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2022.04.05

ユッコと反省会②



 

「はい、反省会をはじめまーす」

 マッツンの元気な声が放課後の校舎に響き渡る。
 教室にいるのはマッツンとユッコの二人だけ。

「スタニャはどうしたんです?」
「スタニャちゃんは、ちょっと日直のお仕事で職員室に行ってるよ!」
「そうですか……」

 三人そろってないのに、反省会を始めてしまっていいのだろうか?
 とはいえマッツンは始める気満々だ。
 一度始めてしまえばしゃべる暴走列車。
 止めてもユッコの弁でどうにかなるものではない。
 事実マッツンは拳を握り反省会のゴングが鳴ってしまう。

「さて今回の失敗の原因を探りたいと思うのですよ!」
「原因はマッツンが遭難したからですよ」
「まぁまぁ、ユッコ。それは置いといて」
「置いといたら反省会にならないじゃないですか」
「うわーん、ごめんなさい~!」

 バタンッ!

 机に突っ伏すマッツン。
 ド反省をする彼女に、さしものユッコも申し訳なさそうに頬をかく。

「まあ、私の事前調査も甘かったですし」

 むっくり。

「……そうなの?」
「ウワサ話の裏もとらずに行動してしまいましたし……」

 実際、裏を取らずに、

『まずは行くぜ! イエーイ!』

 と飛び出したのはマッツンであるが、そこは言及しない。
 それを言い出せば、だいたいマッツンのせいになってしまうから……。

「うぅ……ごめんね……だいたいあたしが先走るのが原因だものね」
「いや、そんなことは……」

 大いにあるのだが……。

「でも、マッツンみたいに飛び出していかないと、私ひとりだとなにも行動をしないで終わってしまいますので」

 そう、ユッコの今までがそうであったように。
 なんの行動もせず、あきらめ続けてきた日々と同じように。
 マッツンが率先して動くから、自分も一緒に行動することができた。
 そのことにユッコは感謝すらしていたのだ。

「ユッコ……そうなの?」

 恐る恐る……といった様子のマッツン。
 そんな顔をされたらユッコは困ってしまう。

「そ、そうなのですよ。だから、責めるようなことを言って……ごめんなさい」
「いいよっ!」

 マッツンの立ち直りは早い。
 こっちが拍子抜けするほどに早い。
 他に追随を許さないほどにポジティブだ。

「よーし、次はどこへ行くか考えよう!」

 それは反省会をしてからでしょ、とユッコが口を挟もうとした時である。
 ガラッ。
 教室のドアの開いたので、思わずそちらを見る。

「おまたせしたとですよ~」

 金髪のお嬢様然とした少女――スタニャがようやく戻ってきた。

「どこへ行く話をしとったと?」
「いや……どこも決まってません」

 ユッコの答えにスタニャは困ったように笑う。

「そっかぁ。決まっとらんととですかぁ」

 すると間にマッツンがズンと入ってくる。

「そんなことないよ! どっかしら行こうよ!」
「提案が雑ですよ」
「うはは、そんなことないって」
「……その自信はどこからくるんですか」

 ため息交じりのユッコにスタニャがフォローを入れるように、

「まぁまぁ、二人とも。仲良うしいね」
「うんうん! 仲良くやろう! さあ、次はどこへ行くか決めるぞ! おーっ!」

 そんなマッツンにスタニャは、

「わーい」

 と乗っかる。
 マッツンもたいがいポジティブな少女であるが、このスタニャもまた一般平均的な人々と比べると前向きすぎるところがある。
 こういう二人がユッコは実のところ嫌いではない。
 ただどうしてそんなに前向き何だろう、と不思議に思うところがあるだけだ。
 なぜなら二人だって、自分と同じような体験をしてきたのだ。
 自分の特別な力のせいで、周りと打ち解けることができない日々を。
 だというのに、ビックリするくらいこの二人は明るい。
 そういうところがちょっと……。

「……うらやましい」

 そんな小声に、マッツンは耳ざとく反応する。

「ん、ユッコ、なんか言った?」
「言ってないです」
「そうかぁ、言ってないのかぁ。ざんねん、ざんねん」
「なにが残念なのですか?」
「いやぁ、なんかユッコがあたしのこと褒めてるような気がして。へへぇ」
「褒めてませんし、なにも言ってないですから」

 そんなマッツンは力が強い。
 それは常人のそれをはるかに凌ぐ。
 巨大な岩でも軽々持ち上げるし、デコピンでコンクリートに穴もあけられるし、走れば車だって追いこせる。
 彼女の力が強くなりだしたのは小学校中学年くらいの時のことらしい。
 クラスで腕相撲をやって男子全員を負かしてしまった時に、

『これはモテない!』

 と思い、人前でその力を振るわなくなったそうだ。
 ただ彼女の力はどんどん強くなり、人と触れ合うような機会をできるだけ避けている。
 傷つけてしまうのが怖いのだ。
 そういう彼女の気遣いを、ユッコもスタニャもよく知っていた。
 あまり何も考えてないようなマッツンではあるが、意外にも繊細なところがある。
 そんなマッツンはまたも机に頬をつけて脱力。

「うぅ、でもどうしよう?」
「どうしようって、何がですか?」
「この前のところって、すごく期待してたんだけど……」

 その言葉にスタニャもがっくり肩を落とした。

「ダメやったとね……」

 すると何かを閃いたかのようにすっくと立ちあがるマッツン。

「そうだ! ユッコ!」
「な……なに?」
「守護霊に聞いてみよう!」
「えっ!?」
「わわっ! すごく嫌そうな顔!」
「いやっていうか……面倒なんです。あの人は……」
「えー、いい人だと思うけどなぁ」
「私もいい人やと思うとですよ」

