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2022.05.10

空からの手紙



  

 

 電磁波というのは波なのだそうだ。
 ゆらゆらと揺れる波。

 ふにゃらもゆん――。

 幼いスタニャにとって電磁波のイメージはそういうふうに目に映った。
 揺蕩うキラキラと輝く宝石の歯車。
 網膜の一番奥のところに視点を合わせる見える光。
 小さい頃はわざわざ視点を合わせようとしなくても、はっきりと目に映っていた。
 だから電波を放って遊んだりもした。
 自分の手からキラキラと光る歯車を放つのは子供心に胸が躍った。
 そのうち視力が悪くなったのをきっかけに、うまく視点を合わせないと見えなくなってしまって、そういう遊びはやめてしまった。
 やめたけれど、今でも見ようとすれば見ることができる。
 でも耳から入ってくる波長は別。
 耳だけはいついかなる時でも、勝手に入ってくる。
 いつも耳元でひそひそ話をされているようで、小さい頃はくすぐったくて仕方なかった。
 でも実際にそのひそひそ声に耳を傾けてみても、何を言っているのかわからない。
 別の国の言葉が飛び交っているかのよう。
 それが頭の中で変換できるようになったのは小学校四年の位からだった。
 今まで聞きとれなかった言葉の意味を解した瞬間は感動ものだった。
 九州の方言のように聞こえる言葉たち。
 でもそれがしんどいと感じるようになるのに時間はかからなかった。
 なにしろ、一日中頭の中に他人の言葉が入ってくるから。
 起きている時ならまだしも、寝ている時も四六時中。
 頭がおかしくなってしまいそうになって、親に頼んで買ってもらったのは、消音のヘッドホンだった。
 それをしている間はどうにか静かな世界が訪れる。
 実際にはヘッドホンを通して、別の声が聞こえるのだけれど、なにもしていないよりはずっといい。
 意識的に聞いたり、遮断したりできるようになったのは、中学に入ってからなので、今はずいぶん楽になった気がする。
 そんなスタニャがぼんやりと休日を過ごしていた時のこと。
 異変は顕著に表れた。
 とてつもなく大きな電磁の波がスタニャを襲ったのだ。

「あわわわ!」

 自室でぼんやりとしていたスタニャにとってそれは晴天の霹靂。
 座っていたイスから転げ落ちて、腰を抜かしてしまった。

「なんしようと……」

 空を見つめてしばしの放心。
 なにしろそれは今までになかったほどの電磁の波だったから。
 言葉の嵐と言っても過言ではない情報量。
 もちろん宇宙からの電磁波が来ることは多々ある。
 太陽風だとか、公転周期とか、それこそ月の満ち欠けでも飛んでくる電磁波の種類が変わることがある。
 だけど今回のそれらの影響とは全く違っていた。
 今までになかったほどの情報が詰まった電磁波。
 つまり自然界で起きる現象とは全くの別物。
 誰かが意図して放った情報ということ。
 ただ問題は……。

「なん言うとったとね……?」

 いったい何が起こったのかわからず、首をひねるしかなかった。 

「ほっほう! 謎の電波!」

 紅潮した顔でマッツンは興味津々のようすで立ち上がる。
 スタニャの話が何か琴線に引っ掛かったみたいだ。
 かくいうスタニャの方は、目を×にして、

「面白がらんといてよ、マッツン!」
「ええ、でもすごくない? 謎の怪電波ってさ!」
「怪電波なんて言ってなかろうもん!」
「えへへ。ごめんなさい」

 笑って許して、なマッツン。

「むー」

 怒ってはいるけど、本気ではないのでユッコも止めはしなかった。
 まあ、気持ちはわからないでもない。
 大切な友達なわけだから他人事とはさすがに思わないけど。
 でも、スタニャにとっては重要な問題なのはわかる。

「ねぇ、スタニャ」
「なんです?」
「その謎の電波って、スタニャの力を使っても、解読できないの?」

 するとスタニャは頭を掻きながら、困ったように笑った。

「それがわからんとですばい」
「珍しいですね」
「まあ、今まで感じたことのない言語やったけん、ちょっと変換できんかったとですよ」
「ははぁ……今まで感じたことがない言語ですか」

