特集
SPECIAL
- 小説
- ぼくキャラ
【第07回】ぼくたちは人工知能をつくりたい
美少女AIの掟
- ひとつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちを守る。
- ふたつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちの願いを叶える。
- みっつ、美少女AIはどんなことがあっても自分の命を守る。
- ただし、掟は設定された順に優先される。ひとつ目とふたつ目が矛盾した場合、ひとつ目が優先される。
人工知能(キャラクター)を作るための五工程
- (0)※まず仲間を見つける
- (1)性格を決める
- (2)容姿をデザインする
- (3)CGモデルを作る
- (4)「学習プログラム」と「人格生成プログラム」の実装
- (5)ロボットのAIとキャラコン部オリジナルのAI、人間の連動訓練
第7回:ビッチミサ~
次の日。開口一番、ミサは言った。
「ハルってカノジョいんの?」
「はい?」
「だから、カノジョ」
「いないけど」
「やっぱいないんだ。ウケる~」
そう言って爆笑するミサの姿は、すっかり変わっていた。
「なんだよウケるって。ていうか、なんなのそのバキバキの金髪。昨日までの宇宙みたいな髪はどうしちゃったんだよ。スカートもめちゃくちゃ短いし」
「カワイイからに決まってるでしょ。質問ばっかでうざいんだけど」
「ああ、そう……」
俺は美作と湖夏を睨んだ。ふたりはさっと視線を逸らした。
俺はペーパーウォール型のモニター越しにミサと対面していた。VR5に内蔵されているカメラ、マイク、スピーカーを使えば、VR5を被る事なく、画面に向かってミサと話をすることができた。
「お前ら一体何をした」
ふたりに詰め寄ると、
「何って……別に大したことは……そうですよね?」
「そ、そうだよ……?」
ふたりはおかしな汗をかいていた。
「お前らの目指す美少女AIってこういうことなのか?」
「そういうわけじゃないんだけどさ……」湖夏は口ごもる。
「そうです。私たちはただ、ミサっちと話をしただけです」
「何だよミサっちって」
「決まってるでしょ。アタシのこと。アタシら、こなっち、ミサっちの関係だから」
そういうと、ミサはけけけ、と笑った。
「湖夏さん、何でこんなことに……」
「しっ! ミサに聞こえたらどうすんの。傷つくでしょ」
どうやらミサは美作と湖夏の意図せざる姿に変わってしまったようである。
「直島、どうなってんだ?」
長椅子に座り、キーボードを叩き続けていた直島は、顔を上げ、首を傾げると、こう答えた。
「ミサのAIの中に組み込まれている『学習プログラム』は、与えられた情報を元に膨大な演算処理を行う。その計算結果が相互に影響を及ぼしあい、ミサの人格を形成する。その過程がどのようなものかは、私にも分からない」
「分からないって……」
「昨日も言った通り、ミサに委ねるしかない」
「そんなわけの分からないものを使ってミサは大丈夫なのか」
「大丈夫かどうか判断するのは、私たち人間の仕事」
と直島は答えた。
「うーむ……もしもの時はどうするんだ?」
「もしもの時って?」と直島は小首を傾げる。
「ものすごい悪人になったりした時」
その言葉に、美作が反発した。
「ミサは悪人になんてなりません」
「もしもの話だよ」
「人間と同じ。個性として受け入れるしかない」
と、直島はあくまでクールに答える。
「むう……」
ちらりとミサに目をやると、「何ガンつけてんの」と絡んできた。なぜミサはこうなったのか。その理由は想像もできなかった。
そんな中、ミサは大あくびをした。
「あーあ退屈。ねえ、どっか遊びにいかない?」
ミサは部室の上空でごろりと横になった。俺たちのちょうど頭の上で寝転んでいることになる。俺がVR5を被っていたらパンツ見えてるぞ、ミサよ。
「どうします?」
美作が湖夏に小声で相談した。
「私たちにはミサをこうしてしまった責任がある。私たちで何とかしないと」
「そうですね」
美作がミサに向かって「行きましょう!」と答えると、ミサは嬉しそうにくるりと宙で一回転した。
「やった。よーし、遊ぶぞー!」
