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【第16回】ぼくたちは人工知能をつくりたい
美少女AIの掟
- ひとつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちを守る。
- ふたつ、美少女AIはどんなことがあっても私たちの願いを叶える。
- みっつ、美少女AIはどんなことがあっても自分の命を守る。
- ただし、掟は設定された順に優先される。ひとつ目とふたつ目が矛盾した場合、ひとつ目が優先される。
人工知能(キャラクター)を作るための五工程
- (0)※まず仲間を見つける
- (1)性格を決める
- (2)容姿をデザインする
- (3)CGモデルを作る
- (4)「学習プログラム」と「人格生成プログラム」の実装
- (5)ロボットのAIとキャラコン部オリジナルのAI、人間の連動訓練
第16回:夢~
目が覚めた。嫌な汗をかいていた。時刻は深夜の二時を回ったところだった。
おかしな夢を見た。だが、どんな夢か、はっきり思い出せなかった。その気色の悪い感触だけが胸のあたりにもやもやと残っていた。再びベッドに潜り込んだが、なかなか眠りは訪れなかった。
お兄ちゃん、助けて。
小さな声が聞こえた気がした。ぶつり、と通話が切れる音がした。枕元を見ると、スマートフォンが明滅していた。そこには発信先不明の着信が残っていた。
背筋が寒くなった。
暗闇の中、じっとスマートフォンの画面を見つめた。けれど、いくら待っても、電話が鳴ることはなかった。
何かが起きようとしている。
そんな予感がした。
Tシャツとジーンズに着替えると、足を忍ばせ外に出た。自転車に飛び乗り、ペダルを漕ぎ始めると間も無く電話が鳴った。
「もしもし!」
「私」
直島だった。
「なんだ直島か」
肩透かしを食った気分。
「ごめん。寝ていた?」
「いや、大丈夫だ。何かあったか?」
「始まった」
「始まった、って?」
「一斉攻撃」
どきりとした。
「日本は今、世界中から攻撃を受けている。その規模はこの間の比ではない」
思わず空を見上げた。雲のない夜空に、星が静かに瞬いていた。あたりには、鳴き交わす虫やカエルの音だけが響いている。いつもと変わらない、日本の暑い夏の夜。
だが今、戦争が起きている。目には見えないけれど、世界中からものすごい数の砲火が、俺たちの住むこの街に降り注いでいる。
「ミサは?」
「まだ見つからない」と直島は答えた。
「なあ、直島」
「ん」
「大丈夫かな」ミサは。日本は。キャラコン部は、大丈夫かな。
「うん」と直島はいつになく、力強く答えた。
「直島、今、俺は学校に向かってるんだ」
「なぜ?」
「声が聞こえたんだ」
ミサが俺を呼んでる、と答えた。
梟の鳴く森を抜けて、文芸棟にたどり着いた。玄関の前に自転車を止めた。そこで思い出した。夜、文芸棟は警備員によって施錠されるのだった。思わず舌打ちして扉に手をかけた。すると、すっと扉が開いた。
好機。
どうやら警備員はうっかりしていたようだ。素早く扉の中に体を滑り込ませ、静かに扉を閉めた。薄暗い建物の中をスマートフォンの明かりだけを頼りに歩く。
部室に忍び込むとモニターの電源をつけて、コンソールを立ち上げた。
PCは空っぽのままネットワークにつないでおいた。《おやすみ中》とか《活動中》などというメッセージがコンソールに表示されたのなら、オリジナルのミサが戻ってきたということだ。まずはそれを確かめることにした。
しかし、そこには予期せぬ文字が出力された。
《Ready?》
《おやすみ中》でも《活動中》でもないメッセージ。初めて見たはずの文字。だが、どこかで見たことがあるような……。
はたと気づいた。ディストピア6のスタート画面だ。ちらりとテーブルに目をやる。VR5の待機ランプがちかちかと点滅していた。
呼んでいる。
そう思った。
VR5に手をかけた。
やめておけ。
誰かが言った気がした。
その声には耳を貸さず、VR5をかぶった。
巨大な力で積み上げられた車が炎を噴き上げ、夜空を覆う黒い雲を、紅く染め上げていた。遠くに見える電波塔がチカチカと明滅を繰り返していた。わずかな電力で瞬くそれは、消えゆく生命を思わせた。そこは見覚えのない場所だった。ディストピア6に、新ステージが追加されたのだろうか。
