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【第26回】サン娘 ~Girl's Battle Bootlog セカンドシーズン
六章④
気付けば、ガオガイガーの右前腕部が消えていた。こちらの攻撃が薙ぎ払ったのではない。自ら切り離したのだ。
「ガオガイガーを知っている貴方なら気づいているはずよ。私にはまだとっておきの武装があることを」
ガオガイガーが途切れた右腕を突き出すと、前方の空間に何かが出現した。
四角い形をした鉄塊。鉄塊には特大の拳が備わっていた。
楓はそれが何かを知っている。
鋼鉄の塊に向かい、瀬里華が途切れたガオガイガーの右腕を振るう。
「ハンマーコネクト……ッ!」
ガオガイガーの右腕が鉄塊と――マーグハンドと直結。だが、マーグハンド自体は武器ではない。武器を操るための右腕型ツールに過ぎない。
そして、ガオガイガーの必殺の武器が姿を現す。
ガオガイガーのDアームほどもある巨大なハンマー――『ゴルディオンハンマー』。正式名称は『グラビティ・ショックウェーブ・ジェネレイティング・ツール』。
巨大ハンマーをマーグハンドが掴むと同時に、ガオガイガーの装甲と瀬里華のアンダースーツを特殊なエネルギーコーティングが包み、全身が黄金の輝きに染まった。
金色の光を纏った瀬里華が最強のハンマーを掲げ、
「ゴルディオンハンマアアアアァァァァッ!」
楓に向かって振り下ろした。
『ゴルディオンハンマー』と『登龍剣×ライジンソード』の激突。
黄金の光と黄金の光。膨大なエネルギー同士が衝突し合い、さらなる眩い光を放つ。
楓はあらん限りの力をDアームに込め、
「でりゃあああああああッ!」
だが、ゴルディオンハンマーの最大の特色は、敵を粉砕することにあらず。形成された重力波によって対象を光子に変換してしまうところにある。
ゴルディオンハンマーと接触している登龍剣とライジンソードの刀身が、少しずつ光となって消失していく。
消失は留まらず、すでに刀身の半分ほどが失われていた。すぐ眼前まで迫ってくるハンマーに、心胆が凍る。食らえば、エネルギーシールドごと自分の体を消し去ってしまうだろう。
そしたら負けてしまう。
こいつに勝てない。
――いやだ。イヤだ。嫌だ。
ここで負けてしまうなんて、それだけは絶対にダメだ!
決めたんだ! 誓ったんだ!
何があっても絶対にあたしはこいつに勝つって!
「うああああああああああッ!」
どうせ消える体なら、あたし自身が使ってやる!
SUN-DRIVEにアクセスし、新たなエッグを出現させる。『換装』ではない、出現だ。今ある二つのエッグに加えて、さらなるエッグを呼び出す。だが、データのリソースは決まっている。別のプログラムを走らせるのなら、代わりの何かを切り捨てなければいけない。
幸いなことに、武器を握っているのはDアームであって、あたしの腕じゃない。
だから、腕はいらない。
腕のデータをカット。リソースを捻出し、エッグを具現化。肩から先の腕の感覚が消え、だらりと力なく垂れ下がる代わりに、腰の両脇に二つのエッグが現れた。
最後の最後で頼りにするのは――やっぱり共に戦ったSUN-DRIVEしかない。
『ブラストインパルス』と『スコープドッグ』のDアームが、それぞれ自慢の大砲を構える。『ケルベロス』と、対宇宙艦用の高出力エネルギー兵器『ロッグガン』。
二つの砲口から特大のビームが伸び、ゴルディオンハンマーと激突した。
幾多の光が入り混じながら、ぶつかり、消えていく。
楓は『この一撃で終わってもいい』と、文字通り全ての力を注いだ。
普段の余裕ぶった顔とは程遠い、必死さで歪んだ顔。
瀬里華は不思議そうな顔をして、
「何故……そこまでするの?」
「…………」
