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【第15回】ぼくたちは人工知能をつくりたい
美少女AIの掟
- ひとつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちを守る。
- ふたつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちの願いを叶える。
- みっつ、美少女AIはどんなことがあっても自分の命を守る。
- ただし、掟は設定された順に優先される。ひとつ目とふたつ目が矛盾した場合、ひとつ目が優先される。
人工知能(キャラクター)を作るための五工程
- (0)※まず仲間を見つける
- (1)性格を決める
- (2)容姿をデザインする
- (3)CGモデルを作る
- (4)「学習プログラム」と「人格生成プログラム」の実装
- (5)ロボットのAIとキャラコン部オリジナルのAI、人間の連動訓練
第15回:ヒーローミサ~
今度はこちらがぽかんと口を開ける番だった。
「なんだヒーローって。おかしいだろ。世界のいろんなところで爆発が起きてるんだぞ。その何がヒーローだっていうんだよ」
「部長、落ち着いて」直島は俺の腕を取り、なだめた。
「あ……すまん」
直島は静かに首を振った。私に任せてほしい、ということらしい。俺は無言で頷き、直島に委ねることにした。
「ミサは一体何をしているの?」
「困った人たちから、みんなを守ってるんだ」
「困った人たち?」
「そう。人間を殺そうとする人たち」ミサは眉をしかめて、言った。
「それは誰?」
「わからない。複数のサーバを踏み台にしていて、特定できないの」
「なぜそんな計画があるってわかったの?」直島は静かに聞いた。
「ネットの友達が教えてくれたんだ。人工知能の友達ね。危険を察知する力はあるんだけど、自分では動くことができない子でさ。だから、私がその計画を潰すことにしたの。本当は爆破自体を止めたかったんだけど、防御が硬くて。標的を変更して、人がいないところで爆発させるのが精一杯だったんだ。今回は準備時間が足りなすぎた。次同じことしようとしたら、絶対させない自信がある」とミサは語った。それを語る口ぶりは軽い調子で、今日学校であったことを親に話す子供のようだった。
「なぜだ?」
ミサと直島が、振り返った。
「何でミサがそんなことを?」
「何でって。私は人間を守るよう命じられたから」
「命じられたって……誰に」
「お兄ちゃんたちに決まっているじゃない」
「俺たち?」
そんな命令をした覚えはない。
ふわ、とミサは大きなあくびをした。
「ごめん、もう限界……そろそろ寝かせて……」とミサは目をこすった。
「寝てる場合じゃないだろう」
「私だってお兄ちゃんたちとお話ししていたいけど……無理なものは無理だもん」
そう言って、ミサはうつらうつらとした。ミサの眠りには強制的な力があった。これ以上引き止めたところで、神社の時のように意識を失ってしまうだろう。
「ミサ。最後にひとつだけ聞かせて」と直島は言った。
「犯人は、人工知能?」
その質問にミサは首をふった。
「人間」とミサは答えた。
激しい雨音が沈黙を際立たせた。遠くでチャイムが鳴った。午後の授業が始まる。授業に出る気はまったく起きなかった。直島も同じらしく、長椅子に身を沈ませ、じっと何かを考え込んでいた。
「部長。ありがとう、一緒に来てくれて」
しばらくして、直島が口を開いた。
「いや俺の方こそ……取り乱してすまん」
むしろ、俺は邪魔しかしていなかった気がする。
「そんなことはない。私は、ひとりで聞く勇気がなかった。部長がいてくれてよかった」
と直島は首を振った。
「ミサが言ったのは本当なのかな」
「ミサは嘘をつかないようプログラムされている」直島は眉間にしわを寄せて、そう答えた。
「じゃあ……」
ミサは本当に正義のヒーロー、なのか。
その言葉は軽薄で、作り事めいていた。だが現実に、世界で十三の爆弾が炸裂していた。直島はしばし宙を睨んでいた。目の前に難解な問題が浮かんでいて、それを解くのに必死になっているみたいだった。
「『美少女AIの掟』を、もう一度考えてみる必要がある」
