特集
SPECIAL
- 小説
- はるかの星
はるかの星【第23回】
「データ、オールクリア」
「おなじく、完、了っと」
いち早く作業を終えた菊池に続き、久坂が両手を挙げて作業終了の合図を送った。やらなければいけないことが全部で5項目に振り分けられており、そのうちの2項目に関してはクリアになった。残るは3つ。依然として私の星の赤いアラートは消えない。
自分の担当の作業を終え、モニターに表示されていたウィンドウを次々と閉じていく久坂のモニターに私の星が表示される。なるほど、流石はコンピューター部、アカウントやパスワードなんてなくったって、簡単に私の星にアクセスできるのか。
こうやって、私の日記も書きかえられてきたんだな……。
イスの背もたれにその身の全てを任せていた久坂の上半身が少し動く。また少し、ついにはモニターを食い入るように見始めた。私、なにか変なことでも書いたかな?
「なぁ、皆藤?」
「なに?」
「お前、レッドカード表示がされてから、自分の星ちゃんと見たか?」
「ちゃんと?」
言われてみれば、あの時はパニックになっていたし、ソレよりなによりお母さんのことで頭が一杯だった。第一、自分の星を見るのが怖くなったから、こうやって皆に助けを求めているわけで。
「いいや、してないよ。なんで?」
「そうか……いや、気のせいかな……だんだん、小さくなってないか、これ?」
「え?」
星が大きくなるシステムについては理解している。説明書きにも記載されていたし、色々な記事をアップすることで私は私の星を大きくしてきた。でも、小さくなっている? どうして?
「思うに……」
次いで作業を終えた柏木青年が答えた。
「レッドカード判定を受けた星ってのは、12時間後に星が消し飛ぶ仕組みなんだろ? あくまでも俺の考えであって、確証はないが、消えてなくなるんじゃないかな?」
「そらそやろ、消し飛ぶって書いてるくらいやからな。なんつぅ過激な説明書だこと」
「消し飛ぶ……もし、爆発とかのアクションなら、わざわざ小さくなる必要はないだろ。12時間経ってから、ボンッ! でいいじゃないか」
言われてみれば確かにそうだ。小さくなる必要性?
「どのみち、レッドカードを取り消さなければいけないんだ。爆発してバッドエンドは見れないまま終わることだろうよ」
「……保護作業終了しました」
皆本君の作業も終了。あとは、栄太の作業が残るのみだ。
「これでハッキング集団はジ・エンドだな。もう同じような被害が出ることもあるまいて」
「え? 終わったの?」
「あぁ。俺たちの勝利」
実際のところ、ハッキング集団のねぐらとなっていた捏造サイトの書き換え駆除作業は柏木青年と久坂、菊池がケリをつけて、再発生の防止のための保護を皆本君がかけていたらしい。再び、そして静かに、一橋星陵高校パソコン部の勝利の瞬間は過ぎ去っていた。
では、栄太は?
「不正サイトってのは、正規には存在しないページなんだ。元から存在していないページを俺らが改変したところで、それは問題にはならないけれど、皆藤の日記にくっついているアラートをはずしていくのは、正規プロバイダー『webweb』のページを書き換えることになる。これはバレたら結構まずい。本物をいじることになるからな。」
「それって、いいの?」
私としては、万事全てが解決するのが一番良いに決まってる。しかし、危険を冒してまでやる必要は……それに、「はるかの星」と私のお母さんが直接関係していなかったとしたら……。
「大丈夫、痕跡は残さない」
これから始まる作業は、本来は違法なものに該当するのだろう。一同が同じ黒バックのウィンドウに次々に打ち込まれていくセンテンスを注視する。数時間前のハッキング集団撃退のときとは明らかに、いや、それ以上にぴりぴりとした空気が伝わってくる。
ココから見える久坂のパソコンには流星のように流れていくアルファベット群と、私の星が表示され続けている。他に見るものもなく、そこばかりを見ていたから私にもわかった。確かに、私の「はるかの星」は小さくなっていっている。
栄太曰く、このレッドカード判定を取り外せば、脅威は去るんだ。ここにいる全員が、その行方をモニター越しに見守っていた。
そして、そのときは訪れた。
「久坂、最終アクセスをするから見ててくれ」
「はいよ」
栄太が合図をおくり、久坂のモニターを見る姿勢が変わる。私の「はるかの星」にいまだ変化は現れない。ハテナマークが頭上で踊りを踊っているこの状況下で、栄太のキーボードを叩く音が止んだ。その変化に気をとられて彼を見ると、諸手を挙げて作業の終了を伝えている。
「どうだ?」
すぐには返事しない久坂。そりゃそうだ。だってずっと私の星には赤いアラートが……。
赤いアラートが、消えた。
目の前で起こった、私自身では、もうどうしようもなかった問題が片付いた。
アイと目を合わせて歓喜の声をあげそうになってしまったが、寸でのところで踏みとどまる。久坂が喜んでいない、というか、栄太に合図を送らない。こんどはせわしなく久坂の両手がキーボードを叩き始める。
黒バックの枠が瞬く間に白く埋め尽くされていく。まだ、喜んじゃダメなのかな……。
時間にして1分くらい。カタカタと作業を続けていた久坂も、栄太を真似て両手を挙げる。お願いだ、途中でギブアップ宣言だけはやめて……。
「オーケーオーケー♪ 完璧!」
「え……ってことは……?」
アイが先に口を開く。
「再び、一橋星陵高校コンピューター研の大勝利!」
久坂の報告と共に、小さな部室内に、小さな歓声が沸いた。
「やった! はるかぁ!」
アイが涙目になりながら私に飛びついてきた。
ゴテゴテに貼り付けられていたアラート表示が全て外され、「はるかの星」は、いつぞや私がこの星に出会ったときの大きさくらいにまでに縮んでしまっていた。あれ? でも待って?
