特集
SPECIAL
- 小説
- はるかの星
はるかの星【第11回】
でっち上げ日記。通称『未来日記』。
コレに書かれた出来事は現実となる不思議な日記。将来その人に起こるであろう事柄をあらかじめ予測して書かれたものであるべきもの。決してそのとおりにことを運ぶために、あらかじめ書いておいていいものではない。私の思い出の細い細い、極細の記憶の糸をほぐしていくと、近しい経験がその先にへばりついている。みんなにも覚えがあるかな。
夏休みの宿題、絵日記。
毎日付ける真面目君なんて、今の世の中何人くらいいるのだろうか? 私の場合、未来日記のイメージはこの夏休みの宿題絵日記に近い。まだまだ夏休みが残っている8月頭、小学生は宿題というなんとも面倒くさいミッションとできるだけ早くおさらばすべく、夏も始まったばかりの7月後半に一気に片っ端から手をつけていく。
漢字ドリルに算数ドリル、理科の自由研究に図画工作。日々の積み重ねが肝心である絵日記も当然その対象だ。未来、というか8月中に起こるであろう出来事をつらつらと書き連ね、一カ月先の予定を全部埋めてしまう未来日記。
それがホントになるかならないかは、運と個人の努力次第になるのだが、もし仮に、目の前に、書いたことが本当になる夏休みの絵日記があったとしたら、どんなに充実した夏休みが送れることだろう。子供にとってはまさに夢のようなノート。親御さんにとっては悪魔のようなノートであるに違いない。歳をとってもそんな幻想を抱くピーターパンは少なくないだろう。現実にその存在を目の当たりにしてしまえば、なおのことね。
惑星品評会発表当日に私たちが占拠した、学校に程近い駅前のファーストフード店。その一角に、またもや輪になって座り込み、私たちは未来の日記を記すことにした。
時間は昼過ぎ。連日の猛暑日がピークを過ぎたのか、さすがにこれでは地球が干からびてしまうと神様が気を使ってくださったのか、今日は珍しく雨だった。
「ごめんね、わざわざ雨の中に来てもらっちゃって」
「いーのよ、気にしないで」
里佳子ちゃんが大事そうに抱えていたバッグからスマホを取り出す。つられて私とアイもスマホを取り出し、アプリを立ち上げる。
さてここで未来日記のルール説明。
『全員が同じ事象を、対象を変えて日記にする』こと。
「……それだけ?」
大口を開けて聞いていたアイがそのままの形でフリーズしている。いくらお寒い天気とはいえ、そこで固まってしまうのははしたないのでは? ちなみに、私に問いかけたのは里佳子ちゃん。アイ、もうそれ食べて良いぞ。
「言うは易し、だけど、実際考えるとなると結構しんどいもんだよ。それに、私たちの身の回りで起こるレベルのことにしておかないと、後々面倒だからね。」
ただし、ある程度はあり得ないことでないと実験する意味がないし、現実に起きたところで誰かが弊害を受けないハッピーなやり方があれば、それに越したことはない。
「肝心なのは、何をするべきなのか……ね」
「じゃあさ、こういうのはどうかな?」
紙コップに突き刺さったままのストローを勢いよく引き抜いてアイが提案する。
クラスでカップルを成立させる。
それも一番縁遠い相手同士を、だ。たとえば喧嘩っ早い長田剛士(おさだたけし)と、クラス委員長の河沼美香(かわぬまみか)さん。ギャル男でおなじみの近江秀雄(おうみひでお)と、剣道部副主将の佐伯奏(さえきかなで)さん。本来真逆の局に位置しており、近づけてもどちらか一方が自然に離れていく、反発する磁石のような関係の二人をくっつけてみるというもの。あ、あれは同じ極ではないと駄目か……ま、細かいことは置いておいて。
たとえば、これで仮にその事実が本当になったとしても、悪い被害をこうむるというわけではない。ひそかに思いを寄せている人がいるというなら、早く思いのたけを伝えておくことだね。最終的な形が、ハッピーな形はこれしかないって。
「どうよ?」
「面白そうね、そうしましょ♪」
意外とお嬢様にも好評だったようで。笑顔を作って私に合意の合図を送る。スマホを握る私の手がじめっと汗ばみ、ハンドタオルで両手を拭いてから日記の入力を始めた。二人とも記事をでっち上げること自体に関してはなんの抵抗も感じていないらしい。当然、私自身もなんの抵抗も感じてはいない。そう、これはいいことなんだ、と勝手に思い込んでいた。
「じゃあ、まず誰から書き込む?」
