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デトックス②
そんなわけで、三人は放課後になると、さっそく自転車を駆った。
甲州街道に出ずに三鷹通りから、細い道へと入った。
車通りが少なく、安心して自転車を走らせる。
周りは一戸建ての家が多く、昔からの住宅街であることがうかがえる。
路地を出て消防大の前を通ると、バス通りに出た。
杏林大学方面に曲がると吉祥寺へ続くが、今回はその反対側。
中原小学校の前で下校時の小学生の大群に道を阻まれる以外は順調な進行である。
まあ、いつも通りマッツンが先行しちゃったりはあったが……。
結局それほど大きな問題もないサイクリングを楽しんだ。
ユッコにとっては、この辺はあまり変な幽霊が出ないから、こちらの道の方が好みであった。
バス通りを抜けて、甲州街道を渡ると、仙川商店街に入った。
「わわ、人が多いよ!」
マッツンが言う通り商店街に入ったとたんに人の数が増えた。
急いで自転車を降りて、手で引くことにする。
時間が時間だったせいか、下校する中学生や高校生の数が多い。
見知らぬ制服姿に、ユッコが人見知りしてしまう。
「……あの……高校生とか多くないですか?」
するとスタニャが勝手知ったる体で答える。
「近くに学校があるとですよ」
「そうなんですか?」
「確か高校とか中学とか、あと女子大もあるらしかとですよ」
「え、学生街じゃないですか!」
ユッコにとって高校生はかなり遠い存在。
正直、ちょっと怖いくらいだ。
一歳、二歳の差がとてつもなく遠く感じるからだ。
むしろ買い物しているおばちゃんは、母親と重なるのでいっそ近く感じる。
「怖いです……」
つぶやきながらきょろきょろしているとマッツンが、
「ダイジョブ! あたしが付いてるからね!」
と頼もしい発言。
でもマッツンもおんなじ中学生なのだから、できることは一緒である。
まさかと思うが、不良に絡まれたりはしないと思う。
その時はぜひともマッツンの力をいかんなくふるって欲しいところではあるが……。
でも街の雰囲気からは不良がいるとは思えないし……。
そう思っているうちに、商店街を抜ける。
しばらく広い道を歩いていると、マッツンが突然指をさした。
「あれだよね!」
その先には、確かに大きな建物と看板が見えてきた。
「そうたい。駐輪所があるから、とめるばい」
スタニャに先導されて自転車を止めると、建物の中に入った。
回数券を使って中に入ると、食事処が併設された巨大なロビーに出る。
「うわぁ! 思ったより広いね!」
「遊ぶところもあるとよ」
「平日でも意外と人がいますね」
マッツンはきょろきょろしながらテンションが上がりっぱなし。
「どうする? クレーンゲームやる?」
どうやらスタニャに言われた小さなゲーム場が気になって仕方ないらしい。
目をキラキラさせている。
ジトッと横目でユッコはくぎを刺した。
「目的がお風呂でデトックスですよ」
「だ、だよね」
マッツンはしょぼんと肩を落とした。
そんながっかりしなくても……。
「お風呂上りに行きましょう」
「やったー」
そんなわけで脱衣室に入ると、さっそくお風呂場へ。
「「おお――!」」
中は広く、段差のある湯舟の他に温目の炭酸泉、寝転がり風呂、ジャグジー、それから露天風呂に蒸し風呂、サウナとあらゆるものがそろっていた。
「ちょっとちょっと、全部入り切れるのこれ?」
身体を流しながらどれから入るか迷うマッツン。
来慣れているスタニャは、
「大丈夫たい。順々に入ればよかとよ」
「わーい!」
そんなわけで、身体を洗い終えるとさっそく三人で炭酸泉に入る。
「うはぁ、温くて気持ちいい」
「よかねぇ」
「最初はこれくらいの温度がいいですね」
ぬるいくらいの心地よい温度。
これならいつまででも浸かってられそう。
でもヘタしたら、このままここで終わってしまう。
「いけません。ちゃんと他も入らなきゃ」
「あっ、そうだよね!」
「他も行くとですよ」
お次は寝転がり風呂。
仰向けに横になると、体中を泡が包む。
「うはぁ……ぶくぶくするよぉ」
「よかねぇ」
「自転車の疲れが吹き飛びますね」
どうしてジャグジー付きのお風呂はこんなに気持ちいいのだろうか?
