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【第06回】ぼくたちは人工知能をつくりたい
美少女AIの掟
- ひとつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちを守る。
- ふたつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちの願いを叶える。
- みっつ、美少女AIはどんなことがあっても自分の命を守る。
- ただし、掟は設定された順に優先される。ひとつ目とふたつ目が矛盾した場合、ひとつ目が優先される。
人工知能(キャラクター)を作るための五工程
- (0)※まず仲間を見つける
- (1)性格を決める
- (2)容姿をデザインする
- (3)CGモデルを作る
- (4)「学習プログラム」と「人格生成プログラム」の実装
- (5)ロボットのAIとキャラコン部オリジナルのAI、人間の連動訓練
第6回:定期報告~
放課後の生徒会室に、凌霄花のぞみはひとり鎮座していた。社長室のような大きな机の上は書類で埋め尽くされており、それにサインやコメントを書き加え、「決」と「未決」のボックスに次々と放り込んでいる。ペーパーレス化が進んだ昨今、珍しい仕事風景である。
生徒会長は定期的に部の活動報告をすることを義務づけた。不服を申し立てると、会長は「それを言えるほど、君たちは信用ある行動を取ってきたといえるかな?」と冷たく言い放った。考えてみたが、俺の対外的な信用はゼロに等しかったので、渋々ながら会長の言に従っているというわけだ。
「それで? 活動は順調かな」
「昨日、マケットが完成したところです」
「なるほど。君たちは、やっとスタートラインに立った、というわけだ」
生徒会長は机の上の書類に目を通しながら言った。
「スタートライン?」
スタートラインどころか、もうすぐゴールテープを切るつもりだったんですが。
「ああ。だってそうだろう? それはAIを入れるための箱だ。肝心の中身はこれからじゃないか」
そう言って、会長は書類の山に挟まっていたタブレット端末を引っぱり出した。
「キャラコン部の年間計画によれば、次は第三工程、CGモデルの制作。その次が第四工程、プログラムの実装。そして最終の第五工程、ロボットとの連動訓練となっている。肝心の中身はこのプログラムの実装だ。準備は進めているのか?」
「まあそこそこ……今、直島が中心になってやっています」
中心とは言ってみたものの、完全に直島に頼りきりだった。そこでは俺と美作では到底歯が立たない、高度な知識と技術が要求されたからだ。
「君はその計画にどう関与するつもりなんだ」
「わかりません。ですが、部員たちが優秀ですから。部員たちが最大限、力を発揮できるようにサポートしていくつもりです」
その答えを聞いた生徒会長は考え事をするように、コツコツと手に持っていたペンで机を叩いた。
「ふむ……確かにそれは大事なことだ。だが、君には君にしかできないことがある。それをはっきりさせるべきだと、私は思うが」
俺にしかできないこと?
「なんですか、それ」
「それは君が考えることだ」
会長は冷たく突き放した。
おいおい。答えを教えてくれないなんてずるくないか。
「次の報告は二週間後。また同じ曜日、同じ時間にここにきたまえ。君の報告、楽しみにしているよ」
そういうと、生徒会長は書類に目を戻した。
答えは気になるがしかたない。立ち上がると、長椅子のスプリングが奇妙な音を立てた。まるで、俺との別れを惜しんでいるみたいだった。
俺と美作と直島は近所のDIYセンターに向かった。3Dプリンタ用のスキャナを借りて、マケットをデータに変換するためだ。
3Dプリンタのブースは十人くらいが入れる喫茶店みたいなこぢんまりとしたスペースだった。その奥にある小型のガラスケースのようなものが、3Dスキャナである。マケットを置いてスイッチを押すと、センサーらしき板がくるくると回転し、ほんの数分でデータ化が完了した。
「あっという間!」
俺と美作は驚きの声を上げたが、直島は首を振った。
「まだまだ完成ではない。やることはたくさんある」
接続されたモニターで、スキャンされたデータをチェックした。遠くから見るときちんとして見えていたが、細部はわりと雑な作りで、エッジがガタガタしていた。
「これって……失敗ですか?」
「このスキャナの精度だとこの辺りが限界。細かいところは手作業の修正が必要」
「うーむ……ボタンを押すだけで完成というわけにはいかないんですねぇ……」
「修正は難しくない。地道な作業ではあるけれど」
そんな話をしている間、美作の顔をみながら、ミマサカミサのことを考えていた。ミマサカミサの年齢は、俺たちのひとつ下。もしも美作とミマサカミサが姉妹ならば、美作の妹である。ふたりに関係があるのか聞いてみたかったが、気軽に持ち出せるような話題ではなかった。何しろ、ミマサカミサは未だ失踪したままなのである。
「よっ、おかえり!」
データを部室に持ち帰ると、そこには湖夏の姿があった。モデルを頼んで以来、湖夏は放課後になるとわざわざ手に入れた藤蔓の制服を着て、堂々と部室に出入りするようになった。