「栄太、これ……イエローカードが残ってる……」
赤いアラートは消えた。今まで画面上の私の星の周辺をうるさいくらいに取り囲んでいたのが外れた瞬間、下に潜んでいたイエローカード表示が見えたんだ。しかも、この2つは見覚えがある。
「オレが出来るのは、不正ページによる被害の完全除去だ。もともとは正規のデータである、この2つの警告は取らない。これはすべて正しい手順で、正しい理由で付いたものだからな。それ以前の日記も同じ理由で残しておく。ただ、直接的な影響はないはずだ。アラートは消えたんだしな」
「そうだよぉ、はるか! これで『はるかの星』は守られたんだよぉ!」
この場に居合わせた大半の人間が作戦の成功を素直に喜んだ。私も嬉しかった。これでお母さんは助かる、そう思ったんだ。何一つ失敗していない。完璧に物事が運ばれて、これまた完璧に作戦は終わったんだ。じゃなかったら、小さくガッツポーズなんか作って喜んだり、大きく手を合わせて喜びを表現したりしないじゃない。アイだって、自分のことじゃないのにこんなにも嬉しそう。
でも、なんだろう。喉の奥につっかえる、この違和感は。
その理由は、私のポケットの中で震えている、こいつのせいなのかもしれない。
着信はまたもや見知らぬ番号から。嫌な考えが一瞬だけ脳裏をよぎった。みんなに気づかれないようにケータイの着信に応じる。相手は、ワタルだった。
「もしもし、ワタルどうしたの?」
いまだ歓喜の輪が崩れないその場から一歩身を引いて電話に応じていると、私が抜けたその瞬間、ある人物から笑みが消えた。ワタルの泣き声に重なる不協和音。
「おい、この星……まだ小さくなってんぞ?」
柏木青年の疑問符を投げつける問いに場が静まり返る。そこで声を出していれば、否が応にも気づかれるが、もうそんな心配をしている余裕は、私にはなかった。
「な、なんで!」
「皆藤?」
ケータイを握る右手から握力が消え失せる。力なく落下していくソレを拾い上げる瞬間を惜しんで、私は目の前に浮かぶ悪夢の光景を振り払うことに全神経を集中させた。
アカウントは残る。最後のレッドカードも消えた。小さく、小さく縮小を続けていた星は、始まりの姿に戻って、さらに小さくなり続けていた。
星の縮小が止まらない。なぜ?
今回のようなケースは稀。もちろんレッドカードを取り消すという行為そのものが初の出来事だ。しかし、レッドカードを引き起こした一連の出来事は不正プログラムによって引き起こされたもの。そっか、やっぱり、現実的にはそんなことは起こらないのか……。
「はるか?」
心配そうに顔を覗き込むアイの表情は、数時間前に病院で見たソレと酷似している。まだ、事件は終わっていないんだ。
「おかあさんが……おかあさんが……」
言葉にうまく出せない。
状況をいち早く察した柏木青年が叫ぶ。
「皆藤、ここはもういいだろ、早く病院に行け」
返事も忘れて、私はコンピューター研の扉を開け放し、はじけ飛ぶように部室を後にした。いち早くしなければいけないこと。それは、一刻も早く容態の急変したお母さんに会いに行くことに書き換わった。
アカウント削除のタイムリミットまで、あと1時間10分。
著者:クゲアキラ
イラスト:奥野裕輔