 それはもしかしたら初めてのことなのかもしれない。
 元々、スタニャは他国の言語にも精通している。
 というのも、生まれた時から様々な言語の電波が飛び交う現代で、ずっとそれを耳目にしてきた彼女にとっては言語の壁というのはあまり意味をなさなかった。
 でもどういうわけで、あのエセ博多弁になったのかはよくわからない。
 彼女いわく、

『世界中の言語の癖をまとめっと、あの方言みたいになるとよ』

 ということらしい。
 どういうことなのか、一度専門家の人の意見を聞きたいところ。
 まあ、こればっかりはスタニャの感じ方なのでよくわからない。

「発信源とかはどこだったんですか?」
「それが………」

 そう言いかけたスタニャは少し困惑気な顔をする。
 ユッコもマッツンも頭に?が浮かぶ。

「どうしたの?」
「大丈夫ですか?」

 スタニャはしばし迷ってから、おずおずとこういった。

「あのね……宇宙から降りてきたとです」
「「宇宙!?」」
「あ、あ! でも宇宙からの電磁波はよく来るとよ」
「そうなんですか?」
「うん。でもそういうのは、全然意味のない雑音とかで、自然に発生しているものたい」
「今回のはいつもと違うと……」
「……うん。一応、なにか言わんとする内容とですばい。ただ言葉とはちょっと違うとよ。今まで聞いてきたどの言葉とも違ッとっとですよ」

 しばしの沈黙。
 思わずユッコもマッツンも顔を見合わせた。

「もしかして、スタニャ」
「はい」
「それって……」

 思わせぶりなマッツンに、スタニャが小首をかしげる。

「宇宙人だよ、絶対!」
「えっ!? 宇宙人!」
「そう! 宇宙人!」

 突然のマッツンの発言に完全にびっくりして絶句してしまうスタニャ。
 ユッコはしばしマッツンの意見について考える。
 まあ、ありえないことではない。
 一般的に言ったら、幽霊よりも宇宙人の方がありえる。
 地球みたいなところが宇宙のどこかにはあってもおかしくないじゃないか。
 そんなふうにユッコはずっと考えてきたし、そういうのは夢があってすごく素敵だとも思ってきた。

 ――まあ、幽霊がガッツリ見えてる私が言うのもなんだけど。

 視線の端には幽美さんと鬼神さんがしっかり待機してくださっている。
 幽美さんは今日もはかなげ。
 鬼神さんは顔が怖い。
 今日も無害だからいいけれど……。
 それはさておき、問題はスタニャだ。

「スタニャ。その言語ってもしかして、再生できますか?」
「再生とですか?」
「そう。いつもみたいに、スピーカーを通して……とか」
「できっとよ」

 サラッと言ってのけるスタニャ。
 彼女にとってはそれは朝飯前の普通のことなのだ。

「よし、それじゃ、それを再生して私たちも聞いてみませんか?」

 ユッコがそう提案すると、マッツンもそれに乗っかった。

「いいね! もしかしたら、ユッコの守護霊の人たちがわかったりするかも!」
「はい」

 そう、ユッコにとってはこの隣にいる、はかなげな人と怖い顔の人が頼りな所があった。
 幽美さんに関しては、たぶん昔死んだ人の霊だと思う。
 問題はこっちの鬼神さんだ。
 たぶん、地霊とかヘタしたら上位の神様のたぐいかもしれない。
 それを考えると、やってみる価値はあるかも、なのだ。
 マッツンが俄然乗り気で席を立つ。