みんな、各々のスマホに視線を配らせながら誰が一番に記事を書くか、機会をうかがっている。言いだしっぺが一番がいいのか、ソレとも、最後を飾るべきなのか? 自分の中で不必要な押し問答に悶絶していると、しびれを切らしたアイが口火を切った。
「言い出しっぺは私だしね。まずは私がやるわ。いくらなんでも個人名フルネームはまずいわよね……でも、それとなくわかるように、と」
アイの日記。
『クラスメイトの長田と河沼が付き合うことになった』
次いでアイが指名したのは、里佳子ちゃん。
「はるかは一番最後な」
「別に順番はかまわないわよ。里佳子ちゃん、お先にどうぞ」
「ちょっと待っててね」
『クラスメイトの近江君と佐伯さんが付き合うんですって』
「こんなのでいいのかしら?」
眉尻下がったその顔は、多少の後ろめたさを感じているのかも。最後は、
「はるかの番ね」
「なんか、ドキドキしちゃう」
さて私は誰の名を挙げるか。先の会話で出た例題は既にこの二人に使用されてしまった。それこそ絶対に近い確立でありえない組み合わせだ。それに肩を並べられるほどの組み合わせね……私の頭の中の抽選ボックスの中には既に該当者の名前が入ったボールが入れられており、その中からランダムで浮き上がる名前を、私は星に願った。
『クラスメイトの敷島大樹(しきしまひろき)と氷部彩華(ひょうぶさやか)さんがつきあうことになった』
氷部さんは手芸部に入っている子で、瓶底メガネの超内気な女の子。何考えてるのかたまにわからないときもある、不思議っ娘とでも言おうか。交友関係がお世辞にも広いとはいえない。対する敷島はサッカー部のレギュラー。サッカー部所属というだけでかっこよさ何割か増しになるのだが、実際に敷島はイケメンだ。
「これは流石にないな」
呆れ顔でけらけら笑ってその可能性の低さを表現しているアイを見てもわかるとおり、この組み合わせのカップルが成立する確率はほぼゼロに等しいと言っていいだろう。それくらい、どのカップルも実現の可能性が少ないということ。
私にとっての問題は、これらの書き込みがどれくらいで現実になるのか、だ。
今までの記録で言うと一両日中なのだが、今回もそうとは限らない。しかも今は夏休み。普段学校で顔を合わせている人たちばかりだが、このときばかりは顔を合わせることもほとんどない。彼らとの接点すらない中で、もし仮に私たちが何らかの方法で、このいずれかのカップル成立を知りえることができたのなら、ソレは奇跡に近いものであるといえよう。
とはいっても、成立する可能性が高いのは、「はるかの星」に願いを託した私の組だけなのだろう。そう、「はるかの星」が願いをかなえてくれる星ならば。
「書いたはいいが、結局のとこ注目するべきなのは、はるかの日記だけなんだよな」
真相を知りたいのはまさにソコ、私の書いた日記がはたして現実になるかどうかなのだ。でもどうやって……。
「雨も止まないしなぁ。ここでじっとくすぶっててもしょうがない。ゲーセンにでも行く?」
退屈を満喫しきったアイがぼそりと呟く。もう既に日記の投稿から30分近く経っており、この状況に飽きてしまったアイの目はうつろだ。口にくわえていたストローが早くも8の字の軌跡を描き出し、アイの機嫌が斜め右方向に下がっていくさまがはっきり見て取れる。
たしかに、外の雨は止む気配もない。ずっとココにいたって仕方ないしなぁ。
と、今後の方向性について考えをめぐらせていると、アイのストローがポロっと口から落ちた。まったくだらしない、あんぐり口を開けちゃって。
「アイ、落ちたぞ、行儀の悪い……」
「どうしたの? アイちゃん?」
ストローを一向に拾い上げようとしないアイの目は、正面に座っている私たちではなく、どこかもっと遠くの方向を見ていた。
私たちが座っている席はお店の一番奥。要するに角っこだ。階段が設置されている方向を除けば、店内は全面ガラス張りになっており、雨の中を行きかう人々がはっきりと見渡せる絶景のポジションでもある。私と里佳子ちゃんが隣同士で、アイがその対面に座っていて、眺めを楽しむというのなら私たちが座っている方向がいいだろう。アイの視線の先には階段しかないから。
そのアイの目が何かを捉えて離さない。
「なんかあるの……?」
振り返って後ろを確認しようとした私を必死に制止させようと、アイが肩に掴みかかってきた。その目つきはほんの数分まで退屈に支配されていたが、今は違う。なんか、こう、みなぎっている。自分の興奮を抑えようともしているのだろう。小さな声で、だが力強い口調で私に語りかけてきた。