「待ってたよ、お兄ちゃん!」
声がした。
振り返ると、ひとりの女の子が雪山を滑走するように、するすると空から降りてきた。背中に背負ったバックパックから吹き出す青紫の炎が、長い尾のようにまっすぐに伸びている。女の子は姿勢を低くして着地すると、顔を覆っていたゴーグルを取った。銃器やアーマーで武装していたが、それは間違いなく、俺たちの知っているミサだった。
「ミサ! 無事だったんだな!」
「うん。心配かけてごめんね」
ミサはいつもと変わらない、天真爛漫な笑顔で答えた。
「よかった……ずっと探してたんだぞ」
「ごめん。気づいてはいたんだけど、監視の眼が厳しくて」
コピーミサが徹底的に破壊されたことを思うと、ここまで来るのも容易ではなかったであろう。だが笑顔で微笑むオリジナルのミサは、そんな苦労など微塵も感じさせなかった。
「ケータイに電話したの、気がついてくれたんだね」
「やっぱりあれ、ミサだったんだな」
「うん。私だけじゃどうしてもこのエリアがクリアできなくて。手伝って欲しくってさ」
とミサは言った。
「クリアって……ディストピア6のこと?」
「そう」
唖然とした。
「ミサ……お前、そこまで颯太に似なくても……」
「うん?」
ミサは不思議そうな顔をした。
「こんな時にゲームなんかしてる場合じゃないだろ。今、世界中から攻撃が来てるんだぞ。お前そのために色々準備してたんだろ」
「確かにそうなんだけれど。お兄ちゃん、色々事情があってね……」
その瞬間、ミサの目が何かを捉えた。その顔に、さっと緊張が走る。
「危ない!」
ミサは手にしていた銃を構えると、素早く引き金を引いた。腰の高さほどもある銃身の先から、まばゆい光が放たれた。それは、光線銃だった。青白く光る直線が、俺の頬をかすめ、背後の壁から飛び出してきた金属の化け物の胸を貫いた。頬がジワリと焼け、じりじりと痛みが広がる。金属の化け物はどう、と倒れる。俺は悲鳴をあげ、地面に転がった。
「ああああ!」
「危なかったね」
にこやかな顔つきで、ミサは構えを解いた。
「危なかったね、じゃないよ。当たってるよ。ていうか痛いんだけど。なにこれ!?」
頬を押さえて叫んだ。見ることはできないけれど、結構大きな火傷を負っていることは間違いない。
「ここはお兄ちゃんたちのいる世界と、私たちのいる世界の『はざま』だよ」
と、ミサは答えた。
「『ハザマ』?」
「そう。だから痛みはすべて現実になる」
「何を言ってんだか全然わかんないんだけれど」
「時間がないから結論だけ言うと、このゲームをクリアすると、今起きている『攻撃者』の一斉攻撃は、まるっと解決します」
「何言ってんの?」
などと、さらに飛躍した話をミサは持ち出す。
どこがどうなれば、ゲームと現実がつながるんだ。
「とにかく、今は私を信じてついてきて!」
そう言って、ミサは走り出した。
「おい、ちょっと待てよ!」
俺はおたおたとその後を追うしかなかった。
道路には壊れた車や瓦礫が散乱し、合間には人間や機械生物の死体が転がっていた。
古い洋館の前を通りかかった時、屋敷を囲う背の高い壁の影から、巨躯の熊型機械生物がひょこり顔を出した。突如目の前に現れた敵に対して、熊は鋭い爪を地面につきたてて唸り、飛びかかろうと身構えた。その恐ろしい姿に縮み上がっていると、光が炸裂した。ミサが、手にしていた光線銃で熊の眉間を撃ち抜いたのだ。熊は音も出せないまま膝を折り、崩れ落ちると、そのまま動かなくなった。
「どこで手に入れたんだ、その銃。ていうか、ディストピア6の武器じゃないよな、それ」と聞くと、
「いいでしょこれ。作ってもらったんだ」
と、ミサは自慢げに答えた。
「作ってもらったって?」
「友達。ミサ専用ライフル、プラズマ・カノン。ちなみにこの武装名は『フルアーマーミサ・アイギスモード』」
そういうと、ミサは胸を覆っている分厚い装甲を、強化炭素繊維で編まれたグローブをはめた手で叩いた。ミサは両手に銃を持ち、大剣を背負っていた。腕や足、肩にはミサイル・ランチャーがついている。ディストピア・シリーズはコンセプトとして、銃のリアルな表現を追求していたはずだ。光線銃なんてものはこれまで存在したことがない。その武装は明らかにゲーム・バランスを欠いていた。間違いなくチート・コードによるものだ。どうやら「友達」はゲームのプログラムを改竄したらしい。
