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2018.11.27

【第25回】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン

六章③

 走り出した二つのSUN-DRIVEが、障害物の無くなった大地の上で交錯する。
 間合いを詰め、互いに拳を繰り出す。どちらもスーパーロボット系に連なる、パワータイプ。ぶつかる拳と拳の衝撃が、空気を激しく震わせた。
 ザンボット3の拳を、ガオガイガーの掌が受け止め、そのまま四つ手状態になった。ギシギシと軋む装甲。瀬里華は、先程の投げ技を使おうとはしない。言葉の通り、楓の力を測るように真正面から力技を挑んできた。互いのパワーは拮抗し、両者ともその場から動かない。
 ……勝負を決めるなら、ここだっ。

「アームパンチッ……!」

 楓は四つ手に組んだまま、アームパンチを放った。だが、拳はガオガイガーに掴まれている。結果、反動のエネルギーで楓の体自身が後方に跳んだ。地面に着地すると、瀬里華が体勢を立て直す前に、素早く身構える。
 右腕は、水平に伸ばし。
 左腕は、額に添える。
 拳があった場所からスパークが生じ、空中に三日月形の光が形成された。

「ムーーーンアタァァァァァックッ!」

 回避不能な至近距離から三日月形の光弾を放った。
 ザンボット3の必殺技。渾身の一撃が瀬里華に迫り――直撃。巨大な爆発が起こる。
 だが、楓は聞いた。
 吹き上がる爆炎の奥から聞こえてくる声を。

「…………ヘル……アンド……ヘブンッ!!」

 爆炎が内側から吹き飛び、瀬里華の姿が現れた。
 そのガオガイガーの両腕には光が生じていた。右手には赤の光、左手には金の光。

「ゲム・ギル・ガン・ゴー・グフォ……」

 呪文を唱えながら、二つの光を重ね合わせるように両手を組む。同時にガオガイガーから緑色の竜巻――EMトルネードの渦が発生し、楓を捉えた。渦に囚われ、その場から動けなくなる。

「っ!」

 瀬里華が両の手を固く握り、一つの拳と化して、

「ハアアアァァァァッ……!」

 ガオガイガーの持つ渾身の必殺技――『ヘル・アンド・ヘブン』を繰り出してきた。
 その威力は楓も知っていた。食らえば、ただでは済まない。絶対に回避しなければ……!

「ムーーンアタァァァァァクッ!」

 同じ構えから再び三日月形の光弾を放った。ムーンアタックの連続使用。無茶な運用にDアームの一部がショートし、火花が出る。
 だが、それでもガオガイガーの拳は止まらなかった。
 拳に込められた膨大なエネルギーが、ムーンアタックの光弾を容易く消し飛ばす。
 ガードしようとDアームを持ち上げるが、ガオガイガーの拳に触れた途端、装甲は容易く砕かれた。圧倒的なパワーに関節がねじ曲がる。そのまま半壊したDアームを弾き飛ばし、必殺の拳が、楓の胴体に突き刺さった。
 途方もない衝撃が襲ってくる。息が詰まるなんてレベルじゃない。魂ごと砕け散りそうだった。体が吹き飛び、視界が上下に目まぐるしく反転。地面を何度もバウンドする感覚だけが伝わってくる。
 ようやく体が止まった時、目の前には青空が広がっていた。
 楓は地面に仰向けに倒れていた。
 視界の端で、瀬里華がこちらにゆっくりと近づいてくるのが見える。
 優雅に歩く瀬里華と、無様に倒れた楓。互いの力量の差が、そのまま今の光景に現れていた。

「……うそ……つき……」

 絞り出すように声を出す。

「貴方のSUN-DRIVEと出力が一緒だと言ったことかしら? 別に嘘ではないわ。確かにあの時点では一緒だった。けれど、戦いながらコツを掴んでいったの。何しろSUN-DRIVEを使うのは今日が初めてだから」

 瀬里華はこれまで一度としてSUN-DRIVEを起動させたことは無い。
 それは楓も知っていた。

「LAYに……思考を読まれないためでしょ……」
「ええ。nフィールドに入るためには、脳とERINUSSをリンクさせなければならない」

 それはLAYに自分の思考が筒抜けになるということ。考えている内容までは分からなくとも『嘘をついている』という事実は伝わってしまう。瀬里華がSUN-DRIVEを使うためには、LAYの不在が絶対の条件だった。

「だからこそ、あんな回りくどい手を使って私を誘い出したのでしょ?」
「ええ……そうよ……」
「まあ。呼び出した結果、貴方はそうして倒れているのだけれど」

 ビギナーと経験者の勝負なら、後者が圧倒的に有利だ。だが、相手に桁違いの学習能力があった場合、話は変わる。何も知らないがゆえに、伸びしろの大きさは比べ物にならない。
 戦っている間も、楓は常に感じていた。一秒ごとに離されていく感覚。それはいつか、瀬里華にプログラミングの難問を用意し、それをいとも簡単に解かれていった時と同じだった。
 だが、そんなことに絶望したりはしない。それは初めから分かっていたことだ。