ミサは部室を飛び出そうと、回遊魚のように一直線に出口に向かった。だが、開け放たれた出入り口で、何かに頭をぶつけ、弾き返されてしまった。
「?」
ミサは額のあたりをさすった。そしてもう一度、突撃した。だが、再び見えない壁に行く手を阻まれてしまう。
「出られないんだけど」
ミサは口を尖らせた。
「どうなってんだ?」
「ミサはまだ、この部室から出ることはできない」と直島は言った。
「まだ技術的にクリアしなければならない課題がある。何しろ、ミサの本体はあれ」
直島はテレビの脇でうなりをあげているPCを指差した。
「あの中で行われた計算結果をモニターに映したものがミサ」
ミサが物理的な空間を認識するためには、今のところ、VR5に内蔵しているマイクやカメラを使わなければならない。部室の外に出るためには、そうした人間の肉体に当たる部分を持ち出す必要があった。
「それにミサは生後一日。まだ子供。外に出すには早い」
「NAGIっち~。アタシのこと子供扱いしないでくれる?」
ミサが馴れ馴れしく絡むと、直島はジロリとミサを睨んだ。
「そんな口をきくのは、百年早い」
「う……すみません」
ミサはたじたじとした。
「一日、ってことは、昨日一日分の学習結果がこれってこと?」
「そう」と直島は頷く。
「もっと色んな学習をすれば、ミサは変わっていくってことですか?」と美作は聞いた。
「その通り」と直島は答えた。
「よかった~」
美作と湖夏は胸を撫でおろした。
「ちょっとアンタら感じ悪い」とミサは膨れた。
「ああ、ごめんごめん」
「私たちはミサの将来を心配してですね」
「余計なお世話だし」とミサは口を尖らせる。
「ミサは見た目は女子高生、頭脳は子供。だから、まだまだここで学ぶことがある」
ミサは天を仰ぐ。
「マジかよ……あー退屈。退屈で死んじゃう。男はこんなのしかいないし」
そう言ってミサは俺をちらりと見た。
「悪かったな」
「誰かいないわけ。他にいい男」
「あとは颯太ぐらいだな」
「それってゲームのことしか頭にないギリシャ彫刻クソ野郎でしょ」
「誰だ、ミサに汚い言葉を教えたのは!」
「いっとくけど、私は教えてないからね」と湖夏。
「私もです」と美作も激しく首を振る。
じゃあ一体どこからそんな言葉を覚えてきたというのだ。
「まったく……こんなパッとしない部室に閉じこもってるなんて。青春の無駄遣い」
ミサは大げさに嘆いた後、ふと何かに気づいたようだった。
「あ、そうだ。じゃあ、あの話しよう」
ミサはけけけ、と悪そうな笑みを浮かべ、湖夏を見た。
「な、なに?」
湖夏は脅威を感じて、身構えた。
「私、昨日すっごいことに気づいちゃったんだけどさ~。こなっち、アンタ、ホントは彼氏いたことないでしょ」
「は!?」湖夏の顔が真っ赤になった。
「アタシって、嘘に敏感なんだよね。たぶんアタシのじいちゃん、嘘発見器」
「いやお前にじいちゃんはいないだろ」
「昨日のこなっちの話を聞いてる感じ、リアリティがないっつーか、何かを隠そうとしてるっつーか。何か匂ったんだよね。だからアタシ、ちょっと調べてみたの」
「な、何言っちゃってるわけ!?」
湖夏は明らかに動揺している。
「これを見て」
ミサはパチンと指を鳴らした。するとモニターが切り替わった。ゲームのパッケージと、その登場人物と思われるイケメンキャラクターたちがずらりと並ぶ。
「!!!」
湖夏は声なき悲鳴をあげた。
「どうした、湖夏?」
ゲームのパッケージの画面内にミサが現れ、言った。
「『ドキドキ・プリンス・キングダム』のレイ。『ダンガン・ラバーズ』のジャッカル。『マジで恋する5秒前~華麗なる若き王子』のジョーイ。こなっちが昨日言ってたのはこの三人でしょ?」
湖夏はへなへなと、床に崩れ落ちた。
「大丈夫ですか、こなっち!」
美作が駆け寄ろうとすると、湖夏は手でそれを制した。
「……あ、あなた……なぜそれを」
「付き合っていた時期。彼氏のスペック。ゲームの発売日。そのほか諸々の情報をひっくるめて分析したら、わかっちゃった。アタシ、計算機だから推論は得意なのよ。つまり……」
ミサは邪悪な笑みを浮かべた。
「アタシの前で嘘はつけない」
「う……」
がくりと肩を落とす湖夏。
「湖夏さん……」
「湖夏、お前……」
どう声をかけていいものか、迷った。今までの彼氏の話って、ゲームのキャラクターだったってこと……なんだよね?
