特集
SPECIAL
- 小説
- 放課後
第一話 ユッコと反省会
第一話 ユッコと反省会
17:47――。
腕時計に表示された時刻にユッコは唇をかんだ。
外はもう陽が落ちてしまっただろうか?
周りに目を這わせる。
一点の光もない闇……。
この中では外の状況はわからない。
心細くなったユッコは、ブルッと身を震わせた。
それを敏感に感じ取ったのか、身を寄せていたスタニャが急に、
「わ~ん。どうしたらいいとですかぁ……」
と、我慢していた本音が漏れ出る。
ふんわりとしたスタニャの金髪が小刻みに揺れてユッコの顔にかかった。
小さなユッコの身体に、ぴったりとスタニャが抱き着いている。
「完全に閉じ込められたとですよ……」
スタニャにそう言われ、ユッコは先ほど崩れてしまった洞窟の入り口を見上げた。
巨石が完全に道を閉ざしている。
まさか崩れてくるなんて思いもよらなかった。
圧し潰されなかっただけ、まだよかったというべきなのか。
試しに入り口をふさぐ巨石に手を当て、力の限り押してみたが……。
「むぅ」
びくともしない。
万事休す。
振り返って洞窟の奥に目を移すも、一寸先も見えない闇が横たわっているだけ。
懐中電灯の電池は運悪く切れてしまった。
マッチもライターも持っていない。
おおよそ明かりと呼べるものは一つもない。
唯一ほのかな光を放っているのはユッコの腕時計の針の先のみ。
それも蓄光のぼんやりとした光だ。
周りを照らすことなんか当然できない。
さらに言えばこの光もすぐに消えてしまうだろう。
こんなことならマッツンからスマホを借りておくべきだった……。
残念なことにユッコは家庭の事情でスマホを持っていない。
スタニャの方は過去に何度か買ってもらったらしい。
だが毎回、壊してしまうのだという。
なので今はスマホを携帯することそのものがないらしい。
つまるところこの二人は、明かりになりそうなものはおろか、助けを呼ぶ連絡手段すら持っていないのである。
ユッコは取り乱す様子もなく、スタニャの頭をやさしくなでて落ち着かせる。
「あせってもしかたないです」
身体の小さなユッコが背の高いスタニャを撫でる姿は妙なアンバランスさがある。
でも二人とも同い年だ。
なにも問題はない。
そんなスタニャはそれでも小さく取り乱してしまう。
「ユッコはどうしてそんな落ち着いとるとですか!?」
「ジタバタしても始まらないですから」
「わ~ん!」
「泣かないでくださいよ……」
泣きたいのはユッコも同じだ。
心細くてどうしようもない。
でもこういう時ほど落ち着かなければ、とも思う。
「いいですか。ここから出る方法を考えるのですよ」
「……うん」
まだ鼻をグズグズすすっているスタニャをなだめながらユッコは考えた。
中学生の頭で考えられることなんて限界はある。
けれど、それでも何か方法があるはずだ。
「スタニャ、もう一度、電波を飛ばしてみましょう」
その提案にスタニャが目をぱちくりさせる。
「でも……」
「やってみるしかないです。うまくそれをマッツンのスマホがキャッチしてくれれば」
ユッコが念押しするようにそう言うと、スタニャはぺたんとその場にお尻を落とし、それから、
「……うん、やってみるばい」
と言葉に力を込めた。
そしてスタニャはゆっくり立ち上がり、手を崩れた洞窟の入り口にかざす。
「おねがい! 届いて!」
その瞬間、スタニャの手のひらが放電した。
パチパチとほとばしる光が、妖精のような彼女の顔を照らし出す。
しかしすぐに彼女はその場にペタンと尻餅をついてしまった。
「ふぇ~」
「どうしたの?」
「やっぱ、外まで電磁波が飛ばんちゃけど」
「でもこれくらいの壁……」
「この岩が絶縁体みたいになっとうと……」
そんな言葉を授業で習ったな、と思いながらユッコはあせった。
う~ん、彼女の全力の電磁波が貫通できないってことは、やっぱここはただの洞窟じゃないってことですか……。
ユッコはそう考えながら、暗闇の中に目をはわせた。
するとスタニャが心配そうに声を上げる。
「ユッコ、どうしたと? なんか言ってほしいっちゃけど。心細かとよ~」
「ちょっと黙っててください」
緊張したユッコの声に、スタニャがビクッと顔をひきつらせた。
察したようである。
「もしかして、アレを探しとーとですか?」
「……うん」
途端にスタニャはブルブルッと身を震わせた。
(怖かぁ~)
涙目のスタニャはさておき、ユッコは頭の中のチャンネルを少しずつ切り替えていく。
ラジオのチャンネルを合わせるようにゆっくりと集中して。
すると次第に暗闇の中にぼんやりと白い影が浮かび上がってくる。