「違うわよ……あたしがウソって言ったのは、あんた自身のことよ……」
「どういう意味かしら……?」

 楓が地面に手を突き、体を起こしながら、

「さっき『何も感じてない』って言ってたわよね……。よくそんな大ウソつけたものね」
「ウソではないわ」
「あんた……毎日が『退屈』だと思ってんでしょ? 何やってもツマらないって……」
「…………」

 少し間をおいて、瀬里華が肯定する。

「……ええ。そうよ。でも、それが何? 私の今の行動とは関係ないわ」
「それがウソだって言ってんのよ……」

 立ち上がり、真正面から瀬里華を見る。

「そもそも……どうしてLAYのシステムを使う必要があるのよ……」
「なんですって……?」
「さっきの言葉も頷けるわ。自分の得意分野を探して、そこで実力を発揮させる。ええ。悪くはないわ。でも……それは無理に意識を『改変』させなくても出来るでしょ? 人は馬鹿じゃない。ERINUSSのデータを用いてきちんと説明すれば、本人だって納得する。もし諦められない人間がいたとしても……いいじゃない。どうしてLAYのシステムを使って、わざわざ意識を操作する必要があるのよ」
「貴方……何が言いたいのよ」

 硬い声で瀬里華が呟く。
 その顔から初めて笑みが消えた。

「あんたはね……ただ見たくないだけなのよ。必死に頑張る人間って奴が……。だって、あんたにはなんでも出来るから、そもそも『頑張る』ってことができない……。何かに挑戦して、苦労することができない。高いいただきに踏み出す怖れと期待を、あんたは知らない……」

 楓はあわれみすら込めて、

「あんたって人間は、どうやっても『夢』を見ることができない……」

 瀬里華の眼が見開かれる。

「だから、見たくないの。誰かが『夢』に挑戦する姿が。不可能に挑む、その姿が……」
「……さい……」
「そのために、その人が出来ることだけをさせようとした。無理矢理意識を操って……」
「……なさい……」
「『何も感じない』なんて偽るのは認めたくないからでしょ? 自分が凡人に死ぬほど嫉妬している事実を……!」
「やめなさい……!」

 瀬里華の鋭い声が、楓の言葉を防ぐ。
 完璧な彫刻のように整えられたその瞳が、口元が、醜く歪んでいた。その怒りによって。

「そんなちっぽけな言葉で私を測らないで……!」
「実際ちっぽけなのよ、あんたって奴は。だから、自分にウソをつく」
「まだ言うの……!?」
「あんただって分かってんでしょ!? 分かってて自分にウソをついてる! あたしが我慢ならないのは、そこよ! そんなしょうもないウソで自分を騙すなんて……それこそどっかのバカあたしと一緒じゃない! そういう奴を見るとね、ぶん殴りたくなるのよ!」

 楓が自分の拳を力いっぱい振るう。
 だが、瀬里華の手が容易く掴んで止めた。

「だから……私に『勝ちたい』って言ってたの?」
「…………」
「勝手に私に自分を投影して……それで一人で怒って……なんて自分勝手な人……」
「あたしが、あたしのやりたいことやって何が悪いってーの」
「そう……でも、今の貴方に何ができるっていうの?」

 楓のエッグを見る。既にザンボット3のDアームは致命的な損傷を受けており、一度でも使用すれば完全に壊れるだろう。

「ザンボット3は確かに限界よ。ただ……ひとつ聞いていい? どうしてあたしのSUN-DRIVEが一つだけだと思ったの?」
「……っ!?」

 得体の知れない危機感を感じ、瀬里華は素早く楓から離れようとした。
 だが、それよりも早く楓は自らのエッグに触れた。
 途端にエッグの形状が変化し、新たなDアームが伸びる。
 それはザンボット3とは違う、濃緑色をしたDアーム。その手には大型のランチャーが握られていた。

「あんたのSUN-DRIVE借りるわよ、栞っ……!」

 『ブラストインパルス』の『ケルベロス』が――対艦用の大出力ビーム砲が灼熱の光を放った。

「っ……! プロテクトシェードッ!」

 ガオガイガーの左腕から生じた防御フィールドが、ビームを逸らす。
 同時に流れるような動きで、瀬里華が右腕からブロウクン・マグナムを放った。
 しかし――。

「あんたの分までぶち込んでやるわ! 静流!」

 『ブラストインパルス』のエッグとは別のエッグから、新たなDアームが伸びた。同じ濃緑色をしながらも、より武骨な形状をしたDアーム。

「アームパンチッ……!」

 ザンボット3の『アームパンチ』とは異なる、『スコープドッグ』の武器。Dアームの腕部内で火薬が燃焼し、その爆発力を利用した強烈なパンチを見舞う。
 ブロウクン・マグナムと激突。互いの拳が同時に弾かれた。