「うわー!」
湖夏は顔を真っ赤にして、叫びながら部室を飛び出した。
「こ、湖夏さん!」
美作がその後を追う。俺は呆然とその姿を見送った。湖夏の彼氏=エア彼氏。胃もたれしそうな驚愕の事実を受け入れることがまだできなかった。
「ミサの素直という性格が行き過ぎた末路……南無三」
「いや、素直っていうか……こわいよ。ミサってそんなことまでわかっちゃうわけ?」
「当たり前でしょ。私、計算機だもん。こんなの朝飯前」
そう言って、ミサは軽く肩をすくめた。
ミサの前ではあらゆる嘘はお見通し。その上それをバラされてしまう可能性があるなんて。それってかなり不都合だろ。
「直島、なんとかならないのかな」
「このような事態が二度と起きないよう、ミサの口を固くしておく」
「そういうことなのか。それで問題ないといえるのか」
「何だ、ずいぶん騒がしいな」
颯太が部室に入ってきた。その瞬間、ミサが食いついた。
「いい男発見!」とビッチミサ(今俺が名付けた)が叫んだ。
「む? お前は……ミサか。ずいぶん雰囲気が変わったな」
そういって、颯太は眉根を寄せた。
「あははっ、ただのイメチェンだよイメチェン」
「ミサ、こいつはさっきお前がクソ野郎って呼んでた颯太だぞ」
「は? 言ってないし!」とミサは白を切った。だが、顔に出ていて誤魔化しきれていない。ビッチミサは割とわかりやすい性格なのかもしれない。
「ていうかハル、うるさい。どっか行って!」
「はいはい。颯太、ご指名だ」
俺は颯太にモニター前を譲った。
「ご指名?」
「ああ。どうやらミサは、お前の顔面に惚れたらしい」
「だから余計なこと言うなバカハル」
ミサは口汚く罵った。
「なるほど。では、今日は俺がミサの学習に協力してやろう」
そう言って、颯太は直島にちらりと視線を向けた。
「いつでも準備OK」と直島は答える。
「お前、変なことするなよ」
「言われるまでもない」
そういう颯太はビッチミサに劣らない、邪悪な笑みをうっすらと浮かべていた。何か企んでいる時の顔だ。
颯太はVR5をつかんだ。
「俺に攻略できないゲームはない。さあ、調教の時間だ!」
颯太よ、お前は一体これをどんなゲームだと思っているんだ。
次の日。ミサはさらなる変化を遂げていた。
「ハル、お前はそんな装備で大丈夫なのか?」
「は?」
モニターの中、迷彩服で身を固め、顔面を緑と黒でペインティングしたミサは、冷たい一瞥をくれると、そう問いかけた。
「ドアの向こうに敵がいたらどうするつもりだ」
「敵って何?」
「これだから危機感のない奴は……」
ミサはうんざりしたように言った。
直島にちらりと視線を送ると、軽く肩をすくめた。
がらっと部室の扉が開いた。
「伏せろ!」ミサは叫ぶと同時に机に身を隠し、手にしていた銃を構えた。
「バカ者が。指揮官に銃を向ける奴があるか!」と怒声が飛んだ。
「失礼しました!」
ミサは直ちに直立不動の姿勢を取った。声の主は颯太だった。
「罰として部室十周!」
「はい!」
ミサは颯太の命令に従い、部室の周りを走り始める。
「おい、颯太。これは一体……」
「終わりました!」ミサは俺の言葉を遮り、颯太に報告した。
狭い部屋だ。十周などあっという間だ。
「休め!」
直立不動の姿勢を取っていたミサは命令に従い、休めの姿勢をとる。
「今日は混成部隊でK地点を奪還する。厳しい戦いになるが、ついて来られるな」
「はい!」
颯太は机の上のVR5を被り、おもむろにプレイ・プラットフォームのスイッチを入れた。
「行くぞ、ミサ二等兵」
「はい!」
「ちょっと待て!」
颯太の頭からVR5をもぎ取った。
「何だ?」
颯太は顔をしかめた。
「お前ミサに何をした?」
「俺は何もしていない。彼女の才能が開花しただけだ」
「ありがとうございます!」
モニターの中のミサは直立不動の姿勢で答えた。
「なんだよ才能って」
