特集
SPECIAL
- 小説
- 運び屋椿
【第03回】運び屋椿
Episode1 碧の雫(03)
あーあ、頭抱えちゃったよバローニさん。
しかたない。
ボクはとっさに間に入って、ツバキの肩を掴む。
「ちょっと待ってよツバキ」
「なに?」
「いくらなんでも、五日は無理だよ。公道を全速で行っても間に合わないって」
「そうね。普通の道じゃ、いくら飛ばしても間に合わないわね」
「じゃあ……」
「これを見て」
ツバキはポケットから端末を取りだした。
すると端末から立体の銀河系地図が表示される。
「フロギ星ってどこか知ってる?」
「えっと……このへんだっけ?」
「そうそう。まあ、ざっくり言うと、こっから三万光年先の、銀河系の外れ」
「うぇぇ! でもでも、転送輪があるし」
転送輪はその名のとおり、瞬時に宇宙のはしっこから、反対側のはしっこまで転送してくれる現代科学の最高峰技術。
ま、実際にはそれを設置するって最大の問題がある。
だから銀河系の中でも、まだまだ限られた場所にしか行けない。
「あるんでしょ、転送輪?」
「あるけどさ、出るのはトランダ宙域のはしっこだよ」
トランダ宙域………聞いたことあるな。
なんか最近、ニュースになってた気がする。
「たしか紛争とかやってるとこだっけ?」
「そう。宙域内で二大勢力が鉱物の利権をめぐってドンパチやってるとこ」
「思い出した! 王族系譜のミーズリー派と、扇動政治の天才のティアーズ派がぶつかってるところだ………って、めっちゃ危ない仕事じゃん」
「そういうこと。内戦を避けるならトランダ宙域を迂回していけば安全にフロギ星までは行けるけどさ……でもねえ……」
ジトッとバローニさんを見るツバキ。
つまりは迂回してたら納期に間に合わないってことね。
バローニさんはイタズラの見つかった子供みたいに「へへ」と笑う。
いやいや、笑ってる場合じゃないって!
「おっちゃんはこの紛争地帯を突っ切って、最短距離で届けろって言ってるわけ。ね?」
「ま、まあ……そう、なるかな?」
そうなるかな、じゃないしっ!
とんでもない仕事だ!
ツバキに運ばせるために、その情報を与えず契約書を書かせようとしていたわけだ。
わぁっ、なにそれ!
詐欺だよ、詐欺!
「ねえ、おっちゃん。たしかトランダ宙域って言えば基本入国すんのに、ビザとかけっこう手続きが必要だったよね?」
「ま、まあ……入国には必要だけど、出国には手を抜いてたぜ……」
「入国できないのに、出国するわけないでしょ!」
「ひぃぃ!」
「しかも! 今からビザの申請とかやってたら絶対間に合わないし!」
「そ、そこを何とかするのが運び屋ツバキだろうが!」
「なんとかなるかっ!」
ごもっとも。
とんでもない仕事を押し付けようとしていたわけだ。
こんなの、普通にできるわけないって……。
「断ろ、ツバキ」
「そうだねえ。残念、バローニのおっちゃん。そんなわけで、今回はパスね」
「そ、そこをなんとか! 今回の仕事はトランダ宙域への進出が掛かった勝負なんだよ! 王族とコネが欲しいんだよ! 俺みたいな中小企業もがんばってんだ! 断らないでくれっ! 頼むっ!」
するとこれ見よがしにツバキはニンマリ。
「へぇ……そんな困ってんだぁ……」
「うぅ!」
ツバキ、もう悪人のような顔になってるよ?
「不詳、運び屋ツバキ! この大宇宙で運べぬものはない! でもそれは……」
バローニさんがビクッと肩をすくめる。
「全部、お金次第!」
受けるの、この仕事!?
ってか、もしかして、今まであのお値段を呑ませるための演技?
どこまでがめついんですか、ツバキさん?