「お前、潜伏しながらそんなものを準備してたの」
「うん。言ったでしょう。このゲームをクリアすると、今起きてる問題は全部解決するって。だから準備万端、怠りないようにしてきたの」
「あのさ。ちゃんと説明してくれないかな。ディストピア6のクリアと、今起きている問題の解決がどう繋がるんだ」
「うーん……私もうまく説明できないんだよね」
そう言ってミサは肩をすくめた。
「じゃあ、今どこに向かってんだ?」
「それもはっきりと言えないの」
「何その秘密主義」
どこに向かうかも知らないまま、廃墟の東京を走らされることになるとは。
そんな話をしていると、突然、耳元で着信音が鳴った。
「部長?」
通話ボタンを押すと、直島が出た。
「直島か」
「よかった、つながった」
少し慌てた様子の直島。珍しい。
「部長は今、どういう状態?」
「なんだか知らないけれど、部室でディストピア6をプレイ中だ」
「ディストピア6……?」
「うん。ゲームなんかしてる場合じゃないと思うんだけど、ミサが何だかおかしなことを言っててさ。『このゲームをクリアすると、問題が解決する』とか、『俺たちはハザマにいる』とか……とにかく、よくわからない状況なんだよ」
しかも、説明を求めても本人は答えてくれないし。
「なるほど……」
直島はしばし黙り込んだ後、こう言った。
「部長、頭に被っているVR5を脱げる?」
「うん」
手を動かそうとした。
「あれ?」
手が動かない。おかしい。手はプレイ・プラットフォームのコントローラーを握っている。その感覚はあるのだけれど、コントローラーを手離すことができない。
「なんだこれ……?」
「やっぱり」
と、直島は言った。
「やっぱりって何だよ」
「私は今、部室に来ている」
「え、そうなの」
全然気づかなかった。
「そうしたら、部長がVR5を被ったまま、長椅子の上に倒れていた」
「いや、倒れてませんけど」
現にこうしてVR5をプレイ中だし。
「部長は今、意識と身体が切断されている」
と直島は言った。
「どういうこと?」
「金縛りのようなもの。脳は覚醒しているけれど、脳から身体への信号が遮断されている。だから体が動かせない。コントローラーを手に持っているというのは、部長の錯覚。部長は今、コントローラーを持たずにゲームをプレイしている」
「それでどうやってプレイしてんだよ」
「部長、VR5の次世代機のニュースは覚えている?」
「ああ……脳に直接信号を送るとかいうやつだろ」
そこまで言ってピンときた。
「まさか……!」
「そう。部長が今被っているのはその実験機」
「何でそんなものが部室に?」
「おそらくはミサがAWAちゃんを使って持ち込んだ」
「マジで!」
「それから、部長が今プレイしているのは、ディストピア6ではない。その戦場はサイバー攻撃が可視化されたもの」
と直島は言った。
「え?」
「サイバー攻撃という目に見えない事象を、部長のディストピア6の記憶を元に、可視化したもの。機械生物は無数の攻撃用プログラム。レジスタンスはサイバーセキュリティ技術者たち。そしてラスボスは今回の事件の首謀者」
「んんん?」
話がとんでもない方向に転がり始めている。
「そこは現実に起きているネットワーク上の戦闘を、目に見えるように変換した世界。現実に起きている戦闘そのもの」
あたりを見回した。砲火が瓦礫と化した夜の街に響いている。
「えっと、つまりこれは……」
頭上を無数の戦闘機が飛び交い、銃を撃ち合っている。
「日本が世界中から受けているサイバー攻撃そのもの」
「そう」
「じゃあ……」
ラスボスを倒しこのゲームをクリアすれば、問題全てが解決するという意味は。
「直接敵をぶん殴れる」
「そういうことになる」
現実に起きている問題を脳内に投射し、ゲームとして認識させる技術。一体どんな方法を使えばそんなことができるかなんて想像もつかなかったけれど、ミサはこの短期間で仲間たちとその仕組みを作り上げたらしい。
「これなら俺たちでもミサを守れるってことだよな!」
千載一遇のチャンスじゃないか!