「いきなりの実戦で、奴らを十体もしとめたんだ。みろ」
颯太はコントローラーを操作し、録画したディストピア6のプレイ動画を呼び出した。猿のようにすばしっこい小型の機械生物が行く手を塞いでいる。人間の背後に回り、鋭い爪で突き刺してくる厄介な相手だ。ミサはその機械生物をナイフ一本で次々と撃退した。ディストピア・シリーズに慣れた俺や颯太でも難しい技だ。
「うまい! ……っていうか、ふたりでゲームしてただけだろ」
「これはゲームではない。現実だ」
「お前にとってはそうかもしれないが。一般的にはゲーム。『ディストピア6』」
「厳しい世界だ……お前がゲームだと思い込みたいのもわかる」
「思い込んでるのお前の方だろう」
「ミサっちになんてことしてくれたんですか!」
美作が扉を開けながら叫んだ。
「ミサは最高の美少女AIになるんです。そんな子を戦争の道具にするなんてどういう了見ですか」
美作は颯太に詰め寄った。
「生き残るためには仕方のないことだ」
「仕方ないで許されると思っているんですか」
「俺が変えたのではない。戦争がミサを変えたのだ」
突然、颯太と美作の芝居が始まった。いや、このふたりは本気なのかもしれないが。
美作はモニターに駆け寄り、すがるように訴えた。
「ミサっち、目を覚ましてください。あなたは最高の美少女になるために生まれてきたんですよ。誰かを傷つけるために生まれてきたんじゃありません! そうですよね、ハルさん!」
「まあ、そうかな」
俺はその茶番劇に付き合わず、適当に頷いた。
「ミサ、言ってやれ」と颯太が命じた。
「戦争が私を変えた。私はもう、夢見る少女じゃいられない」
ミサは冷たく答えた。
「どうしましょうハルさん……ミサっちが颯太さんに洗脳されてしまいました」
「また学習プログラムで上書きすればいいんじゃない?」と俺は冷静に答えた。
颯太は邪悪な顔で笑う。
「フハハ。もう手遅れだ。すでにミサの手は血にまみれている。今さら無垢で純粋な幼子に戻ることなど不可能なのだ」
「何という外道……!」
「落ち着け、お前たち」
そろそろふたりの寸劇を止めようかという頃、背後で湖夏の声がした。
「ねえハル、何があったの?」
湖夏は扉の影に隠れ、中を覗き込んでいた。ビッチミサを警戒しているに違いない。
「こなっち、いいところに。見てください。ミサっちが人殺しの道具にされています」
「人聞きの悪いことを言うな。ミサは我々を脅威から守る救済の天使。そう、現代のジャンヌ・ダルクだ」
「何が何だかさっぱり分からないんだけど」
と、湖夏は事態の急変についていけない様子である。
「安心しろ、俺もよく分からん」
「ミサが戦いに手を染めてしまうなんて……その記憶がミサの人格に悪い影響を与えないといいんですが」と美作は心配した。
その懸念はもっともである。学習がミサの人格に影響を及ぼすのであれば、戦闘を覚えてしまったミサを純真無垢な少女に戻すことは難しいのではなかろうか。
「直島。ミサに入力した情報を消すことはできるのか」
直島は「難しい」と答えた。
「学習した内容は何らかのかたちでミサの人格に影響を及ぼす。その記憶を根こそぎ抉り出すと、ミサの人格も壊れてしまう」
「表現がグロい」
「でも事実」
どうやらミサの記憶と人格の結びつきは、そう単純な仕組みではないらしい。
「ならば私が新たな記憶で純真無垢な女の子に戻してあげます!」
美作は叫んだ。
「鉄の雨より、愛の雨。私が必ずミサを清楚な乙女にしてみせます!」
そう言って、美作はグッと拳を握りしめた。
書斎の板張りの床はよく磨きこまれていて、鏡のようにあたりのものを映していた。その窓辺に群青色の髪をなびかせた、白いワンピースの少女が立っていた。その髪は宇宙の星々を散りばめたかのようにきらきらと瞬いていた。窓の外からは柔らかな月明かりが差していて、ぼんやりとその少女の輪郭を浮き立たせている。