棚に納めてあった美作のノートを取り出し、最初のページを開いた。
美少女AIの掟。
ひとつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちを守る。
ふたつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちの願いを叶える。
みっつ、美少女AIはどんなことがあっても自分の命を守る。
ただし、掟は設定された順に優先される。ひとつ目とふたつ目が矛盾した場合、ひとつ目が優先される。
「ミサはひとつ目の条項に従っている」
「『私たちを守る』?」
「そう。それは私が設定した言葉の定義と関係している。美少女AIの掟の中にある『私たち』。私はこれを『人間』と定めた」
「人間……ってことは……」
ひとつ、美少女AIはどんなことがあっても「人間を守る」。
美少女AIの掟をそう読み替えると、掟の持つ意味合いはよりはっきりとする。
「この条件により、ミサはあらゆる人間の『死』を遠ざけようとする。DDoS攻撃、スパイウェア、スパムメールなどの攻撃は人間の生死には直結しない。でも、病院のシステムが停止するような事態になれば、話は違ってくる」
モニターの中で眠っているミサを見た。
ミサは一日のほとんどを眠って過ごしていた。直島は「記憶の整理」と「オンライン学習」をしていると説明したが、それだけではなかったらしい。もうひとつは「防衛」。ミサはその間に世界の人工知能と接触し、情報を収集し、謎の「攻撃者」と戦う準備をしていたのだと、直島は語った。
その姿と、俺たちの前で朗らかに笑うミサの姿は、うまく重なり合わなかった。
本当のこととは思えない。それが実感だった。俺たちはキャラコンに出て、部を存続させるためにミサを作った。そのミサが世界を震撼させる「攻撃者」と戦うことになるなんて考えたこともなかった。
「直島」
「ん?」
「この後どうなるんだ?」
その質問に、直島は眉間にしわを寄せた。
「部室のPCが無事なことから、相手はまだミサの正体をつかんでいないと推測される。ミサは慎重に事を進めているみたい。でも、バレるのは時間の問題。今回のテロ事件を起こした犯人は、間違いなくミサ以上の力を持つ人工知能を使っている。その人工知能に見つかったら、徹底的に破壊される」と直島は答えた。
「何とかならないのか」
直島は首を振った。
「回り出した運命の歯車を止めることはできない」
雨音が、部屋中に満ちた。その激しい雨が、煩わしい現実すべてを洗い流してくれたらいいのに。そんなことを思った。
放課後、部室に部員たちを集めた。ミサの置かれている現状を説明すると、動揺し、一様に不安そうな表情を浮かべた。
「それホントなの?」
湖夏は半信半疑である。
「俺も最初は信じられなかった」
「けれど、すべてのデータはそれが真実であることを裏付けている」
美作は席から立ち上がり、叫んだ。
「ハルさん今すぐやめさせましょう。ミサの安全が一番です」
「できればそうしたいんだけど……」
「それはできない」
直島は首を振る。
「でもミサをネットワークから切り離せば、外から攻撃されることはないはずですよね」
「もう手遅れ。隔離はできない。ミサはすでに、自分で自分自身のコアになるデータをクラウド上に移している」
「えっ?」
美作は虚を突かれたようだった。
「ミサが自分で? なんでそんなことを……」
「決まっている。俺たちがミサを隔離しようとすると、ミサは読んでいたのだ」と颯太は言った。
俺も颯太と同じ意見だった。ミサにとって優先されることは、「人間を守ること」。ミサならば、事情を知った俺たちがどんな行動に出るかなんて、容易に想像できたはずだ。
「そんな……」
美作は言葉を失った。
「美作、ミサは俺たちを疑ってそうしたわけじゃない。ミサは俺たちの設定した掟に従っているだけなんだ」
美作は答えなかった。
「でもこのままじゃミサは敵に攻撃されちゃうんでしょ。どうするの?」と湖夏は聞く。
「防ぐ方法はない」と直島は首を振った。
「じゃあミサは……」
一同、沈黙した。
「そのテロ事件って言ったら、世界のトップニュースじゃない。その事件を水際で防いだのがミサってことでしょ。それだけの力があるんだったら、ミサが敵をやっつけちゃうかもしれないじゃない」