「しかし大きな問題がある」
「何」
「部長が被っている実験機は、脳に強力な信号を送ることで、その世界を知覚させる。その信号は目で見えるものに止まらない。味覚、嗅覚、触覚などの五感も信号として送られ、再現される」
「別に問題ないだろう」
「問題は痛み」
「痛み?」
思わず頬を撫でる。そこにはチリチリと、焼けるような痛みが残っていた。
「部長、さっき頬に何かダメージを受けた?」
と、直島は聞いた。
「ああ……ちょっとかすったくらいだけど……」
「現実の部長の頬が腫れている」
「え……?」
「部長の脳が信号を受けて、肉体のダメージを再現している」
「は!?」
「そこでの死は取り返しのつかないことになる」
そんなヤバいシステムなのか。
「部長、今すぐにそこを脱出することもできる。私が今すぐに部長のかぶっている実験機を引き剥がせば、それだけでことは済む」
「直島、それはできない。脱出したら、俺はミサを見捨てることになる」
「でも……リスクが高すぎる。こちらは負ければ命を失うかもしれない。けれど、向こうは負けても、PCが故障する程度のこと。賭けているものが釣り合わない」
直島は心配そうだった。
「直島、よく聞いてくれ。今からバカなことを言う」
と、俺は言った。
「俺はたぶん、この瞬間をずっと待っていた」
そう。俺は待っていたのだ。この手で運命を変えられる瞬間を。運命の糸の繋がる先は決まっている。だが今ならその糸を断ち切り、別の運命へと結び合せることができるはずだ。
「だから俺を助けてくれ直島」
直島はふっ、と笑った。
「部長」
「何」
「バカすぎてびっくりした」
「だろ?」
大島の教えには感謝しかない。もし無事に生きて帰れたらお礼を言いに行こう。
「部長」
「ん?」
「必ず、帰ってきて」
そう言う直島の声は、いつになく優しかった。
「ごめんね、お兄ちゃん」
直島と通信を終えると、ミサは言った。
「聞いていたのか?」
「うん」
ミサは振り返らずに答えた。
「直島が言っていたことに間違いはないのか?」
「うん」
「そうか」
「迷惑かけて、ごめん」
「いいんだ。俺の決めたことだし」
「ありがとう……あの……」
ミサはそれきり黙り込んだ。
「ん? どうした?」
「……やっぱりなんでもない」
とミサは言った。
「何だそれ」
ミサは曖昧な笑みを浮かべたまま、何も答えなかった。
それから俺たちは、黙々と廃墟の街を走り続けた。様々な機械生物を目にした。蛇のように地を這う者、鰐のように大きな顎門を持つ者、くじらのような体躯で宙を舞う者。怪物たちの這い回る東京は、まるでボッシュの地獄絵のようだった。廃墟を抜けると、丘の上に建物が見えた。ライトアップされたそれは、闇の中にぽっかりと浮かんでいた。その建物には見覚えがあった。
「あれは……藤蔓?」
我らの母校、藤蔓高校である。
「あそこにラスボスがいる」
とミサは静かに答えた。
(つづく)
著者:穂高正弘(ほだかまさひろ)
キャラクターデザイン:はねこと