俺と美作と直島は、それぞれの役割を決めた。俺と美作がCGモデルのブラッシュ・アップを担当することになった。先ほどスキャンしてきたデータの粗を補正する作業である。人工知能による補助機能のおかげで、操作は単純だったが、修正箇所が膨大で、時間はかなり食いそうだった。その間、直島は美少女AIの実装の肝である、AIの素を書くことになった。第四工程における「学習プログラム」と「人格生成プログラム」である。
その間、颯太はディストピア6に勤しみ、湖夏は爪を磨きマニキュアを塗り直した。颯太と湖夏は気が向いた時に作業しているパソコンを覗き込み、「ここなんか変じゃない?」と、CGモデルのダメ出しをした。お前らは手伝え。
「これで完成ですね」
「そうだな」
「疲れましたね、ハルさん……」
「そうだな……」
およそ一週間かけて、CGのブラッシュ・アップの作業を終えた。連日続いた細かな作業で、ひどく消耗していた。肩や目が痛み、悲鳴をあげている。
「ほほう。とうとう完成か」
「見せて見せて!」
興味を持った颯太と湖夏が、周りに集まってきた。
「ふふふ……いいでしょう。ハルさん、お願いします!」
「オーケイ」
リターンキーを叩くと、目を閉じた少女が画面に現れた。
「なかなか悪くないな」と颯太。
「動いてるところ見せてよ」と湖夏がねだる。
「いいよ」
目を開ける、というボタンをクリックした。CGモデルはカッ、と目を開いた。その表情はまるで死神を目撃してしまった瞬間のようである。
「なんか不気味……」
湖夏は若干引いた。
「まあまあ。本番はこれから」
続けて、手をあげる、と書かれたボタンをクリックした。CGモデルは瞬時に手を挙げた。高々と掲げられたその腕は、天を突くようにまっすぐに伸びていた。爛々とした目で手を挙げたその姿は、滑稽を通り越して、不快ですらあった。
「ますます不気味……」
「そうだな」
湖夏だけでなく颯太も引いた。
「そんなことありませんよ。ねえ、ハルさん」
「そうそう。そのうち慣れるから」
そうフォローに回ってみたものの、心中では湖夏たちと概ね同じ感想だった。完成したモデルは止まった状態でみると、人間と見紛うばかりの完成度だった。だが、一度動き出すとひどくぎこちなく、作り物めいて見えた。
その姿が人間に似てくればくるほど、「これは人間ではない」と感じてしまう「不気味の谷」と呼ばれる現象がある。まさに今、我々の「キャラクター」はその谷に落ち込んでいた。
ソフトウェアにプリセットされているデータを使って歩かせたり、走らせたり、ジャンプさせたりしてみた。連続する動きをつけると幾分不気味さは和らいだけれど、やはりどこか人間とは違う「不気味さ」が滲む。もっと自然な人間らしさを表現するにはどうすればいいか直島に聞いてみると、
「動きを制御する人工知能を入れる必要がある」
と答えた。自然さの獲得のためには、直島の「AIの素」を使って、この美少女CG専用の人工知能を完成させなければならないらしい。
その肝心の「AIの素」はまだ完成していなかった。どれくらいかかるものなのか見積もりを聞いてみると、「週末までには何か報告できるようにする」と、曖昧な返事をした。直島はぼんやりと、見えない何かを探るように、空中で指を動かしていた。形になっていない何かを、直島は必死につかもうとしていた。そんなことのできる直島が、少しだけ羨ましくなった。
週末。金曜日の放課後がやってきた。その日の部室には、美作、直島、颯太、湖夏が揃っていた。
「ハルさん、見てくださいよう!」
部室に入るなり、VR5をかぶった美作がはしゃいだ声をあげた。
「ほら。すっごくかわいいですよ!」
そう言いながら、美作は空中を指差す。
「いや、俺には見えないけど」
「あ、そうでした!」
そういうと、美作はVR5を脱ぎ「どうぞ!」と言って差し出した。
「びっくりすると思うよ」そう言う湖夏はいつになく高揚しているようだった。
「みんなは試したの?」
「ああ。なかなか興味深い体験ができるぞ」
と、颯太もいつになく素直な感想を述べる。
「お前ら、はしゃぎすぎじゃない」
「ごちゃごちゃ言ってないで」
「早く早く!」
湖夏と美作が急かす。
「分かったよ」
VR5をかぶった。眼に映ったのはいつもの部室だった。VR5は外部カメラで部室を撮影し、ヘッド・マウント・ディスプレイを通して網膜に映像を投射する。要するに肉眼と何も変わらない。
ペーパーウォール型のモニターを見ると、鏡を合わせた時のような、無限に小さくなっていく像が見えた。網膜に投射されている映像とモニター内の映像がリンクしている。モニターのすぐ傍でプレイ・プラットフォーム7とPCが小さな唸りをあげていた。二つのマシンが連結して計算処理とグラフィック化を行なっている。
「AIはどこにいるんだ?」
みんなの方を振り返った。
「うおおっ!?」
思わずのけぞった。すぐ目の前に、少女の顔があった。鼻先が触れてしまうほどの距離である。少女は「あははっ」と柔らかな声で笑った。美作、湖夏、颯太も笑っている。
星空のように輝く青い髪を揺蕩わせた、琥珀のような澄んだ瞳の少女は、藤蔓高校の制服を身にまとい、海の中を泳ぐ魚のように空中にぷかりと浮かんでいた。
「こんにちは。浜松晴さん」
その少女の声は、透き通る水を思わせた。
「こ、こんにちは……」
「私はミサ。よろしくね」とニッコリ笑った。
「ミサ?」
その名前にどきりとした。ニュースサイトで見た、ミマサカミサの顔が頭にちらついた。
「はい。さっき私が名付けました」美作が答えた。
「ていうかなんでミサ?」
「かわいいからです」
美作はニコリと笑って答えた。何かを隠している様子はなかった。
単なる偶然、なのだろうか?
