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デトックス
「デトックス!」
ガタンッ!
突然立ち上がったマッツンが天に向かって咆哮した。
びっくりするのでやめてほしい。
ユッコはそう思いながら、恐る恐る、
「どうしたんです?」
と問い返すと、マッツンはいささか興奮気味に応えた。
「デトックスだよ、ユッコ!」
「いや、何がデトックスなんですか?」
「能力をデトックスしようよ! ね!」
まあ、話の流れからそういうことだろうとは思っていた。
しかし他に問題がある。
「どうやってするかって話を聞いているのですが」
「温泉!」
「……温泉ですか」
マッツンの提案にユッコは腕を組んで考える。
確かにそういうのもあるのかもしれない。
「行くのはありも知れませんね」
「でしょ!」
マッツンが嬉しそうな顔をする。
「でも温泉って言っても、どこがいいんでしょうか?」
「ふふーん。調べておいたよ」
「そうなんですか?」
「見て見て」
バーン!
彼女はスマホの画面をこちらに向けた。
すでに温泉のホームページに飛んでいる。
落ち着いた雰囲気で露天風呂もある。
「へぇ、いいじゃないですか」
「でしょでしょ!」
「しかも学校からすぐ近く……」
「ここの坂、下ったとこだよ」
「ホントに近いじゃないですか」
「この後でもすぐに行けちゃうよ。スタニャもさそって行ってみようよ」
「………ん」
「どしたの?」
「ちょっと待ってください」
ユッコは説明文を読みながらある一文がどうしても引っ掛かった。
「あの、ここ読んでください」
「どれ?」
スマホをマッツンに渡すと、彼女がその文を読み上げた。
「……当温泉は訪れるみなさまに風水パワーが高まるように設計された風水温泉です」
「………」
「……ほう」
「どう思います?」
「風水パワーが……高まる……」
マッツン、しばしの黙考。
そして目をカッと見開くと、
「ダメじゃんっ!」
ブワっとのけぞった。
そう圧倒的にダメなのである。
風水パワーかなにかは知らないが、これ以上なにかが高まってもらっては困るのだ。
もちろん風水パワーが高まった結果、今の力が抑制される可能性もある。
だが、逆に思いっきりパワーアップする可能性の方が高いように思える。
最悪、新たな力に目覚めた日にはどうしてくれるのか。
そこまで考えが至ったマッツンは涙目で訴えかけた。
「ええ! 温泉ってそんな超能力開発所みたいなところなの?」
「そういうわけではないとは思いますが」
「この書き方、そんな感じじゃん」
「まあ、ここは残念ながらそういう感じですね」
「近くていいと思ったのに!」
「ホント残念です」
珍しいマッツンのまっとうな提案だったが、この情報を見た後ではとても行く気にはなれない。
せめて高まらない温泉ならば。
「とはいえですよ」
「なに、ユッコ」
「そもそも、温泉って全体的に高まる場所じゃないですか?」
「なにそれ? 霊的な意味で?」
「いえ、健康的な意味で」
「ほう」
血流をよくしたり、保湿が良くなる成分が入っていたり、基本的にいい効果をもらってくる場所、というイメージがある。
特に昔からあるところほど、そういうイメージが強い。
「アイデアはすごくいいと思います」
「だよね。自分でもそう思う!」
「むしろ、マッツンの言う通り、これくらいシンプルな方法が意外と効くのでは、と最近は思ったりしますから」
「でしょ! なんか程よい温泉ってないかなぁ……」
と話も一段落しそうなところへ、スタニャが教室のドアを開けて入ってきた。
「もうやっとっとね~」
温和な笑顔で現れた彼女の目の前には、すでにぐったりしたユッコとマッツン姿。
「どげんしたと?」
すると顔を上げたユッコが、
「ああ……実は――」
ここまでの話の流れをざっと説明する。
スタニャはフンフンと興味深そうに腕を組んで聞いていた。
そして聞き終えると、
「なるほど」
と手を叩き笑顔になる。
「そういうことなら、ここはどうとですか?」
そう言って財布をゴソゴソさせる。
中から出てきたのは、温泉の回数券だった。
「これは……」
「これも温泉ばい。お母さん好きやけん、よく行くっちゃん」
回数券に書いてある温泉名を見て、マッツンもすぐにスマホで検索。
「おお! 仙川じゃん。近くだ!」
「近く……でもないですよ。調布の外れですし」
「自転車で行けるよ」
「ああ、そういう意味ですか」
確かに自転車で行ける距離ではある。
でも決して近いとはユッコは思わない。
ここからだと、20分くらいだろうか?
その辺の感覚はマッツンとはなかなか合わない。
まあ、マッツンの脚力をもってすれば、日本の外れでも遠いわけではないのだから、ここは目と鼻の先と言っても過言ではないのだが。
聞いていたスタニャは相変わらず温和な笑顔で、
「行くんなら、このチケットば使おう」
「え! いいんですか?」
「よかよ。貰い物たい」
するとマッツンがもろ手を挙げて、
「やったー!」
素直に喜びのポーズ。
スタニャも別段気にしていない様子だし、いいのかな?
ユッコは少し気後れしてしまう。
なにしろあまりこういうものをもらったことがない。
スタニャは貰い物だと言ったが、素直に受け取ってしまっていいのか?
今まであまり人との付き合いを避けてきたせいか、こういう時に迷ってしまう。
するとスタニャはニコニコとこちらに笑みを向ける。
「みんなで行ったら楽しかと思うとよ」
「そ、そうですか?」
「そうたい。ユッコとマッツンと行きたかとですよ」
飾らない彼女のそういう言葉に、ユッコは弱い。
「じゃ、じゃあ、行きましょう………みんなで」
「行こ―!」
(つづく)
著者:内堀優一