「よし、さっそくやろう!」
「それはいいですけど、スピーカーどうしますか?」
「………あ」

 振り上げたこぶしをへにゃへにゃと降ろすマッツン。
 残念なことに個人で学校にスピーカーなんて持ってきていない。
 するとスタニャがポンと手を打った。

「あるばい!」
「え? どこ?」
「ほら、ここに」

 そう言って指さしたのは、黒板の真上。
 そう校内放送用のスピーカー。

「あ、さすがスタニャ! あるじゃん!」

 飛び上がるマッツンだが、すぐにユッコが静止した。

「待ってください」
「どうしたの?」
「これ、ボリュームが………」
「……あ」
「…………あ」

 そう、このスピーカーは、少なくとも教室中に響き渡るたぐいのもの。
 放課後とはいえ、音を受信させてならせば、廊下まで響き渡る。
 当然、聞きつけた教員だとか、残ってる生徒なんかが来るかもしれない。

「そんなことになったら……」
「あたしたちが七不思議になってしまうばい!」
「ですよ!」

 マッツンもスタニャも身体を寄せ合って戦慄した。
 周りから異物として見られることを恐れる三人にとってこれほど恐ろしいことはない。

「このスピーカーは却下ばい!」
「ですね」

 さて、では他にスピーカーというと……。
 サッとマッツンが挙手。

「音楽室とか?」
「音楽室は今、吹奏楽部が使ってますよ」
「だよねぇ」

 そうなるといよいよもって使えるスピーカーなんてどこにもない。
 ただマッツンは何かにピンと来たのか、ハッとした。

「あるよ」

 その発言に、ユッコもスタニャも背筋が伸びる。

「あるとですか?」
「どこです?」
「あそこだよ、あそこ」
「どこたい?」
「放送室は無理ですよ」
「放送室じゃないよー」

 困ったような顔をしながらマッツンはこう付け加えた。

「スプーン曲げ研究部」
「「!?」」

 一瞬、なんのことかわからなかった。
 だがすぐに美緒と乃真子の顔が浮かぶ。

「スプーン曲げ研究部って、マッツン……」
「だ、だって! なんか名前長かったから」
「まあ、気持ちはわかりますけど」

 先日、部活動に勧誘してきたあの二人。
 超能力に興味があるかと、迫ってきたのでかなり警戒した隣のクラスの二人だ。
 実際、ユッコもあまりしっかり名前は憶えてなかった。
 とはいえである。

「確かにスピーカーはありましたね」
「でしょ!」

 ユッコの顔色は優れない。
 それはスタニャも同じで、

「あそこに行くとですか……」

 と消極的。
 それまあ当然のこと。
 なにしろ、あそこでまた自分たちの能力が探られるのも怖い。

「一番の問題は、あの二人と一緒にスタニャの電波を聞かなきゃいけないことですが……」
「それは大丈夫!」
「……何か案でもあるんですか?」
「あの二人、オカルトが好きみたいだから、突然スピーカーから音が聞こえてきたら、きっと興味持つよ」
「いやいや、このまえ同じ状況でめちゃめちゃ怖がってじゃないですか」
「あ、そっか」

 マッツンはたまにこういう考えなしに発言をするところがある。
 でも名案も出すからユッコとしては無視できない。
 実際は今のようにほとんどが迷案なのだが……。
 するとスタニャがそんなマッツンをフォローするように、

「でも逆ということはなかですか?」
「逆って何です?」
「ほらこの前のことがあったけん、逆になれとる的な」

 するとマッツンが全力でそれに乗っかる。

「そうだよ! それにスプーン曲げとか、すごく不思議なことやる部活だよ」

 まあ、確かに不思議な部活だな、とはユッコも思っていた。
 しかしそれとこれとは話が違う気もする。

「ばってん、もしあちらが怖がっても、私たちも一緒に慌ててごまかしたらよかとじゃなかですか?」
「それ名案だね!」

 果たしてどうだろうか?
 そんなにうまくいくとは思えないのは、ユッコが今までいろいろうまくいかな過ぎたからだろうか?
 ちょっとネガティブすぎるかな?
 とも思ってしまう。
 自分が思っている以上に、やってみれば案外うまく行くこともある。
 マッツンを見てきて、そういうふうに思うようにもなっていた。
 ユッコにとってそういう心境の変化があったのも事実だった。

「じゃあ、行ってみます?」
「うんうん! 行こう!」
「行くばい!」

 そういったわけで、三人は一路、スプーン曲げ研究部(?)に向かった。

(つづく)

著者:内堀優一

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