 二人に押されてユッコは後ずさりをしながら、

「いい人ですけど……でも、面倒でもあるんです」
「そう?」
「そうです」

 するとマッツンはイスに背を預けて、むぅーんと体重を乗っける。

「じゃあ、次はどうしようかぁ。あたしたちだけで決められないよぉ……」

 それを言われると、ユッコは辛い。
 そもそも、この力を捨てるためにあちこち放課後に回って歩いていたのだ。
 とすれば守護霊と称する、あの幽霊の助言を受け入れるのもやぶさかではない。
 でもメンドウ!
 そんなユッコに、マッツンがにんまりしながらすり寄る。

「ねぇねぇ、ユッコちゃん……」
「……うぅ、そういう目で見ないでください」
「ねぇねぇねぇ」
「…………」
「ユッコちゃん」
「―――――今回だけですよ」
「やったああ!」
「マッツンの押し切りやね」

 いつもこのペースでマッツンのペースに引き込まれてしまう。
 それがどこかイヤじゃないともユッコは思っている。
 ユッコは気持ちを切り替えて一度目を閉じる。
 集中して頭の中のチャンネルを切り替えるのだ。
 自分の守護霊が見えるチャンネルに合わせると、目の前に二十歳ほどの美しい女性が笑顔を向けてきた。

「………」

 名前は知らない。
 ユッコはこの女性を勝手に幽美さんと呼んでいる。
 幽霊だからという安易な考えだ。
 ちなみに幽子だと自分の名前と音が被るので即却下。
 そんな幽美さんは基本的に口を利かない。
 無言でいつもほほ笑んでいるだけで、あまり守護してもらったという感慨もない。
 ユッコは彼女に向かって話しかける。

「話……聞いてましたか?」

 問いかけると、幽美さんはこくりとうなずく。

「何かいいアイデアとか……あったりします?」

 おずおずと聞いてみる。
 すると幽美さんはまたこくりとうなずく。
 この愛想のいい幽霊は、いつもこの調子で安請け合いをするかの如く肯定的な反応をしてくれる。
 ところが、それがどうも胡散臭い。
 マッツンは興味深げに、

「どうどう?」

 と問いかけてくる。
 幽霊と話しているときには集中が切れるから、あまり声をかけてほしくないところ。
 指で〇を作って、聞けそう、という意思は伝えておく。
 とはいえ守護霊の幽美さんと話すのはそれほど難しくない。
 チャンネルも比較的負担が少ない深さ――というのが実感だ。
 ユッコは地図を取り出すと、机の上に広げてみせる。

「どこ行ったらいいと思います?」

 すると幽美さんはにっこりしながら、とある場所を指さした。

「ここ?」

 やはりこくりとうなずく。
 最寄りの駅から四駅先のつつじヶ丘だ。
 この辺は用事がなければ行ったこともない。
 小さいころ母に連れられて、歯医者に行ったくらいだろうか?
 するとマッツンが興味深げに、

「え、つつじヶ丘行くの?」

 と興味津々のようす。

「……うん。そうみたいです」
「そっかぁ、でもここくらいなら自転車で行けるね」
「え……自転車で行けますか?」
「いけるよぉ。20分くらいかなぁ」
「……意外と近い」
「よーし、スタニャちゃんも一緒に行こう!」
「行くたい!」

 ということは、今から行こうというのだろうか?
 20分で行けるのなら、時間的にはそれほど問題はない。
 でもなぁ……。
 と、思ってしまうのはユッコにとって幽美さんに対してあまりいい印象を持っていないからである。
 いつも彼女は自分たちをいいように使ったりする。
 あの人畜無害の笑顔の下でどんなことを考えているのかわかったものではない。
 なので――なにかあるのではないか? と怪しげな視線を彼女に向けてしまう。
 幽美さんは相変わらず申し訳なさそうにニコニコしているだけであった。
 でもまあ……次にどこへ行くか、まったく決まっていないのだ。
 だったら彼女の指示に従ってみるのも……。
 幽美さんを見ながら、ユッコはそんなことを考えてしまった。 

「わぁ~、おまたせしたとです」

 自転車を家からとってきたスタニャと合流。
 三人で一緒に目的地へ向かって出発。
 旧甲州街道から国道に出てそのまままっすぐに行けば目的地のはずだ。
 この前のような山中よりもずっと楽ちんと言えるかもしれない。
 調布警察署の前を通って、橋を渡ると川辺で遊んでいる子供の姿が映った。
 のどかな午後のうららかな陽気。
 これから何をしに行くのか忘れそうな気持ちになった。
 でもこれから行こうとしているのは三人にとって重要な場所なのだ。
 だからそんな気の抜けたこと、口が裂けても言えない。

「いやぁ、なーんか、目的忘れちゃうねぇ。あはははは」

 マッツン!
 今、私が必死で言わずにいたものをあっさりと……。
 ユッコはそう思いながら肩をがっくり落とす。
 するとスタニャの方も同調するように、

「そうだねぇ、あったかくて気持ちよか」

 ああ、スタニャまで!
 この娘はどっちかっていうと流されちゃうタイプだから仕方ないけど……。
 う~ん、私がしっかりしなきゃ!
 気合を入れなおしたユッコはペダルを踏む足にも力がこもった。

 

(つづく)

著者:内堀優一

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