さっきはやった時には見えなかった幽霊だ。
『……ほう……わしがみえるかね?』
がらがらの声。
何百年も誰とも話していなかったかのようなその声に、ユッコは集中した。
「あなたは?」
『わしか……わしは……なんだったかな?』
「覚えてないのですか?」
『ああ。もう昔すぎての。自分の姿すら思い出せなんだ』
確かに目の前にいる幽霊は人の形すら成していなかった。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
『その前にわしの質問にも答えてもらっていいかのう?』
「………」
『嫌なら、別に構わん。わしも何も言わんから』
「ま、まって! ……なんですか?」
『素直ないい娘じゃ』
白い影は愉快そうに左右にゆらゆら揺れた。
『童はこんな打ち捨てられた墓に何をしに来た?』
やっぱりここはお墓だったんだ。
そう思いながら、ユッコは老人にどう言うべきか迷った。
「ちょっとお願い事があって」
『願いとな』
目的は三人とも一緒だった。
――ユッコ、スタニャ、マッツン。
だから三人で協力してここまで来た。
……まぁマッツンとははぐれてしまったけど……。
学校で流れていた胡散臭い噂話に飛びついて、すぐさまあれこれ調べた。
お小遣いをはたいて電車代も捻出した。
なのにようやくやってきた遠い昔の豪族の墓で、まさかの落盤。
さらに閉じ込められてしまうという不運。
中学生の少女にとって、この事態は少し過酷すぎた。
他に誰もいなかったら、ユッコはとっくに泣いていただろう。
「あの、あなたはここの人ですよね? ここで眠っているゴウゾクの人なんですよね?」
そう問われた白い影はユッコの周りをふわふわと浮遊する。
『自分が何だったのかは、もう忘れた。ただなぁ……』
「なんですか?」
『ここは確かに龍脈の結線が集中しておる場所だ。水が海へと流れ込むように、世に滞留する力もこの場所に流れ込んで、地に戻る』
「じゃあ!」
勢い込んだユッコを制すように、白い影は落ち着いた声で返す。
『それは土地の力が強いというだけで、人の願いを叶えるための場所ではない。本来的にここは荒ぶる神々を抑えるために、見張りとして我らの墓があるにすぎん』
その言葉にユッコは肩をがっくり落とす。
いつの間にかユッコの肩につかまっていたスタニャは何があったのかと、おどおどした。
「なになに? ユッコちゃん? なにがあったとですか?」
集中が切れてしまいそうなので、申し訳ない気持ちを抑えてユッコは白い影に向かって問い返す。
「じゃあ、もう一つ教えてほしいことがあります」
『ほうほう。なにかな?』
いささかの敗北感がユッコの口を重くした。
それでも聞かねばなるまい。
「出口がどこか教えてください」
すると白い影はまたも愉快そうに笑った。
『出口はない』
「えっ!?」
急に目の前が真っ暗になったような気がした。
実際目の前は真っ暗なのだが……。
『残念だのう……出入りはここだけなのじゃ』
「そんな! 他にないのですか!?」
あせるユッコにスタニャが飛びついた。
「ユッコちゃん、なかと? 出口なかとですか?」
「スタニャ、ちょっと黙っててください」
「……ふむぅ」
『墓であると言ったろう。墓に出入り口がいくつもあるなど聞いたことがない』
「ちょっと、待ってください、じゃあ!」
気が付くと白い影はどこにもいなくなっていた。
……まいった。
ユッコもまた脱力してその場に尻餅をついてしまった。
そのリアクションに、スタニャが心配そうにおずおず口を開いた。
「ユッコちゃん、やっぱなかと? 出口なかとです?」
「ないって言ってました……」
「そんなぁあぁ」
「……泣かないでくださいよ」
「だってぇ……」
さすがに弱気になった。。
ユッコも泣きたい気持ちだった。
急に心細くなってきたのだ。
頼みの綱だった幽霊に出口を聞くという方法。
それが、こうもあっさりと崩されてしまったのだ。
ここから自分たちはどうしたらいいのか……。
このまま、洞窟の中に閉じ込められたままなのか。
まだやりたいことはいっぱいあった。
普通の中学生になって、友達を作りたかった。
友達と買い物したり、遊びに行ったり……。
それから旅行もしたかった。
なんにも叶わないまま、こうして死んでしまうのか。
そう思うと、目に涙がにじむ。
こんな力さえなければ………。
いつも思ってきたことだった。
その時だった。
ガンッガンッガンッ!
ものすごい勢いで外の岩を叩く音が聞こえた。
「えっ?」
「もしかして……」
ガンッガンッガンッ!