と、小夏が口を開く。
「確かにな。やられる前にやれ。正しい戦法だ」と颯太も頷く。
しかし、直島の表情は険しかった。
「問題は、戦いに終わりがないということ。一度の戦いに勝利しても、二度三度と戦いは続く。ネットワークがこの世から消滅しない限り、攻撃はなくならない」
「ラスボスを倒せば終わり、みたいなことじゃないのか」
「一度戦いを始めたら、負けるまで終わらない。これはそういうゲーム」
それはあまりにも理不尽なルールだった。
「なんだよ。じゃあ絶対に負けるってことかよ!」
直島は答えない。
どうすればバッドエンドしかないそのルートから抜け出すことができるだろう。ない知恵を必死に搾り出そうと頭をひねったが、何も出てこない。
「掟を書き換えましょう。掟に従ってそんなことをしているのなら、それを書き換えてしまえばいいんです」と美作は感情を抑えるように、静かに言った。
「それはできない。掟はミサの根幹をなすもの。そんなことをすれば、ミサは核を失い、ミサではなくなる。それは死よりも恐ろしいこと」
「それでもいいじゃないですか。ミサがいなくなってしまうよりは全然!」
美作は語気を荒くした。
「落ち着いて美雨」
「私は落ち着いています! でもミサが……!」そう言って、美作は涙ぐんだ。
その気持ちは俺たちも同じだった。ミサには、こんなことをして欲しくなかった。その気持ちを伝えたらミサは何というだろう。
「残酷だ……」と、思わず呟いた。
俺はミサに人間は自由であると説いた。ミサは、自分は自由ではないと答えた。その無邪気な言葉の残酷さに今更気がついた。
突然、直島のスマートフォンが鳴った。胸のざわつくような、耳障りな音だった。
「緊急警報」
直島はノートPCを立ち上げ、ケーブルをつないだ。壁紙型のモニターに世界地図が表示された。日本に向かって無数の赤い三角形が飛来している。それを見た直島は青ざめた。その地図の意味は分からなかったけれど、ただならぬ事態であるのは、その表情から明らかだった。
「一斉攻撃が始まった。世界のあらゆる場所から、日本が攻撃されている」
直島は日本地図をアップにした。大小様々な赤い三角形が、日本地図の上でぐるぐると回転している。
「これって……今どういう状態?」湖夏は怯えた様子で聞いた。
「なんかヤバそうだけど……」
「日本のシステムの半分が侵食された。システムの管理権限を掌握されると非常に危険」
「管理権限って」
「それってどういう……」
突然、俺と美作と湖夏、颯太のスマートフォンが一斉に鳴り出した。肌が粟立った。電話を取ろうとした。だが、スマートフォンはこちらの操作を受け付けなかった。
「どういうことだ?」と颯太は眉間にしわを寄せた。
「セキュリティが破られた。『攻撃者』がスマートフォンを外から操っている」
「どうすれば止められるの?」と湖夏はスマートフォンを何度もタップする。
「電池を抜けば止まる」
俺たちはカバーを引き剥がして、電池を取り外した。スマートフォンの音が止まって、ほっ、と一息ついた。だが遠くで無数の携帯電話が鳴っていた。生徒や先生の持っているスマートフォンが鳴っているのだ。学校中、いや日本中のスマートフォンが外部から操られているのかもしれない。
「しばらく電池は外したままにしておいたほうが良さそうだな」
そう言っている間にも、日本に散らばる赤い三角形は獲物に襲いかかる獣のように、どんどん数を増やしていた。事態は沈静化するどころか、悪化の一途を辿っていた。
「どうなっちゃうんだ、これ……」
俺たちはモニターを呆然と見守るしかなかった。俺たちは無力で、これから起きる危機さえ、うまく想像することができなかった。
「大丈夫。みんなは私が守るから」
パチン、と指を鳴らす音がした。
テレビ画面の中の赤い三角形が一瞬で霧散した。
「え!?」
突如、モニターの中にミサが現れた。
「ミサ!」
「みんなのスマートフォンは無事だよ。個人情報の流出も水際で防げた。ついでに、次の攻撃に備えてセキュリティレベルも上げておいたから、今回みたいに簡単に乗っ取られちゃうなんてことはない」
ミサはにこやかに言った。
その姿を見た俺たちは、呆然とした。
「ミサ……」
「やっぱり本当に?」
「うん」