「くっ……!」

 一旦距離を取ろうとする瀬里華。
 だが、それを許す楓ではない。楓の両脚の装甲が変形し、靴底にホイールが形成される。回転するホイールが地を疾走。『スコープドッグ』の『ローラーダッシュ』と呼ばれる、高機動戦闘用の滑走装置だった。
 瀬里華に迫ると同時に、『ブラストインパルス』のエッグを『ソードインパルス』に換装。真紅のDアームと巨大な剣が出現。レーザー対艦刀『エクスカリバー』を瀬里華に向かって斬り下ろした。
 エクスカリバーの刃を、ガオガイガーの肘のドリルが受け止める。

「どうして貴方がそのSUN-DRIVEを……!?」

 楓が他者のSUN-DRIVEを使用していることに驚く瀬里華。

「あたしは、あいつらのSUN-DRIVEを吸収して、データを取得した。そのデータを弄って、あたし自身が使えるようにSUN-DRIVEを改造したのよ。まっ、ただの裏技ね」
「なるほど……確かに貴方の技術とレイのサポートがあれば不可能とも言い切れないわ」
「余裕ぶってていいの? 知ってるとは思うけど、あたしのSUN-DRIVEのデータは一〇〇体分よ」

 とっておきのドヤ顔で言い放つと同時に、『スコープドッグ』のエッグを換装。黒鉄くろがねのひと際重厚なDアームが現れる。黒鉄のDアームを振りかぶり、

「食らいなさい! サドン・インパクトオオオオォォォォォッ!!」

 『ビッグオー』のDアームの超重量級の拳が、ガオガイガーの装甲に叩きつけられる。同時に腕部内に仕込まれた巨大な鉄芯――ストライク・パイルが稼働。肘の先から飛び出したストライク・パイルが、拳に向かって撃ち出され、ヒットした瞬間に極大の衝撃波を放った。

「っ……!」

 ガオガイガーの片方のガードが弾かれる。
 だが、同時に金属が折られるような鈍い音。見れば、エクスカリバーと鍔ぜり合っていたガオガイガーのDアームが、エクスカリバーの刀身を握り潰していた。
 即座に新たなDアームに換装。剣を折られた恨みは、剣で返す。新たなDアームから剣を取り出す。だが、ただの剣ではない。纏うのは、オーラの力。

「落ちなさいッ! オーラ斬りいいいぃぃぃッ!」

 『ダンバイン』のDアームが、オーラちからを纏ったオーラ・ソードを振り下ろす。
 ガオガイガーのガードよりも一瞬早く、刃が瀬里華に迫る。だが、瀬里華は己の反射神経だけで刃をかわすと、そのまま側転とバク転を新体操選手並みの鮮やかさでこなし、刃圏から逃れていった。nフィールドの中とはいえ、超人的な運動能力だった。
 しかし、その程度で逃しはしない。
 両方のエッグを同時に換装。右のDアームは『ザブングル』の4連ハンドキャノンを、左のDアームに『ドラグナーD1・カスタム』の光子バズーカを。
 砲弾とレーザーが瀬里華に同時に襲い掛かる。
 ガオガイガーのディバイディングドライバーによって一帯は更地状態となっており、隠れられるような障害物は無い。
 幾多の爆発が大地を抉り、その中を瀬里華が駆け回る。
 押している。
 戦況はこちらに有利。たとえ性能では劣っていても、武器の多彩さで上回ればいい。

「バスターランチャーッ!」

 『エルガイム』が細く長い銃身のバスターランチャーを放つ。伸びたレーザー光が大地を薙ぎ払い、瀬里華の脚が止まった。
 ――なのに。

「オーバーヒートオオオォォォッ!」

 『キングゲイナー』のDアームに備わった『加速』のオーバースキルが空気中の分子運動を加速し、衝突させ、膨大な熱量を生み出す。掌を突き出し、灼熱の熱波を放った。
 瀬里華の周囲が猛火に包まれ、逃げ場を封じる。

「日輪よ、あたしに力を貸しなさい! サンアタァァァックッ!」

 『ダイターンスリー』のDアームの『パルス・イオン・エンジン』が唸りを上げ、日輪型の光弾を撃ち出す。
 身動きの取れない瀬里華に直撃――はしたが、左腕のプロテクトシェードが防いでいる。だが、その場に固定することには成功。
 ――どうして。
 トドメの『ダイターン・クラッシュ』を見舞う代わりに、両方のエッグを同時に換装。
 右のDアームは三本の龍爪を備えた、『龍神丸』。
 左のDアームは超金属エルドナイトの装甲を誇る、絶対無敵のSUN-DRIVE、

『ライジンオー』。

 左右のDアームが、それぞれ黄金の剣を握っていた。
 『登龍剣』と『ライジンソード』の二刀を構え、跳躍。

「登・龍・剣ッ! ゴッドサンダークラアアアァァァッシュッ!」

 二つの極大の必殺剣を繰り出す。
 ――この悪寒は消えてくれないの!?

「それは貴方にも分かっているからよ」

 瀬里華が笑う。

(つづく)

著者:金田一秋良

イラスト:射尾卓弥

©サンライズ

©創通・サンライズ

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