「貴方が私を気に食わないというのは理解したわ。でも……そこまでなの? そこまで必死に否定しなければ気が済まない程……私を恨んでいたの?」
瀬里華の疑問に、楓は自分の正直な気持ちを答えた。
「……恨んでなんかないわよ」
「え……?」
思い出すのは、過去の日々。
「あの日、あんたと出会うまで、あたしは死んだような毎日を過ごしてた。自分に自惚れ、他人を見下し、寂しさを胸の奥で押し殺してた。でも、あんたと出会って、自分の思い上がりに気付けたことで、あたしは変われた。それからのあんたとの日々は、一言で言って――」
フッと笑って、
「最高に楽しかった」
「…………」
一緒に自宅で泊まったことも、一緒に街で買い物したことも、一緒に学園の食堂でご飯を食べたことも、一緒に放課後の生徒会室でお茶したことも。
その何もかもが、今なお輝かしく、楽しい記憶として残っている。
それは全て、瀬里華がくれたものだ。
「あんたにはまだ言ってなかったわよね。あたしの『夢』が何か」
楓は真っ直ぐに瀬里華を見て、
「あたしの夢は『友達に夢をあげること』よ」
あの日、夜のデパートの屋上で、こいつは言った。
自分に夢はない、と。
何故なら自分はなんでも出来るから、と。
とても退屈そうな顔をして、こいつは言った。
それは、いつかのあたしと同じ顔だった。
そんなあたしをこいつは救ってくれた。どんな思惑があったにせよ。
だから、あたしも同じことをするんだ。
「あたしが、あんたの『出来ない』になってあげる。あんたがどれだけ全力を尽くしても、必死になっても勝てない存在に。あたしがあんたの『夢』になってあげる」
自分の想いを告白した。
瀬里華の顔が動揺に歪む。
「そんな……そんなことを、貴方はずっと考えてたの?」
困ったように首を振り、
「分からないわ……貴方の言っていることが……なぜ、そこまで私にしようとするの……?」
楓は迷いなく、
「今でも私があんたの『友達』だからよ」
ニッと笑って、
「友達を助けるのに理由なんていらないわ」
「っ」
四つのDアームが限界まで出力を上げ、ゴルディオンハンマーを押し切ろうとする。
「だから、とっととあたしに負けなさい……!」
瀬里華は困惑と驚愕が入り混じった顔で、
「友達なんて……私にはいらないわ!」
悲鳴にも似た声で叫ぶ。
胸の中はぐちゃぐちゃだった。
分からない。分からない。何故この人はここまでするのか。何故私に踏み込んで来ようとするのか。私の『出来ない』になる? 私の『夢』になる? 私はそんなこと頼んでない。
分からない。この人の気持ちが。
『答え』が見つからない。
こんなの。
生まれて初めてだ。
「うぅぅ……あああああああああああ……ッ!」
瀬里華は叫びながら、訳の分らない衝動に突き動かされ、目の前の『不可解』を排除しようとした。
ガオガイガーの黄金のボディがより強い光を発し、ゴルディオンハンマーが唸りを上げる。
『登龍剣』を、『ライジンソード』を、『ケルベロス』を、『ロッグガン』を光へと変えていく。
このままいけば……勝てる。
瀬里華はそう確信した。
だが、目の前の『不可解』は不敵な笑みを浮かべると、
「まさか、あたしの『とっておき』がこれだけとは思ってないでしょうね?」
「っ……!」
「あたしのマキシマムにも備わってんのよ。フィールドへの強制介入機能――nフィールドの改変が!」
楓の両脚が力を失ったように膝を折る。両脚のリソースを用いて、強引にガオガイガーのフィールドを上書きしていく。
二人の直上――空中に新たな物体が出現した。
途方もなく巨大な宇宙船。
名は『キング・ビアル』。『ザンボット3』に登場する、恒星間移動要塞だった。
その巨大な要塞が二人に向かって落下してくる。
直撃すれば、さすがのガオガイガーも無事では済まない。楓の攻撃を防ぐために、エネルギーシールドのパワーすらゴルディオンハンマーに回していた。