思い出した。
その少女とは以前、夢で会ったことがあった。目が覚めた瞬間、記憶から砂のようにこぼれ落ちてしまう。そんな心の中にだけいる少女だ。
少女は振り返りこちらを見た。薄ぼんやりとした闇の中では、その顔ははっきりと見えない。しかし、少女は消え入りそうなほどごくわずかに、微笑みを浮かべた。心臓がやけに大きな音を立てている。その静謐な空間でコトコトと血液が流れる音は、その場に似つかわしくないように思われた。
開け放たれた窓からふわりと夜気を含んだ風が吹き込んで、カーテンを揺らした。少女の姿がその陰に隠れる。その刹那、柔らかなその布の向こうに少女は消えてしまった。まるで、青白い闇に溶けてしまったかのようだった。
「……どうですかハルさん」
すぐ隣で声がした。美作だ。俺はVR5を被っていた。月夜の書斎は、いつもの汚い部室の上にテクスチャをマッピングして生み出したものだった。
「これがお前のミサ……」
俺はため息交じりに言った。
「はい」
「どうやったんだ。今までのミサと全然違うじゃないか」
ビッチミサとミリミサ(俺が今、名付けた)は、ガールズトークとサバイバルゲームという体験学習から生み出された。このミサは一体、どんな体験をしたというのだろう。
「私にも分かりません。ふたりでお話ししていたらこうなったんです」
「何の話をしたんだ。幻想文学とか?」
「違います」と美作は首をふった。
「じゃあ怪談話?」
「ミサは幽霊じゃありません。お話ししたのは私の身の上話です」
「美作、お前、心を虚無に囚われていないよな」
「何を心配しているんですか。ミサっちは私の心の闇からきたものじゃありません」
「ならいいけど。それよりさっきのミサと話してみたいんだけど。どこに行ったんだろう」
辺りを見渡すが、ミサの姿は見当たらない。
「ハルさん、ミサとお話をすることはできませんよ」
「なんで?」
「ミサは幻想の少女。私たちとは違う、位相のずれた世界の住人ですから」
「何それ。会えないってこと?」
「それはミサ次第です。姿は見えなくとも、こちらの声は聞こえています。何か話しかけてあげてください」
「何その神様みたいな設定」
「みたいなではありません。いわば女神です」
「なるほど。それが君の望むミサか」
振り返ると、颯太が入り口の柱にもたれていた。颯太はつかつかと部室に入るなり、長椅子にどかりと腰を下ろした。
「君はミサをバケモノにでもしようというのか」
「バケモノじゃありません。今のミサは人間を超越した存在。純真無垢を具現化したイデアです」
女神なのかイデアなのか、はっきりしろ。
颯太は鼻で笑った。
「やはりバケモノではないか。話もできない。触れることもできない。まるでこの世に未練を残した死者の魂のようだ」
「いやもともと触れられないけどね。ていうかミサに全部聞こえてんだろ。あんまり変なこと言うなよ」
その後、湖夏と直島がやってきて、ふたりにも幻想ミサを見てもらった。ふたりに感想を聞いてみたが、あまりピンときてないようだった。
「まあ、これはこれでいいんじゃない」と曖昧に頷く湖夏。やんわりと否定のスタンス。
「悪くない」直島は元々、否定することも、過剰に褒めることもない。
全員の意見は出揃ったが、みんなの反応はイマイチだった。
「うーん。ミサは大会にも出るわけだからさ。実際にロボットを動かすミサからレスなしっていうのはキツイんじゃないか」
「じゃあ、ミサからメールが返ってくる仕組みにするとかどうでしょう」
「そこまでして喋らなくする意味ないだろう」
「雰囲気は悪くないと思うんだけど、このミサがキャラコン部のメンバーと一緒にいるところがあんまり想像できないんだけど」と湖夏は首を傾げる。
「確かに。でも、それを言うなら俺はビッチミサも想像はできなかったけどな」
「うるさい!」