さらに叩いてくる。
「……はっ」
我に返ったユッコは、すぐに足元にあった石を拾い上げると、入り口をふさいだ巨石を叩き返した。
聞こえただろうか。
訪れたのは静寂。
スタニャが心配そうに、
「聞こえたかな?」
と声を震わせた。
だが次の瞬間、巨石がガタガタッと揺れる。
「スタニャ、下がろう」
「う、うん」
急いで入り口から奥に下がった。
壁に手をつくと、風化しかかった装飾の感触が手に伝わってくる。
すると洞内が小さく振動した。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
そして岩がゆっくりと、しかし確実に持ち上がっていく。
「おおおおおおおおっ!」
岩の向こうから聞こえてくる声。
(この声は……!?)
二人とも知っている声だった。
「あばばばばばばばっ!」
ずっと待っていた。
気が付くと、入り口をふさいでいた巨石の隙間から月の光が差し込む。
その月の光に照らし出され、女の子の笑顔が見えた。
その女の子は最後の一押しとばかりに、体中に力を籠める。
「メガッパァァァァァ!」
謎の掛け声に合わせて岩が動く。
瞬間、今までびくともしなかったはずの大岩が山の斜面へと投げ捨てられた。
「ユッコ! スタニャ! いる?」
「マッツン!」
スタニャはもう掠れ声になっていた。
「探すのに時間かかっちゃったよ」
悪気なくあっけらかんという調子で巨石を投げ飛ばした少女。
「ほらほら、出ちゃって出ちゃって」
そう言われてユッコとスタニャは暗闇の中からようやく這い出す。
二人が出たのを確認した彼女は、巨石を元に戻すと、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「ごめんねぇ……はぐれちゃって」
そんな彼女にスタニャが抱き着く。
「ありがとう、マッツン! たすかったとよぉ」
彼女はスタニャにされるがままになりながら安否を心配してくる。
「大丈夫? ケガはない? 絆創膏あるよ?」
「問題なかとですよぉ」
「そっか。ユッコは?」
そう言ってこっちを向く彼女にユッコは無表情に返す。
「問題ないです。でも来るのが遅いですよ」
「いやぁ、ごめん……クマに追っかけられちゃってぇ」
「え……クマ?」
「投げ飛ばしたけどね!」
親指サムズアップで得意顔のマッツン。
ユッコは「はぁ……」とため息ひとつ。
「女子中学生がクマを投げ飛ばしたんですか?」
「仕方ないじゃん! めっちゃたくさんで襲ってきたんだよ!」
そんなん普通の人だったら、とっくに人生をあきらめているシチュエーションだ。
さすがマッツンというべきか……。
「あ~、怖かった」
「クマの方が怖かったと思いますよ。襲った相手に次々に放り投げられるなんて」
「あはは、そっかぁ」
にへらっとそう言うマッツン。
いたって気楽そうな彼女の態度にユッコはプクッと頬を膨らませてみた。
別に怒ってるわけではない。
ただ……。
するとマッツンはユッコに近づき、顔をのぞいてくる
「ごめんねぇ。怖かったよねぇ」
「………怖くないですし」
心細い顔をしてたら恥ずかしいと思ったユッコは、思わずそっぽを向いてしまう。
「そっかぁ。ユッコは強い娘だねぇ」
「こ、子供みたいにしないでください……同い年ですよ」
「そうだねぇ。おない年だよねぇ」
「……マッツンはゼッタイそう思ってないでしょ」
周りにそう思われてしまうのもしかたないが、ユッコは他の中学生に比べると、やや成長が遅れている。
私服で歩いていると小学生扱いされる。
(もう大人ですし)
と自負しても周りが子ども扱いしてくるのだ。
「思ってるよぉ。でも、ユッコはかわいいからねぇ」
するとスタニャもニコニコ顔で、
「ユッコはかわいかとですよぉ」
と頭を撫でてくる。
そんなこと言ってもダメですから、という言葉はしまい込んだ。
今日はマッツンに助けられたんだし、そういうことは言わないでおこうと思ったのだ。
外はすっかり暗闇に包まれていた。
山に入った時にはまだ明るかったのに……。
まだ元気なマッツンが一人声を上げる。
「さあ、かえってご飯を食べよう!」
ユッコもスタニャも、やっと緊張感がほどけて薄く笑った。
そうだ、今日はもう帰ろう。
中学生が遊び歩いていたら、おこられる時間だ。
スタニャはマッツンの背に乗り、ユッコは抱っこされた。
「それじゃあ、いくよー」
しゃがみ込んだマッツンは次の瞬間、高く高く跳躍した。
「うわぁぁあ!」
夜の迫る山中を女子中学生たちが舞う。
木々の鳥たちは驚いて飛び立ち、動物たちはその姿を目で追った。
そう、彼女もまた普通の中学生ではなかった。
三人はこの世で唯一の秘密を共有しあう仲間。
他人とは違う個性に悩まされた中学生。
これはそんな三人の少女たちが持ち合わせてしまった力と決別するための物語――。
(つづく)
著者:内堀優一