ダメージが限界値を上回れば、nフィールドから強制的にログアウトさせられる。楓と共に。
相討ち。それは瀬里華にとって敗北と一緒だった。
「貴方に負けるものですかッ……!!」
湧き上がる熱い感情のままに、瀬里華はSUN-DRIVEを操作した。この手段はとても不愉快だが、負けるよりはいい。
操作を終えると同時に瀬里華の左腕がだらりと垂れ下がる。
楓を真似て、自身のリソースをSUN-DRIVEに回したのだ。
ガオガイガーの左腕の前腕部が切り離され、新たな剛腕が装着される。マーグハンド。手には、もう一振りのゴルディオンハンマー。
直上から迫る『キング・ビアル』に向かって、新たなゴルディオンハンマーを振り上げる。
「光になりなさいッ……!」
叩きつけられた重力波が、キング・ビアルを光に変えていく。
「どう!? これでもう打つ手はないでしょ!」
眼前の相手に向かって、勝利の笑みを浮かべる。
だが、瀬里華は気付かなかった。
頭上のキング・ビアルが不完全な状態だったことを。あるべきものが一つだけ欠けていたことを。装甲表面に設置された砲塔の一つ――『イオン砲』が、キング・ビアルではなく、楓の手の中にあったことを。
気付けば『龍神丸』と『ライジンオー』のDアームが、本来の『ザンボット3』のDアームに戻っていた。
あと一度の使用で壊れるほど損傷したDアーム。その『一度』をここで使用するために。
ザンボット3が所持する最強の兵装――『イオン砲』にDアームの全エネルギーが注入する。
「残念ね。あたしの"本当の切り札"はこっちよ」
「っ!」
イオン砲の砲口に激しい光が生じる。
瀬里華は必死に回避の手段を探した。
だが、右のゴルディオンハンマーは『ケルベロス』と『ロッグガン』で、左のゴルディオンハンマーはキング・ビアルで塞がっている。
瀬里華の思考が、自動的に『答え』をはじき出す。
防ぐ手段は無い。
「瀬里華……これがあんたの初めての『負け』よ」
「楓っ……!?」
「大丈夫。そんなに悪いものじゃないわ。実体験つきで保証してあげる!」
ここで楓に敗北すれば、SUN-DRIVEと一緒にLAYから奪った権限――ERINUSSの管理権限も楓に移ってしまう。積み重ねてきた計画が、全て水の泡となってしまう。
『失敗』。
未だ経験したことのない言葉。
それが――ひどく怖かった。
「やめっ――」
思わず口から出る言葉。
次の瞬間、ザンボット3のDアームが必殺の一撃を放った。
轟音を響かせ、迫ってくる光。その中に、瀬里華は自分の敗北を見た。
だが、その敗北は。
瀬里華のもとまで到達することは無かった。
「…………」
瀬里華の体は無事だった。傷の一つさえついていない。
何故なら楓の放ったイオン砲は、瀬里華を撃ち抜くことなく、その傍を通り過ぎて行ったから。
瀬里華は呆然とした表情で、
「どうして……外したの?」
楓は、発射直前にイオン砲を逸らした。そのおかげで瀬里華は助かったのだ。
楓の体が地面に倒れる。データをカットされた両脚には、もはや体を支えるだけの力は無かった。楓は倒れながら、困ったような目で瀬里華を見て、
「……『やめて』とか……反則よね……」
「え?」
「言ったでしょ、あたしに……。そんなこと言われたら……撃てないじゃない、友達としてはさ」
当たり前のように楓は言った。
ここまであらゆるものを犠牲にして、まあちたちすら騙して、積み上げきたものを、楓は瀬里華のたった一言で自ら捨ててしまった。
「あーあー……ここまでやったのに……結局、勝てなかったかぁ」
いかにも残念そうに呟く。
だが、言葉とは裏腹に、その顔はどこか晴れ晴れとしていた。
「でも、いいわ。あんたに『楓』って呼ばせたし。それぐらいで勘弁してあげる」