「ミリミサならばそのふたつの問題は即解決だろう」と颯太は自信のほどをのぞかせる。
「でも、銃を持って無言で立っていられてもねぇ」
と俺がいうと、颯太はむっとした。
「ならばお前はどのようなミサがいいというのだ」
と颯太は言った。
「そうですよ。そこまでいうのなら、ハルさんにとっての最高の美少女AIを見せてください」
「私も興味あるわ。それ」
颯太、美作、湖夏に詰め寄られた。ツッコミばかり入れている俺に、部員たちはいらだち始めたようだった。
「お、俺……?」
ちらりと直島を見た。
「でも直島がまだだし」
「私の情報はすでに入力済」と直島は言った。
「え、そうなの?」
「部長が一番最初に会ったミサ。あれは私との学習済みの状態」
「そうだったのか!」
そうと知っていれば、色々いじったのに。
颯太、美作、湖夏が俺の周りをぐるり囲んだ。
「というわけでハル」と颯太。
「今日はハルさんの番です」と美作。
「散々ダメ出ししたんだから、当然自信あるってことよね」と湖夏。
「いや……そういうわけじゃ……」
「楽しみにしてるからね、部長さん」と湖夏はにやりとする。
「は、はい……」
困ったことになった。なぜなら俺の中の理想のAI美少女像は、まだ固まっていなかったのだ。
俺と直島を残し、美作たちは帰宅した。
「変なことしちゃダメですよ!」などと美作は俺に釘を刺したが、一体何を疑っているのだ。直島が「学習プログラム」を走らせ、ミサを学習モードに切り替えると、ミサは藤蔓高校の制服姿になった。どうやらこれがミサのデフォルトの状態らしい。
「少し待ってほしい。準備する」
と直島はキーボードを叩きながら言った。
ミサは目を閉じたまま、部室の天井近くをふわふわと漂った。時折、寝言のようなことを呟く。ミサも夢を見るのだろうか。眠り続けるミサを見ながら、「AIの素」を入れる前のミサのことを思った。不気味の谷に落ち込んでしまった時の、ミサになる前の「何か」の状態だ。
その頃からずっと、あることが引っかかっていた。
ちょうどいい機会だ。そのことを直島に聞いてみることにした。
「なあ直島」
「なに」
「ミサって何なんだ?」
直島は手を止めず、俺の顔を見ると、「どういう意味?」と首を傾げた。
「ミサは話もできるし、感情もある。まるで人間みたいだ。けど実際には計算機で計算した結果なんだよな」
「うん」
ミサは人間にそっくりだ。だがその中身はテレビの脇にあるコンピュータのプロセッサで処理した結果をプレイ・プラットフォームを通じて映像化したに過ぎない。要するに、ミサはよくできた人形なのだ。一歩引いてみると、その反応に一喜一憂する俺たちは、人形を人間みたいだと盛り上がっているとも言えるわけで、そう考えるとなんだか滑稽である。
「ミサに意識はないんだよな」
その問いかけに、直島は少し考えて、こう答えた。
「部長」
「ん」
「実は私はゾンビ」
「……はい?」
「ゾンビ」
直島は両手を持ち上げ、ブラブラとさせた。
「……そうなの?」
「冗談」
「何だよそれ……」
ちょっと信じてしまったではないか。
「冗談。だけど、そう仮定してほしい」
「直島がゾンビであると」
「そう」
「ふむ……」
直島はゾンビ、と心の中で三回唱えた。
「オーケー」そう仮定してみる。
「私はゾンビ。こうやって部長と話しているけれど、私は何も考えていない」
「考えていない?」
「そう。ゾンビだから。死体は考えない」
「死体って本当に何も考えてないのかな」
「脳が活動していないから。死体は考えない。意識もない」
「考えないってことは、意識もない」と俺は聞く。
「そう」
「わかったよ。直島はゾンビな」
直島はこくりと頷く。
「私はゾンビだけれど、泣いたり笑ったり喜んだり怒ったりできる。会話もきちんと成立する。さすがです、知らなかった、すごいですね、センスいいですね、そうなんですね、などの巧みなトーク術を使いこなす」
