塔は、それ自体がパスダーのボディとなる。だが塔は沈黙しており、その頂に一人の少女が立っていた。
「どうかしら。ここなら思う存分、戦うことができるわ」
瀬里華の姿は先程までとは違っていた。
天から差す光の中、様変わりしたアンダースーツが見える。
アンダースーツの各部に追加された、真新しい強化装甲。ロングブーツの足元には『ドリルガオー』のキャタピラパーツが装着され、背中からは『ステルスガオー』のウィングパーツが伸びている。
額からは勇壮な角が左右に突き出し、中心には輝く緑のGストーン。
そして、胸元には『ギャレオン』たる金色の獅子の顔。
比類なきその姿こそ、『勇者王ガオガイガー』のマキシマムモード。
人間離れした神々しさは、まさに"勇者"に相応しき威容だった。
その力強い姿に、不覚にも楓は一瞬目を奪われた。
瀬里華は最低な人間だと思うが――その実力は紛れもなく本物だ。
天才。
確かに『ガオガイガー』を纏うなら、あいつ以外いなかっただろう。
だが、楓の口からはまったく別の感想が出る。
「はっ。そんなショボいブリキアーマー、すぐにぶっ壊してやるわ」
不敵な笑みを浮かべ、叩き伏せると宣言を行う。
瀬里華が呆れたように肩をすくめ、
「貴方は心と口が逆のことを言うのね。昔からそうだったわ」
「あんたの猫っかぶりほどじゃないわよ」
「目的が違うわ。貴方は自分の本心を隠すため。私は物事を円滑に進めるためよ。優秀で、誰にでも優しく、品行方正な副生徒会長。それが皆の望む『私』であり、私が『私』を最も運用しやすい姿なの」
「まるで機械ね。あんた自身は何も感じないわけ?」
「ええ。何も感じないわ。私にはね、『答え』が見えるの。どう行動すればいいのか。その答えに従って生きていくだけよ」
微笑みながら、淡々と言葉を紡ぐ。
ああ。こいつはいつもそうだ。そうやって何もかも分かったフリをする。
だけど。
だけど、あたしが一番腹が立つのは――
「ザンボット・バスタアアアアァァァァッ!」
楓のDアームが手裏剣型の爆弾が投擲する。だが、一発や二発ではない。数十発単位だ。
「ブロウクン・マグナムッ……!」
ガオガイガーから射出された右腕が、全てを撃ち落としていく。爆発の嵐が空を赤く染めるが、こんなものはただの開戦の狼煙に過ぎない。
「ロケットパンチはあんたの専売特許じゃないってーの! 食らえっ、アームパンチッ!」
楓のDアームの右の拳が勢いよく撃ち出された。ザンボット3が持つ『ロケットパンチ』。二つの拳が空中で衝突し、同時に弾ける。
だが、楓は既に次の行動に移っていた。
疾走しながら、左手にザンボット・カッターを出現させる。パスダーの塔に接近すると、
「でりゃああああああッ!」
巨大なパスダーの塔の根元をぶった斬った。
切断された塔が倒れ始め、瀬里華が別の足場へ飛び移る。
空中では身動きは取れない。狙っていた好機。
楓は倒壊する塔の外壁を掴むと――
塔ごと瀬里華に叩きつけた。
ザンボット3の剛腕が、東京タワーに匹敵する構造物を掴み、豪快に振り下ろす。
数百トンという質量の塊が周囲の建物ごと、瀬里華を押し潰した。
いや。潰したはずだった。
だが、現実にはパスダーの塔は瀬里華に激突することはなかった。
空中の瀬里華にぶつかる直前、塔自体が歪んだのだ。瀬里華を中心とした球形のフィールドが形成され、その球形の表面をなぞるように塔が変形し、通り過ぎていった。塔はそのまま真下の廃墟を叩き潰し、瀬里華は何事もなかったかのように地面に着地した。
瀬里華のDアームの左腕に見知らぬ装置が装着されていた。ドライバー型をした金色のハイパーツール――『ディバイディングドライバー』。空間を湾曲させる、ガオガイガーの特殊装備。その機能を用いて、回避したのだ。
「今度はこちらの番よ」
間髪入れず、瀬里華がディバイディングドライバーを大地に突き刺す。円形のフィールドが発生し、地上のあらゆる物体をフィールド外に弾き出す。
むき出しとなった大地の上に存在するのは瀬里華と楓だけとなり、円形に切り取られたフィールドは、さながらリングのようでもあった。
「真正面のド突き合いなら負けないって言いたいの?」
「相手の力を測るにはこれが一番よ」
(つづく)
著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥
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