家では決して味わえない悦楽。
それがこの気持ちよさを余計に加速させる。
(将来の夢はジャグジーのある家……です!)
ユッコの将来像が固まった。
進路相談でこの希望を書いたら先生に苦笑いされる。
だから決してそれは書けない。
しかし心の進路は決定だ。
恍惚とした表情でそんなことを考えていると、マッツンが、
ザッパン!
と勢いよく立ち上がる。
「ねぇ! 蒸し風呂だって! なに? 蒸し風呂!?」
まだジャグジーに浸かっていたい気持ちはあったが、マッツンの言葉で蒸し風呂へ移動することになった。
後で、もう一度入ろう。
そう心に決めてユッコは蒸し風呂へ。
「あっついよぉ」
「あつかねぇ」
「蒸し風呂でこれって……サウナは無理ですね、私たちには」
ちょっと入っただけで汗ダラダラ。
すっかり身体がほてってしまった。
ちょっと頭をくらくらさせながら汗を流して、露天風呂に向かった。
でも露天風呂には入らない。
外の風にあたろうとしただけなのだ。
「涼しー!」
「気持ちよか」
「しばらくこうしてたいですね」
しばらく蒸し風呂で火照った身体を冷やす。
程よく吹く風が心地いい。
ユッコにとっては、あまりこうした温泉に浸かる機会というのはなかったせかいか、開放感が新鮮に感じた。
――温泉……ハマりそうですね。
そんなことを思いながら、青空を仰ぐ。
トンビが青空を横切って行った。
今が放課後であることを忘れてしまいそうになる。
さっきまで授業をしていたのがウソのようだ。
こんなのんびりとした時間を過ごすことができるとは、朝に家を出た時には思いもしなかった。
そんな思いに浸っていると、マッツンが、
「ふぇぇ……身体、冷えてきたよぉ」
と両腕を抱いた。
たしかに汗は引いているし、心なしか身体が冷えてきている。
するとスタニャが立ち上がりながら、
「露天風呂にはいろうや」
「うんうん。入ろう!」
そんなわけで、今度は露天風呂へ。
「うはぁ、あったかい」
「よかね」
「なんだか、この涼んでからお風呂に入るローテーション、いつまでも続けられそうです」
「だねぇ」
「よかねぇ」
結局、お風呂→涼む→お風呂→涼む→お風呂……の無限ループに入るかと思いきや、三巡目のマッツンの、
「ノドが乾いた!」
との発言でお風呂から上がることになった。
(……ッく! ジャグジー!)
残念ながら最後のひとっ風呂にジャグジーをと思っていたユッコの目算が外れる。
とはいえユッコもすでに身体は真っ赤。
これ以上浸かっていたら湯あたりを起こしそうだ。
マッツンの判断は正しい。
これ以上は身体にもよくない。
スタニャもユッコも、言われてノドがカラカラなことに気付いた次第である。
「うわぁ、なんか飲まないと!」
お風呂から上がって、給水機に駆け込むマッツン。
だがスタニャがそんな彼女を引き留める。
「マッツン、ユッコ! こっちをみるったい」
「え?」
そう彼女が言った先には自販機が。
そこには、缶ジュースではなく牛乳が。
しかもビンの牛乳。
「おおお! それは!」
いや、牛乳だけではない。
珈琲牛乳、フルーツ牛乳、いちご牛乳と風呂上り定番ビン飲料が控えていたのだ。
「どうとですか? 水でノドを潤してしまうのはもったいなかとおもいませんか?」
珍しいスタニャの悪魔の微笑み。
ゴクリ!