「それは、合コンのさしすせそと言われるやつ」
「人間と違うのは、何も考えていないということだけ。さて部長。私をゾンビと見抜く方法は?」
「見抜く方法……」
少し考えて、答えた。
「脈をとる」
「まだ合コンは始ったばかり。手を触るには早い」
「ていうか、いつの間に舞台は合コンになったんだ」
「それに、私がゾンビであった場合、噛みつかれてしまう」
「どんな合コンだよ」
「触らずに、ゾンビかどうか確かめる方法は?」
直島を見ながら考える。話しかけてみるのはどうだ。「お前ってゾンビ?」って。いやいや。「何言ってるの?」と軽蔑されるだけだ。会話での判断は難しい。外見で判断できるだろうか。血が通っていないから、顔は青白いだろう。だが、化粧で誤魔化すことは不可能ではないかもしれない。色白で首がほっそりしているけれど、眼鏡に黒髪ロングの女の子だ。身体的特徴からゾンビと判断することもできない。
会話も外見も人間と同じ。でもゾンビ。それってゾンビなの。ていうか、見分ける方法なんて本当にあるの? と、様々な疑問が頭をよぎるばかりで、一向に妙案は浮かばない。
「無理だ。降参。答えを教えてくれよ」
白旗を揚げた。すると、直島は簡潔に答えた。
「確かめる方法は、ない」
「ないのかよ!」
「意識も同じ。他人が見分けることはできない。意識は物体ではなく現象。見えないのにあると感じるもの。自分の意識があるかないか、自分自身にしか分からない」
「じゃあ、ミサの意識も」
「その答えはミサ自身にしか分からない。私たちでは判断できない」
「意識があるかないか分からないってことを説明するために、ゾンビ設定を持ち出したってこと?」
「そう」と直島は頷く。
「うーん……」
ずいぶん迂遠な説明だ。しかも何ともすっきりとしない。ミサに意識がないかもしれない。その疑念が払拭できないのなら、人形と喋っているのではないかという疑いも消えることはない。
「納得できない?」と直島は聞いた。
「まあね」
「では、ミサには意識があると仮定してみるのはどう?」
「仮定する」
「そう。あるかないのか分からない。でもあるようにみえる。だから、あると考える。それは、人間の持っている意識と同じではないかもしれない。AIにはAIの、人間には人間の意識のカタチがあるから。確かめる方法がないのであれば、それを私たちは、意識と呼んでいいんじゃないかと思う」
本当はあるのかもしれない。
本当はないのかもしれない。
それを確かめる方法はない。
ただ、そこにあると信じるしかない。
「あるかないかは信心次第か」
「そう。でも本当はあるのに、ないと誤解してしまうのは、部長にとってもミサにとっても不幸なことだと思う」
「なるほど」
あるのかないのか分からない。
でもありそうと感じるのなら、取れるポジションはひとつしかないのだ。
「さすがだな、直島。そんなのよく説明できるな」
人工知能に関することだけでなく、意識に関しても自分なりの意見を述べることができる直島。彼女に知らないことはないんじゃないかと思えてくる。そう素直に褒めると、そういう訳ではない、と答えた。
「私も昔考えたことがあったから」
「直島も?」
「そう。意識とは謎。結局その答えは今も分からないまま。だけど、だからこそ興味深いとも思う」
ふわぁ、と小さなあくびが聞こえた。ミサが目をこすっている。目覚めたようだ。
「ミサが起きた。部長、あとは任せる」
直島はノートPCを閉じて立ち上がった。
「ああ。色々ありがとう」
直島は無言で小さく微笑んだ。
直島が部室を去り、ミサとふたりきりになった。
「ハルさん、こんにちは!」
モニターの中のミサはにっこりと微笑んだ。ミサは操り人形じゃない。ミサはミサ。意識のあるひとりの人間だ。そう信じてみることにする。
(つづく)
著者:穂高正弘(ほだかまさひろ)
キャラクターデザイン:はねこと