「……もってけ、ドロボー!」
半泣きのバローニさんは、しぶしぶ首をタテに振るのであった。
※※※※
そんなわけでウェディングドレスを積み込んだ私たちなわけなんだけど……。
「ねえ……ずっと気になってたんだけど」
「なに?」
「収納スペース狭くない?」
ツバキのトラック大輪丸はかなりの大型車。
当然、荷台だってものすごくでっかい。
なのに荷台を開けた収納は人がひとり入るくらいの大きさ。
こんだけおっきい荷台にこれしか入んないって……。
でもツバキの方は平然とした顔でバックミラーを拭きながら、
「そう? これでも結構収納にはスペース割いてる方だけど」
「だってさ……こんなおっきいトラックなのに、これしか積めないの? 他なに入ってんのよ?」
「そりゃ宇宙を旅するんだから、イロイロよん」
ウィンクして見せるツバキに、私は溜息を吐いた。
だからなに積んでるんだって聞いてんの……。
そんな私たちは、木星軌道上のパーキングを飛び立つと、太陽系主要道へ出た。
宇宙空間の渡航には二種類の方法がある。
大型船舶による航路と、自動車による道路。
広大な銀河系を旅するというのは、いつだって遭難の危険が付きまとっている。
宇宙開拓時代の前期―――。
そう呼ばれた昔は、多くの渡航者が宇宙空間という遠大な世界で命を落とした。
開拓中期に入ると、この問題を改善するために抜本的な方法が取られる。
それが今、ボクたちが走っている『道路』と呼ばれる物を整備することだった。
まあ『道路』と言っても旧世紀のようにアスファルトを敷くわけじゃない。
路線安全監視道標と呼ばれる装置――これが道なのだ。
これは宇宙空間に転々と設置されている。
道標のランプを目印に車は宇宙空間を進むことが出来る。
重力場固定装置。
大気循環系機関。
自動監視システム。
隔絶場収音出力デバイス。
あらゆる機能をあわせ持ったラインマーカーのおかげで、現代のボクたちは安全な運行を約束されている。
ちなみに宇宙を航行する船舶は、このラインマーカーの幅や重力場が違う。
大きな差はそれくらいだけど、法律的には両者は邪魔しあわない――という決まりがあるくらい。
スペースデブリや流星群の衝突危険区域からはずれた安全なルートに、ラインマーカーが点灯された道の事を、ボクたちは道路と呼んでいる。
それはいいんだけど……。
「ねえ! ねえ! ねえ! なんでツバキはタクシーにケンカ売ってんのっ!?」
「あはははははっ!」
「笑ってないで答えてよーっ!」
なにを隠そう、ツバキのヤツめが、何をどう考えたのか、思いっきりタクシーをあおりまくるのだ。
血の気の多い太陽系のタクシー運転手たちが、これでカチンと来ないはずがない。
タクシーが全速力で引き離しにかかる。
そんなタクシーにツバキの大輪丸は後れを取らない。
ぴったりと真後ろにつく。
さらなるツバキのあおりに、タクシー運転手たちは一様にヒートアップ!
でも頭に血がのぼっていいことなんてない。
彼らタクシー運転手たちの運転が荒くなったのだ。
右へ左への蛇行をして、大輪丸の行く手をふさいだ。
「ふふ~ん♪ それを待っていたよ!」
余裕顔のツバキがアクセルを踏み込む。
絶妙のハンドルさばき。
蛇行するタクシーたちのわずかな合間を縫って、前へ出たのだ。
危ないんてもんじゃない!!
当然、タクシーがこれを放っておくわけがない。
再びタクシーたちも大輪丸に競り合おうと速度を上げる。
抜きつ刺されつのレース状態。
バカじゃないの!?
そうじゃなくたって、たいへんな仕事なのに!
こんなことしてる場合じゃないでしょ!
「なに? なんなの、ツバキ? 腹いせ? バローニさんに対する腹いせでやってる?」
「うっさいなぁ、サイドミラー見えないから、顔出さない」
「いや、だって、めっちゃ追いかけられてるよ!」
著者:内堀優一
原作:Original Star-IP Office
デザインコンセプト:斎藤純一郎、赤根健良
アニメーションキャラクターデザイン:鈴木竜也
アニメーションメカデザイン:田口栄司
企画協力:松田泰昭