瀬里華に向かってニヒヒと笑いかける。
その笑みにどんな顔を向ければいいのか分からない。
楓の体が光となって消えていく。限界を超えたSUN-DRIVEがその役割を終えようとしているのだ。
瀬里華は楓に何か言おうとして……言わなければ気がして……言いたい気がして……でも、なんて言えば分からないまま……。
楓は消えていった。
消える間際まで、恨み言も、文句も、別れの言葉すら言わなかった。
彼女らしく、実にさっぱりとした消え方だった。
あとに残されたのは自分ひとり。
勝利の喜びなどあるはずも無かった。
敗北に対する想いも中途半端だ。負けたと思ったのに、相手は強引に勝ちを押し付けて去っていった。
「本当に……自分勝手な人ね……」
ただ、その相手を思い浮かべると、何故だか胸が締め付けられる。
あの晴れ晴れとした笑顔を思い出すと、たまらない気持ちになる。
しかし、その相手はもういない。
決定的に何かが欠け、どうにも落ち着かない感じ。
叔母が亡くなった時にも感じた、この言い知れぬモヤモヤとした感覚。
今なら分かる。これは――
「そう……これが寂しいって気持ちなのね」
ずっと胸の奥に鬱積していたものの正体が、ようやく分かった。
私は寂しかったのだ。
叔母が死んで、一人になってしまったことが。
楓が去り、一人取り残されてしまったことが。
誰とも、自分を分かち合えないことが。
私は――決して私一人で完結していなかった。
「私は……完璧ではなかったのね」
ポツリと呟く。
その時、nフィールドに異変が起こった。
足元の大地が黒く変色し、コールタールのような汚泥に変わっていく。空にも黒い染みが生じ、空全体を黒く濁らせていった。
黒い沼と化した大地と、夜よりも濁った暗い空から、奇怪な音が響いた。
「rrrrrrrrrrrrrrrrrrrッ!」
不快な電子音。
直に遭遇したことはないが、これが何なのかは知っている。
『フラクチャー』。
電子音は止まらない。
今やこのnフィールド全体がフラクチャーに変わり始めていた。
LAYは言っていた。
フラクチャーは、人々が抱く『負の想い』を形にしたものだと。
ならば、これは誰の『想い』が生み出したものか。
「考えるまでも無いわね……」
黒い汚泥が足元から這い上がっていく。だが、抗う気にはなれない。何故なら望んでるのは自分自身だから。
『このまま消えてしまいたい』。
そんな想いが胸から湧き上がってくる。
失望や悲観というよりは、どこか自暴自棄に近い。
自分自身の不完全さを突きつけられた時、楓は笑った。
今なら分かる、彼女の強さが。
自分の弱さを受け止められる強さが――
どうしようもない友人に手を差し伸べ続ける強さが――
彼女にはあったのだ。
(なんだ……初めから私の負けじゃない)
汚泥が膝下まで侵食していく。
このままフラクチャーに呑まれると、どうなるか。瀬里華自身にも分からなかった。他のSUN-DRIVERとは違い、自分はERINUSSの管理権を持っている。故に自分が生み出したフラクチャーの影響力も他とは桁違いだろう。
LAYのシステムは脳に強い影響を与える。最悪、現実世界で目覚めることはないかもしれない。
だが、自暴自棄な自分は『それでもいいかも』と思ってしまう。
このまま醒めぬ眠りにつくのも。
ただ一つ未練があるとすれば――
「楓に……ひと言謝りたかったわね」
最後まで自分を『友人』と言って憚らなかった、あの奇特な女の子に謝りたかった。
騙していてすまなかったと。
そんな誰ともなく呟いた言葉に――
「その『夢』……私が応援します!」
答える声があった。
(つづく)
著者:金田一秋良
イラスト:射尾卓弥
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