「はるか……あんた、本当に知らなかったの?」
「ちょっ、ちょっと、アイちゃん。はるかちゃん痛そうだよ」
現状をまったく理解できていない里佳子ちゃんは、今まさに目の前で繰り広げられているひと悶着に四苦八苦している様子で、周囲を見渡す余裕なんてなさそうだ。しかし、アイ、これはマジで痛いかも。
「な、なにが? アイ、痛いって」
あぁ、ゴメンと目で語りかけたのはわかった。アイの目を見れば多少なりにも伝えたいことはわかる。私の隣でいまだオロオロしている娘には若干の説明が必要だけど。
「あぁ、ゴメンゴメン。ちょっと興奮しちゃって……」
「急にビックリしたよぉ」
そっと胸をなでおろす里佳子ちゃんは、私とは別の事柄について気をもんでいたみたいだ。だが、私は違う。アイが驚いた理由、私にはなんとなくわかった。
その目を察してか、アイも軽くうなずく。
「ゆっくり後ろを見てみ」
そっとついたての隙間から顔を階段の方向に向けると、席を探してか、ある一組のカップル――彼女が彼氏の腕にぴったり寄り添ってるから、カップルで間違いない――が、周りを伺っている。一瞬目が合いそうになり、反射的に体ごと目をそらしてしまった。
「なんで? なんで敷島と氷部がココにいるんだよ」
アイが、視界に捉えた二人を指差す。
制服を着た比較的背の高いシルエット。肩には学生鞄がかけられており、二つの傘とトレーを器用に持っている男子。そして、いまどき珍しいくらいの極厚メガネにお下げ髪をして、男子の腕に絡みつくように寄り添っている文学少女のシルエットは、間違いなく敷島大樹と氷部彩華その人だった。
「ってか、なんだアレ? まるで付き合ってるみたいじゃないか」
そこまで言い切ってから、やっと自分でも気づいたのか。自分の発言を失言とも思えるリアクションで口を両手で押さえた。しまった、言っちゃった、みたいな。
「はるかちゃんの書いたこと……本当になった、の……」
断言しよう。私は敷島大樹と氷部彩華が付き合っているとは知らなかった。なにより、一番その手の話が浮上してこない女の子を選んだつもりだった。それは、日記に書き込む前にアイと里佳子ちゃんにも確認したことだ。
“これは流石にないな”と。
「いやしかし、偶然ってこともあるだろ……」
小声になったアイが明らかにあの二人を意識しながらしゃべっている。そう、同じ空間にいるってだけで、もしかしたら偶然駅前で会って、雨宿りにコーヒーでも一杯、なんてことなら話は別だがそんなわけないだろ。ちょっと抵抗したいその気持ち、わからなくはないが、どうやって確認をとるというのだ? 彼らが付き合っているってことをさ。
「どうすんのよ?」
「ふふふ、二ノ宮ネットワークを舐めるなよ」
そう言って意気揚々とスマホを操作し始める。大ニュースの仕入先は実に多岐にわたるらしく、校内の情報を逐一リークしてくれる実に有意義な友達も何人かいるようで。
「話は簡単、同じバスケ部の小板橋(こいたばし)に聞く。アイツならなんか知ってるだろ」
同じクラスで、これまた敷島と同じバスケ部所属の小板橋。あぁ、そういえばよく女子連中とつるんでいるところを校内でよく見かけるな。なるほど、そうやって情報交換をしていたというわけか。
「あぁ、もしもし、アタシだけど。そう、聞きたいことがあってさ……」
会話の持っていき方は流石だ。それとなく自然な形で、話を例の二人の関係へと持ち込んでいく。
「それとさぁ、今日敷島を見たんだけど……」
「……」
「はぁ!?」
会話の流れがどうだったのか、私には推測はできない。あの二人付き合ってんだよ、と小板橋が言ってしまえば、目の前のそれが本当のことになるから、こんなにもあからさまに驚くことはないだろう。終始キラキラした眼差しでことの成り行きを見守っていた里佳子ちゃんも、このアイの反応には流石にビックリした模様。目が丸くなってるよ。こういう時って人は自然に人指し指を口にあてがい、シーッとポーズを取ってしまうものなんだな。つい反射的に私もやってしまった。
それに呼応するかのように、アイが前方を気にしながら、ジェスチャーで謝る。
「……だとするなら、上手くいったみたいよ。うん、じゃあ、また学校で」
電話を終えたアイの顔は先ほどより昂揚感が増しているようにも見受けられる。ほっぺが赤くなっているよ。急に驚いたからか?