思わずつばを飲み込んだ。
((スタニャ! 何という提案を!))
「どうとね? これを飲まずに温泉を終えられっとですか?」
「ずるいです!」
「そんなの抗えるわけないじゃん!」
「くくく……これこそが温泉の魔力たい。温泉のホンキたい!」
さすが母とよく来るだけのことはある。
温泉の楽しみ方を熟知している。
ビン牛乳なくして、温泉を〆ることなどできない!
さすがにマッツンも耐えきれないとばかり、
「うぅ、そんな誘惑……勝てるわけないよ!」
というわけで、購入確定。
ユッコは迷わず牛乳。
(別に身長を気にしているわけじゃないですから……)
と誰に言うわけでもなく、心の中で言い訳。
スタニャはいちご牛乳。
マッツンだけが、
「う~ん、珈琲牛乳……うぅ、でもフルーツ牛乳も……いやいや、ここで本来の牛乳の美味しさに気付く的な……」
まだ迷っているようである。
一番にノドが乾いたと宣言して出てきたマッツンが最後まで迷走し続けていたのである。
(気持ちはわかりますけどねぇ)
実際、ユッコもフルーツ牛乳かいちご牛乳かで一瞬迷ったからだ。
迷ったけれども、普通の牛乳しか選択できなかったのだ。
散々迷ったマッツンは、結局珈琲牛乳を買ってきたのだが、
「う~ん、でもフルーツ牛乳はどんなんだろう」
とまだ後ろ髪を引かれている。
するとスタニャがたしなめるように、
「また来るとよ」
とやさしくフォロー。
「うん、そうだね!」
さすがよくわかっている。
さて――。
お風呂上りの牛乳。
ユッコにとって、今までイメージとしてあったものが目の前にある。
実はユッコ、ふろ上がりの牛乳は初めてなのである。
「あの……これ……どうやって開けるんですか?」
恐々とスタニャに尋ねる。
どう爪を立てても牛乳瓶の紙ぶたがあかないのだ。
「あー」
そう言ってスタニャはすぐに自販機に括り付けられた器具を手に取る。
人差し指くらいの長さの器具の先には太い針のような物が付いている。
その針の周りをケガをしないようゴム製の丸いわっかが巻いている。
スタニャはそれを牛乳ビンに刺すとテコで、
キュポン。
いとも簡単にふたを取って見せた。
「おお!」
さっそくユッコも同じように、
キュポン。
「おおお!」
あれほど何をしてもびくともしなかったフタが、こんなにもあっさり。
ちょっと取れた時のそう快感が癖になりそうだった。
そんなわけで三人でさっそく牛乳を一気飲み。
ノドに染み渡る牛乳の味は、普段飲む牛乳の何倍もおいしかった。
すっかり温泉を満喫して三人はホクホクの笑顔で帰途に就く。
「いやぁ、すごくよかったね」
マッツンも幸せそうにうっすら吹く風に目を細めた。
「喜んでくれてよかったばい」
誘ってくれたスタニャも満足気。
マッツンはうっすら吹く風に目を細めながら、ガードレールに腰を下ろす。
だが、その瞬間。
グンニャリ………。
マッツンの力でガードレールがひしゃげてしまった。
この時、三人は同時に思い出した。
今日、ここに来た目的を。
(((デトックスできてない――!)))
そもそももっと早く気付くべきだった。
スタニャが回数券を持っていたことに。
何度も来ているスタニャに、いっさい効果が出ていないことに。
「あわわ、ご、ごめんなさい」
マッツンはガードレールに謝りながら飴細工のように元に戻して、
「あはは、やってしまった」
とごまかすように笑った。
その顔がおかしくて、スタニャもユッコもつられるように笑ってしまった。
まあ、いいじゃないか。
今日はこんなに楽しかったんだし。
笑いながらユッコはそんなふうに思った。
(つづく)
著者:内堀優一