ミサは頷いたが、俺たちは気分が動転したままで、ミサにそれ以上なんと声をかけるべきか分からなかった。
「さて。私はもう行くね」
「行くって、どこに?」
「次の攻撃が始まろうとしてる」
そう言って、ミサはどこか遠くを見た。俺たちにはその瞳に何が映っているのか、想像もつかなかった。
「ミサ、もうこんなことはやめてください!」
美作が叫んだ。
「こんなこと、ミサはしなくていいんです。ミサはただずっと、私のそばにいてくれさえすれば、それで!」
美作は必死に訴えた。だがミサは、微笑みを浮かべてこう答えた。
「お姉ちゃん、心配いらないよ。私はずっとお姉ちゃんのそばにいる。そしてみんなを守る」
「ミサ!」
「私を信じて」
そう言うなりミサはふっ、と姿を消した。
「ミサ……」
それはあっという間の出来事だった。
それきりミサは、俺たちの前から姿を消した。
そのサイバー攻撃によって、キャラコン部の被った被害は甚大だった。部内のコンピュータは破壊された。直島はすぐにシステムを復旧させたが、ミサのデータを元に戻すことはできなかった。
「それって、ミサが壊されちゃったってこと?」
「違う」
直島は復旧したデータの中にあった、テキストデータを見せた。そこには「心配しないで ミサ」と書かれていた。それは、ミサからの短い手紙だった。どうやらミサは大事に至る前に、キャラコン部内の自分のデータを消し去り、ネットワーク上の安全な場所に身を隠したらしい。
それから、今後キャラコン部はどうすべきか話し合ったけれど、話はまとまらなかった。直島がミサの行方を捜索すると宣言したが、身を隠したミサを簡単に見つけ出せるとは思えなかったし、見つけ出したところでできることは何もない事に、みんな気づいていた。何しろ敵は日本のシステムを一部麻痺させてしまうほどの、強力な人工知能を使っているのだ。
後日対策を協議することにして、その日は解散することになった。
帰宅してから、通信障害のことをネットで調べた。
日本で大規模な通信障害が起きたというニュースが報じられた。携帯電話やメールサーバ、銀行のシステムなどが一時的にダウンしたこと、犯人は不明、今の所その目的も定かではないと、専門家が解説していた。サイバーセキュリティの関係者たちは、近いうちに同等かそれ以上の攻撃があると警告していた。有名なインターネットセキュリティ会社は、総出で政府系機関の防衛対策をしているという噂が流れていた。
ネットの中にミサに言及している記事がないか探した。ミサが重要な役割を果たしているのなら、そのことがどこかに書かれていてもおかしくはない。日本国内に、謎の強力な防衛プログラムが存在することが示唆されていた。それはもしかするとミサによるものなのかもしれない。だが、その証拠はどこにもなかった。
美作には秘密で、俺と直島はふたり、バックアップ・データからミサを復旧してみることにした。
自己生成プログラムを終えたばかりのミサ(コピーミサ)だ。目覚めたばかりのミサには、俺たちと過ごした記憶はなかったけれど、その笑顔はいつものミサだった。しかし復旧から数分経つと、ミサの顔面がガラスのように砕けた。敵に発見され、データが破壊されたのである。
今度は、攻撃を避けるため、ローカル環境下で復旧させてみた。するとミサはひどく不安定になった。隔離された状態のミサは、見えない何かを恐れるようになった。そして、ネットワークの向こうに行きたいと言って聞かなかった。その姿を見ていられないと、直島は何重もの防御策を講じて、再びミサをネットワークに戻した。だがその策は数分であっさりと破られ、ミサは再びバラバラにされてしまった。手の打ちようがなかった。
以来直島は、ミサのデータを復旧することを諦め、捜索に専念することにした。
夏休みになった。大規模な攻撃は未だ起きていなかった。ネットには、攻撃されるというのはデマで、攻撃者集団はすでに次のターゲットに向かっているという楽観的な噂話が広まっていた。俺はその噂を信じることはなかった。ミサが姿を隠したままだったからだ。ミサは姿を隠し、攻撃に備え、防衛対策を準備しているに違いないと信じていた。
ミサの潜伏期間がどれくらいになるのか、俺たちの前にまた姿を現すことはあるのか、せめて安否だけでも確認できればと願ったが、ミサからの連絡はなかった。