気にはなるが、今はそのことを追求するわけにもいかない。俺はミサと名付けられた人工知能の様子を観察することにした。
「それにしてもよくできてるなぁ……」
ミサは合成映像だ。にも関わらず、美作、直島、湖夏、颯太と並んでいても違和感がない。そこに本物の人間がいるように感じられた。
「本物そっくりじゃないか」
「ホンモノ?」
ミサはどこまでも透明な瞳で、俺の目を見つめた。
「ホンモノソックリ?」
ミサは俺の言葉を繰り返した。
「いや、それはこっちの話。気にしないで」
ミサはきょとんとした。だが、すぐに「わかった」と言って微笑んだ。
「これが、俺たちの人工知能……」
昨日までCGモデルの微調整をしていたから、その顔は何度もみているはずだった。だが、その人工知能がどのような存在なのか、本当の意味ではよく分かっていなかったのだ。こちらの指示なしにくるくると自然に表情が変わっていく様を見て初めて、ミサという存在が本当にこの世に存在するのだと感じられた。
もっと間近で見たいと思い、顔を近づけた。ミサはハッとして天井の間際に逃げた。
「なんだよ。なんで逃げるんだ」
「恥ずかしい……」
ミサははにかむと、ふっ、と姿を消した。部室の中を見回したが、ミサの姿はどこにもなかった。
「消えた?」
「嫌われましたね」美作が言った。
「え?」
「あはは、AIに嫌われるとか!」湖夏が笑う。
「本能的にハルの変態性を察知したに違いあるまい」颯太は腕組みして頷く。
「好き勝手いうな」
俺はVR5を脱いで、机の上に置いた。
「いやぁ……しかしすごいな。まるで本物の人間みたいだ」
「ですねぇ」
「この前まで粘土で作った人形だったのに。あっという間に動き回ってる。何か不思議な気分だね」と湖夏も頷いた。
「でも、会話はまだぎこちなかったな」と感想を述べると、「AIはまだ仮の状態だから」と直島は答えた。
「ああ。例の『学習プログラム』がまだだもんな」
「そう。きちんとしたミサになるためには、きちんとした学習をさせる必要がある」
「ハルさん、NAGIちゃん、『学習プログラム』ってなんですか」と美作が聞いた。
「えーと……」
それがどのような役割を果たすのか。うまく説明できる自信はなかった。
「直島、解説お願いします」
直島は頷いた。
「『学習プログラム』とは、ミサがミサになるために必要なもの。まず、私たちがミサにどうなって欲しいかを伝える。ミサはその情報を元に、どんな自分になるか、自分で考えて、決める。それによってミサは本当の意味でミサになる。考えて、決めることで、ミサのアイデンティティが確立する」
「こちらで設定するのではないのか」
と颯太が聞いた。
「そうすることも可能だけれど、それだと自然な会話ができなくなる。そこはミサ自身に委ねた方がうまくいく」と直島は説明した。
「それで、学習ってのはどうやるんだ?」
「キーボードで入力すればいいのか?」
「趣味は、とか?」
「好きな食べ物は、とか?」
直島は首を振る。
「ミサと話すだけでいい」
「え? それだけ?」
直島は頷く。
「簡単ですねぇ」
「できれば今日から学習を始めたい。いい?」
俺たちに異存はなかった。
「では今日から順に、一緒の時間を過ごしてもらう」
美作が立ち上がった。
「湖夏さん、まずは円滑なコミュニケーションが取れるように、女子の会話を学習してもらいましょう」
「いいね」
「女子の会話か。では、俺の出番はないな」
颯太はそう言うと、鞄を持って立ち上がった。
「どこ行くんだ?」
「帰る。これを見ろ」
颯太が手を差し出す。その手は小刻みに震えていた。
「こちらの世界に長くいすぎたようだ。禁断症状が出ている。早く元の世界に戻らなければ……」
「いちいち大げさなんだよ」
「では、失礼する」そう言うと、颯太は颯爽と部室を後にした。
「颯太、大丈夫なの?」と湖夏が心配した。
「ああ。あいつはあれで正常だ」
禁断症状が出るという設定なだけだ。
その後、美作、湖夏、ミサの三者の話が始まった。俺は早々に部室を後にすることにした。ミサともっと話をしてみたかったが、それは明日以降に持ち越しだ。
(つづく)
著者:穂高正弘(ほだかまさひろ)
キャラクターデザイン:はねこと