「ねぇ、小板橋さんはなんて言っていたの?」
里佳子ちゃんの逸る気持ちは痛いほどよくわかる。早く情報を共有したいのは私も一緒。というか腕にぎゅっと抱きつかれているので、痛いというか若干こそばゆい。
「敷島のやつ、今日、氷部さんを呼び出して告白するんだって息巻いてたらしいよ。小板橋が言うには、『13時に学校』みたいなことを言ってたから……」
「あれ? はるかちゃんが日記書いたのって何時くらいだっけ?」
「あぁ、そうか!」
この事実は今日このとき、この場所で目にしない限り、敷島の親友でもある小板橋ですら知り得なかった情報だ。それを私が知ることはまず不可能だろう。はっきり言ってムリ。それを私は、
「12時43分……に、書いてる……」
つまり、こうだ。
私がここで、アイや里佳子ちゃんと話をしながら、半ば実験的な感じであの二人が付き合うということを日記に書いた。それは二人が付き合う前の出来事。そしてその出来事は30分後に現実となり、今目の前に証拠として突きつけられた。そして、その思いが成就したのかしなかったのか、結果を知っている者は私たち以外、今のところ関係者では存在しない。小板橋ですら知らない。
これは、私の日記が叶えた出来事なんだ。
「はるかが書いた日記が本当になった? もしかして、アンタ前から知ってたとか、そういうオチじゃないでしょうね?」
興奮を抑えきれないアイが喜とも怒とも取れない表情で問い詰めてくる。
「まさか。何度も言うけど、知らなかったって言ってるじゃん。氷部さんとはそんなに仲良くないし。だいいち、一番そういう関係にならなさそうな二人を選んだんだし」
「そうよね」
里佳子ちゃんが深々とうなずく。
「だな。ってか、タイミングよすぎ。このタイミングで二人が目の前に現れて、その結果がわかるってのも不自然なぐらい偶然だし。なんか、逆に気味悪いよな」
「どうしてよ? コレでわかったでしょ、私の言ってること」
「願いが叶う『はるかの星』か……わかった。わかったけど、それこそ、書いたことが全部本当になるんだったら、もっと大胆なこと書いて、それを本当にしてみようよ」
アイの言い分も正しい。試しに書いてみようか? 国を滅ぼしてやったってね。1999年7月以来の大パニックが日本全土を襲うことになるぞ。ただし、
「あんまり度がすぎると、掲示板の管理人から警告受けちゃうよ?」
「あ、そっか」
100%ウソということがバレない程度のものにしなければならないから、ここの見極めもシビアなんだ。
「しっかし……」
ついに観念したか、アイもさすがに今までの緊張した面持ちがほぐれ、今まさに自分に突き付けられた現実を受け入れるかのように、おおきく頷いている。
「なんではるかの『はるかの星』なんだろうな」
そうね、確かにそう。なんで私の星なんだろうか。なにか理由をつけて説明しなければならないと言われても私には十分な説明なんてできません。だって気づいたらこうなってたんだもの。
「願いが叶う星か……うらやましいわ、なんだか楽しそう」
「あんまり羽目をはずさないようにしないとね」
「そうだな。でないと、はるか、羊飼いの少女みたいになっちまうからな」
ケタケタ不気味な笑いでおどけてみせるアイはいつものアイのままだな。すごい勢いで肩つかまれたときは流石にちょっとビビッたけど。
結局、私の星が願いを叶えてくれるという若干曖昧な事実がわかったところで、私たちの生活が激変する可能性はない。なにかメリットがあるとするなら、ちょっとした私の願いが叶うようになったということだけ。これをどう料理しようかという問題は、彼女たちには関係ないことだ。さて、私は大方満足したから、平々凡々な夏休みを過ごしているこの子たちに、なにか提言することにでもしよう。そうだ、ゲーセン行って遊ぶことにしよう。私はこの星のおかげで、夏休みの間に退屈することはないからな。
それはそれとして。
はたして、階段付近に陣取った例のカップルをどうやってかいくぐり、この店を出ようか。問題はソコだな。
著者:クゲアキラ
イラスト:奥野裕輔