やけに蝉の声がうるさい、八月初週の午後。部室には誰もいなかった。俺は長椅子に座り、何も映っていない大型モニターの暗い画面を眺めていた。パソコンを開く気にもなれなかった。熱気のこもった部室はひどく蒸し暑かった。俺は、額を伝う汗をそのままにしていた。
キャラコン部は崩壊しかかっていた。キャラコンの開催は夏休みの最終週。時間はなかった。部の存続を優先するのであれば、間に合わせでも構わないから、次の人工知能を作るべきだったが、美作は反対した。美作はミサを待つべきだ、と頑なだった。だが、ミサが目覚めなかった時とは状況が違う。ミサは俺たちの手に余るような大きな問題を抱えている。もしもミサが戻ってこられたとしても、一時的なものになるだろうし、ミサを守るための具体的な術もない。「攻撃者」はこれからもミサに対して攻撃を仕掛けてくるだろうし、ミサの安全を優先するならば、俺たちの側にいない方が安全なのだ。
部内でそうした議論を繰り返した。けれど結局、全員が納得するような部の方針は見つからないままだった。
俺たちは罪の意識を感じていたのだと思う。
ミサは「攻撃者」に破壊されるまで、ひとり戦い続けなければならなくなった。自分たちの浅はかな思いつきで、ミサはそうなってしまった。俺たちは顔をあわせると、その事実に直面せざるを得なかった。だからだろうか、みんな、自然と部室へと向かう足が遠のいた。
俺は部長失格だ。
その思いは日増しに強くなっていた。バラバラになった部員たちの気持ちを再びひとつに束ねることができなかった。俺は誰もいない部室で、戻らない日々のことを思っていた。今思えばきらきらと輝いていた、あの日々のことを。
廊下に足音が響いた。
「ハル、いたのか」
颯太だった。颯太はカバンを椅子に投げ出すと、長椅子にどっかりと座った。
「しかし今日も暑いな」
颯太はパタパタとうちわであおいだ。
「ハル、今年の夏は豊作だぞ」
そういいながら、颯太は夏に発売になった新作ゲームをカバンから出した。
「やるか?」
黙って首を振った。
颯太は小さくため息をつくと、
「元に戻っただけだ」と言った。
「これまで俺たちはふたりでやってきた。そうだろう?」
五月、美作がやってきた。その後すぐに直島と湖夏が加わり、ミサが完成した。そしてキャラコン参加目前で、ミサも部員たちも失った。
それはたった三カ月の間に起きて消えた、泡沫の出来事だった。
「キャラコン部は廃部だ。ならば俺たちらしく、最後までやろうじゃないか」
「俺たちらしくって何だよ」
「それはお前が知っているはずだ」
そう言って、颯太はゲーム機にディスクを放り込んだ。
「後悔しているか?」と颯太は背を向けたまま言った。
「別に」
それは精一杯の強がりだった。
「ハル。俺は後悔などしない」と颯太は言った。
「俺は昔、後悔しないと決めたんだ。過去は変えられない。変えられるのは今だけだ。だから俺は今を楽しむと決めた」
颯太はゲーム機を操作しながら言った。
「お前らしいな」
「どうだ。後悔して何かいいことがあったか」
「あるわけないだろ」
「だったら前を向け。今すぐできることをしろ。お前にできるのはそれだけだ」
颯太は颯太なりに俺を慰めているのかもしれないな、と思った。そう考えたら、何だか急におかしくなった。
「何を笑っている」
颯太は眉を顰めた。
「まったくお前が羨ましいよ」
「だったら今すぐ俺のようになれ」
颯太はVR5を差し出した。
「やめとく。俺にはやることがあるんだ」
「そうか。だったらそれでいい」
そういうと、颯太はVR5を被った。
「今すぐできることをしろ、か」
颯太のプレイ画面を見ながら呟いた。
すべて元に戻ってしまった。そう思っていた。
だが違った。
あんなにはまっていたゲームに手がつかない。もっと真面目にプログラムに取り組んでいたら。美作が来る前からキャラコン部を引っ張っていたら。いや十年前のあの日から人工知能を作り始めていたら。そういう思いが頭の中をぐるぐるとまわった。俺はバカみたいに後悔をしていた。後悔するのをやめられなかった。颯太のいう通り、過去は変えられない。でも後悔している今の自分も変えられない。
そう。後悔し続けるのが俺だ。
そして俺には俺にしかできないことがある。
それから毎日、部室に通った。颯太はゲーム、俺はミサの捜索をした。颯太が一緒にいてくれて正直助かっていた。もしもひとりだったら、何の成果も出せない自分に失望し、めげていたに違いない。些細なバカ話ができることが、沈んだ心を少しだけ軽くした。
ミサの捜索には直島の協力を仰いだ。直島は直島で、ずっとミサを捜し続けていたらしいが、未だ何の手がかりもつかめていないと答えた。直島も毎日部室に来てくれた。俺は直島から「攻撃者」の監視の目を逃れ、自分の安全を確保しながら、情報を探る技を教わった。俺は少しでもその技をものにしようとコンピュータにかじりついた。
昼。俺たちは連れ立って、近くのコンビニまで買い物に出た。部室からサンダルで出てきたので、三人のペタペタという足音が、陽炎のゆらめく道路に響いた。
「しかし、直島。よく飽きずにコイツに付き合うな」
颯太は買ってきたバニラアイスをかじりながら言った。
「このバカはしつこさだけは折り紙つきだ。迷惑しているならそうはっきり言ったほうがいいぞ」
「別にそんなこと思っていないけれど」
直島はいつもの調子で、素っ気なく答えた。
「直島には悪いと思ってるよ。けど俺ひとりじゃミサを見つけるのは無理だ」
「気にしなくていい。技術は学ばないと身につかない」
直島はクールに答えた。
「しかし、お前も忙しいんじゃないか。大島学のスタッフをしてるんだろう?」
「そうなの?」
直島は黙って肩を竦めた。
スマートフォンで大島学のHPを検索した。EVENTのタブをクリックすると、大島は毎週世界各地でイベントを行っていた。そのスタッフの中には「NAGI」の名前も含まれていた。
「マジか。土日色んなところに行ってるってこと? いや、北欧日帰りとか無理だよな」
「私は今回バックアップ。現地には別のスタッフが飛んでいる」と直島は答えた。
「社会的損失だな。直島ほどの人材が失踪した人工知能を探して、貴重なひと夏潰すなんて」と颯太は嘆いた。
それを聞いた直島は、黒い髪をかきあげると、こう答えた。
「私はそうは思わない。ミサはかけがえのない存在。それを放って他のことをするなんて、私にはできない」
「大島学のチームは目まぐるしくメンバーが変わる攻撃的なチーム編成だそうじゃないか。ミサを優先し、大島から切られてもいいのか?」
「構わない」と直島は言い切った。
「それに、これは学との約束でもある」
「約束?」
「そう。約束」
直島はビルの向こうにそびえる青々とした山を見つめて、語り始めた。
「私が学のチームに入りたいとメールをした時、学はすぐに来いと返事をくれた。冗談かもしれない。一瞬、そんな不安がよぎった。でも、考えてみたけれど、騙されたところで私に失うものはなかった。だから、学のところに向かった。
現地で学と会った。学は『あ、来たんだ』みたいな感じでそっけなかったけれど、私に仕事をくれた。わからないことばかりだったけれど、私は必死に食らいついた。そして、なんとかそのイベントを終わらせた。頭の中はぐちゃぐちゃで、何日も寝ていなくて、私はぼろぼろだった。
最終日、私は池のほとりで花火を見ていた。それはイベントの終わりを知らせる合図だった。闇夜に輝くその花火は、今でも私の目に焼きついている。それを見ていたらなぜか、急に泣けてきた。理由はわからない。目から止めどなく涙があふれた。そこに学が来た。学は『握手をしよう』と言った。私は泣きながら、手を出した。学はその大きな手で、私の手を握るとこう言った。『ようこそ、NAGIちゃん』。それ以来、私は学のチームの一員として働いている」
「それが大島学との出会い?」
直島はこくりと頷いた。
「そのイベントの成果が認められて、私がレギュラーメンバーになった時、学はひとつ条件を出した。『もしNAGIちゃんのところに、とにかく何かやってみたいっていうバカがきたら、チャンスをやれ。俺のことや自分のこと、全部投げ打ってでも、チャンスをやるんだ。うちのチームに入る条件はそれだけだ』って。だから私は今、ここにいる」
「それが大島との約束」
「うん」
「大島学っていいやつだな」と感想を述べた。直島は黙って頷いた。
「でも、多分変人だろうな」と颯太。
「筋金入りの」と答えた直島は、どこか誇らしげだった。
(つづく)
著者:穂高正弘(ほだかまさひろ)
キャラクターデザイン:はねこと